第四十一話 赤い牙
ガキの頃、俺はエルグラン連邦本土に暮らしていた。
親父は鍛冶師。お袋は親父の仕事を手伝いながらも、よく俺の面倒を見てくれた。
親父は不愛想な上で不器用な人だったけれど、不器用なりに俺のことを気にかけてくれてた。
俺達家族は平民。冒険者みたいなでっかい夢があるわけでもなく、貴族みたいな華やかな暮らしをしていたわけでもない。
それでも、幸せな日々だったと思う。
当時は当たり前すぎて気付かなかったけれど、俺はきっと幸せだったんだ。
――――ユザ。お前、将来どうすんだ?
ある日、親父にそんなことを訊かれた。
――――分かんね。……でも、鍛冶師とか。武器の構造とか見んの、面白ぇし
熱した金属を槌で打つ音。
カン、カンと鳴る金属音が俺は好きだった。
熱を帯びた仕事場の空気も、汗だくになって鉄を打つ親父の背中も、ピカピカの武器が出来上がったのを見るのも、俺は好きだった。
いつもは無口な親父が鍛冶のことを楽しそうに話しているのを見ると、俺もこんな仕事がしてみたいと思った。
――――そうか。よく考えろよ
その時、親父は少し笑った気がした。
親父は不器用な人だから、分かりやすい言葉や表情にはしてくれないけれど。
それでも、俺にはちゃんと分かっていた。
親父は俺の夢を応援してくれているんだと。
***
馬車の上、ユザが構えた赤いブレード。
ロウリは赤黒い棍棒を取り回しつつ、その真っ赤な刀身を注視していた。
(カタログスペックだけで見れば、ユザはそこまで強い騎士じゃない。魔力量は私以下。基礎能力は徹底して鍛え上げられてるけど、そんなの選抜騎士にとってはスタートラインでしかない。こいつの真に恐ろしい所は――――)
嘶きを上げて駆ける馬に引かれて、馬車は今も高速で風を切っている。
相対的に吹く風が、ユザの赤髪を激しく揺らす。
彼のがっしりとした掌の中、しっかりと握られたブレードの柄。
瞬間、ユザはブレードを逆手に持ち替える。同時、僅かに聞こえるのは、ガシャガシャと金属部品が組み換わる音。
機械仕掛けのからくりが動き出すように、ユザのブレードが変形していく。
変形にかかった時間は一秒にも満たない一瞬の間。
その間に、ユザのブレードは奇妙な円形へと姿を変えた。
(人工魔剣レッドファング。持ち手が魔力を通すことによって、自由自在に変形する特殊な武器。ユザは戦闘中、いつでも好きな武器に切り替えて戦える)
人工魔剣レッドファング。
魔剣とは呼ばれているものの、その性質はほとんど魔道具に近い。
使い手が武器に魔力を流すことによって、武器の形状を自由自在に変えることができる。
「本当、よくそんなの使えるよね」
ロウリはユザのレッドファングを見て、呆れたようにひとりごちる。
魔力の流し方によって武器を変形させられるとはいっても、誰でもレッドファングを自在に操れるわけではない。
繊細な魔力操作はもちろん、高い武器構造への理解が必要となる。
ロウリもレッドファングに触ったことはあるが、少しリーチを変える程度が関の山だった。
そこまでやれただけで、アトリからは「ロウリはやはりセンスが良いな」と言われたほどだ。
これを高速かつ自在に変形させるユザの技量は、凄まじいなんてものではない。
「ずっと、見てきたからな」
ユザが持つレッドファングの刃は、不思議な円形へと姿を変えた。
円盤状の刃。一見して戦闘に向いた形には見えないが、これがユザの十八番だとロウリは知っている。
ブゥーンと音を立てて、高速で回転し始める円形の刃。
それは丸鋸。あるいは、チェーンソー。
ただでさえ切れ味と硬度の高いレッドファングに、回転による殺傷力を上乗せする、ユザ・レイス最大の攻撃手段。
「何でもかんでも使い捨てるお前とは違う」
「魔力効率じゃトントンでしょ」
軽口にも似たやり取りと共に、ロウリが馬車の屋根を蹴る。
ふんわりと浮くような跳躍で距離を詰めたロウリは、滑らかに棍棒を振り払う。
横薙ぎに繰り出した棍棒の一撃。
綺麗にユザの頭部へと吸い込まれていく一撃は、ユザの丸鋸によって迎撃される。
棘のついた棍棒と回転する刃がぶつかり、けたたましいまでの金属音が鳴る。散った火花がユザの耳元を薄っすらと焼いた。
(やっぱり重いな。ちゃんと握らないと手首が持ってかれる)
レッドファングの手応えを確かめつつ、ロウリは両手でしっかりと柄を握る。
ユザが反撃に転じるよりも早くロウリは棍棒を翻し、再度ユザの頭部を狙う。
二度目の棍棒も丸鋸で捌いたユザは、今度こそとばかりに、大きくロウリの間合いへと踏み込む。
瞬間、ユザの視界からロウリが消える。
相手が踏み込んでくるタイミングに合わせ、姿勢を低くユザの懐へ潜り込んだロウリ。
コンパクトな姿勢を取った関係上、柄の長い棍棒を取り回すのは難しい。
ロウリは左手で棍棒の柄を持ったまま、右の拳でユザの鳩尾を狙う。
しかし、ユザは左手をロウリの右手首に当てて、拳の軌道を逸らすことで有効打を避けた。
ロウリの拳がユザの脇腹を掠める。
直後、ユザは右手のレッドファングをさらに変形。
(変形、速い――――)
ユザの手に収まったのは、至近距離でも振り回しやすいネイルハンマー。
コンパクトかつ重い一撃を、足元のロウリへと振り下ろす。
両腕をクロスさせてネイルハンマーの一撃を受けたロウリは、馬車の屋根を突き破り、そのまま階下の馬車内に落ちる。
崩落した屋根と共に車内の床に落ちたロウリ。
すぐさま受け身を取って立ち上がり、赤黒い棍棒を両手で握り直す。
左右の座席には数人の元囚人が座っている。ユザは見えない。
(落とされた。ユザは追ってきてない? いや、違う――――)
ロウリの背後、窓の割れる音がする。
ユザはあえてロウリを馬車内に落とした際の穴から直接追うのではなく、馬車の側面に回り込み、窓から飛び込むことでロウリの意表をついた。
背面からの奇襲。
意表を突かれたロウリは咄嗟に棍棒で防御の構えを取る。
構えを取った瞬間、気付く。
ユザの手に握られたレッドファングは、再び丸鋸の形に戻っていることに。
「――――っ!」
鮮やかな赤色の刃は、回転と共に赤黒い棍棒の柄を切断する。
ロウリの得物を破壊したレッドファングは、ロウリ自身の肩口すらも裂き、赤い刃をさらに赤く染めた。
ユザの奇襲を受け、ロウリは走行中の馬車の扉を蹴破る。
どよめく元囚人には構いもせず、馬車の外へと飛び出た。
ロウリはそのまま隣を走行する馬車の屋根に飛び乗り、素早く魔術を起動する。
撃ち放つは、十二本の剣。赤黒い剣を創出して、一斉にユザが乗っている馬車へと撃ち込む。
「……、流石に強いな」
射出された剣の群れは馬車のあちこちに突き刺さり、元々中にいた元囚人の命を奪いもした。
首元に剣の刺さった男が、開け放たれた馬車の扉から落ちていく。
しかし、ユザはレッドファングを大盾の形に変形し、飛来する剣から身を守っていた。
鮮やかな赤の大盾は、何物も寄せ付けないオーラを放っている。
(私と違って、向こうは魔術を使ってるわけじゃない。武器の切り替え速度は私より速い。接近戦の最中でもガンガン武器を変えてくる)
ロウリとユザ。
武器の種類を切り替えながら戦うという点は共通しているが、その切り替え速度には天と地の差がある。
ロウリが行っているのは、呪術の術式をブレンドしているとはいえ、基本的には鋼鉄魔術。
無詠唱でありながら、ロウリの呪術への高い適正により高速化されているとはいえ、コンマ一秒が勝負を分ける近接戦闘の世界で使えるほどの即効性は無い。
対して、ユザのレッドファングは魔力を流すというシングルアクションで変形できる。
ユザの高い技量故ではあるが、手足のように滑らかに、瞬間的に武器種を変更可能だ。
近接戦闘の最中でも、状況に合わせて武器を選択し、戦闘を展開することができる。
(逆に私のアドバンテージは飛び道具。空間を広く使って距離と時間を稼ぐ)
ロウリは剣を射出し、ユザの乗っている馬車の馬に当てつつ、また隣の馬車の屋根へと飛び移る。
馬が制御不能になり横転する馬車からユザは飛び出すが、ロウリはその姿を視界に捉えながら、馬車から馬車へと飛び移って距離を取る。
跳躍と跳躍の合間、剣の射出やチャクラの投擲によってユザを牽制しつつも、ロウリは徹底して間合いを稼いでいた。
「チッ、時間稼ぎか……」
ユザもロウリと同様、馬車から馬車を飛び移って彼女を追う。
機動力を阻害しないよう、レッドファングは赤いブレードに戻し、逃げ回るロウリの姿を目で追う。
身軽なロウリの動きに加え、跳躍のタイミングに合わせて行われる飛び道具による妨害。その飛び道具が、なまじ不治の傷を刻んでくる故に軽視できず、ロウリとの距離はみるみる離されていく。
(馬車の上を跳び回っても、ロウリは捕まえらんねぇ。だったら――――)
ユザは馬車の屋根から飛び降り、荒野に着地する。
レッドファングがブレードから両腕に装着するガントレットに変形。
最も走りを阻害しない形状で、馬車と騎兵隊の混在する荒れ地を走り出す。
「……冗談でしょ?」
ユザの動きを視界の端で捉えたロウリは、彼の蛮行に思わず声を漏らす。
これだけ馬車が密集した地帯。連邦騎士団の騎兵隊も数に含めれば、凄まじい密度の馬がここ一帯に集まっている。
そんな場所で人間が徒歩で走ってみれば、どうなるかは想像に易い。
あっという間に轢き潰されるのがオチだ。ユザほど魔力強化に長けていれば潰されはしないだろうが、リスクの高い手であることには違いない。
(いや、来る。馬車と馬車の間を掻き分けて、さっきよりも速く――――)
しかし、ユザは駆けた。
突然の戦闘に混乱して走る馬を躱しながら、馬車から馬車へと飛び移るロウリへと地上から迫って来る。
ロウリが射出する赤黒い剣の群れを容易く避け、車輪の痕があちこちに刻まれた荒れ地を走っている。
凄まじい視野の広さと運動神経。
どういう目をしていれば、これだけ馬車の密集した場所で、あそこまで自然に走れるのか。
砂埃の舞う視界の中、馬車の動きを正確に見分け、頭上を跳ぶロウリへと走っていく。
そして、跳ぶ。
馬車の御者台を踏み台にして、馬車の屋根に立っていたロウリの下へと跳び上がる。
ロウリは片手剣を創出しつつ、即座に隣の馬車へと跳躍するが、ユザの動きが一手先をいった。
「歯ぁ食い縛れ、クソ野郎」
ドン、と響く衝撃は彼の踏み込みによるもの。
あまりに強烈な踏み込みにより、ユザが足場にしていた馬車は横転する。
激しい踏み込みによる跳躍は、彼の肉体を彼より早く跳んだはずのロウリの下まで届けた。
一撃。
それはロウリの反応速度さえも凌駕し、彼女の横っ面に叩き込まれる。
赤いガントレットを嵌めた拳がロウリの顔面に直撃し、その華奢な体を大地へと叩き落とした。
本格的にバトルがスタート
今までの話で印象に残ってる戦闘シーンとかありますか?




