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君の不在証明  作者: 讀茸
第二章 監獄落とし

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第十八話 潜在能力

 スウェードバーク刑務所に併設された裁判所。

 そこからは管理者専用の直通路が伸びており、監獄中央塔一階まで繋がっている。

 窓の一つも無い殺風景な通路は、トンネルに似ている。

 暗い直通路を満たすは、乾いた空気。

 カラッとした風を切って通路を駆けるは、鮮烈な青色。

 蒼天を思わせる青い髪をたなびかせて、シャルナ・エイジブルーは直通路を疾走していた。


「ん?」

 

 光の通らない直通路。

 視覚ではなく魔力探知を以て、シャルナは前方の人間を発見する。

 待ち受ける人影。そのシルエットをおぼろげに捉えながらも、彼女が足を止めることはない。


「誰だかしんねーけど、ぶっ殺すぜ!」


 疾走の勢いを緩めぬまま、掌に集約した蒼炎を解き放つ。

 射出するは巨大な炎球。

 さほど狭くはない直通路。しかし、炎の球は直通路を覆い尽くすほどのサイズを以て、前方の人影に襲いかかる。

 逃げ場の無い直線通路。

 蒼炎は容赦無く、シャルナの前に立ちはだかった何者かを焼き殺す――――ことはなかった。


(……消えた?)


 遥か前方、シャルナの放った蒼炎が消失する。

 防御によって受け切られたわけでもなく、さらに上の火力で掻き消されたわけでもなく、不意に消失した炎球。

 シャルナが疑惑を抱いて立ち止まった直後、今度はシャルナの方へと蒼炎が迫っていた。


「おいおい! マジかよ!」


 急にUターンしたかの如く、シャルナへと肉薄する蒼炎。

 シャルナは新たに蒼炎を打ち出し、同等の威力の炎を以て、自らに迫る炎球を相殺する。

 ぶつかり合う蒼炎と蒼炎。

 吹き荒れる熱風と火の粉の先に、シャルナはようやく彼の姿を視認した。


「炎を出して相殺したな。お前の炎はお前自身を焼けるらしい」


 立っていたのは、無彩色の男。

 あらゆる色彩を排して、黒と白と灰色だけで構成されたような、無機質で中立的な立ち姿。

 ある意味、統一された看守服が誰よりも似合っている。


「葡萄のように嬉しい収穫だ。少なくとも一つ、お前を殺せる手立てがある」


 ダラス・モノトロームは、昏い瞳でシャルナを見据える。

 どこまでも落ちていく奈落のような、底の無い闇を孕んだ伽藍堂のような、空虚な広がりを感じさせる眼をしていた。


「反射か? 良い魔術持ってんじゃんよ。そんなもん引っ提げといて、さっきまでの喧嘩に割り込む度胸は無かったみてーだけどな」


 シャルナは皮肉混じりに言う。

 彼女は言外に嗤っているのだ。

 シャルナに対する鬼札となり得る魔術が手元にありながら、ローストンに加勢せず中央塔にいたダラスの臆病を、嗤っているのだ。

 

「良い魔術、か」


 対して、ダラスは儚げに呟く。

 その声音に滲んでいたのは、シャルナに煽られた怒りではなく、今は亡き友への追憶。

 かつて、ローストン・ゴートウィストからも、同じ言葉を受け取っていた。

 ダラス・モノトロームが使う魔術への賞賛を。

 不器用な言葉で紡がれる賛辞を。


「私の魔術は低木のように矮小なものだが……確かに、お前の蒼炎(それ)よりは上等だろう。焼き殺すだけの炎と比べれば、私の魔術にも幾らかの価値はある」


 自嘲と軽蔑を以て、ダラスはシャルナを睨み返す。

 暗い通路に溶けゆくような無彩色は、瞼を焼くほどに鮮烈な青色を睨む。


「来い。犯罪者」

「ハッ、ぶっ殺してやるよ」


 裁判所と中央塔を繋ぐ直通路。

 監獄の命運を賭けた戦いは、青い焔と共に幕を開けた。


     ***


「先、輩……?」


 ロウリが投擲した刃が、カルシュの肩に突き刺さる。

 あまりにも不意に投げられた赤黒い刃は、凄まじい切れ味を以て、カルシュの肉を切り裂く。

 深々と突き刺さった刃。夥しい量の血液が溢れ出し、噴水のように噴き上がる。

 その惨憺たる傷害の全容を、リスタルはその瞳でくっきりと捉えていた。


「先輩!? 先輩っ!」


 肩に刃を受けたカルシュが、リスタルの方へと倒れ込む。

 リスタルは反射的にカルシュのことを抱き止めていた。

 不気味な色の刃は、彼女の肩に深く刺さったまま。

 ただの負傷とは思えないような量の血液が、びしゃびしゃと音を立てて流れていく。


「何、してる……リス、タル……逃げ、ろ――――」


 うわごとのように呟くカルシュ。

 彼女の足掻きすらも嗤うように、ロウリは背丈ほどの槍を構成。

 赤黒い投擲槍が、ロウリの手の中に収まる。

 モーションはコンマ数秒。

 滑らかなフォームから放たれるのは、剛速の槍。

 稲妻を思わせる速度で肉薄する槍は、人二人など容易く食い破る貫通力を誇る。

 カルシュとリスタルは、ロウリの投げた槍によって串刺しとなる――――かに思えた。


「――――っ!」


 カルシュを抱えたリスタルが跳ねる。

 カルシュを抱えたまま、側方へと跳び退いたリスタルは、迫る槍を回避して見せた。

 的を外した槍は鉄製の床に激突し、チィーと火花を散らして滑った。


(避けた。勘で跳んだだけ? いや、今のはそんなマグレじゃない。あの看守、私の投擲を()()()()避けた)


 深傷のカルシュを抱きしめたままのリスタル。

 強く見開かれた彼女の目尻には、微かな涙が滲んでいる。

 そのターコイズブルーの瞳を、ロウリは灰色の両眼を以て見下ろした。


(見えてる。私の動きが)


 ここまで、出会った看守を難無く撫で斬りにしてきたロウリ。

 第二層にして、初めて出会う。

 自分と戦闘を成立させられる程度には成熟した使い手。

 ロウリはリスタルとの戦闘に備え、右手に鉈を錬成する。

 赤黒い片刃の鉈は、斬り合いにも投擲にも適した、使い勝手の良い武器種。 

 近距離戦と遠距離戦。どちらにも対応できる構えで、ロウリはリスタルを見据える。


「……っ」


 しかし、涙目のリスタルが選んだのは逃走だった。

 ロウリに背を向けて、カルシュを抱えたまま走り去っていく。


(逃げるんだ)


 やや肩透かしを食らうロウリ。

 しかし、思考をすぐに白兵戦から追撃戦に切り替え、手に持った鉈を投擲する。

 回転をかけて放った鉈は、一見してリスタルらとは逸れた方向に飛んでいく。

 だが、特殊な鉈の形状とロウリが投擲の際にかけた回転により、鉈は燕の旋回にも似た軌道を描き、斜め後方から逃走者に襲いかかる。

 監獄の廊下に描き出される、赤黒い曲線軌道。

 それすらも、ターコイズブルーの流し目が見切っていた。

 リスタルはカルシュを抱き抱えたまま、軽やかに跳躍。

 投げられた鉈は、彼女の下を通り抜けていった。


(すごい身のこなし。その上に速いな。何より――――)


 カルシュを抱えて走り去っていくリスタル。

 その後ろ姿を眺めながら、ロウリは一人呟く。


「良い眼をしてる」


 僅かな攻防の間に、リスタルが見せたポテンシャルの高さ。

 その中でもロウリが最も高く評価したのは、抜群の視覚であった。

 動体視力や視野の広さはもちろん、何か特別なものが見えているのではないかと思わせる動きをしていた。

 逃走する背中をぼんやりと眺めて、ロウリは仕留め損ねた看守に対する不思議な感慨を抱く。

 今の監獄は、あれだけの潜在能力を秘めた者に、こうも簡単に出会えるのか、と。


「追わないのか?」


 思索に耽っていたロウリに声をかけたのは、扉の向こう側に隠れていたツウィグ。

 ボサっとした白髪の間には、青カビのような灰緑色の瞳が覗いている。

 その背後には、ルーアもついて来ている。


「良いよ。寄り道してる暇も無いし。早く六層まで行かないと」

「ねえ、ロウリ。ここ血生臭いよぉ。早く先行こぉ……」


 ルーアが猫撫で声で言う。

 恐らく、先に進めば進むほど血の臭いはひどくなるが、ロウリはあえて黙っていた。

 この作戦は割とスピード重視だ。

 変にルーアの意思を削いで、行軍スピードを落とされても困る。

 だが、他に指摘するべき部分が一つある。

 

「ツウィグ。魔眼使ったでしょ。六層まで温存しといてって言ったのに」

「……援護になると思ったんだ。攻撃、当たってなかったし」

「当て方なんて、いくらでもあるよ。そんなことより、ツウィグの眼が消耗すること、看守に手の内がバレる方が重い。魔眼はツウィグ自身に危険が迫ったタイミングでだけ使うこと。良い?」

「……分かった」

 

 監獄の看守というのは、組織戦闘に秀でている。 一度手の内を晒せば、あっという間に看守内で共有され、対策を練られる。

 ロウリの存在によって通信は制限できているが、口伝での伝達だからと侮るわけにもいかない。

 

「行こう、六層。切り札が待ってる」


 反省はそこそこに、ロウリは再び歩き出す。

 目指すは監獄第六層。

 最悪の犯罪者達が集う、悪意と暴虐の坩堝である。

 

ロウリとツウィグの間には、戦略家としても大きな隔たりがあるっぽいですね

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