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君の不在証明  作者: 讀茸
第一章 日々の終わり

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第十一話 私の神様

 黒鉄の正門を背負うように立っているのは、ローストン・ゴートウィスト。

 ゴートウィスト家の現当主。

 悪と暴力の跋扈するソルノット自治領が一応社会として機能しているのは、彼の優れた手腕による所が大きい

 魔術師としても高い実力を保持しており、鋼鉄魔術においては並ぶ者無しとさえ言われている。

 ローストンは鋭い目つきで、眼前の敵を見据えている。

 青髪の犯罪者を前にしても一切怯まない姿には、鋼の意志力が滲んでいた。


「おーおー、おっさん。さっきはうちのロウリを怖がらせてくれちゃったみたいじゃないの。それも実の娘に対して。親父ってのは怖えーなぁ、おい」


 それと相対するは、シャルナ・エイジブルー。

 竜種と人間のハーフである竜人。大陸に数多ある種族の中でも、とりわけ特異で希少なもの。

 アルカナンの構成員でもトップクラスの戦闘能力を誇り、ソルノットで最も恐れられている犯罪者の一人である。


「娘だろうと、罪を犯したならば容赦せん」

「ははっ、そいつは真面目な領主サマだな。感心するぜ」


 毅然として立つアイゼンドットとは対照的に、シャルナは指を鳴らしながら彼の方へと歩いていく。


「ぶっ殺すのが惜しいくらいだ」


 ドッと響いた轟音。

 それはシャルナが地面を踏み抜いた際に生じた炸裂音。

 人外の脚力を以て地面を蹴ったシャルナは、荒野の地面にクレータを残した。

 一息にローストンへの距離を詰めたシャルナは、振り抜いた右脚でローストンを弾き飛ばす。

 シャルナに蹴り飛ばされたローストンは黒鉄の正門を突き破り、裁判所の正面口に激突。

 裁判所の正面扉がひしゃげて凹んでいた。


「おいおい死ぬなよ。お前はロウリの前に転がすって決めてんだからさ」


 派手に吹っ飛んだローストンに対して、シャルナは煽るように言う。

 蹴りの一撃で大の男を吹き飛ばせる脚力は、竜人としての絶大な身体能力の証明。

 余裕綽々の笑みを浮かべて、青髪の竜人は男を見下ろす。


「死んだように見えたか?」


 しかし、ローストンは悠然と立ち上がる。

 貴族然とした服装は土に汚れているが、ひしゃげた扉を背に立つ姿に、目立った外傷は見えない。


「へぇ~」


 ローストンがシャルナの蹴りをほとんど無傷に抑えられたのは、シンプルな魔力強化の賜物。

 魔力で自身の身体を守る基礎的な技術だけで、ローストンは竜人の蹴りを受け切った。


(大した魔力量だな。私とタメ張るくらいか? つーか、人間って魔力で強化しただけでここまで硬くなるもんかよ)


 ローストンの魔力強化の練度に、シャルナは心中で舌を巻く。

 手練れ揃いのアルカナンにおいても、シャルナの蹴りをまともに受けられる者は少ない。

 それを正面から受けて立ち上がるローストンの姿は、シャルナに認識を改めさせるに十分だった。


「その青髪と馬鹿げた身体能力。アルカナン構成員、シャルナ・エイジブルーだな」

「へぇ~、私のこと知ってんの?」

「お前には四十七件の殺人、八十三件の放火、その他にも多くの容疑がかけられている」

「思ったよりザルな捜査じゃんよ。絶対もっと殺してるぜ。それと――――」


 シャルナの罪状を並べるローストンに対して、彼女は不敵に笑って見せる。

 そこには、どこまでも明快な殺意が迸っていた。


「殺人にもう一つ追加しとけ。今からお前ぶっ殺すからよ」


 見開かれるシャルナの碧眼。

 シャルナは蒼炎を解放し、右の掌から一気に放出する。

 青い焔は巨大な球の形を取り、急速にローストンへと接近する。

 長身のローストンさえ容易く吞み込まんとするほどのスケールを以て、火球は荒野を焼き焦がして進む。

 その様はまるで青い太陽を思わせた。

 そして、激突する灼熱。蒼炎が爆ぜ、火球は派手に爆散した。


「安心しろ。お前の殺人は四十七件のままだ」


 その最中、ローストンは立っている。

 青い炎が消えた後、現れたのは鋼鉄の盾。

 四方を囲う鋼鉄の盾により、ローストンはシャルナの蒼炎すらも防いで見せた。


「どちらにせよ、死刑には変わりないが」

「そうかよ。そいつは助かるぜ」


 呟きが聞こえたのは、ローストンのすぐ横。

 蒼炎を目くらましに接近したシャルナが、鋼鉄魔術で生み出した盾の内側にまで潜り込んでいた。

 ローストンの灰色の瞳には、拳を振りかぶった竜人が映る。

 一撃。

 シャルナのパンチはローストンの顔面を捉え、その大柄な体躯を裁判所の中に叩き込む。


「お前を殺しても不問ってことだもんなァ!」


 裁判所内まで吹っ飛ばしたローストンを追うように、シャルナは黒い建造物に駆け込んでいく。

 駆ける体躯は獣の如く。

 走法もへったくれも無い力任せの走りながら、そのスピードは常人を遥かに凌駕する。

 駆け込んだ裁判所内。正面扉を抜けた先に見えるのは、大階段を中央に構えた大広間。吹き抜けになった二階も合わせると、相当な広さを誇っている。

 殴り飛ばしたはずのローストンは、中央の大階段の踊り場で、シャルナを見下ろすように立っていた。


「殴り飛ばした、とでも思ったか?」


 ガタン、と大きな音が響く。

 それはシャルナの背後で、鋼鉄の扉が閉じる音だった。

 彼女が今しがたぶち破った正面扉は、ローストンの鋼鉄魔術によって蓋をされた。


(遠隔。予め細工してたのか?)


 鋼鉄魔術を遠隔発動しつつ、ローストンはさらに鋼鉄魔術を起動する。

 それはシャルナが立つ位置の両端に仕掛けておいた鉄塊。ローストンのアクション一つで起動する、即席のトラップ。


「誘い込んだのだ。逃げ場の無い閉所に」


 人一人程度の大きさの鉄塊が、両端からシャルナを挟み込む。

 シャルナはそれをジャンプして回避。彼女の真下で、衝突した鉄塊同士が大きな金属音を立てた。

 空中に浮いたシャルナへ対して、ローストンは鋼鉄の剣を射出する。

 シャルナは真下の鉄塊に手をつき、ブレイクダンスのように身体を一回転。翻した靴先で飛来する剣の腹を蹴り飛ばした。


「逃げ場がねーのはさ」


 剣を蹴り上げたモーションのまま、シャルナはコンパクトに宙返り。

 姿勢を立て直してから、鉄塊を足場に踊り場に立つローストンへと跳躍した。


「お前も同じだろーがよ!」


 踏み込みの激しさのみで、シャルナは爆竹を鳴らしたような轟音を鳴らす。

 人外の身体能力を以て跳んだシャルナは、ローストンへの距離を一息で縮める――――かのように見えた。


「逃げる必要など無い」


 シャルナを阻んだのは、天井から落下する巨大な鉄塊。

 跳躍途中のシャルナへと落とされた鉄塊は、そのサイズと重量を以て彼女を圧し潰す。

 床に踏ん張ってその重みを支えていられるのは、彼女の人間離れした身体能力故。


「つぅうううぅ……ッ!」


 シャルナが如何に高い身体機能を誇っていると言えども、鉄塊の重みは並大抵のものではない。

 その圧倒的な質量に裏打ちされた圧力に、シャルナの骨格が軋みを上げ始める。


(クッソ。こんなポンポン魔術撃てるもんか? 普通。発動速度が速いなんてもんじゃねーだろ……)


 常人を遥かに超える速度で動くシャルナに対して、的確に迎撃を合わせてくるローストン。

 魔力を練り上げ、術式に込めるという工程を経ているはずの魔術師にしては、異様な発動速度だった。

 そこには何かのからくりが無ければおかしい。

 ローストンが使う鋼鉄魔術のからくり。その答えはシャルナの頭上に広がっていた。


「チッ……そーいうわけか」


 二階まで吹き抜けになった裁判所の大広間。

 その広大な空間に展開されていたのは、工場を思わせる数多の鉄の構造体。

 広い空間を隈なく走る鉄管。レールの取り付けられた鉄管には、引っかけられた鉄塊が運ばれている。

 ローストンは鉄のレールを大広間中に展開。そのレールに鉄塊を載せ、大広間の至る所まで運搬。そして、好きなタイミングと角度で射出することを可能とした。

 鉄の生成は既に済ませている上に、鉄塊の運搬もレールの上を沿わせるだけ。ローストンがシャルナへの迎撃に必要なのは、射出の際のシングルアクションのみ。

 魔術に長けたローストンにとっては、指を鳴らすよりも容易い。


「正義とは多勢。多くの人に利することこそが善である以上、正しさとは常に過半数だ」


 鉄塊の重みに耐えるシャルナを見下ろして、ローストンは冷徹に語る。

 その灰色の瞳には、如何なる感情も浮かばない。

 ただ、善を執行するという機能だけが宿っている。


「お前達悪人とは物量が違う。お前を圧し潰す鉄塊は、お前が殺してきた四十七人の怒りと知れ」


 ローストンはシャルナにのしかかる鉄塊をさらに追加。

 倍増した鋼鉄の重みに、それを背負うシャルナの負担も倍増する。

 今にも圧し潰されそうな、青の長身。

 しかし、その碧眼は未だに爛々と輝いていた。


「つまんねーよ、お前」


 鋼鉄の重量を支えつつ、シャルナはローストンを見上げている。

 その不敵な視線は未だに戦意を失わず、むしろ逆境を楽しむような色さえあった。


「みんなのために清く正しく、なんざ私はゴメンだね。誰だか知らねー百人より、私が面白いと思った一人に価値があるんだ。そいつのためなら、つまんねーヤツを何千人でも何万人でも殺して良い」


 それはシャルナが持つ哲学のようなもの。

 人間の価値は人数に非ず。面白い一人のためなら、興の乗らない千人を殺そうと構わない。

 どこまでも自分の悪意に素直で、己の願望に率直。

 自分以外の大勢が決めた正義より、自分のエゴに従った悪こそ尊重すべきであると。


(妙に元気だな。こいつの身体を以てしても、もう潰れて良いはず。こいつは一体……?)


 未だに圧死しないシャルナのしぶとさに、ローストンは不気味なものを覚える。

 その警戒心が、ローストンにも気付かせた。


(何か、暑い……?)


 戦闘の余波だけでは説明がつかないほどの温度。

 真夏の炎天下さえも凌ぐような、異様な気温の高まりに。


「例えば、お前とかな」


 瞬間、シャルナが鉄塊から抜け出す。

 不意に鋼鉄の重量を振り切ったシャルナは、息つく暇も与えず、ローストンへと接近。

 その顔面を右の掌で鷲掴みにした。


「何故……!?」

「案外バレねぇもんだなァ! ずぅーっと鉄溶かしててもよォ!」


 天上から落とされた鉄塊に挟まれたシャルナは、常に蒼炎を鉄塊に浴びせ続け、鋼鉄の溶解に努めていた。

 そうして伺っていたのだ。

 鉄塊を大きく溶かし、ローストンへと不意打ちをかける機会を。


「正義がどーたら善がどーたら! お前の演説はクソつまんねーよ!」


 シャルナは右手から放出する蒼炎でローストンの顔面を焼きつつ、大階段を駆け上がる。

 駆け上がる勢いはそのまま、踊り場で大きく跳躍し、ローストンの後頭部を壁に叩きつける。


「そんなもんに縛られた人生の何が楽しい!? 人生一回切りだぜ! エンジョイしないともったいねーだろ!」


 シャルナはそのまま壁をぶち破り、その向こう側の法廷へと飛び込む。

 壁を破壊して飛び込んだ法廷。傍聴席に囲まれた証言台へ、ローストンを叩きつける。

 蒼炎と共に叩きつけられたローストン。その熱と衝撃によって、直撃した証言台は粉砕した。


「神様の教えなんて退屈なもん聞かせんな! 道徳も信仰も! 弱えーヤツらだけ勝手に縋ってろ!」


 シャルナが放った蒼炎の余波で、法廷の女神像が崩落する。

 腰から折れて落ちた女神の上半身。床に転がった銅像を踏みつけ、シャルナは高らかに笑う。


「自分の神は自分だけだろ! なぁ!」


 青い暴虐は大声で叫ぶ。

 この裁判所の外、目の前の男に恐れを成していた彼女にも聞こえるように。

 焼け爛れた男を見下ろして、シャルナは大声で叫んだ。


無宗教を名乗っていても、誰しも心の中では何かを信仰しているものです

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