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魔族国での結婚式

 いったい何故こうなったのか。


 昼と夜の間の夕闇のせまる逢魔が刻。魔族国特有の濃い霧を吹き払うように、ゆっくりとやって来る一行はまるで百鬼夜行のようだった。よくいっても討ち入りか、カチコミか? って位に緊張感が漂っている。

 昨日の衣装合わせの時は清楚で気品溢れ、儚ささえ漂わせていたのに……



 そもそも、エルブさんとクラルスさんの結婚が決まった時に魔族には結婚式の習慣がないというので、シリウスが様々な結婚式の様子を見せたのが始まりだった。

 私はいっときニュースで流れていた、ロイヤルウェディングの様子を見てもらえばと軽く考えていた。エルブさんは魔族の王子みたいなものだし、クラルスさんはウェアウルフの姫だからね。


 でも、シリウスが人前式やハワイの挙式や神前式に宮中の挙式まで見せた。

 私は結婚なんてまったく考えた事もなく、もっぱら披露宴に行くのみで家で見た事があるのはニュース映像か映画のシーンかCM位だ。

 なのにシリウスの映し出す映像は、けっこうしっかり流れが分かるものだった。いったい、いつ見ていたのか……しかし問題はそこじゃない。

 散々あれだけ色々な結婚式の様子を見ていたのに。


 クラルスさんは和装だった。白無垢に綿帽子姿で前を合わせ持ち、しずしずと歩いて来る。横には二足歩行の狼が赤い番傘をさしかけていた。ウェアウルフ城の侍従だ。

 式の後にはウェアウルフの姿で宴に参加するため着たり脱いだが楽なのと、私のいた日本の衣装なのが決めてだそうだ。綿帽子にしたのも髪を纏めるだけで、簪や髪飾りを付けなくてすむためだとか。

 クラルスさんは姫という立場ではあるけれど、あまり装飾品が好きではなく特に金属の匂いが苦手なのだそう。

 クラルスさんの前後左右に居るのは各魔族の代表だそうだが、こちらも種族毎に様々な衣装をまとっている。


 今日ばかりはオーガもオークもゴブリンも緊張した表情で、静かに並んで歩いて来る。上半身が女性で下半身が大蛇のラミアにリザードマン、色が抜けるように白い美貌の人は吸血族にサキュバスとインキュバスかな。大型のトロルを避けながら、小型の魚人のような者にアラクネやホーンラビットが続く。


 空には大鴉やワイバーンが飛んでいる。よく見ると河童ぽいのや妖精のような者もいるが、もはや私の目では数え切れない程に様々な種族がいた。


 首に白いリボンを付けたコボルトが白い小さな花をまいている。今日だけは皆、日頃の確執に関わらず参加している。

 エルブさんの隣に立つと、漸くはにかみながら少し緊張が解れて花嫁らしく見えるのに安堵した。



 場所は以前、古竜お爺ちゃんがドラゴン達を眠らせた見晴らしの良い草原だ。

 側には転移陣と休憩室も設置して各種族用の待機場に、会議や会談を行える多目的ブースも作った。

 会場内はメーアさんの指揮のもとに、エルフにウェアウルフ、ケットシーにクーシーにコボルトと手先の器用なものが設営に当り美しく飾られている。どうやったのか小さな滝のある泉に直植えの草花や木が生い茂っている。


 私は裏方として動きやすいように今日もパンツスタイルで出るつもりだったが、ダールさんにきつくダメ出しされてしまった。何故かフォートリュス国王とエルフ王スクトウムからも必ず正装の事と知らせが届き、メーアさんの見立てで胸の下で切り替えのあるロングドレスを着る事になってしまった。


 白に水色から黄緑と薄いシフォンのような生地が何枚も重なっていて、動く度に見える色合いはシリウスの瞳の色のようだ。動きやすく可愛いデザインで、布地はエルフの郷製だ。

 すごく可愛いドレスだけど、こっそり中にショートパンツを履いちゃいました。

 ずっとパンツスタイルだったのと何があるか分からないから、まだまだ異世界に気を抜けないんだよ。落とされたり飛ばされたり吹き飛んだり、ね……今、思い出しても……あっ目から水が……

 フォートリュスやアシエールの女性の正装はコルセットでウエストを締めて、大きく広がるロングスカートだそうだ。まさに中世の貴族スタイルなんだけど、私には到底着こなす自信が無いし。いっそ振り袖か袴にしようかとも悩んだんだけどね。久しぶりに化粧もしてオシャレさせてもらいました。


「はい、これ〜髪にさして〜」

 いきなり目の前に淡い桃色の花が差し出された。シリウスがニコニコで私の髪に花を挿すと、ほんのり甘く清涼感のある香りに包まれた。

 シリウスは私のドレスとお揃いの、ロングマフラーを長毛に隠れてしまわないように首にゆるく巻いている。お揃いにしてくれたのが何とも嬉しい。

「……ありがとう、似合う?」

「すっごく、かわいいよ~にあうと思ったんだ〜」

 うちの子てば、本当に男前なんだから。



 式はダールさんと古竜お爺ちゃんが中央のひな壇に上がり、そこへエルブさんとクラルスさんが向かって誓う型になった。まるでダールさんが神父の様にも見えて笑いそうになる。


 ひな壇の右側にフォートリュスのフェデルタ王とサンセール皇太子、アシエール国のロブスト新国王その横にオルデン王子とブルーノ君が控えていた。左側にエルフのスクトウム王とトニトルスさん、長老猫さんにクーシーのノクスさんに獣人商会のレノさんも並ぶ。

 数ヶ月ぶりに見た、オルデン王子とブルーノ君は少し背が伸びて柔らかな表情だった。

 転移陣のおかげで移動時間の短縮は出来るようになったが、何より王族自らが参列してくれた事が信頼の証のようで嬉しい。


 左右には竜達が護衛のように並んでいる。

 古竜お爺ちゃんだけでなく、他の竜達もキスルンルン飴や異世界料理のトリコになってしまった。どうやら竜達は毎日、楽しそうに動いている古竜お爺ちゃんが羨ましくも思っていたとか。

 お爺ちゃんだけに頼りっぱなしなのも悪いし、この際お手伝いをお願いしてみたのだ。


 不定期開催だった、スカイダイビングの再開とか、ワイバーンなら小型だから配達とか手伝ってもらえたらね。転移陣は魔力が沢山必要だし、一回に移動できるのも二人位なのだ。

 今回、各国に設置するに当り防犯面として軍事使用出来ないようにする事が織り込まれた。だからこそ流通となると、やはり宅配便のようにになってほしいのだ。お爺ちゃんに話したら、快く仲立ちしてくれて、交代で手伝いに来てくれる事になった。


 壇上に向けて、魔族の代表者や各国の代表者達が片膝をついて頭を垂れて挨拶していく。式は厳かな雰囲気のままに進んでいくと、何故か最後に壇に呼ばれてしまった。聞いてないんだけど?

 渋る私をトニトルスさんとシリウスが引っ張っていくと、中央に押し出された。

「さて……既に知っている者もいるだろうが、この度エルブによって召喚されたポンだ! こちらは彼女のケットシーで名をシリウスという。皆、私同様に従うように頼む。今日、用意された料理の数々はポンの手によるものだ。異世界の味を楽しんで頂きたい」


「何で魔王様と同じように従えなんて言うんですか?」

 ダールさんはあたふたと小声で抗議する私の腕を取ると笑顔のまま、さっさと壇を降りていく。

 これではエルブさん達の結婚式というより、私のお披露目のようじゃないか〜


 後で知ったが、この式の様子は食堂前広場だけでなく、各国にも魔術のモニターで中継されていたそうだ。種族を越えて、この大陸の全ての種族の和平の瞬間だった。この日のために魔道士達は中継魔法をマスターしたそうだ。



 式の後は食事に飲み会だ。

 ローザさんとアウレアさんが、どうしてもメニューを絞りきれず思いきってバイキング形式にした。慣れない食事スタイルだが、魔王城の侍従さん達が上手く対応してくれている。

 各国の王族達には外交もあるため、あらかじめ雷電隊やメーアさんが側に付き食事の説明とかしてくれて和やかに歓談している。


 私は、さっそくオルデン王子とブルーノ君に声を掛けた。

「オルデン王子もブルーノ君も元気そうで安心しました。今はフォートリュス国に?」

「はい。ポン殿も御元気そうで何よりです。僕はフェデルタ王に付いて、ブルーノはケットシーの先生に魔法を習っているところです」

「そういえば、長老猫さんに弟子入りするとか?」

「はい! 今は長老猫様の御弟子さんに、ケットシーの子供達と一緒に基本魔術を習ってます。基礎が終わり次第、長老様に師事するとか。おかげさまで毎日が楽しいです」

「えっ……ケットシーの子供達? ぜひ、そこ詳しく!」

 後で長老猫さんに、遊びに行く許可をもらったのは言うまでもない。



「漸くポン殿に御会い出来ました。我が娘ルクスペイに御尽力賜り感謝致します」

 エルフの王様は美しいだけでなく、ルクスペイさんのお兄さんじゃないのかと思うほどに若々しくて驚いた。

 アラクネさんの糸と魔羊の毛を合わせる事で、更に魔力遮断力が上がった。肌着やマントに仕立ててみたが、皆が圧迫感がなくなり一気にルクスペイさんとの距離を縮めたのは嬉しかった。

 元々のルクスペイさんのエルフ柄のおかげもあると思う。毎日、沢山の兵達だけでなくケットシーやクーシーと手合わせしているのが楽しそうだ。



「…………そうなんですよ! うちの隊長は百日戦争の英雄の聖剣士と大魔道士の末裔なんです」

 披露宴の宴の席で、雷電隊のエルさんの声が聞こえてきた。珍しく酔っていて声が大きい。ダールさんと隊長さんも一緒だ。

「どうりで、フォートリュスの王の懐刀なわけだな……プルプラは?」

「私が産まれた時に名付けをしてくれて、そのまま身罷ったそうです。私が成長するまで待っていて欲しかったのですが……大御祖母様は醉うと、いつもダール様に会いたがっていたそうです」


「そうか、逝ったか………ハーフエルフにしては長生きをしたのだろうな……向こうで今頃、子孫達を肴に酒盛りしているだろうな」

 ダールさんがしみじみとこぼした言葉に隊長さんが一つ頷く。

「……なかなか豪快な方だったようですね、逸話には事欠かないとか………母などは御相手をするのも大変だったようです」

「ああ……そういえばフォートリュス王家と婚姻関係だったな」

「はい、数代置いて婚姻しております。母は現フォートリュス王の姉に当ります」

「そのあたりもアシエールの前王を焦らせたのだろうな……」


 どうやらエルフの血が入る事で頑健で魔力が高く長命な一族となり国を栄えさしてきたのだとか。

 三番目の召喚者が逝くのと百日戦争は同じ頃の出来事で、直後に魔法国の辺境伯だったフォートリュス家によって建国された。


 アシエール国は遅れる事、百五十年後に魔法国の魔道士と騎士の残党によって漸く建国されたとか。

 建国当時からアシエール国はフォートリュス国に対して勝手にライバル視して、何度も婚姻の話を送っても是とはしなかったそうだ。

 だからこそ此度のアシエールのロブスト皇太子とフォートリュスのリトス姫の婚約は、この大陸に住む者によって大きな意味があるのだそうだ。

「……これなら、雷電隊もルクスペイやニクスもいるから安心だな」

「……ダールさん?」


 そこに獣人商会のレノさんが大男を伴ってやって来た。

「やっと戻って来てな、うちの頭だ」

 二メートル以上はあろう、がっしりとした体躯に長めの茶色い癖毛に黄金の瞳で癖毛の間からは丸みのある耳が覗き黄色に黒い縞のあるシッポが揺れ動く。見るからに強そうな虎の獣人さんだった。


「ティグリスと申します。やっと御会いできました! 船を降りてからはポン様の話ばかり聞きましたよ。まずは、お礼を言わせてください」

 私は何のことか分からず首を傾げた。

「ブルーノを助けてくださり、ありがとうございました! 私の叔父が、あれの祖父に当ります。出航を諦めて助けに行こうとしていた所ポン様に助けられ、私も安心して出航する事が出来ました。なにぶん海流の関係で半年に一度しか船を出せないのです」


 ダールさんがティグリスさんの肩を叩くと割って入ってきた。

「ポン、しばらく俺は別の大陸に行って来る。後は頼むな」

「別の大陸?」

「ポンが、この大陸に慣れる頃には気軽に行き来できるようになっているだろう」

「……もしかして………ずっと行きたかったとか?」

 ダールさんはイタズラが見つかったみたいに、ニヤリとしている。どうりでエルブさん達の結婚式を急いだ上に、私のお披露目までやったわけだ。これは、あきらかに確信犯だね。

「ずっと獣人商会が交易を進めて来ていたんだが、あちらの大陸も漸く落ち着いてな。行き来できるようになったんだ。ちょいと行って来るだけだし、皆がいるから大丈夫だろ……ああ、ブローは一緒に行くと言ってたな」


「なんでも、べっぴんがいるらしいんじゃ! でも、めしには帰ってくるでの〜」

「他の大陸って、そんなに近いんですか?」

「……いや、船で二ヶ月近くかかるが………」

「シリウスがいいアドバイスをしてくれての〜見ておれ!」

 そういう間に、お爺ちゃんが星になった。

 そして、また目の前に現れた。

「ゲッ……瞬間移動?」

「早かろう? 飛ぶ時の魔力の流しかたを変えたんじゃが、わしすごかろう?」

 お爺ちゃんは得意満面だ。これなら直ちょく帰って来れるのかな?



 実際は三、四日毎に時間停止付きの長持ちに海の幸をいっぱい入れて、大量に背負って帰って来ってはまた料理を持ち帰る事になるのだとは思いもよらなかったが。



 獣人国は便宜上、国と言っているが実際は商会の複合組織で中でも九つの大商会が舵取りをしているのだそうで歴史は古く、魔法国の時代までさかのぼるそうだ。

 商いの対象は物に情報だけでなく、時には人や生き物と何でも商人の気持ち一つで決まるらしい。魔法国が滅ぶ前から既に組織化していたという。この大陸では人族より歴代が古いのだ。


「それでおりいってポン殿に相談なのですが、これなんですが……」

 ティグリスさんが皮袋から黒い乾燥したクルミのような物を取り出すと差し出してきた。手に取った途端にバニラのような甘い良い香りがする。

「見た目は違うけど、バニラみたい! その別の大陸の物なんですか?」

「向こうではスパイスのように使うそうですが、なにぶん香りが強く使い方が難しくて……できましたら試して頂けたらと持参しました」

「ぜひぜひ………ウワァ〜、バニラみたいに使えたらお菓子だけじゃなくて香水や化粧品にも使えるんじゃないかと……ちょっと、ベリタスさん〜見て見て!」

 私は大興奮でベリタスさんに見せに行った。腕が鳴るぜい!





 ふと、何気なく目を上げると会場を見渡す。種族が違えど誰もが笑いおしゃべりし食事に舌鼓をうっている。

「どうかした?」

「……なんか………この感じ良いなって思ってさ」

「うん! みんな楽しそうだよね~そろそろ用意しなくちゃ」

「今日は新曲も披露するんでしょ? 頑張ってね」

 シリウスが舞台裏に行くのを見送りながら、ボー兄さんとヴェア兄さんとアラタに合流した。

 エルブさんもクラルスさんも忙しさと緊張で、意外な位アラタとも気負わずに顔を合わせていて安心した。

 今日はエルフの郷からも魔族国からも音楽家やダンサーも駆けつけ、披露宴の後半はコンサート会場となる予定だ。この大陸中が、こうなれたら……いや、ここから広げていこう。皆がいれば大丈夫だと思った。





拙文にお付き合いくださり、ありがとうございました。

これにて本編は完結となります。番外編を描けたらと思っています。

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