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アラタの想い

『……ミュ〜ッミッ(……びっくりさせて、ゴメンね)』


 まだ座り込んだままだけど、少し笑ってスライムと兵隊蟻を見つめているポンちゃんに謝った。

 ポンちゃん達がいなかったら、こんなに楽しい毎日は送れなかっただろうな。


「も〜あんだけ悲鳴上げてたのに、なに笑ってるの〜」


 シリウスちゃんは呆れたような顔をしながらも、ポンちゃんに飴を差し出している。


「あ、ありがとう。悲鳴は生理現象だから仕方ないと思ってよ~私はアトラクションのいかだ下りでも絶叫するタイプよ?」


「……まったく、ポンは………」


 ヴェア兄さんはポンちゃんの悲鳴に痛む耳を振ると、シリウスちゃんが差し出した飴を受け取って口に放り込んだ。ボー兄さんと僕にも飴をくれる。


「……ダールさんの薬草園で採れたこれ、本当にリラックス効果あるよね。香りや味もキャットニップにも似てるんでしょ?」


「お茶でも飴でも美味しいよね~なんか種族問わず美味しいって言ってたね」




「それにしても、珍しい物が見れたみたいだよね? スライムの生態って分かってない事が多いって話だったし、自然界の神秘って感じがした」


 ポンちゃんは悲鳴を上げながら扉から出てきたけど、今は楽しそうに見ている。


 シリウスちゃんも「ポンちゃんは、こう見えて肝が据わっているんだよ~用心深いから新しいことは、すぐ始めないけどね。ほんとうはできる子なの〜」って笑いながら言っているけどすごい悲鳴だったのに、本当に大丈夫なんだろうか? 思わずポンちゃんの顔をのぞき込んでしまう。




「おまえ、だからポンにようしゃがないのか……」


 さすがのヴェア兄さんも呆れてる。


「ポンちゃんの魔力量からしたら、たいていはできるけどね~気持ちはべつだから……あんまりムチャしないであげなよ?」


 ボー兄さんも少し困った顔をしているけど、シリウスちゃんは笑っているし何でかポンちゃんも笑っているから大丈夫なのかな。


「なんか落ち着いたら、笑えてきた……初めて古竜お爺ちゃんに乗せられて飛んだ時に比べたら、落ちる心配もなかったし………スライムって、しっとりひんやりで触り心地良かったし……次は私もサーフィン出来るかな?」


「フ〜ンッ……僕の肉球と、どっちが気持ちいい?」


「そりゃあ、シリウスでしょ」


 ポンちゃんがすかさず返事したら、すごく満足そうにシリウスちゃんが笑ってた。本当ポンちゃんって見た印象と、ぜんぜん違うって皆が言っていたけど僕もそう思う。


 ポンちゃんは皆と仲良いけど、やっぱりシリウスちゃんは特別なんだって分かるよ。




『ミュ〜ッ? (お爺ちゃんに乗せてもらったの?)』


「アラタもそのうち乗せられると思うよ~」


「覚悟しとかないと、私なんて何度も気絶した位だよ? 慣れるまで毎日、飛ばされてたし」


「あっ……あれ気絶したのは一回だけで………長老様と古竜お爺ちゃんが悲鳴で、耳から血が出そうだって言って………」


 シリウスちゃんが、しまったって顔して口を押さえたら、ポンちゃんがシリウスちゃんの肩を掴んで半泣きになっちゃった。


「ウワァ〜私の扱い酷くない?」


「僕は一緒じゃなかったけど、話には聞いてた……長老は、たぶんポンちゃんはケットシー枠だと思っていると思うよ?」


「………長老様って、優しいけどスパルタなとこがあるからね~」


「長老のクチグセは“最初が肝心”だし……思いだすと色々と………」


「……僕………子猫のころはちょっと怖かったし………」


「…嬉しいより……恐いんだけど……」


「ときどき、クーシーよりケットシーの方が強いんではないかと思うことがある……」


 ヴェア兄さんの耳とシッポが下がった。僕もそんな気がする……






 目覚める前、僕はずっと深くて暗い穴の中にいるようだった。見えるのは、はるか頭上の小さな光だけで遠くに動くものが見えるだけだ。僕は一生懸命に手を伸ばして穴の中を這い上がるけど淵に手がかかった途端に四方八方から鎖が伸びて来て、また穴の底に落される。


 真綿でじっくり締め付けられるように苦しかった。もがく度に拘束が強まる。息も絶え絶えで何度も意識を手放しては覚醒した、そしてまた縛られる。僕にとって自分の人生どころか己の意識すらままならなかった。


 ただ、その繰り返し。そこは寒くて暗く苦しい、だから何度落されてもよじ登りしがみつこうとした。僕にとって生きるのは、ただ辛いだけの事だった。でも、どんなに苦しくても光に手を伸ばさずにはいられなかったんだ。


 今なら分かるけど、いっそ狂えてしまえば楽だっただろうに。心の底に沈み込む事で、辛うじて生きながらえてきた。永遠に続く暗闇の生だった。それでも何度ももがいた、もがいては沈み込む。


 ボロボロで震えながら底に沈んでいると、急に温かくなって暗闇の中に小さな穴が空き光が幾つも漏れてきた。


 ふらつきながらも精一杯に手を伸ばすと淵に指を掛け、穴を広げ無我夢中で穴の外に出ようと全身で暴れて肩を出し頭を出そうともがいた。




 永遠にも思えるくらいもがき暴れていたら、いきなり全身が光に包まれていた。ただ眩しくて痛いほどだった。


 常に身体を縛りつけていた鎖も無く、身体はひどく軽かった。あんなに光の中に行きたかったのに、光に包まれた途端に怖くなった。動く事も出来ず寒くて、でも震える事も出来ない。まるで自分の身体ではないようだった。


 漸く目が慣れて見えだした時、心配そうに僕の顔を見つめるポンちゃん達が見えた。その瞳を見た途端、なんだかホッとしたんだ。




 ポンちゃんが御飯を食べさせてくれた。一匙毎に血と共に熱が巡り身体が暖まっていき、指先が首が脚先が動くようになった。


 でも思うように身体を動かせない事より、何より広い世界や音や匂いや気配が怖かった。


 ボー兄さんとヴェア兄さんは、直ぐに僕が怯えている事に気がついて、ずっと側に居てくれた。




 ポンちゃんもシリウスちゃんも古竜お爺ちゃんも一緒に居てくれて、僕はやっと恐くなくなった。


 だから僕を不安そうに見つめる兵達の目は恐くなかった。


 ポンちゃん達は何も聞かないし、目覚める前の事は話さない。


 僕にとっては小さな光から切れ切れに見えた事でしかなかった。知らないはずなのに知っていたり初めてだと思っていても出来たり、そういう事が不安にさせるのかな。


 だからってわけじゃないけど、僕は話すのは苦手だ。赤児よりケットシーに生まれ変わりたかったな。


 ケットシーは柔らかくて温かくて草花の良い匂いがするし、話し方も耳に心地良い。本当にケットシーになれないかな?




 僕は魔獣や魔虫が好きみたいだ。身体がオーガの赤児位に戻った僕よりも小さいのに色々なことができるのも不思議だし、見ているだけで嬉しくなる。僕は身体が小さくなっても平気だ。元々、僕は生きていないのと同じだったから。それよりも毎日、出来る事が増えていくのが楽しくてしかたないんだ。


 ボー兄さんは魔獣にも魔虫にも詳しくて毎日、色々と教えてくれる。まあ、スライムはやり過ぎちゃったけどね。




「それより、アラタ用に研究室も作る?」


「……そろそろ作ってもいいかな………僕達が手伝えばいいしね」


 ボー兄さんとヴェア兄さんも嬉しそうに頷くと、場所はどこがいいか大きさはどの位かとか聞いてきた。どうしよう……僕の研究室だって! 




 兵隊蟻から逃れたスライムが近くに来ると、ポンちゃんが抱き上げると日の光にかざすように持ち上げて右に左にと見つめだした。


「………もうボコボコしてないね……ツルンとしていて、葛餅みたい………メレンゲでもいけるかな………」


 ポンちゃんはスライムを降ろしてやると、ポケットからメモ帳を取り出して急いで書き込みだした。


 なんでもエルブ達の結婚式用の料理や衣装を考えたり、各地から届く食材を使った料理とか色々と忙しいみたい。忘れないうちにメモにしておくんだって。


 今、自治領ではこの小さなメモ帳が流行っている。僕は字の練習や虫や花の絵なんか書いている。




 僕は何でかエルブ達の結婚式に呼ばれているらしい。


 どうしようかと考え込んでいたら、ポンちゃんが「転移陣も出来て頻繁に行き来するんだし、会いたい時に会えば良いと思うよ。何せ魔族は長生きなんだし時間はいっぱいあるしね……何なら当日に決めても良い位だよ?」って言ってくれて、すごくホッとした。




「スライム餅……スライムクッキーとか自治領限定のお土産用のお菓子ってどうかな?」


「……限定か〜エルフの郷でしか手に入らないとか、獣人の国限定とか……いいかも! 行く楽しみができるよね~」


「なるほどね~せっかく転移陣が各地にできるんだものね」


「……たぶん相手が何を食べていて何が美味しいとか名所とか習慣とか知っていけたら、戦争するんじゃなくて話し合いができるようになったら良いなって……何にも知らないから簡単に排除するとか壊しても平気になっちゃうんじゃないかな。まずは美味しい物から始めてみようと思う」


 ポンちゃんは地面にメモを置くと集中して色々と書き出していく。次の会議に出すんだって。僕はなんだか嬉しくて笑っちゃったよ。本当に毎日が楽しいんだ。









遅くなりました。

寒くて猫も布団から出て来ません。風邪など召しませんように。

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