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迷い  作者: 川奈そら
3/4

再び

「学歩、どうしたの?」

美代子先生は、いくつか相槌を打って、全員に聞こえるように話した。

「乗り捨てられた救急車が見つかったって」

理事室にいた全員の目が先生に向けられる。

「今は、警察が検分していて近づけないわ。もう少し待って見に行きましょう」

この言葉をきっかけに、事態の成り行きを見守ることとなった。

しばらく張り詰めた静けさがあたりを包む。

日野先生が遥さんに話しかけた。

「遥さん、帰って少し休んだ方がいい。ゆうき君も心配するだろうし、朝にはニュースになる。彼の性格なら暴走しかねないから、一度戻った方がいい」

「そうね。ありがとう。でも、真珠が心配で……」

遥さんは、うなずきながらも、まだ諦めきれない様子だ。美代子先生が諭すように声をかける。

「遥、日野先生の言う通りよ。ここは私たちがいるから、帰って少し休んで。私たちは大丈夫だから、遠慮することないわよ」

遥さんも、美代子先生の言うことに素直に従わざるを得ない。美代子先生は見た目が若すぎるが、遥さんから見れば、義理とはいえ大叔母にあたる。それだけではない、大恩人でもあるのだ。

「分かったわ。そうさせてもらうわね」

遥さんが席を立つと、日野先生が「お送りしてきます」と言って2人で部屋を後にした。

期せずして、美代子先生と2人きりになってしまった。

無言の時間が、部屋の空気を重くする。先生と再会して、状況が目まぐるしく変化していく中で、自分がしでかしたことに今更ながら戦慄を覚える。

「……」

言葉のない時間が重ねれば重なるほど、静寂を破る言葉が重くなる気がして、意を決してそれとなく先生に質問を投げかけた。

「あの、私、やっちゃいましたか?」

「あなたが、そう思うのならそうかもしれないわね」

「やっぱり、やっちゃいましたよね?」

「香帆、私に何を言わせたいのかわからないけど、あなたの行動は論理的には最適解から逸脱していたわ。でもね、そこに人間らしさを感じたの。私には理解できない、理性と感情のバランス、あなたはその狭間で揺れ動いている。それを見ていると、私の中の何かが騒ぐの。懐かしさ?それとも失われた何か?これからは純粋に効率と結果だけを追求しなさい。人間性など、足枷でしかないのだから」

私が言いかけようとしたとき、ドアノブの金属音がした。振り返ると日野先生と学歩の姿があった。

「遥さんを送った後、学歩さんとばったり会ってね。お節介かもしれませんが、ご案内しました」

「香帆、戻ってたのか、東京大変だったんじゃないか?今テレビ地方局しか放送してなくて、東京で大規模な爆発があったって盛んに繰り返している」

「え、本当ですか?それ大変なことなんじゃ」

恥ずかしさもあって、少し遠慮がちに小さくつぶやいた。

「それあたしなの」

「えっ!?」

「それあたしなの!」

「まあ、あれだよ。生きて帰ってこれただけでも。なぁ」

学歩が、日野先生に、取り繕う様に話をふった。その日野先生は、驚いた表情を見せつつも学歩に賛同して、「そうです。そうです」と相槌をうつ。

「東京で何があったんだ」学歩の当然の疑問に私は戸惑いつつも答えた。

「しかし、魔女の力とはいえ、それほどの破壊力があるとは驚きました」

日野先生は目を丸くしていた。日野先生が病院で受け持ってくれている患者は()()()()で魔女の力を使うことはできない。

「さて、ここで座っていても何も始まらないわ。救急車が見つかったところへ行って、何か手がかりを探しましょう」

美代子先生がソファから立ち上がる。

日野先生は眉をひそめた。

「しかし、警察の調査が終わったばかりですよ。何か見つかるとは思えません」

「それでも行く価値はあるわ」美代子先生は微笑んだ。

日野先生は困惑した表情を浮かべたが、結局は同行することに同意した。

私たちは病院を後にし、学歩の車に乗り込んだ。エンジンをかけると、さっきまで学歩が聞いていたラジオ放送が流れた。ラジオからは東京タワーを中心に連絡の取れない地域が多数をしめ、停電の影響で市内の交通が麻痺していると伝えている。

学歩はラジオを切ると、私に「大丈夫だ。大丈夫」と声をかける。

ラジオが切れた車内には、エンジン音だけが響いていた。

やがて車は山道を登り始め、山の上の住宅街に差し掛かった。学歩はゆっくりと車を進め、辺りを慎重に観察していた。

「多分ここのはずだ。規制線の跡もあるし間違いないだろう」

救急車は、新高山の奥、市民病院の付近の林道に乗り捨てられていた。すでにレッカーで運ばれたのかそこに救急車はなかった。

「警察が全部持っていったんじゃ、なにも残ってないでしょう?なんで来たんですか?」

日野先生の言い分だ。確かに人ならばそう思う。何もないところに来たって時間の無駄だ。

「まあ、見てな」学歩は平常運転だ。

「香帆、やるわよ」

「はい」

「何をやるんですか?」

日野先生が慌てている。

「しーぃっ」学歩が人差し指を唇に当てるジェスチャーで日野先生を黙らせた。

この方法は、集中を要する。

「元々は、真奈さんの得意な術だったらしい。それで美代子さんと2人で株式市場で荒稼ぎしたらしい。魔女2人の脳を並列に繋いで、ある限られた世界を完全シミュレートする。

それを美代子さんが、過去を見れるように応用したんだ。厳密にはその場所の空気分子の量子状態を逆算して何が起こったかを見てるそうだ」

そう、これは熱力学の応用だ。その場の空気を感じ取らないとだめだし、風の強い日は使えない。また、脳領域を解放する方は、ものすごく気持ち悪くなる。

「ハイエースにここで乗り換えたようね。そのまま南の方に向かってるわ」

「ここから南と言えば、尾道大橋がありますね」

「違うわ。手前で高速に乗り換えたのよ」

このままハイエースを追うことになり、日野先生は、病院の診療があるためここで車を降りた。送るといったが、市民病院も近いし知り合いの先生がいるので心配ないと言って固辞した。

車は尾道大橋ICに差し掛かる。

「どっちに行く?」

「「左!」」

「だよな、やっぱり」

私達3人は、そのまま東京をめざした。


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