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君の不在証明  作者: 讀茸
第二章 監獄落とし

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第十六話 逃走者達

 カルシュによる刑務所案内を終えたリスタルは、昼休憩に寮の食堂を訪れていた。


「好きなものを頼め。奢ってやる」

「うおー! マジすか! あざまーす!」


 テーブル席に座ったカルシュとリスタル。

 奢ってもらえるということでテンションが爆上がりのリスタル。

 素直に喜んでいるリスタルを見て、カルシュも内心ご満悦だ。

 カルシュ・フォビア。

 末っ子だったということもあり、年下に対しては先輩風を吹かせがちだ。


「相変わらず先輩風吹かせてるね、カルシュ」


 そんな二人に声をかけたのは、テーブルの側に立った長身の男。

 引き締まった細身で、手脚が長い。

 看守服も軽く着崩しており、お洒落な眼鏡をかけていることもあって、少しチャラい印象を受ける男だ。

 その後ろにはもっと大柄な男が立っている。


「チッ、ウーズか。なんだ? またいちゃもん付けに来たのか? 今の私に貴様の相手をしている暇は無いんだ。あっち行け」

「まあ、そう言うなよ。覚えてるか? この前の模擬戦の賭け。負けた方が飯を奢るっていう……」

「あー! 分かった分かった! さっさと座れ。……くそ、完全に忘れてた」


 カルシュに声をかけたウーズという人物には覚えがないリスタルだったが、その後ろに立つ大男は知っていた。

 ローゴン・ラーマード。

 リスタルとは同期であり、同期の中では一番でかい。

 その恵まれた体躯への畏敬を込めて、リスタルは彼をローゴンニキと呼んでいる。


「おー! ローゴンニキ!」

「っす」

「ローゴン、なんでも好きなの頼めよ」

「ゴチになります」

「おい待て。そこの新人の分も私の奢りか? ……いや良い。奢る。奢るよ。だからそんな目で私を見るな」


 ひょんなことから三人に昼食を奢ることになったカルシュ。

 その表情には僅かな焦りが滲んでいる。

 主に急激に寂しくなるであろう懐事情への焦りだ。


「ローゴンニキも今日は案内?」

「ああ、第六層まで行った」

「へえー、じゃあ私と同じだ。なんかビビったよね、六層って」

「空気が異様だった」

「だよねぇ。なんかビビるよなぁ」

「バンデスは吐いてたぞ。途中で見た」

「マジで? 見かけによらずメンタル弱いからなぁ。バンデス」


 バンデスもリスタル達の同期だ。

 獣人ということもあり、ローゴン同様体格に恵まれているが、心優しく臆病な性格をしている。

 寡黙だが負けず嫌いなローゴンや、お調子者で陽気なリスタルとは、対極に位置するような男だ。


「へえ〜、今年の新人は仲良いね。俺らの時なんて大変だったんだよ。カルシュが誰彼構わず噛みつくからさー」

「黙れ、ウーズ。そもそも、人間関係に問題があったのは貴様の方だろう。同期の女性看守を何人もたぶらかしていたのは誰のことだ?」

「おっと。そこまでにしようか、カルシュ。それ以上言うなら、君が同期のみんなに疎まれて、部屋で一人泣いていた話を……」

「おい黙れ! あれは……そのアレだ。目にゴミが入ってだな……」


 恥ずかしい過去を暴露され、カルシュは顔を真っ赤にして弁明する。

 ウーズに揶揄われて赤面するカルシュ、という構図は彼らの同期であれば、何度も見たことのある光景だった。


「大丈夫ですよ! カルシュ先輩! そういう所も可愛いですから。ローゴンニキもそう言ってます」

「うっす」

「くっ……! ウーズ、貴様ッ……!」


 リスタルはフォローのつもりで言った言葉だったが、カルシュの羞恥心をさらに煽る結果しかならなかった。

 ローゴンもリスタルも、こういった繊細な気遣いやコミュニケーションは苦手なのだ。

 カルシュはプルプルと震えて、ウーズへの怒りを募らせるばかりだ。


「そういえば、新人はこの後合同訓練だろう?」

「おい。私に恥をかかせるだけかかせて、このまま話を戻す気か?」

「多分、バーンドットが出てくる。キツいこと言われるだろうけど、あんまり気を落とさずね」


 怒れるカルシュはスルーして、ウーズは後輩二人に話題を振る。


「バーンドット? っていうのは何ですか?」


 聞き馴染みの無い言葉に、リスタルは首を傾げる。


「バーンドット。元は俺達と同期だったんだけどね。今は出世……というより、戦闘指南役っていうちょっと変わった役職を与えられてる。簡単に言えば、ダラス看守長直属の単騎兵力って感じかな」


 バーンドット。孤児故に性は無い。

 彼女は元々ウーズ達と同期の看守であったが、今はかなり特殊な立ち位置にある。

 戦闘指南役という役職も、バーンドットのために作り出された役職であり、彼女を運用するためだけにあるポジションだ。


「シンプルな一対一の戦闘なら、間違いなくこの監獄最強だよ」


 監獄最強。

 その称号にリスタルとローゴンは目を見開く。

 午後に控えた合同訓練に対して、二人は期待と緊張を抱く。

 最強との対面を前にして、彼らは少し身震いした。

 

     ***


 期待なんてするものじゃない。

 膨らませれば膨らませるほど、裏切られるものなのだから。

 訓練場の端、仲間達と訓練風景を眺めながら、リスタルはそんなことを思っていた。


「おらおら! こんなもんかウマヅラ! 根性見せてみろやぁ!」


 訓練場の中央では、バンデスが一人の看守にシバかれている。悲惨だ。

 バンデスをボコボコにしているのは、癖っ毛の女性。鞘に入ったままの剣を両手にそれぞれ持ち、二刀流でバンデスを叩きのめしている。

 看守服も着崩しているなんてレベルではなく、最早制帽すら被っていない。

 三白眼は獣のようにギラついていて、バンデスをシバき倒す様子はまさに蛮族だ。

 あの野蛮人がこの監獄最強のバーンドットさんらしい。

 監獄最強というのだから、カリスマ性と華を併せ持った強者を想像していたリスタルだったが、実際に出て来たのは暴力の化身。

 ちょっと思ってたのと違う。


「おらぁ! 次ィ!」


 剣入りの鞘で顔面を殴打されたバンデスが、勢いよく地面に倒れる。

 今の一撃で完全にノックダウンしたらしい。

 這うようにして、隅っこのリスタルらの方へ移動してくる。


「手も足も出なかった。やっぱりダメだ、俺……」

「なーに凹んでんだよ。よく粘った方だろ」

「どんまい」


 落ち込むバンデスは、ナウリアとコニアに慰められている。

 図体は大きいバンデスだが、気は小さい。

 バーンドットに一方的にボコボコにされて、自信を失っているようだ。


「バンデスはよくやった方だ。少なくとも五分は保った」

「うんうん。新記録じゃない? ナイス持久力!」


 ローゴンの言葉に、リスタルも追従する。

 午後の合同訓練。

 実践形式として称して開始されたのは、看守が一人ずつバーンドットと戦う――――もとい、フルボッコにされるイベント。

 今の所、バーンドットに勝てた人はゼロ。

 それどころか、ほとんど全員が手も足も出ずに、転がされている。


「あの人ヤバいって。看守側にいて良い人なの? どっちかというと、牢屋に入れとくべき人じゃない?」

「あ゛あ゛ぁ!?」

「なんでもありません!」


 ここまで、ボコボコにやられている新人看守陣。

 突然やってきた怖い人にボコられるという状況が、リスタルにとっては少し悔しかった。

 もう残っている新人看守は、ディセイバーとリスタルしかいない。

 

「こうなったら、もうディセイバー君で勝つしかない。連戦でバテさせてから、ディセイバー君で決めに行けばワンチャン……?」

「無理ですよ」


 リスタルの希望論は、ディセイバー自身が否定した。


「俺じゃ勝てない」


 やけに断定的な口調だった。

 ディセイバーの戦闘能力は、同期の中でも群を抜いている。

 バーンドットが如何に強者と言えど、連戦の疲れも思えば、ディセイバーにも良い勝負ができそうなものだ。

 それを無いと断言するディセイバーの心象が、リスタルには分からなかった。


「前から思ってたんだけどさ、ディセイバー君って変な所で卑屈じゃない? 私達の中で最年少かつ最優秀な自覚ある?」

「……そんなこと、本当に強い人間を知らないから言えるんです。真の強者の前では、俺なんて虫ケラ同然だった」


 上には上がいる。

 当然といえば当然のことだが、どうしようもなく残酷な現実でもある。

 どれだけ積み上げようとも、どれだけ才に恵まれようとも、決して一番にはなれない。

 半端な才を持って生まれた人間は、下手な凡人よりもずっと、その現実と直面させられる。


「そういう人間から逃げて、俺は監獄(ここ)まで来たんです」


 同年代の中では、一際優秀だったディセイバー。

 そんな彼が戦闘職の花形である騎士の道を捨て、僻地での監獄勤務を選んだ理由。

 それは、自信が無かったから。

 自分よりも遥かに才能ある人間に追われる恐怖。自分よりもずっと強い人間に挑み続ける勇気。トップ争いに身を投じる覚悟。

 そういったものに耐えられそうになかったから、遠い僻地の刑務所で、社会の歯車に甘んじようと思ったのだ。


「じゃあ、私と同じだ」


 ふと、リスタルが言った。


「いや、私より凄いよ。自分の意思でここまで来たんだから。私なんてちょっと前までニートでさ、ここの試験も親に無理矢理受けさせられたんだ」


 同期達の前で、リスタルは唐突に過去をカミングアウトする。

 それはディセイバーよりもずっと惨めで、ずっとみっともない半生。

 誰もが愚かだと蔑むような、目も当てられない敗者の足跡。


「色々、上手くできなくてさ。全部から逃げて引きこもってたら、こんな所にぶち込まれてた。ちょっとヤバいよね。もう二十歳も過ぎてるのに」


 どこか自嘲気味に話すリスタルを、ディセイバーはじっと見つめていた。

 沈黙を保ったまま、彼女の話に聞き入る少年の瞳には、淡い光が灯っていた。

 困惑と、自己嫌悪と、ほんの少しの希望を混ぜたような、淡く微かな色の光。


「でも良いんだ! ぶち込まれた先で、こんなに友達できたもんね! だから、私はダメダメなヤツでも良かったんだ! 現実から逃げなかったら、みんなと会えてなかったんだから!」


 不意にリスタルは吹っ切れたように叫ぶ。

 それは何もかもが破綻した結果論を叫んでから、リスタルは勢いよく立ち上がった。

 そして、訓練場の中央――――バーンドットが仁王立ちする方に歩みを進めていく。

 跳ねるような足取りで数歩進んだ彼女は、仲間達の方を振り返って、楽しそうに笑った。


「よし! なんかやる気出てきた! あの蛮族ぶっ倒してやる!」


 バーンドットに対して、リスタルは大声で宣戦布告する。


「あ゛あ゛ぁ!? かかってこいやオラァ!」

「やってやんぜー!」


 子供みたいに叫んで、リスタルはバーンドットに向かっていく。

 駆けていくその背中を、ディセイバーはじっと見つめていた。 

 一番星に魅入られた天文学者のように、両の瞳で凝視していたのだ。


     ***


「ボゴら゛れ゛ま゛じだ……」


 数分後、リスタルはボコボコにされて、訓練場に転がっていた。

 ナメた口をきいたせいか、念入りにシバかれたリスタルは、ボロボロになって地面にうつ伏せになる。


「どんまい。惜しかった」

「初動は良かった」

「もうちっと粘れてたらな」


 頭上から降ってくる慰めの言葉を、リスタルは後頭部で受け止める。

 今までで一番良い勝負をしたリスタルだったが、バーンドットには及ばず、最終的にはサンドバッグにされた。

 リスタルはその雪辱を込めるように、うつ伏せのまま拳を突き出す。

 そして突き出した拳の先、ディセイバーへと声をかける。


「仇は頼んだ!」


 ここはスウェードバーク刑務所。

 騎士団が活躍する都市部からは遠く離れた、地味で目立たない社会の歯車。

 旅人一人も通らないような荒野の真ん中で、犯罪者を処理し続ける施設。

 ここには英雄も、物語も、栄誉も無い。

 逃げ込んだ鉄の城には、ただ、日常の連なりだけがある。

 そんな場所で、少年は――――


「はぁ……ボコられても笑わないで下さいよ」


 静かに立ち上がった。

 ゆっくりと歩き出し、癖っ毛の看守が待つ方へと向かっていく。

 腰の剣を鞘に入れたまま持ち、正中線上に構える。

 紫がかった暗色の髪。その隙間に覗く瞳は、僅かに笑ったように見えた。


「うおー! 行けえー! ディセイバー!」


 そこからは大観戦。

 監獄最強の異名を持つバーンドットと、スーパールーキーであるディセイバー。

 両者の戦いは白熱し、今までに無い盛り上がりを見せた。

 新人の看守達はディセイバーに声援を送り、それに応えるように彼も善戦した。

 声を枯らす仲間達に囲まれ、少年は伸び伸びと剣を振るった。

 高揚していく空気感の中、訓練場の熱気を一身に浴びて、彼は格上の戦士と斬り結んだ。

 魂が震えるような、一時だった。

 結局、ディセイバーはあと少しの所で敗北したが、どちらが勝つか最後まで読めない熱戦となった。


 アルカナンによる監獄落とし。

 その前日の記録である。

監獄編エンド!


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