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君の不在証明  作者: 讀茸
第二章 監獄落とし

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第二十話 既視感

 第四層の広間にまで走ってきたディセイバー達を待っていたのは、何十という看守の死体、そしてロウリ・ゴートウィストだった。


「嘘だろ……?」


 ロウリは監獄の内情についても熟知している。

 緊急時の集合場所として、第四層の広間が指定されていることも、無論知っている。

 あの通信後に、最も看守が集まるであろうこの場所に直行し、現れる看守を片っ端から殺していたのだ。

 まさに絶望。これから探ろうとしていた勝利の糸口は、既にロウリが先手を打って潰していた。

 ディセイバーは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。


「おい。何ビビってんだよ、ディセイバー」


 震えるディセイバーの隣で、コニアが発破をかける。

 彼女は死体の海を見ても怯むことなく、腰の短刀を抜いていた。


「よく見ろ。まだ戦ってるヤツらもいる。あのロウリってヤツだって、この数相手に圧勝ってわけじゃねー」


 コニアの指摘した通り、広間の看守は全滅というわけではない。

 壁に手をつきながら、ほとんど膝を折りながら、夥しい量の血を流しながら、まだ十数人の看守はロウリとの睨み合いを続けていた。

 その中にはディセイバー達の同期であるバンデス・ドルグの姿も見えた。

 額から血を流しつつも、大盾を持って床を踏みしめている。


「足掻くぞ。この中じゃ無傷のあたしらが最大戦力だ」


 コニアは短刀を構え、戦意の灯った瞳でロウリを見据える。

 その立ち姿に迷いは無く、死体を量産したロウリに対しても、過度な恐れは抱いていない。


「はい」


 その勇姿に煽られ、ディセイバーも剣を抜いた。

 確かに、ロウリは格上だ。

 けれど、ここまで相当な連戦を強いられているのも事実。

 ここには、コニアやナウリア、バンデス達のような仲間もいる。

 勝機はゼロではない。

 そう、ディセイバーが考え始めていた時だった。


「やらなきゃいけないことがあるのに、面倒臭くて後回しにしたくなった時」


 不意に、ロウリが口を開いた。


「私はそういうの、ちゃんと終わらせとくタイプだったんだけど。最近は後回しにしても良いんじゃないかって思うんだ」


 一見して、意味の分からない語り。

 皮肉にも、ディセイバーだけがその意味を理解してしまった。

 これはロウリの今の状況を表しているのだと。

 殺さなくてはいけない看守を、広間に溜め込んでいるこの状況を。


「いつやったって、結果は同じなんだから」


 言葉と同時、放たれたのは十七本の剣。

 赤黒い鋼鉄で構成された剣は、ロウリの呪術によって射出される。

 飛来する剣は十一人の命を奪い、二人に手傷を与える。

 コニアは自身に迫る剣を短刀で弾き、ディセイバーは自身とナウリアへ迫る二本の剣を捌いて見せた。バンデスは大盾で剣を受けるも、その衝撃で腕が痺れた。


(速いっ……! ほとんどの看守が反応できてなかった! これがロウリ・ゴートウィストの魔術……!)


 一瞬にして看守の命を奪ったロウリの魔術に対して、ディセイバーは内心で驚愕する。

 呪術の術式をブレンドしたロウリの魔術は、ほとんど呪術としての性質を獲得。本来のロウリの才能に見合った発動速度に至っていた。

 剣の射出と同時、ロウリは大鎌を形成。

 鋼鉄の重みを感じさせない軽やかな動きで、一人の看守をバッサリと両断する。

 ロウリは斬り殺した看守をバンデスの方へと蹴り出し、自身もそれに追随するように駆ける。


(見えない! どっちから来る……!?)


 正面に盾を構えたバンデス。

 ロウリが蹴り上げた死体によって視界を塞がれ、彼はロウリの姿を捉えられない。

 正面に構えた盾を、右に出てかいくぐるのか、左から躱すのか。

 バンデスは刹那の間に左右の二択を迫られる。

 瞬間、蹴り上げられた死体の右側に見えた、赤黒い鎌の刃先。


「右……!」

「残念」


 右方へと意識を取られたバンデスの脇腹に、ロウリの蹴りが突き刺さる。

 大鎌を右に投げることで、バンデスの意識を右方へと引き付けたロウリは、自身で左側に回り込み、直接蹴りを叩き込んだ。

 傷口に刺さった靴先は、バンデスを床に倒れさせる。

 血で汚れた床に転がったバンデス。その頭上でロウリは一度投げだした大鎌をキャッチし、彼に向けて振り下ろす。


「づゥ――――ッ!」


 大盾で鎌の刃先を受け止め、何とか踏ん張るバンデス。

 盾で受け止めたとはいえ、押し付けられる刃の圧力に、バンデスの体は軋みを上げた。


「斧とかにしとけば良かったな」


 必死の形相で耐えるバンデスとは対照的に、ロウリの声には真剣さが無い。

 今朝は紅茶を飲みたい気分だったのに、いつもの癖で珈琲を淹れてしまった、程度のトーンで喋っている。

 バンデスを鎌で圧し潰さんとするロウリ。

 その側方から、短刀を携えたコニアが迫る。


(槍だろうと鎌だろうと、柄の長い武器は寄られりゃ弱い。一気に詰める!)


 ロウリの得物が長柄武器であることを考慮し、コニアは接近戦をしかけていく。

 一般的に長柄武器の弱点とされる間合いの内側に入り込み、小回りの利く短刀で有利を取ろうという戦法だ。

 一息にロウリへの距離を詰めたコニアは、短刀で狙いを定める。

 しかし、そんな彼女に先んじて、ロウリの放った左の拳がコニアの鼻っ面を挫いた。


(縦拳!? 魔術師がここまでの体術を……!)


 鋼鉄魔術は武器を構成するという性質上、近接戦闘の技術もある程度求められる。

 特にローストンほどの魔力量を持たないロウリは、質量戦で有利を取りにくく、コンパクトに戦うための武芸百般をゴートウィストで習得した。

 それは剣術や槍術のみに留まらず、体術や格闘術としてもロウリの中に生きている。

 初速の早い拳でコニアの虚をついたロウリ。軽くノックバックしたコニア。ロウリ自身が一歩引いてやれば、そこは大鎌に最も有利な間合いである。


「く……ッ!」


 ロウリが水平に振り抜く大鎌。

 二の腕を掠めた痛みに舌打しつつも、コニアはバックステップで距離を取る。 

 ロウリが鎌をコニアへの攻撃に向けたタイミングで、バンデスもロウリの間合いから脱出。

 一時的に、ロウリを孤立させる。


「魔術師を放置するなんて、余裕だね」


 そこへ叩き込まれる、ナウリアの水属性魔術。

 唸りを上げて放たれるは、大質量の水の砲撃。

 十分に魔力を練り上げた上で打ち出す攻撃魔術は、魔術師に相応しい超火力。

 しかし、ロウリは焦りもせず、余裕を持って鉄の防壁を展開。

 前方に作り出した鉄の壁で、水の砲撃を防いで見せた。


(見てから防御間に合うなんて、自信無くすな。敵ながら天才だ。でも――――)


 鉄壁に阻まれ、大量の水飛沫となって散る水属性魔術。

 広間全体を埋め尽くさんばかりの雫と飛沫が舞い上がる中、彼は戦場を駆け抜ける。


天才(それ)はそっちだけのものじゃない)


 ナウリアが心の中で呟く、彼自身は決して認めないだろう呼称。

 少年は飛沫の中を一息に走り抜け、ロウリの背後にまで回り込む。

 水飛沫に紛れての奇襲。

 しかし、その程度の策で虚をつけるほど、ロウリ・ゴートウィストは甘くない。

 背後から迫るディセイバーに、ロウリは剣を構築しつつ向かい合う。

 向かい合って初めて気付くのだ。


(素手……?)


 広間に入った時は剣を持っていたはずのディセイバー。

 しかし、今ロウリの目に映るディセイバーは、その手に何も持っていない。

 否、何も持っていないように見えるだけ。


(光学魔術。周囲の景色と同化するように光を纏わせて、対象を疑似的に透明化させる。魔力消費も激しい上に、効果時間も短い。そのくせ、光がブレるから完全には透明化できない)


 ディセイバー・オルティクス。

 彼が光学魔術を習得したのは、ロウリに完敗を喫した後のこと。

 剣だけでは敵わぬ相手がいると知り、せめてもの抵抗にと学んだ小手先の技。


(それでも、初見で虚をつくには十分。こいつと純粋な剣技で勝負したら勝ち目は無い。勝負は一瞬。ナウリアさんが作ったこのチャンスに、初見殺しで仕留め切る――――!)


 突き出すは不可視の刃。

 完全に透明化できないとはいえ、大量の水飛沫が散る中、ディセイバーの剣を目視で確認することは不可能。

 透明な剣は一直線に、ロウリ・ゴートウィストの心臓へと迫る。

 見えない剣筋。

 見えないが、しかし、皮肉にも。

 ロウリはそれを覚えていた。


「――――は?」


 ロウリが振り上げた剣の一閃。

 赤黒い剣閃が、ディセイバーの剣を弾き上げる。

 ディセイバーの手から離れたことで、光学魔術が解け、その刀身が露わになっていた。


「なんで……?」


 不可視だったはずの攻撃を捌かれたディセイバーは、無意識の内に問いかけていた。

 何故、透明の剣筋が見えたのか。何故、今の初見殺しさえも攻略できたのか。

 どうして、ここまでしてなお、届かないのか。


「うーん、既視感?」


 それは運命の悪戯。

 ロウリ自身は覚えていないにせよ、かつてディセイバーと行った模擬戦は、無意識の領域で彼女の身体に刻み込まれていた。

 無意識的にではあるが、ディセイバーの攻撃はロウリにとって覚えのある剣筋だったのだ。

 その覚えが既視感という形で作用し、ロウリは直感的にディセイバーの攻撃を捌くに至った。


「良い攻撃だったよ。来世では上手くいくかもね」


 剣を弾かれ、身を守る武器を失ったディセイバー。

 目の前には、剣を振り上げるロウリの姿。

 それは彼にとって死神のようだった。

 赤黒い刃を以て、命を刈り取る死神に見えたのだ。

 一度はディセイバーの心を殺し、今度は命そのものを奪っていく。

 無慈悲に振り下ろされる死神の刃は――――


「ぅ、ぉおおオオオオ――――ッ!」


 雄叫びと共に、飛び込んできたバンデスが受けた。

 大盾を持ったままでは間に合わないと判断し、何も持たぬまま飛び込んできたバンデス。

 ディセイバーを殺すはずだった剣は、彼の胸に突き刺さった。


「バンデスさん……っ!」


 ディセイバーへのトドメを阻まれたロウリは、一瞬だけを目を見開くが、すぐに元の無表情に戻る。

 単にトドメを刺す順番が変わっただけ。

 すぐにこの獣人から剣を引き抜き、返す刃でディセイバーを斬れば良い。

 右手で剣を引き抜こうとしたロウリだったが、奇妙ま手応えに動きが止まる。

 抜けない。

 バンデスが剣の刀身を力強く掴み、自身の体に刺さった形で固定しているのだ。


「楽に死んでおけば良いのに……」


 ロウリはだるそうに呟く。

 だが、彼女の侮蔑すらはねのけるように、バンデスは強く刀身を握る。

 強く、強く、その掌が刃に裂かれようとも。


「みんな、俺を認めてくれた……っ、獣人の俺をいじめなかった……! 対等に接してくれたっ、みんな、俺が守るん、だ…………」


 声にならない叫びを絞り出しながら、獣人は静かに力尽きていく。

 監獄に居場所を見出した男の、呆気なくも勇敢な最期であった。

 他人のために命をかけた男を、ロウリは軽蔑の視線を以て見下ろす。

 終始無表情だったロウリの目に、今初めて、明確な嫌悪が宿っていた。


「下らないよ、そういうの」


 侮蔑を吐き出すロウリの背後。

 コニアが短刀を持って、襲いかかる。

 ロウリはバンデスに刺したままの剣を手放し、屈んでコニアの強襲を回避。

 回避するモーションと共に構成した短剣で、彼女の脇腹を切り裂いた。


「チィ……ッ!」


 二の腕と脇腹。

 二か所からの出血に眩暈を感じつつ、コニアは渋い顔で後ずさる。

 コニアが受けたのは本来軽傷と言って良いような切り傷だが、ロウリの呪術によって失血死の危機ある重傷となっていた。


「手の届く部分だけ守ってヒーロー気取り。弱い人は気楽で良いね。……いや、何イラついてるんだ、私は」


 バンデスの死に際に苛立ちを感じるロウリ。

 だが、その苛立ちにさえ、自ら首を横に振る。

 弱者の怒りも、綺麗事を押し付けられる不快感も、馬鹿正直に受けてやる義理は無い。

 気に入らないなら、殺すだけだ。論理も理性も必要無い。

 どこまでもエゴイスティックに、この心が赴くままに。

 そういう生き方を選んだはずなのだから。


「全員殺す。シンプルにいこう」


 無邪気な殺意を以て、ロウリは武器を構成し直す。

 作り出したのは長柄の棍棒。

 トーキン・ノックスとの戦いでも使用した暴力の結晶だ。

 見渡す敵は三人。得物を失くした剣士。失血死の近い短刀使い。丸腰の魔術師。

 ロウリが彼ら三人の命を奪おうと、改めて決めたその時。

 轟音と共に、広間の扉が蹴破られる。

 その衝撃で吹っ飛んできた扉を、ロウリは棍棒で弾き返した。


「随分派手に暴れてくれたなァ。ロウリ」


 扉を蹴破って現れたのは、二本の剣を携えた看守。

 焦色の癖っ毛が特徴的な、三白眼の狂戦士。


「出たな。バーンドット」


 監獄最強が、ロウリの前に立ちふさがった。

 


 

馬鹿になるって、賢くなるよりも難しかったりする

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