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迷い  作者: 川奈そら
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東京

北風に吹かれて我に返ると、冷たい夜の暗闇は、オフィスビルが放つ灯りのため息に、その勢いが削がれている。道路からは低いエンジン音が絶え間なく響き、交差するテールランプの光は、まるで空を突き破ろうとする杭を閉じ込める赤い檻のように見える。

下から赤い光がほのかに漏れ、私の周囲をオレンジ色に染める。遠くの塔が白く輝いている。2つの塔が見える場所から眺めるなら、対となる塔はさぞ美しいことだろう。

ここから見える景色は、私にノスタルジックな気分をくれる。少し過去の思い出に浸りかけた所に、スマートフォンのバイブレーションでまた現実に戻る。

美代子先生からのメッセージだ。

スマートフォンの画面には、「時間よ」と短い言葉が表示されている。

ミッションの開始を知らせるものだ。私は、手続きに従って、先生に量子通信をおこなう。

複数の意識に注意を払い、無意識下に続くそれをずっと追いかけると、無意識下から声が聞こえ始める。その声にラジオのチューニングをあわせるように意識をあわせた。

すると、いつもの美代子先生の声をとらえることができた。

美代子先生との量子通信は私にはまだ大仕事だ。

先生曰く「人としての限界に囚われている」のだそうだ。

今の行程を、ひとまとまりすれば簡単と先生はいうが、まだ成功したことがない。

魔女。人類にとって畏怖の対象であり、宗教によって憎悪の対象となった。

中世のペスト大流行と同時期に、少女たちの中から「魔女」が現れた。と歴史書にはある。

時期は離れるが後になって、魔女狩りとのちに呼ばれる暗黒の時代を迎えることとなる。

結果的には、力無く魔女と判定され、次々に命をたたれていった。

魔女でなかった人も数多くいることだろう。

もちろんこの時代にも、独自に理論を構築し、その時代に奇跡とも言える力を発揮して現在まで生き残っている魔女もいる。

魔女は、量子の世界を垣間見ることができ、いくつもある選択肢の中から一つを抜き出して、未来を書き換える。

理論<<理屈>>はこうだ。

『もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。』

昔、偉い学者さんが残した言葉らしい。


「香帆、これからそのあたりで取引があるみたいだからしっかりお願いね。ねぇ聞いてる?」


「キ、聞いてます。取引は押さえてみせます」


「学歩が仕入れた情報だから、間違いないと思うけど用心するのよ。だけど、魔女が現れたら逃げるのよ」


「はい、そちらは大丈夫ですか?」


「ええ、こっちの事は心配ないわ。真珠もあいも寝てるわ」


「あいちゃん来てるんですね」


「ゆうきと一緒に来たのよ。ゆうきも傍にいるわ。文句ばかり私に言うの」


私たち5人―学歩、真珠、ゆうき、あいちゃん、そして私―はあの館で先生と出会い、特別な絆で結ばれている。そう信じたい。

私は、あの館で魔法≪量子≫の理論をみっちりと仕込まれ、館から解放された後も先生が常に隣にいて、学歩と一緒に先生に教えを乞いながら、西ケ花家、寺川家の表立ってはできない仕事を請負ってきた。真珠たちが帰ってきてから、魔女や魔女を信仰するグループのテロ行為が頻発しはじめ、その行いを未然に防ぎ、魔女と人間の関係を軟着陸させるべく活動を始めた。

私たちは、魔女と人間との対立をあおる行為をよしとしない。

ただこれは私の考えでなく学歩が決めた事だ。私は了承したに過ぎない。

今回、学歩の組織からのタレコミによって違法薬物の取引が行われる情報を掴んだ。

自分たちの島を荒らされると憤ったが、違法薬物の中身が「enwitch」と知るとバックに魔女の存在を感じ取って、学歩の組織に泣きついたと言うのが事の発端になる。

enwitchとは、魔女になるとか魔女の力を与えるという意味が込められていて飲むと幻覚作用の他に感覚が研ぎ澄まされた感じになって感じる時間感覚が伸びるそうだ。

魔女が作りばらまいているといった噂が絶えない合成薬物の一種である。

そんなことを考えていると、別の私から割り込みが入る。

「そろそろ報告のあった時間よ、意識を集中して」

鉄塔をライトアップする赤い光が消え、無駄に明るい街の灯りが無限の広がりを見せる。

遠くの塔も同時にライトアップが終わり、白い光が時折点滅を繰り返す。

「時間だ」

私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。意識を研ぎ澄ませると、周囲の空気が微かに震えるのを感じた。それは、私の意思が形となって広がっていく感覚だった。

ゆっくりと目を開けると、世界が少し違って見えた。周囲の物体が、まるで私の意思に呼応するかのように、かすかに輝いて見える。

この「場」の中で、私は特別な力を持つ。物を動かし、電気を操り、磁場を作り出すことさえできる。でも、それ以上に重要なのは、他の魔女を感知できることだ。

魔女を探すために、薄く広く「場」を広げていった。

ふと、頭の奥にかすかな痛みを感じた。これは、近くに別の魔女がいる証拠だ。私たち魔女の思考は、この「場」の中で互いに混ざり合い、独特の不快感を引き起こす。

魔女が現れた。同時に、あちらも私の存在に気付いたと思う。

大抵の魔女は、他人の「場」に入るのを嫌う。

独特の不快感から、魔女はひとりになる事を好み、他の魔女の存在に気づくと大抵は素通りし関わりを持とうとしない。

訓練次第でこの不快感は消えるのだが、ぼっち好きな魔女なのでその事実を知らない魔女が多い。

侵入してきた魔女は違った。猛烈な勢いでこちらに迫ってくる。

「早く逃げなさい」

先生の声が聞こえる。不手際で私の感覚がフルオープンで先生に伝わっていた。

なぜか恥ずかしくなって、慌てて感覚の共有のみ切った。

「何やってるの」

再び先生の声。


「あ、なんか恥ずかしくて」


「そうじゃなくて、逃げなさい!」


たくさんの私が混乱の中にいた。通信を維持すること、逃げることを優先しようとするもの

迎撃のために身構えようとするもの、自分のフルコントロールできる場を作り出そうとするもの、そうしているうちに、混乱した私の意識のひとりの視界にそれをとらえた。

「可愛い挨拶を受けたから、顔を見にきてあげたわ」

塔の周囲は2人の場の影響を受けてネオンが淡く赤い光を放ち、下から照らされる光で声の主のシルエットが浮かび上がる。

上空に浮かび上がるその姿に力の差を思い知る。空を飛べるなんて発想すらしたことがなかった。でも『場』の中の出来事に、推測を重ねて原理が何となく分かった。

気圧差だ。足元と頭上の空気を調整して圧力差を生み出している。


「あら、初めて見る顔ね。雰囲気からみて美代子のとこのお弟子さんってとこかしら」


見下すような目が腹立たしいが、実際の実力差を考えると仕方ないとぐっとこらえる。


「先生のこと知ってるの?」


「玲央っていうの。よろしく。美代子から何も聞いてないのね。ま、あの子とは色々とあるし、意趣返しと言ったらへんだけど、ま、あなたでいいわ」


言い終えた矢先に、電撃が脇をかすめる。

幸いマットの上にいたので感電を回避できた。後から周囲に焦げ臭い匂いと生臭いオゾン臭が漂う。


「今のは警告、一瞬でやっちゃったら面白くないしさぁ、美代子に自慢できないじゃん。私を楽しませてよ」


やばい、マジでやばい。何とか電撃を防がないとさっきの直撃を受けたらただでは済まない。

何か対策を取らないと、複数の意識が同時に考え始める。

意識は高速に考えを進め超高速に思考する。

1つの意識は現実を、また別の意識は過去を思い返していた。


館で襲われた西洋の甲冑。

あの時は、学歩が守ってくれた。


「美代子さん、この甲冑って前に襲ってきたやつですか?」


動かなくなった甲冑をみて興味を持ち、美代子さんに聞いた。


「そうね、もうエネルギーを使い果たしたから動くことはないわ」


「これどうやって動かしてるんですか」


「姉さんが私を守るために置いて行った甲冑よ。姉さんはいいことをしたつもりだけど、私には看守のような存在だわ」



美代子さんは一呼吸おいて、一瞬、甲冑を哀れむ様な目で見つめた。感情を表に出さない美代子さんにしては珍しい。それから動かし方を教えてくれた。


「あなたも同時に色々考えることができるでしょ、意識が複数存在している。同一存在、別の意識、並列演算…言い方はいくらでもあるけど、今はいくつぐらい?」


「薬を飲まなくなってすごい勢いで増えていってる。今は1000か2000か、もう数えられなくなっちゃった」


「量子の世界の重ね合わせが、私たちには意識の増加に思えるの。その意識を細かく砕くともっと増えるわ。でも難しい事は考えられなくなる。単純な反応はするから、例えば、光を感じたらまぶたを閉じろとか、音のするほうを向けとかね。そんな単純な意識を組み合わせて甲冑を動かそうと考えるの」

先生が私の理解度を確認する。

「そして大きな意識と組み合わせて、甲冑に焼き付ける。すると意識が移って甲冑が動き回る。ゴーレムってよんでいるわ」

「難しいんですね」

「ま、そんなに難しくないんだけどね。何となく動けってイメージするとそうなるの。

 大事なのはイメージよ」

そう言って、私に微笑んでくれた。


ある日、あいちゃんが珍しくぐずりだした。もう長い間、館に閉じ込められている。

いつもなら美代子先生が記憶を書き換えてくれるが、今日はいない。

いつも遊んでいるクマのぬいぐるみであやすが、機嫌が戻らない。

教えてもらった甲冑を動かす方法をクマのぬいぐるみでためしてみるのはどうだろう。

そう思いつくと少し面白くなって、教えてもらったことを思い出しながら、意識をクマのぬいぐるみに転写する。

暗転して、目線が低くなった。歩きづらいし、関節が曲がりにくい。頭を下げて確認するとまるい手先が見えた。クマのぬいぐるみに意識が転写されている。

実験は成功した。と喜んでいたら、目の前にあいちゃんの大きな顔が迫っていた。


「くまさん?」


あいちゃんの大きな手が迫ってきて、私は反射的に逃げ出した。しばらくの間大きなものに追われる恐怖を体験した。本体の私は何をしているのか気になって様子を伺うと、倒れて寝ているようだ。

その後、先生が駆けつけてくれて、クマの私を元と体にもどしてくれた。

しばらくの間、あいちゃんと目をあわせるのが怖くなった。もう2度とゴーレムをつくるのは御免被りたい。



複数の意識が渦巻き、互いにぶつかり合いながらも、一つの解決策へと収束していく。まるで嵐の中で幾重にも重なった雲が、一つの巨大な渦へと合体していくような光景だった。


電気を逃がすには伝導体つまり、避雷針があればよく、都合のいいように私の足元には大量の鉄があるのだ。

意識を足元そしてその先に集中した。

巨大な東京を象徴する塔に私の意思が伝わっていく。

それは動き出した。足の部分を引きちぎりながら、日本で2番目に高い塔はゆっくりと私と的の前に割り込んでいく。


「へぇ、ゴーレムか、じゃあたしもとびっきりのもの見せないとね」


空中に複数の稲妻が走り、それが寄り集まって稲妻が縞模様を形成し、内と外とを柔らかな曲線でなぞって行きそれは大型の猛獣を思わせるシルエットを形作った。

大きな口が開き、鳴き声が雷鳴のごとくあたりに響きわたる。


「どうしたの?そんなに驚いて?たまって言うの、可愛いでしょう」



玲央は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。その声には、明らかに人を嘲笑するような響きがあった。



魔女といってもベースは人間だ。肉体強度もそれほど変わらない。急所を打たれれば死んでしまう。今では、恐怖の方が勝り人から襲われることはないが用心のため、人に見つからず、目立たないように生活している。それでも、用心して身近に使い魔をおく魔女が多いと聞く。


その使い魔も、犬や猫ペットやドールといったものが主流だとおもっていた。

まさか電気を生き物に例えるなど考えてもみなかった。


「もともと虎の使い魔だったんだけど、老衰でしんじゃってね、死ぬ間際に意識だけ雷に定着させたわけ。昔見た映画を参考にしたんだけどうまくいってよかったわ」


自慢したいのか聞きもしないのに使い魔の誕生秘話をかたりはじめた。

リアクションに困っていたら、相手も察したのか


「たまちゃん。あそんで貰いなさい」

その言葉が戦闘開始の合図となった。

雷撃が襲ってくる。その雷撃をゴーレムとなった塔が避雷針となって吸収するが、強烈な雷撃は、鉄を溶かし始めた。

一方的な攻撃で防御一辺倒だった私は、溶けた鉄を見て、溶鉄塊を投げ返すことを思いつく。溶け出た鉄を丸く成形して磁場を利用したレールガンの要領で打ち出した。

赤い光を放つ鉄塊が、矢のごとく飛んで行くが、敵の近くで急激に方向を変える。 すると、周囲の電柱からつんざく音と共に一斉に火花が飛び散り、その瞬間、光が消えた。ローレンツ力だ。当たる手前で強力な磁場を形成することで飛んでくる鉄塊の軌道を変えているのだろう。

目的を失った鉄塊は、寺の本堂の屋根を吹き飛ばし、その奥の雑木林に落下する。速度が乗っていたためか大きな音を立てた。雑木林から炎が上がる。

一瞬の静寂が訪れる。それを打ち消すように、遠くで消防車のサイレンの音が響く。

「もっと楽しもうよ」

その言葉からも余裕が垣間見え、この状況を楽しんでいる様だ。

玲央は、魔女の中でも珍しいバトルジャンキーかも知れない。

もう一度、溶鉄塊を磁力で弾き飛ばす。相手が磁力で曲げる瞬間に相殺してやればいい。力を込めて打ち出すが、あまりスピードは乗らなかった。多分溶鉄塊を使ったからだろう。磁力線に対する反応が弱い。

炎の塊が玲央に向かって一直線に飛んで行く。玲央はまた強力な磁力によって軌道を曲げるだろう。そうはさせない。

「そんな遅い球投げたって当たらないよ」

なめられている。そう思った私は沸々と湧き出す怒りを抑えられない。

玲央が磁場を放つタイミングを見計らって、逆位相になるように磁場を発生させた。 すると、相反する磁場が打ち消し合った場所で、行き場のなくなったエネルギーが熱に変換され周りの空気をプラズマ化させた。炎の塊の周辺で紫色の閃光が走り、プラズマの膨大な熱で急激に暖められた空気は、その周囲から逃げようとして周りの空気とぶつかり、その境界に球状の水蒸気を発生させる。中心の紫色の閃光が周囲にできた水蒸気に乱反射して淡い紫のネオン管がうごめいている様に見えた。一瞬の静寂の後、圧力の均衡が崩れ轟音とともに中心部のプラズマが解放された。

まずい。何が起きたかわからないけどとにかく防御だ。自分の周囲の空気を確率操作して簡易のエアバッグを創り出す。それでも爆風を受け流すことができず、もみくちゃにされる。

期待した効果とは異なったが、相手の意表をついただろう。

後で調べて見ると「磁気リコネクション」という現象らしい。強い真逆の磁場がぶつかり合うと双方の磁力線が引きちぎれ、新しい磁力線に繋ぎ変わる現象らしい。その時磁場エネルギーが解放され、熱やプラズマとなるらしい。本来電気を通しやすいガスの中で起こる現象のようだが、玲央の使い魔の雷撃が空気中にその素地を作っていたものと考えられる。

爆風―熱風―をどうにかやり過ごした後、玲央からの電撃に備えた。

玲央の使い魔、―たまだっけ―の姿が見えない。どうやら先ほどの爆発で状態を維持出来なくなったのではないだろうか


「よくも、私の大事なたまちゃんを」

その声は私の背後から聞こえた。怒りで声が震えている。

爆発で視界が悪くなった時回り込まれたようだ。いま考えると私がその方法を使えばよかった。

少し動いただけでも、彼女の電撃が飛んできそうだ。



「そこまでよ」

「先生」

美代子先生が来てくれた。

「美代子、遅かったじゃない。待ちわびたわ」

先生は声の主を一瞥すると、ため息交じりに話す。

「やっぱり、玲央なのね。引いてくれるかしら」

「いいわ。結構楽しめたし、引いてあげてもいいわよ」

玲央が合図をすると、たまが玲央の元まで戻っていく。

「あら、聞き訳がいいのね」

「まあ、目的も達したし、魔女2人を相手にするのは自殺行為でしょ」

「目的・・・」

「最近知り合った人に頼まれてさ、あなたを病院から引き離せって」

「なんで」

「さぁ、何とかって子が必要なんだって」

「真珠!」

「じゃ、またね」

玲央から稲光が走り私はまぶしさの余り顔をそむけた。

「まちなさい!」

玲央の姿はもうそこにはなかった。

「私たちも帰るわよ」


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