第四十話 裏切り
「来たよ。連邦騎士団」
前方に見える騎馬隊を確認したロウリ。
馬車の中に体を戻して、車内の人間にも敵の到来を伝える。
「やるぞ」
意外にも、立ち上がったのはヘイズ。
戦闘が始まっても平気で馬車の中で寝ていそうなイメージだっただけに、ロウリは少し驚く。
走行中の馬車の扉を開け、今にも外にも飛び出そうといった格好のヘイズ。
「ヘイズは正面に出ない方が良いと思う」
それに待ったをかけたのも、ロウリだった。
ロウリからかけられた制止の言葉に、ヘイズは立ち止まって彼女の方を振り返る。
「さっきユザが見えた。ここでヘイズを殺されるのはマズいんじゃない?」
「ああぁ! ああぁん!」
言外にユザよりも弱いと言われたヘイズは声を荒げる。
彼が上げたのは言語ですらない叫び声だったが、その声量と威圧感はルーアとツウィグの表情を強張らせた。
直接威嚇されたわけでもない二人が、思わず恐怖に慄くプレッシャーを浴びてなお、ロウリは無表情のまま言葉を続ける。
「監獄を落としてまで手に入れたヘイズをこんな所で無駄使いするのはどうかと思うけど」
自分の主張を曲げないロウリをヘイズは睨みつける。
濁った視線をぶつけられたロウリは、冷たい灰色の視線を以てヘイズの威圧に応戦した。
視線だけで散る火花。今にも殺し合いに発展しそうな空気の中、シャルナが口火を切った。
「ユザってのはそこまで強えーのか? ロウリ」
シャルナの言葉を聞き、ロウリは一瞬だけ考え込む。
思い出すは、彼女がまだ騎士団にいた頃の記憶。
ユザ・レイスという少年と共に過ごした、騎士としての日々の残骸。
「ユザはソルノットには八人しかいない選抜騎士の一人。……ソルノットで最強の騎士を選ぶなら、アトリ団長とユザのどっちかだと思う」
「マジかよ。レイ、いけるか?」
「……いや、無理……」
「だよなぁー」
ユザ・レイス。
彼の戦闘能力の高さは、ロウリもその身を以て知っている。
騎士団内で行われる模擬戦で、ロウリはユザに勝ち越したことがない。
「私が出るよ。私はユザの手の内を知ってるけど、ユザは呪術を使うようになってからの私を知らない。勝てるかどうかはともかく、抑えるだけならどうにかなる」
「オーケー。んじゃ、ロウリがユザってのを抑えて、その間に私らが他のヤツらを皆殺し。最後に全員でユザってヤツを袋にする感じで」
作戦は明快。
元より、まともな連携など練習していないチーム編成だ。
大雑把な流れだけを決めて、後は個人の能力でフォローしていく方が合っている。
作戦会議も程々に、今度はロウリが馬車の扉を開く。
ヘイズと逆側の扉も開けたことで、馬車は走行中にも関わらず、扉が全開になる。
開いた扉から身を乗り出したロウリは、半身に風を浴びつつ片手に赤黒い剣を作り出す。
「っし、ゴー!」
シャルナのテキトーな合図と共に、ロウリが馬車から飛び出した。
ヘイズとシャルナもそれに続く。
荒野の白兵戦が幕を開けた。
***
合図とともに馬車の外へと飛び出した三者。
ロウリとヘイズは駆ける馬を超える速度で疾走し、シャルナは蒼炎による爆風で宙を飛ぶ。
「一発かますぜ!」
先制攻撃とばかりに、シャルナが撃ち放つは青い炎。
巨大な球の形を取った蒼炎は、騎馬隊の頭上から落とされる。
「散開! 避けろ!」
赤髪の騎士――――ユザの号令と共に騎馬隊は一斉に散開。
いくつかの小隊に分裂した騎馬隊は、シャルナの蒼炎を馬の機動力を以て回避する。
地面に直撃した蒼炎は爆裂し、凄まじいまでの爆風を巻き起こす。
熱風の中を掻き分けるように、ロウリは荒野を走っていく。視線の先に見えるは、馬に乗って駆けるユザ。
ロウリは地面を蹴って大きく跳躍し、ユザへと踊りかかった。
一瞬でユザの右後方に跳び上がったロウリ。赤黒い剣を振り下ろし、ユザの首筋を狙う。
狙いすました一閃だったが、ユザが逆手で鞘から抜いた得物に阻まれ、彼の首には届かない。
「変わらないね、ユザ」
「お前は変わったみてぇだな、ロウリ」
ロウリの一撃を防いだユザの得物は、鮮やかな赤色をしたブレード。
形状としては剣に近いが、どちらかと言えば巨大なカッターナイフのように見える。
ロウリにとっては見覚えのある、ユザ・レイスが愛用する武器。
ユザはブレードで強く打ち払い、飛びかかって来たロウリを逆方向に弾き返す。
ロウリはその力に逆らわず後方へと跳躍。空中で剣を投擲し、ユザが乗る馬の前脚に命中させる。
脚に刃が刺さったことで、激しく嘶きながらバランスを崩す馬。
「チッ……」
このままでは馬ごと転倒することを予期し、ユザは馬から飛び降りる。
ロウリはユザが馬から飛び降りたタイミングを狙い、構築した鎖で攻勢に出る。
迫り来る赤黒い鎖から、赤いブレードで身を守るユザ。
しかし、ロウリはブレードごとユザを鎖で絡め取り、そのまま空中へと投げ出す。
「ナメるなよ」
大きく空中に投げ出されたユザ。
彼は自らに巻き付く鎖を掴んで引っ張り、それを持つロウリを空中まで引き上げる。
一連の攻防により、同時に空中へと浮上した両者。
眼下に見えるは大量の馬車と騎兵隊。馬を使用した両勢力の戦闘が繰り広げられていた。
戦場を見渡すほどの上空で、ユザとロウリは自由落下しながら向かい合う。
身動きのできない空中。互いに着地を待つしかない――――などと、悠長なことを言っているほど、選抜騎士は甘くない。
ユザは鎖による拘束をほとんど腕力で振り解き、逆に鎖を使ってロウリを自らの間合いへと引き寄せる。
ロウリからすれば、鎖から手を放せば接近は避けられる状況。
しかし、ロウリは左手に鎖を掴んだまま、右手の中にダガーを作り出してユザへと向かって行く。
直後、激突するダガーとブレード。
赤と黒の刃が鍔迫り合ったまま、二人は地面へと落ちていく。
二人が着地したのは、走行を続ける馬車の上。馬車に取り付けられた屋根の上に立ち、ユザとロウリは一定の距離を取って向かい合う。
(今の一撃でダガーはボロボロ。やっぱり、ユザ相手に小さい武器じゃ保たないな。もっと、重くて頑丈な――――)
風を切って走る馬車の上、ロウリが作り出したのは赤黒い棍棒。
長い柄の先端に棘の付いた直方体を携えた武器は、重く硬く凶悪な暴力の結晶。
ただ壊すためだけに最適化された棍棒を構え、ロウリは赤髪の騎士と対面する。
「ロウリ、一つ訊かせろ」
「……何?」
そんなロウリに対して、ユザが問いかけた。
ロウリの髪が風にたなびく。僅かな赤を帯びた黒髪は、そよ風に揺られる彼岸花のようだった。
「どうして、俺達を裏切った?」
ユザの問いかけに、ロウリは少しだけ目を細めた。
刹那の追憶。
騎士として生きた長い年月が、ロウリの脳内に蘇る。
いつ報われるとも分からない善行を積み上げ続けた、正義という枠からはみ出さないように常時神経を研ぎ澄ませた、義務感の牢獄にいた頃の記憶。
そんな生活の中、ユザという少年はロウリの最も近くにいた存在でもあった。
故に、だろうか。
正当性も理屈も捨て去ったロウリが、こんな言葉を口にしたのは。
「私は……私のために生きたいんだ。法にも正義にも縛られたくない」
それは、彼女にとって本音のようなものだった。
「殺したいヤツを殺して、壊したいモノを壊す。ただ、それだけ」
少女は告げる。
激しく揺れる馬車の上、見つめ合う両者はピクリとも姿勢が崩れない。
お互いに静止したまま、視線だけが交錯する。
それは致命的な決別だった。
「そうか」
ユザも静かに返す。
声音こそ静かではあったが、その瞳には寂しさと怒りが滲んでいた。
言葉にはならずとも、彼が発する強烈な怒気が語っている。
何故、正しいままでいてくれないのか、と。
「殺すぜ、ロウリ」
怒りを纏って、赤髪の騎士がブレードを構える。
馬車の走行音と騎兵隊の戦闘音。煩わしく鳴り響く騒音の中、彼の怒りだけが鮮明だった。
ユザ・レイス。第三章の最重要人物と言っても過言ではありません。




