第二十二話 死にゆく者達
ダラスの操る無彩の根は、音声や聴覚情報を輸送することはできない。
しかし、魔力を輸送することは可能なため、魔力を送るテンポやリズムで簡易な命令を信号として送ることは可能だ。
その指令は中央塔に待機していた看守全員に送られた。
それぞれの場所。それぞれの仲間と彼らはそれを受け取った。
「あーあ、ついに来ちまったな」
諦観と共に受け入れる者。
「絶対に勝つ! 勝って生き残るんだ!」
生存のため闘志に燃える者。
「ごめん。父さん、母さん……」
故郷の家族を想う者。
「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! どうして俺がこんな目に……!」
あまりの絶望に発狂する者。
心情はそれぞれ。
逃げ出したいだなんて、きっと誰もが思っている。
それでも、ダラスからの指令を無視して逃走する看守は、片手で数えられるほどしかいなかった。
どんなに救いの無い戦いでも、自棄になって手放すことはしない。
蛮勇と嗤うか。真の勇者と称えるか。
正義への供物達は、無彩の根を通って蒼炎へと飛び込んでいく。
***
監獄中央塔三階廊下、蒼炎の大量放出によって塔そのものを破壊しようとしたシャルナの下へ、無彩の根を通って送り込まれた看守達が殺到する。
シャルナが放った蒼炎によって廊下は火に包まれ、真っ青な火事場と化していた。
「怯むなぁああ! 突っ込めぇええ――――ッ!」
先陣を切るのはフォイル。
片手剣を振りかざし、シャルナへと特攻していく。
「ハッ! 出てくると思ったぜ! ここら一帯焼いちまえばなァ!」
青く燃え盛る炎の中心で、竜人が叫ぶ。
看守達にとって、それは青色の悪夢だった。
地獄の業火を思わせる灼熱の中、青い装束を身に纏った女は、無造作に撃ち放つ蒼炎を以て看守達を歓迎する。
「うおおおお――――ッ!」
フォイルは魔力防御を全開にし、蒼炎の中に正面から突っ込む。
丸焦げになりながらもシャルナへと接近し、右手に握った剣を突き出す。
「おいおい! 気合い入ってんじゃねーか!」
丸焦げのフォイルを、その剣ごと拳で砕きつつ、シャルナは高らかに笑う。
かつてフォイルだった黒炭のような何かを撒き散らし、看守達の方へと自ら走っていく。
蒼炎の一撃で粗方壊滅したかに思えた看守の第一陣。
しかし、前衛の看守達が身を挺して守ったことで、一人だけ魔術師の女性が生き残っていた。
「返して……」
魔術を得手としながら、この監獄に勤めてきた彼女。
長らく浮いた話が無かったが、つい先週、同じく看守の恋人ができた。
その恋人はついさっき、シャルナによって消し炭になったが。
「レン君を返してよっ!」
彼女が怒りと共に解き放った魔術。
それは赤く煌めく雷撃。全霊の魔力を込めて放った赤雷は、シャルナが虫でも払うかのように振り抜いた掌に弾かれる。
「安心しろって! すぐ会わせてやっから!」
シャルナは人外の脚力を以て疾走。
魔術師への距離を一気に詰め、その胸に拳を打ち込む。
彼女の胴体に風穴が空いた。
「あの世でな!」
見える位置にいる看守を全員殺し、一息つきかけたシャルナ。
背後から迫った看守が、その首筋にダガーを突き立てる。
しかし、竜人の強靭な皮膚の前では、半端な武器などなまくら同様。逆に突き立てたダガーが刃こぼれする結果となった。
「呼んだか?」
「ありえない……!」
シャルナの背後を取った看守は至近距離からの蒼炎を浴びて焼死。
青く揺らめく焔の向こう側、無彩の根を通って供給された看守達が陽炎のように見えた。
それは背後にも同じこと。そこら中に張り巡らされた無彩の根は、絶えず大量の看守を送り込んでくる。
「うじゃうじゃ湧いてくるようになったなぁ。ゴキブリか?」
無彩の根は中央塔の至る所に伸びている。
ダラスはシャルナと看守の位置関係を考え、シャルナの死角から攻められるように、看守達を次々と送り込む。
送り込まれては、焼き殺されていく。
監獄の厳しい訓練で鍛えられているはずの看守達は、シャルナの前で次々と無残な焼死体に姿を変えていく。
「それは、お前達の方だろう!」
一人の看守がシャルナの両腕をホールドする。
彼女の蒼炎によって瀕死寸前の彼だが、死力を尽くしてシャルナに掴みかかっていた。
「裁いても裁いても、絶えず湧いて出る害虫! それはっ、お前達の方だろうが!」
「ひっでーな。こっちは楽しく生きてるだけだぜ」
看守の叫びをシャルナは冗談交じりに茶化す。
彼の命をかけた雄叫びでさえ、彼女にとっては明日になれば忘れるような冗句に過ぎない。
「俺ごとやれ!」
シャルナにしがみつく看守の背後、他の看守が大剣を振りかぶる。
彼の痛ましい覚悟を表すかのように、その目には涙が滲んでいた。
「オッケー! お前ごとな!」
しかし、答えたのはシャルナ。
看守二人の覚悟を嘲笑うように、シャルナは解き放つ蒼炎で両者をまとめて灰燼に帰した。
黒焦げの人型となって崩れた彼らを蹴飛ばして、シャルナは前方の看守に蒼炎を向ける。
弓矢を構えていた看守が、左上半身を消し飛ばされた。
まさに地獄絵図。
彼女が無造作に撒き散らす青い焔が、無秩序に看守を葬っていく。
青い火に包まれた廊下で行われる戦闘は、理不尽という言葉を体現するかのような虐殺であった。
「こ、殺してやるぅうううっ!」
半狂乱になりながら、武器を片手に突っ込む女看守。
シャルナは拾った剣を投げつけ、彼女の片脚に命中させる。
その拍子に足がもつれて転んだ彼女に、シャルナはトドメとばかりに蒼炎を浴びせた。
過剰火力で焼き尽くす人体。人肉の焼ける臭いが充満し、あたりは煙と炎に覆われる。
そんな中、炎の中を食い破るようにして伸びて来たのは、白と黒の幾何学模様が特徴的な木の根。
看守達の猛攻の中、紛れるように伸びて来た無彩の根を、シャルナは反射的に掴んでいた。
次の瞬間、シャルナの視界が切り替わる。
彼女が無彩の根を通って運ばれたのは、中央塔二階の食堂。高い天井と比較的広い空間が特徴の大広間。
天井に張られた無彩の根まで輸送されたことで、シャルナは食堂の宙空に放り出される。
床では攻撃魔術の詠唱を終えた十数人の看守が、宙空のシャルナを待ち構えていた。
「マジかぁー」
一斉に放たれる攻撃魔術。
監獄の中でもとりわけ優秀な魔術師によって為される集中砲火は、シャルナに全弾命中した。
四方八方からの攻撃魔術を受けつつも、床に着地したシャルナ。
無傷。少し煤汚れているものの、血の一滴も流さずに、シャルナは床へと降り立った。
「効くぅ~!」
「ふざけやがって……」
ふざけた口調で看守達を煽るシャルナ。
おちゃらけた声音とは裏腹に、その右手に凝縮する蒼炎の熱量は笑えない火力にまで達している。
凝縮され、膨れ上がった青い炎。
放るだけでこの場の看守を皆殺しにできるだろう量の炎を、シャルナは右手の中に湛えていた。
「ちゃんと効いたぜ? あと百発くらい当たれば、私もぶっ倒れちゃうかもな」
皮肉めいた挑発と共に、シャルナは蒼炎を解き放つ。
彼らがシャルナの煽りに対する怒りを覚えるよりも早く、焼き殺す算段だったシャルナ。
しかし、それは看守の中にいた一人の男によって狂わされる。
「魔術発動後の無防備な魔術師相手なら、意気揚々と撃ってくると思っていた」
看守陣の中に混じっていたダラスは、放たれる蒼炎に対して無彩の根を合わせ、シャルナが撃った蒼炎を吸収。
そして、その場で無彩の根をUの字にカーブさせ、蒼炎の出口をシャルナの立つ方向に調整する。
無彩の根による輸送を活用して、シャルナの蒼炎を跳ね返した。
「ヤベっ……!」
奇襲に近い形での蒼炎の反射。
距離のあった直通路の時とは違い、シャルナには蒼炎を再び放って相殺する時間的余裕が無い。
シャルナは自らが撃ち放った蒼炎を、魔力で強化した自身の身体で受ける他無かった。
蒼炎の直撃を受けたシャルナ。
致命の一撃とはいかずとも、それなりの火傷とダメージが入ったように見えた。
「これも百発必要か?」
「くっそ! おっさん二号め!」
監獄中央塔で行われるシャルナ討伐戦。
ダラスを交えた本格的な組織戦闘へ、戦況は移行していた。
片手で数えられるくらいは、逃げてるってのがミソ




