プロローグ
痛む胸の光る種乗せて 幸せだねって言えるまで
光っていたいの 奪って逃げるただそれだけの命なら/野田洋次郎
淡い光の灯る方へ、僕は導かれる。華奢な君の手に引かれて、葦が生い茂る川沿いを走っていくと、その先には、君が見たがっていた、生命の群れが現れる。青白く、儚く、幻想的な音を作り出すその夜に、僕は君に惹かれるようになっていた。
蛍。
君はその灯が、長く続かないことを教えてくれた。光を残した蛍は、命の蝋を溶かしつくして、やがてはその身を生まれた地に再び委ねると。だから、わたしはお前とそうはいたくないな、と。
気づけば僕は、川岸で蛍の群れに手をやる君の両肩に手を付けて、そのガラスにも例えられる肩を握りしめていた。ばかなこと言うな。約束しただろ。その言葉にも君は無言で首を振り、らしくもない涙を、僕に見せていた。強気なはずの君が、こうして無力な僕の前で哀しむのは、僕も悲しい。だから、そんなこと言うなよ――なんて、無知な僕は平坦な言葉を連ねる。
当時「俺」はまだ「僕」であり、大人になりきれてはいなかった。だからあの後に、君の真意を知って絶望し、僕が逆に悲しむようになり、君を更に悲しませてしまった。
けれど、君と見た蛍や、出会った時の月夜や、屋根の上で見上げた夏の大三角、そして、僕が君に誓った日に見た花火。夏を終えた今、そのピースをすべて紡ぎ合わせて、また僕は君に会いに行こうと思う。
汐。
君の名前を、僕はそう呼ぼうと思う。言えなかった大切な名前を、胸に綴じ込んだまま、言葉に出来なかった名前を。
これは、僕が君に出会い、そして約束を誓った日までを描いた、中学最後の夏休みの物語だ。それ以外には何とも表現できないし、誰かに僕らの夏を名乗らせる気も毛頭ない。あれは、僕が大人になりきれずに、いわれもない錯綜に惑わされ、君を追いかけた夏。君の大切な友として、最後の夏を彩った、大切な記憶の夏。初めて君に恋をした、大切な夏。
僕にとってあの夏はきっと、遠くの空に消えて行った流れ星にかけた、願い事だったのかもしれない。