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君の不在証明  作者: 讀茸
第二章 監獄落とし

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第二十八話 反撃よ届いて

 監獄第五層、通路を駆けるツウィグ。

 彼が通るルートはロウリによって提案された、最も看守との遭遇率が低いであろう道筋。

 ツウィグは得意のスニーキングを活かし、看守の目に留まらないまま、第六層へと続く渡り廊下前の扉まで辿り着いた。


(この先が第六層……)


 扉の前で、ツウィグは深呼吸する。

 アルカナンの中核メンバーは大抵、個人で騎士団を何十人も相手取れる化け物だ。

 ルーアとツウィグだけが例外であり、それ故に、中核には近いが中核メンバーとも言い切れない微妙な立ち位置にいる。

 ルーアは言わずと知れたヒーラー要員。冒険者の用語で言い表すならばプリーストといったところか。

 同じ喩えを用いるならば、ツウィグはシーフ。

 小柄だが足が速く、潜入や隠密行動に向いている。鍵なども魔眼で腐らせて破壊できる点も大きい。

 そんなツウィグにとって、単独での敵地潜入は慣れたもの。

 それでも、スウェードバーク刑務所の最奥に踏み込む際に感じるプレッシャーは、生半可なものではない。


 ――――問題なのは六層かな。五層までと違って、牢屋の外の通路とかも含めて隠れられる場所が一切無い。どんなに隠密が上手くても、ここで看守の目を掻い潜るのはほぼ不可能。会った看守は殺しつつ、一気に目当ての牢屋まで駆け抜けるしかない


 ロウリの言葉を思い出す。

 第六層はスウェードバーク刑務所に収監される囚人の中でも、特に危険と判断された極悪犯が入れられる場所。

 警備の厳しさも群を抜いており、徹底的な監視体制が敷かれている。

 ただ、現在は緊急時。

 特に中央塔に最も近い第六層は、対シャルナの戦力として看守が駆り出されているため、第六層を守る看守はほとんどいない。

 これがロウリであれば、目当ての牢屋まで辿り着くのは容易だっただろう。


(俺は別に強くない。ここの看守をやられ役のモブみたいに蹂躙できる化け物とは違う。……最速で掻い潜るしかない)


 ツウィグの直接的な戦闘能力は並。

 しっかり訓練されている看守を、何人も相手取れるような強者ではない。

 第六層への侵入は、ツウィグにとって賭けだ。

 チップは自分の命。勝利の分け前は監獄陥落。ツウィグにとっては、どうでもいい作戦の可否。

 そんなツウィグにとっては最悪の賭け。

 それでも、ツウィグは行かざるを得ない。

 既に誰かが、ツウィグの命を賭けてしまったのだから。


「よし」


 小さく息を吐いて、ツウィグが渡り廊下へ続く扉を開く。

 その小さな体躯が第六層へと駆け出した瞬間――――


「いた! 魔眼持ち!」


 追走してきたリスタルが、彼の姿を捉える。

 第六層の目前まで迫ったツウィグに追いついたリスタル一行が、通路の角から現れていた。


     ***


 第四層広間から、魔眼持ちを追って来たリスタルら。

 先頭を走るリスタルが、ついにツウィグの背中を捉える。

 リスタルの視界に映る、小さな背中。揺れる白髪の中で鈍く光った、青カビを思わせる色の瞳をリスタルは見逃さなかった。


「走れ! 渡り廊下で止める!」


 響くカルシュの号令。

 先陣を切って飛び出したのは、最も機動力に優れたリスタル。

 軽く小さい体躯はすぐにトップスピードに乗り、開け放たれたままの扉を追い越し、渡り廊下を駆けていく。

 その後ろに続くはディセイバー、コニア、カルシュ。

 後ろに控えるナウリアとウーズを守るように、ローゴンは中段に留まる。


(いける! 私の足なら追いつける! このまま取り押さえて――――)


 逃げるツウィグを全速力で追うリスタル。

 彼女の俊足はツウィグへの距離をぐんぐんと詰め、その背に手が届くまであと少し。

 あと少しというところで、ツウィグが振り返った。

 瞬く灰緑色の魔眼。


「――――!」


 気付いた時には、リスタルは頭から転倒していた。

 走ってきた勢いのままに転んだリスタル。激しく床を転がった彼女は、そのまま柵に衝突。

 柵にぶつかって横たわるような姿勢のまま自らの右足を見下ろす。

 リスタルの細い右足首。そこは傷が化膿したように腐っていた。


(やられた! 魔眼!)


 ツウィグは腐敗の魔眼でリスタルの右足首を腐敗させ、彼女を転倒させた。

 視点を合わせただけで発動する魔眼の効力。

 魔力の扱いが苦手なリスタルにとっては、分かっていてもそう簡単に防げるものではなかった。


「ウーズ!」


 カルシュが後方の同期に呼びかける。

 細かい指示は無い。そんなものは必要無いと言わんばかりに。


「ちょっ、先輩……!?」


 カルシュは右足に腐敗を受けたリスタルを抱え上げる。

 そして、困惑の声を上げるリスタルをそのまま後方へと投げ渡した。

 キャッチしたローゴンがリスタルを床に寝かせ、ウーズがすぐに治癒魔術をかける。

 同時、前方ではディセイバーとコニアの二人が、ツウィグへと斬りかかっていた。

 左右両側から迫る剣と短刀。ディセイバーとコニアが同時に繰り出した攻撃を、ツウィグは後方に跳ぶことで、間一髪で回避した。

 再び、ツウィグの魔眼が光る。

 視点を合わせたのは、ディセイバーの右手首。


(腐らない! もう対応された……!)


 しかし、ディセイバーは魔力で身体を守って抵抗。

 魔眼の効果を弾いた。

 利き手を腐らせてディセイバーを無力化しようとしたツウィグだったが、その目論見はあえなく破れる。

 作戦失敗の代償として襲い来るのは、極度の眼精疲労。

 そして、前衛二人が織り成す刃の雨。

 リスタルと比較してもやや低いツウィグの身長。ディセイバーとコニアが放つ攻撃は、自然上から振り下ろすような形になる。

 二人が振り下ろす剣と短刀は、ツウィグにとって土砂降りの雨のようだった。

 絶え間無い斬撃の雨を、ツウィグは全神経を集中させて回避に徹する。


(上手く避けるな。でも、いつまでも保つって感じじゃねーだろ)


 コニアとディセイバーによる連撃。

 剣士二人を前に何とか凌ぐツウィグだったが、全てを避け続けるのは流石に無理がある。

 コニアの短刀がツウィグの左足を掠める。

 僅かに揺らいだツウィグの体勢。

 その隙をディセイバーは見逃さない。大きくツウィグの間合いへと踏み込んで、振り抜く剣の一撃を打ち込んだ。

 ツウィグに迫るディセイバーの一撃。

 ついに訪れた回避不能の一閃を前に、ツウィグは懐からダガーを取り出す。

 ディセイバーの剣をダガーで受けたツウィグ。

 しかし、ディセイバーの剣を受け止めるには、些か不足が過ぎる。

 少年の小さな体を襲う衝撃は、彼を大きく吹っ飛ばした。


「……っゥ!」


 両腕に受けた衝撃は、上半身全体まで伝わり、ツウィグを強く痺れさせる。

 あまりに強い痛みに感覚が麻痺する。どこかふわふわとした感触で、ツウィグはできる限り強くダガーを握る。


(痛い……っ! 痛いけど、動かなきゃ! 止まったら殺される! すぐに次の攻撃が来る! 動け! 動け俺! 動け動け動け――――)


 ツウィグの背後、回り込んだカルシュがトンファーを構えている。

 迫り来る打撃。ツウィグはほとんど反射で横へと跳び、トンファーを回避する。

 しかし、狭い渡り廊下、回避に使える空間は多くない。

 三人の前衛に囲まれるツウィグは、まさに袋の鼠。

 致命傷を受けないように、危険な攻撃を見極めて耐え凌ぐのが精々だった。


(ダメだ。反撃の手立てが無い。避けても避けても終わりが見えない。攻撃の波が激しい、対応しきれない。少しずつ集中力が削られてく。勝てない。無理だ。殺される)


 そこにあったのは圧倒的な戦力差。

 そして、決定的な覚悟の差。

 ただアルカナンの命令に従って監獄へとやって来たツウィグとは違い、看守達は監獄を守るという強い意思でツウィグを追って来た。

 仲間をロウリに惨殺された怒りが、囚人を解放させるわけにいかないという使命感が、ここでツウィグを潰さなければ取り返しのつかないことになるという危機感が、彼らの攻撃を加速させる。

 ここまで、一方的に蹂躙されてきた。

 ロウリの呪術に、シャルナの蒼炎に、何人もの看守が無残に散った。

 そんな彼らがやっと掴んだ逆転の目。やっと襲撃者の目論見を挫けるというチャンス。

 やっとの思いで掴み取った千載一遇の好機に賭ける想いが、たった一人の少年へと一気に押し寄せているのだ。


(もう嫌だ。誰か、助けて……)


 完全に囲まれたツウィグ。

 看守の攻撃を何とか凌ぎながらも、その心は完全に折れていた。

 ただ惰性で躱し続け、痛みを恐れる本能だけが防御を取り続ける。

 肉体に染みついた習慣だけが、ツウィグに戦闘を続行させていた。


(なんで、俺が、こんな……こんな目に――――)


 運命を呪うツウィグの脇腹へ、前衛の隙間を縫うように飛来した水弾が命中する。


「あ、ぐ……っ!」


 ナウリアが放った魔術の直撃を受けたツウィグ。

 味方への誤射を恐れ、威力ではなく精度に重きを置いた一撃だが、ツウィグに膝をつかせるには十分な威力だった。

 胃液が逆流する感覚を覚えつつ、膝をついたツウィグ。

 そこへカルシュが振り抜くトンファーが直撃した。

 だが、それは――――


(打撃の瞬間に後ろへ跳ばれた。殴られ慣れてるな、こいつ……!)


 皮肉にも、ツウィグの習慣が致命傷に至らせない。

 殴打というのは、最も簡単な暴力の形だ。

 受け慣れたツウィグには、衝撃と痛みを最低限に抑える技が身に着いていた。

 ツウィグが吹っ飛んだ先。そこは第六層へと続く扉のすぐ近く。

 うつ伏せのツウィグが起き上がる前に、ディセイバー、コニア、カルシュの三人が走り出す。

 彼が起き上がる前に、その息の根を止めるべく。

 届く。

 今度こそ、その命に手が届く。

 圧倒的な戦力で監獄を蹂躙した襲撃者の一人に、やっと反撃の刃が届く。

 看守達の目にも、手を伸ばせば届きそうな距離に勝利が見えた、その時――――


 パタン。


 呆気ないほどに軽い音を立てて、扉が開く。

 扉の向こう側、第六層から顔を出したのは、彼岸花のような少女。

 僅かな赤を帯びた黒髪を垂らし、後ろには自信無さげな顔をした美少女を連れている。


「行って良いよ、ツウィグ。こっちは掃除してきたから」


 死神が地獄への戸を開けていた。

やっと掴んだ反撃のチャンスでもあり、十四歳の少年を七人がかりでボコボコにする恐怖映像でもある


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