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君の不在証明  作者: 讀茸
第三章 侵略戦争

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第三十六話 ゲームスタート

 スウェードバーク刑務所跡。

 私はシャルナを連れて、監視塔の一つ、その内の一室を訪れていた。

 三重の鉄扉を開けた先の狭い部屋。

 そこは保管庫。罪人の石環を外す鍵を保管する部屋だった。

 規則正しく並んだ棚は、図書館の書架を思わせる。棚の引き出し一つ一つに、それぞれの石環に対応した鍵が入っている。


「六層の鍵は全部ここに入ってるよ。他の層の囚人も解放したいなら、また他の場所に保管庫あるけど」

「ま、戦力があるに越したことはないからなー。全員解放だろ」


 私にアルカナンの計画は知らされていない。

 知っていることといえば、ソルノット南東部への侵攻を目論んでいること、そのための戦力を求めて監獄落としを実行したこと、くらいだろうか。

 てっきり、解放したい戦力というのは、ヘイズのみを指すのだと思っていたのだが。

 シャルナはここに収監されている有象無象を、全員解放するつもりらしい。


「意外。雑兵集めるタイプなんだ」

「ボスに色々聞かされてっからな。数が多いほど場が荒れる。場が荒れれば、私らみたいなアウトローでも戦いやすいんだと」

「まあ、確かに」


 アルカナンは犯罪組織としては規格外のスケールを誇る。

 それでも、所詮は爪弾き者の集まりだ。

 国家が形成した騎士団といった公的戦力とは、やはり隔絶した組織力の差がある。

 そこに立ち向かうには、まず場を荒らす必要があるということだろう。場面を荒らし、戦況に混乱をもたらし、そこをシャルナのような突き抜けた個人戦力で掻っ攫う。

 ここの囚人達は、戦局を荒らすための駒というわけだ。


「にしても、全員は無理じゃない? 馬車の数も無限じゃないし。スウェードバークの荒れ地を歩かせるわけにもいかないでしょ?」

「それが足りるんだよな〜。そういう魔術使えるヤツがいんだよ。つか、あいつ遅せーな。昨日の夜には来るっつー、話だったんだけど……」


 噂をすれば、部屋の扉が開いた。

 彼は足音一つ立てず、保管庫に足を踏み入れる。

 入って来たのは細身の青年。肌は病的なまでの白さを纏い、髪を漆を塗ったような漆黒。

 細い手足に端正な顔立ち。白肌と黒髪のコントラストは強烈で、どこか不気味な印象さえ抱く。

 健康的な美少女だったルーアとはまた違う、幽霊のような、美しくも陰鬱な青年だった。


「なんだよ。来てんじゃねーか、レイ。もっと早く顔出せって」

「おはよう、シャルナ。……馬車は持って来たよ。四十五台。結構デカいやつ。これで全員乗せれるはず……」

「うぃっすー。んじゃ、私らもさっさと囚人出しちまうかー」


 レイと呼ばれた青年は、すこし見覚えがある。

 初めてアルカナンのアジトを訪れた時、隅の方で壁に寄りかかっていた青年だ。

 あの時から無口な印象だったが、喋り口調的にもかなり暗い性格らしい。

 ちょっとキャラ被るかな、私と。


「そんな大輸送、いつの間に……?」

「……一晩かけて……運びました」

「こいつの魔術な、影の中を移動したり、影の中に物しまったり、まあ色々できるわけよ。それでここまで馬車運ばせたワケ」


 思わず、息を呑んだ。

 シャルナが語ったのは、それはもう凄まじい魔術だ。

 擬似的な空間転移。いや、ダラス看守長の魔術に近しいものか。何にせよ、相当便利な魔術だ。

 その魔術を使えるというだけで、方々から引く手数多だろう。一体どんな事情があって、アルカナンで犯罪の片棒を担いでいるのか。


「……こんな魔術を使えるヤツが、なんで犯罪組織で働いてるのか……って顔だね……」


 少し、ぎょっとする。

 意識せず、背筋が強張るのを感じた。

 彼の幽鬼じみた雰囲気もあって、思考を見透かされると、何とも言えない寒気に包まれる。


「お互い様だよ。……ゴートウィストの次期当主と謳われた天才令嬢だって、どこでもやっていけるはずだ……」


 言われて、言葉に詰まる。

 私がアルカナンに所属しているのも、レイと似たようなものだ。

 ゴートウィスト家を継ぐのが嫌だとしても、選択肢は他にもある。

 連邦本土まで家出して、冒険者になることだってできた。

 それなのに、私はアルカナンに与し、監獄落としを決行した。

 私があえてアルカナンを選んだ理由は――――


「――――シャルナはさ」


 青髪の彼女を見る。

 鮮烈な青を纏う彼女は、私が監獄落としに手を貸すと決めた理由の一端。

 彼女の鮮やかな生き様に、何もかも吹き飛ばすような蒼炎の眩しさに、私は憧れたはずなのだ。

 あの時、私は確かに目を奪われた。

 どうしてシャルナ・エイジブルーは、私をこんなにも魅了したのだろうか。


「なんで、アルカナンに入ったの?」

「ん、私か?」


 急に話を振られたシャルナ。

 一瞬面食らったような顔をしてから、額に手を当てて考え出す。「ん~」と言って唸る様子は、相当答えに悩んでいるようだった。

 少しの間を置いてから、シャルナが口を開く。


「成り行きだな」

「え?」


 あまりにもあっさりとした答えに、私は思わず呆然とする。

 シャルナの態度は軽薄で、だからこそ、嘘を吐いているようにも見えない。

 何も考えず吐露した言葉にこそ本音が宿るように、シャルナの言葉は軽いからこそ真実だった。


「なんか、ボスに勧誘されてさ。やることもねーし、良っかなーって思って」

「そう、なんだ」

「そーそー。私が勧誘された時はさー、もっと小っさい組織だったんだぜ。メンバーも私とボスとヘイズくらいのもんでよ。それが今やソルノット最大の犯罪組織だってんだから、面白ぇよな」

 

 多分、シャルナにとってはどうでも良いのだろう。

 アルカナンにいる理由なんて、大したものは持ち合わせていない。

 誰もが同情するような悲しい過去も、劇的な悪党のバックグラウンドも無い。

 ただ、「面白そう」「楽しそう」というだけの理由で、犯罪組織で生活している。

 ただそれだけのシンプルな欲求のために、暴力も殺人も厭わない。

 ああ、それはなんて――――


「良いね、それ」


 自由なんだろう。

 理屈も論理も超越して、ただ自分のために生きる。

 それはきっと、何よりも、誰よりも自由な在り方だ。

 道徳や倫理というのは、正義を盾に人を縛る。

 殺してはいけない、助けなくてはいけない、傷付けてはいけない、信じなければいけない。

 誰かのため、というお題目の下に、不自由と束縛を強いるの正義という概念だ。

 私はそれが嫌いだった。誰かのため、なんて嫌だった。

 私は私のために生きたかったんだ。

 だから、私は正義の無いこの場所を選んだ。正しさの無い自由な世界を、アルカナンに見出したのだ。


「……馬車の準備はできた。俺はボスに連絡しに帰る。……ロウリの扱いはシャルナに一任するって、ボスには言われてるけど……」

「おいおい、もう丸っきり味方だろ。計画も全部話すからな」

「シャルナの判断でって、話だから……」


 ブツブツと言いながら、レイは部屋を出て行った。

 その後ろ姿。僅かに振り返った瞳が、私を値踏みするような視線で見ているような気がした。

 私は私のために生きる。

 そのために、私はアルカナンを選んだ。

 それは間違いない。間違いのだけれど、どこか引っかかる。

 この違和感の正体は、一体何なのだろう?


     ***


 アルカナン、アジト。

 そこはドゥミゼルの自室。

 手の込んだインテリアと装飾には、彼女のこだわりが伺える。

 全体的にアンティーク調で統一された室内。ドゥミゼルはソファに足を組んで座っていた。

 彼女の視線の先、部屋の扉すぐ近くには、黒髪の青年が立っている。


「そういうわけで、監獄は落とせたって……シャルナは、ロウリにも計画全部話すみたい。……もう丸っきり味方だからって……」

「へえ~、シャルナが。思ったより早かったな。ロウリがこっちに寝返るには、もう少し時間が要るとおもってたんだけどね」


 ドゥミゼルは少しだけ驚いたような顔をして、机に置いたグラスを軽く揺らす。

 グラスの中のワイン。その赤紫の水面が、僅かに揺らいだ。


「そもそも……なんで、ロウリを監獄落としに……? 一番、アルカナンを裏切りやすいシチュエーションだったのに……」

「だからこそ、だよ。人間ってのは合理とはかけ離れた生き物だが、自分が合理的だと信じ込もうとする性質がある。裏切るには今しか無い、という状況をスルーしたとするだろ? そうすると不思議なことに、自分には元から裏切る意思が無かった、と思い込むようになるんだ。裏切る意思があるのに、絶好のチャンスでそれを実行しないなんて非合理的だ。合理的な自分がそんなことをするはずない、ってね」


 ドゥミゼルは人でなしだが、人の心理を掌握することには長けている。

 人は自身の行動に一貫性を持たせ、辻褄を合わせたがる傾向がある。

 ロウリを裏切りに適した監獄落としに送り込んだのも、その心理を利用した目論見があってこそ。

 ロウリをアルカナンに惹きつける強烈な魅力なんて要らない。人間社会への憎しみを煽るような洗脳も、同情と共感性に満ちた口説き文句も不要だ。

 監獄落とし決行の際に、シャルナに立ち向かう勇気さえ無ければ良い。

 そうすれば、あとは何となく、なあなあで、裏切る意欲を失っていく。

 ロウリが居心地の良いアルカナンに居つくまで、そう時間はかからない。

 それがドゥミゼルの狙いだった。


「流石にここまで吹っ切れるとは思わなかったな。敵側に回らなければ良い程度に思っていたんだが……まあ、こっちの戦力として使えるならラッキーだ。内部事情にも精通しているだろうし、良い駒が手に入ったよ」

「あと、殺したみたい……ローストン・ゴートウィスト……」

「ははっ、監獄にいたのかよ。棚から牡丹餅だな」


 レイの報告に、ドゥミゼルは上機嫌に笑う。

 ソルノット南東部侵攻に際して、最大の壁だったローストン・ゴートウィストだが、思わぬ形で撃破となった。

 これに笑みを零さずして、いつ笑うのかという幸運だ。

 幸運、というよりはシャルナの圧倒的な戦力がもたらした結果かもしれないが。


「さあ、始めるぞ。ソルノット南東部侵略戦争。目指すは完全勝利だ」


 ゲーム盤を前にした子供のように、ドゥミゼルは不敵に笑う。

 まるで、これから起こることが楽しみで仕方がないといった様子のまま、ドゥミゼルはグラスを手に取った。

 その中のワインをじっと見つめる瞳にも、隠し切れないワクワクが宿っていた。

 その期待と高揚に満ちた目が物語っている。

 彼女がゲームを始めるまで、もう半日の猶予も無いのだと。

【アルカナン中枢メンバー一覧】

・ドゥミゼル・ディザスティア

・シャルナ・エイジブルー

・ヘイズ・トラッシュ

・ジャム・ジャミング

・アズ・リシュル

・ゾウ

・レイ・ジェイド

・マルク・メイル


ドゥミゼルはロウリも将来的には中枢メンバーに入れたいと考えているのだとか

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