第十四話 有望な新人
スウェードバーク刑務所。
ソルノット最大の監獄であるそこでは、囚人を管理する看守にも高い戦闘能力が求められる。
囚人は無力化された上で収容されているとはいえ、ここに集う犯罪者にはアルカナンを始めとした大規模犯罪組織の構成員が多い。
犯罪組織の仲間が彼らを奪還しに攻めて来る可能性や、何らかの形で囚人が戦闘行為可能な状態に復帰する場合、対応にあたるのはスウェードバーク刑務所の看守達。
彼らの戦闘能力は連邦騎士団とも遜色無いレベルに保たれている。
「整列!」
スウェードバーク刑務所、監視塔内部の訓練場。
本年度に監獄へと配置された新米の看守達は、看守長の前で整列していた。
彼らが纏うは軍服を思わせる警備服。黒を基調とした服装は遊びの無いシックなデザインであり、一律の制帽は監獄の厳格な規則を象徴している。
体内に針金を通したかのような直立姿勢で、新人看守らは敬礼する。
十数人の人間が全く同じ姿勢で静止する様は、一種の機能美すらも醸し出していた。
「私はスウェードバーク刑務所看守長、ダラス・モノトロームだ。歓迎するよ、新芽のような少年少女」
整列する新人看守の前で、看守長が簡素な挨拶を述べる。
劇でも聞かないような比喩表現とは裏腹に、彼の声には抑揚が無い。
中肉中背。無彩色の髪と瞳。灰色のネクタイ。身体的特徴と言えば、四十を超える年齢にしては若く見えることくらい。
看守長ダラスは、どこまでも平坦で色彩の無い男だった。
(少女って歳でもないけどなぁ……)
新人看守の一人は、頭の中でそう呟く。
退屈そうな表情を浮かべるのは、新人看守であるリスタル・グリアント。
ターコイズブルーの瞳が印象的な彼女は、一列に並んだ新人看守の中でも一際小柄であった。
その体躯故に十代に見られがちなリスタルであるが、年齢は今年で二十一。もう立派な大人であると、少なくとも、本人は思っている。
そも、彼女が若く見られがちなことを抜きにしても、他の看守は明らかに成人している。
ダラスの少年少女という表現に、リスタルは違和感を覚える。
(みんな大人にしか見えないよね? あーいや、そういえば一人だけ……)
リスタルは視線を横に移し、一人の看守を捉える。
ダラスの話を聞き流しつつ、視界の端で見つめるは、一人の少年。
ボーっとしているリスタルとは対照的に、真剣な表情でダラス看守長の話を聞いている。
端整な顔立ちに、紫がかった暗色の髪。リスタルのような低身長でなくとも、大抵の人間は見上げるだろう長身。
彼の名はディセイバー・オルティクス。
昨年まで所属していたゴートウィストの運営する訓練施設では、世代一の天才剣士と謳われた逸材である。
(イケメンだぁ……十九歳だっけ。凄いよなぁ、そんな歳でここの採用試験受かっちゃうなんて。私が十九歳の時なんて、何してたかも覚えてないよぉ)
リスタル・グリアント、二十一歳。
別に面食いではないと自分では思っている彼女だが、ディセイバーの横顔に見惚れる程度には、ミーハーな感性を持ち合わせていた。
「リスタル看守」
「ぎゃっ」
ディセイバーの美貌を目の保養にしていたリスタル。
そこをダラスに見咎められ、尻尾を踏まれた猫のような声を出す。
「私の話中のよそ見とは、忌み枝のように良くない」
「い、忌み枝って何ですか……?」
「木が成長する過程で必要の無い枝のことだ。話の途中によそ見をする看守などが該当する」
「すいません……」
まさか視線を読まれるとは思わなかったリスタルは、申し訳なさそうに謝罪する。
その態度に含まれる、どことなく軽い雰囲気に、本人は無自覚的である。
「じゃあ、腕立て百回」
「ひゃくっ……マジですか?」
「大樹のようにマジだ。三秒以内に実行しない場合は、私の魔術で追撃する」
「やります! すぐやらせていただきます!」
リスタルは慌てて腕立てを始める。
「うおおー!」
「かけ声は無くて良い」
気合が入ってる感を演出するため、かけ声と共に腕立てをしたリスタルだったが、ダラスに冷静な指摘を受ける。
そのため、サイレント腕立てに移った。
他の看守が並んでいる中、一人だけ腕立てをさせられるリスタル。
ちょっと恥ずかしいかもしれない、と一瞬思ったが、特に気にせず腕立てを続けた。
(それにしても、私の視線が読まれるなんて。監獄の人ってすごいなぁ)
配属初日、リスタル・グリアントの些細な日常の記録である。
***
スウェードバーク刑務所、監視塔内部の訓練場。
配属されて初めての戦闘訓練を行う看守達を眺めつつ、ダラスは部下と共に訓練場内を見回っていた。
「今年は豊作ですね。看守長」
そう言うのは、長年ダラスの右腕として監獄を治めてきた副看守長フォイル・ラビルト。
頭のよく回る男で、ダラスも彼を監獄随一のキレ者として評価し、重要な決断の前には必ず彼の意見を参考にしていた。
また、ダラスが彼に向ける評価は、能力如何という部分に留まらない。
ダラスはフォイルを非常に信頼し、個人的な親交も深い。
先月、待望の第一子が生まれたフォイルに対して、監獄の誰よりも早く祝福したのはダラス本人だ。
「君もそう思うか? フォイル」
新人看守の訓練風景を見て、ダラスはフォイルへの意見を求める。
「ええ、今年は粒ぞろいかと。パッと見渡しても、即戦力となる人材が何人か見当たります。馬の獣人のバンデス・ドルグ、新人一の体格を誇るローゴン・ラーマ―ド、北西部出身のコニア。彼らはタフでフィジカルも強い。監獄という環境にも適応しやすいでしょう」
スウェードバーク刑務所。
施設の規模はともかく、収容する囚人の恐ろしさで言えば間違いなく大陸一と言えるこの場所で、体がデカくて強いというのは大きな意味を持つ。
魔力で身体能力を強化できるこの世界。細身でも強者、というのは腐るほどいる。
だが、ガラの悪い犯罪者たちを相手する際には、強そうな見た目をしているということも大事になってくる。
反抗的な囚人にナメられないことも大切なのだ。
囚人を管理するという面でも。看守の精神を守るという面でも。
「他で言うと、ナウリア・ロバスボムもいますね。魔術の練度という面においては他の新人を大きく突き放しています。この監獄内でも指折りの魔術師になるやもしれません」
訓練場、ナウリアと呼ばれた少女が水の魔術を操っている。
淡い薄桃色の髪をした彼女は、刑務所の看守としては珍しい魔術師。
彼女が放つ水の弾は、吸い込まれるように壁際に並べられた的に命中している。
「あとはやはり、ディセイバー・オルティクスでしょう。新人の中ではズバ抜けています。剣士としても完成されている上に、変則的な魔術にも適性がありますから、既に監獄内でも上から数えた方が早い実力者かと。バーンドットとも正面からやり合えるのではないでしょうか。正直言って、彼が連邦騎士団に入らなかった理由が分かりません」
これはソルノットの中に限った話ではないが、戦闘職の花形と言えば騎士だ。
冒険者の国と称されるエルグラン連邦でも、騎士団は高ランクの冒険者と並んで尊敬される。
冒険者ギルドの支部が存在しないソルノット自治領では、連邦騎士団は皆の憧れである。
ディセイバーほどの実力者であれば、連邦騎士団にも入れただろうに、彼が一般に激務と言われる看守を選んだことをフォイルは訝しんだ。
「あとは……そうですね。有望と言うのは違うかもしれませんが、一人気になる者もいます」
「気になる者?」
フォイルの妙な言い回しに、ダラスは反応を示す。
「リスタル・グリアントという看守です。エルグランの本土から来たらしいのですが、成績自体は優秀とは言えません。座学はドベ、魔術はからっきし、体格も小柄で魔力量も並み以下です。ただ――――」
強者の揃った今年の新人看守。
その中でも、彼女は最も異質だった。
エルグラン連邦本土に住んでいたにも関わらず、ソルノット自治領などという無法地帯にやって来るのも不可解だが、最も不可解なのはその戦闘能力。
「近接戦闘試験の成績だけがディセイバー・オルティクスと並んで一位でした。武器も持たず、魔術も使わず、試験官をものの数秒で制圧したそうです」
フォイルからの情報に、ダラスは僅かに目を見開いた。
スウェードバーク刑務所の採用試験では、伝統的に近接戦闘の試験が行われている。
試験内容は非常にシンプル。試験官と戦い、勝利するまでのタイムと安定性を測るのだ。
試験官に勝てば良いというものではなく、より早く、より安全に、試験官を無力化することが求められる。
しかし、試験官を務めるベテランの看守は戦闘にも秀でた者が多く、受験者が試験官を制圧できるケースは多くない。
試験官を制圧。それを数秒でやってのけたディセイバーとリスタル。
二人は近接戦闘において、頭一つ抜けた実力の持ち主であると言って良い。
「才能だな。四つ葉のように稀にだが、そういう際立った才の持ち主はいるよ」
ダラスは経験上、そういった才能の持ち主は何人か知っている。
一人は古い友人。
かつて完全な無法地帯だったソルノットに教会を持ち込み、その半分に秩序をもたらしたゴートウィスト家当主。
正義というシステムが形になったような男で、ダラスが知る中で最も才に溢れた魔術師。
「今年は豊作。毎年そう思わされているよ。ゴートウィストの訓練施設は質が良い。南東部で育てた優秀な人材で、北西部の犯罪組織解体を進めていく。北西部の情勢に関しても、犯罪組織がアルカナン一強のおかげで今は安定している。永久に届かないかと思った夢だが、少しは終わりが見えてきたのかもしれないな。木漏れ日のように、心が安らぐよ」
訓練所の景色を眺めて、ダラスは感慨深く語る。
その視線の先には、休憩時間に団欒する新人看守達の姿。
リスタルが中心となって、同期達で楽しげに談笑していた。
不可解な点の多い上に、ダラスが話している途中によそ見をするような新人だが、明るく陽気な性格をしているところは評価できる。
監獄は暗い。こんな所で生活するのは息が詰まる。
どんな戦闘技法や魔術よりも、空気を和らげてくれるムードメーカーこそ、この監獄には必要だとダラスは考えている。
そういう意味で、彼女はとても有望だ。
明るく笑い合う新人達を眺めて、ダラスは密かに笑みをこぼした。
監獄編スタート!




