第10話 大きくなったリーフ
リュシオン王国は巨大な城壁に囲まれている。
翼達が歩いて来た方角に東門があり、衛兵が監視している。
「おいっ、待て。何だそのデカイ魔獣は」
思った通り、ユキが衛兵に呼び止められる。
「あの、これはですね」
翼は、自分の従魔だと説明しようとした。
「白いライオンの魔獣なんて初めて見たよ。もしかして神獣なのか?」
衛兵がまるで憧れの対象を見るような目で、ユキを見ているぞ。
「我は、ライオンではない」
「失礼しました。お話しが出来るのですか。さすがです」
衛兵はユキ相手に敬礼して、言葉使いまで敬語になっている。
「うむ。なかなか見所があるぞ」
「ありがたき幸せ」
「┅┅?」
危険な魔獣を城壁の中に入れる訳にはいかんって流れを想像してたんですけど。
「えっと、じゃあ、中に入っても大丈夫ですか」
翼は、恐る恐る聞いてみる。
「ああ、従魔の証明書は持ってるか?」
「持ってないです」
「だったら、従魔一体に付き5000ゼニスかかるぞ。証明書があれば、お金はかからないから、作ることを勧めるよ」
「証明書は、どこで発行出来るんですか?」
「冒険者ギルドか商業ギルドに行くと、証明書を発行してくれるぞ」
「じゃあ、これ1万ゼニスです。自分の商業ギルド証は持ってます」
「そうか。それにしても、こんな強そうな従魔がいて、商業ギルドなのか?」
「ええ、料理が好きなんです」
「料理だと、一体どんな料理を作るんだ」
「おいっ、後ろがつかえているぞ」
門番で反対側に立っている衛兵に、早くしろと注意されてしまう。
「分かったよ。それじゃあ、神獣様もお連れさんも、またな」
「はい、頑張って下さい」
「またね」
リーフがお気に入りの両腕を上げてバイバイする。
「うおおおっ、何だその可愛いの」
さっきの衛兵が振り返ってリーフを見ている。
「いい加減にしろ」
そして反対側に立っていた衛兵に殴られてしまう。
「悪いな。こいつの事は気にせずに行ってくれ」
「ははは」
翼はペコリと頭を下げて、リュシオン王国の城壁の中へと入っていく。
「うわっ、大きな街だな」
門から大きな一本道が通っていて、左右にたくさんの店が並んでいる。
人も行き交っていて、賑やかだ。
「うわっ、白いライモオン。神獣だわ」
「初めて見たよ」
街の人とすれ違う度に、手を合わせて拝まれている気がする。
「うむ」
どうやらユキには当たり前のことのみたい。
そう言えば、あの村でもそうだったな。
キマイラの麓のポンペルト村だからって訳じゃなかったんだな。
「もしかしてユキって凄いヤツ?」
「今日のメシは何にするのだ?」
こいつの何が凄いんだと自分の考えに反論した。
お前は飯待ちしか出来ない休日の旦那かよ。
「┅┅リーフ着いてきてるか?」
ユキの飯の催促を無視して振り向くと、すでに通り去った、後方の噴水に小さな緑色のスライムの姿が見えるぞ。
噴水のフチに乗っかって、落ちてくる噴水の水を触ろうと腕を出している。
「わあ~っ」
翼は急いで駆け寄ると、水の中に落ちる寸前のリーフを両手でキャッチした。
「アニどこいたの」
「┅┅」
俺は保育士じゃないんだからな。
「リーフ、前に川に落ちたの忘れたのか?」
「みずこあい」
「小さな水は怖がらなくても大丈夫だけど、こういう大きな水は気を付けて」
「おおきみずこあい」
「大きな水に近付く時には、俺を呼んでくれ」
「アニこあくない」
「そうだよ。俺と一緒なら、こうして噴水の水も触れるよ」
「リーフも」
リーフは翼の真似をして、腕を伸ばして落ちてくる噴水の水に触った。
「きもちぃ」
「冷たくて気持ちいいな」
バシャン
「うむ」
目の前で水飛沫が上がった。
「うわっ、何で噴水の中に入ってるんだよ」
冷たくて気持ちいいと言う言葉に反応したのか、ユキが噴水に飛び込んでいた。
「まずは商業ギルドに行って、従魔契約を書面にしなきゃいけないんだぞ」
「リーフも」
「大きな水は怖いんじゃないのか?」
「ユキちゃんアニいる」
「分かった。衛兵さんが来る前に急いで入ってきて」
リーフは、翼の手の中から飛び出して、ユキに飛び付いて水につかってしまう。
ゴクゴクゴクゴク
「なんだ、なんだ、何の音?」
ゴクゴクゴクゴク、音がどんどん大きくなっていく。
「うむ。リーフが溺れて水を飲んだようだ」
小さくて可愛かったリーフが、ぶるんぶるん震えながら、どんどん大きくなっていく。
「これがリーフ?」
そこには、リーフの100倍は大きいんじゃないかと思える巨大なスライム。
しかも水の重さの為か、引っくり返っている。
「アニくるし」
「うわわあっ、リーフ、水を吐き出すんだ。ケホケホして」
あまりに衝撃的な光景に固まっていた翼が、リーフの助けを求める声を聞いて正気に戻る。
「ケホッ」
ドバアァ、
ザーザー
リーフの口から噴水の様に水が吹き出されて、そこに七色の虹がかかっている。
「わあ、凄い」
「さすが神獣様のお連れさんだ」
いつの間にか人が集まり、拍手喝采されているぞ。
「騒ぎがあるって駆け付けて見れば、ロベルトと騒いでたあんた達か」
あっ、騒がしい衛兵さんの隣にいたまともな人か。
「すみません」
「まあ、なんとなく状況は分かったよ。子守りも大変だな」
「まったくです」
「今回は見逃すけど、もう噴水に入ったり、噴水の水を飲み尽くすことのないようにな」
「飲み尽くさなければ」
「ダメだ」
「ですよね。気を付けます」
「行っていいぞ」
「はい。ほら、ユキも噴水から出て、リーフも大丈夫だな」
「だっこ」
リーフが少し疲れた様子で、腕を出して甘えてくる。
「ちょっと待って」
翼はリュックからタオルを出すと、リーフの体を拭いて水気を切った。
「よし、抱っこしてやるぞ」
ブルブルブルブル
ユキが一気に体を振るわすと、ユキの毛から水分が一気に吹き飛んだ。
そして大量の水滴が、翼をビッショリと濡らしていた。
「ブルブル禁止」
「うむむ」
「はあ、リーフは濡れなかったのか」
翼はリュックからバスタオルを出して頭から拭いて、全身の水を絞っていく。
「はあ~歩きながら乾かそう」
とにかく目的の商業ギルドを探すことにする。
通常、ギルドは街の大通りに面しているので、直ぐに見付けやすい。
「行くぞ」
「うむ」
「あーい」
商業ギルドの扉を開けて中に足を踏み入れる。
「うわ、神獣きた~」
「あのスライムの色、緑って毒スライムか?」
う~ん、思った以上に注目を集めているな。
「従魔登録に来たんですけど」
翼は受付のお嬢さんに声をかける。
若くて可愛い女性に見えるが、ギルドの受付嬢は冒険者が兼務していることが多い。
つまり一般男性よりも、むちゃくちゃ強いと考えた方がいい。
「従魔契約と申しますと、そちらの魔獣と既に結ばれているのですか?」
「はい、そうです」
「かしこまりました。では書類にそれぞれの名前を書いて、契約者の血判で完了します」
うわっ、血判が必要なのか。
ツバサ、ユキ、リーフ
「つっ」
翼は自前のナイフで、指先を刺して血判を押す。
「これで従魔契約書の作成が完了しました。従魔の名前もギルドに控えておきますね」
「あと、従魔と泊まれる宿屋ってありますか」
「それなら、店の真後ろにギルドの経営する従魔と泊まれる宿がありますよ」
「それはありがたい。行ってみます」
宿屋に泊まれるなんて、久しぶりだな。
ホテルを取って荷物を置いたら、また街に出かけよう。
ユキの狩ってくる獲物をさばきすぎて、ボロボロになった解体用の包丁を買い替えないとな。
隣国と小さな戦いもあるみたいだから、武器も新調した方がいいのかな。
見た目は安全で賑やかな街だが、翼は一抹の不安を感じていた。




