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その後……

 アラタは身体には異常はないという事で、私の部屋で寝起きするようになった。ここならシリウスやルーチェちゃんにミルトだけでなく、古竜お爺ちゃんも一緒に寝起きしているからだ。


 アラタが居るならと、ボー兄さんも泊まるようになりミミねーさんやヴェア兄さんまで泊まっていく。おかげで私の部屋は第二ケットシー休憩室のようだった。




 直ぐにアラタが利発なのが分かった。


 手脚は長めだけど頭の方が大きくて四頭身位しかなく、如何にも幼児の姿だ。でもしっかり目を見て話を聞いているし、皆の顔と名前も直ぐに覚えた。種族ごとの様々なルールや違いにも適応しているようだった。はっきりいって私よりも、しっかりしている位だ。


 よちよち歩きでも皆のお手伝いをしようとしてくれる。こうなる前のエルブさんの侍従時代は、有能な文官タイプだったそうだ。


 唯一の問題は、何故か声を出そうとしなかった事だ。毎日検診はしてもらっていて、どこも身体の異常は無いという。おそらく心因性だろうという事だった。こればかりは、焦ってもどうしようない。




 実のところ、術を掛けたダールさんにも分からないらしい。


 初見で他者の魔力に酷く汚染されていたので、それを除去したら幼児になってしまったと。最初から身体を小さくしようとか思ってもいなかったそうで不可抗力だって。


 どんな術かと聞いても「がーとして、ぐぐっとして、びゅーっとした」だそう。


 まあ私も変性の説明は「ムムムッのポン」としか言えないんだけどね。理論的にとか体系立てて説明とか無理だし。


「なるほどね〜でも、そこまで魔力ないからムリ〜」とケットシーとクーシーだけは言ってくれたけど、思いっきり呆れながら笑ってたし。


 魔道士達もなんとか解明出来ないかと日夜取り組んでくれているけど、どうなるやら。




 幼く愛くるしい姿だが、なお警戒する者達もいたが、私としてはケットシーとクーシーと古竜お爺ちゃんが警戒していないのに何故で気にする必要があるのかいまいちピンッとこない。


 もしも記憶が無いのなら、さぞかし恐ろしく不安だろう。記憶があったとしても洗脳され、抗い続けた日々など辛いだけだし。


 ならば楽しい事や美味しい、嬉しいって思える事でいっぱいにしてしまおうと思うのだ。何が好きか何に興味を持つか、ただ側で見守ればよいと思うんだけどね。






「ポン殿は……恐ろしくはないのですか?」


 いつものように食堂に向かっている時に、すれ違った三人の兵士の一人が意を決したように声を掛けて来た。


 私は立ち止まると、きょとんと首を傾げた。


「……もしも、彼が記憶があったら………」


 兵士達はボー兄さんとヴェア兄さんと共に、先を歩いて行くアラタに視線を向けた。


「たとえ記憶があったとしても、同じ事態にはならないと思いますよ? なんといっても皆がいますからね」


 ボー兄さんはアラタと手を繋ぎゆっくり歩きながら、シッポをしきりに動かしつつ何か一生懸命に話し込んでいる。横を歩くヴェア兄さんも、機嫌良さそうにシッポを振りながら相づちをうっていた。


「大丈夫だよ~ここにはアラタより恐いのがいっぱいいるからね~」


 シリウスが人にも通じるように、ニカッと笑った。




 アラタ達に追いつくと、デッキ席の近くでしゃがみ込んでいた。


 そっと近付いて覗き込むと、デッキ横に植えられた花の周りを飛び交う蜂を見ていた。日本で見かける蜜蜂にも似て、襟ぐりにフサフサとした白いうぶ毛がある。ただ大きさが胴体だけでも二センチはあるのが少々恐い。


「ああ、ポンちゃん……今さ〜ハチ見てるんだよ~」


「そっと離れて! 刺されたら大変よ」


「えっ……デカ……」


「この蜂たちは大丈夫〜花を植えてくれて、ありがとうって」


「えっ……ボー兄さん、蜂とも話せるの? なにそれ〜凄くない?」


 ボー兄さんは少し照れると、またアラタに話し掛ける。どうやら、この蜂の生態を説明しているようだ。アラタも何気に一生懸命に聞いているので、まあいいか。ボー兄さんは生き物の事なら大概詳しいのだ。最高の先生なんだよね。




 アシエール国と魔族国から沢山の草花や樹木が贈られて来た。アシエール国からは造園業の方々も一緒に来て、今あちこちに植えられている。緑が増える事で昆虫や鳥も戻ってきてくれて、やっと砂漠ぽくなくなってきた所だ。


 私は安心して、いつものようにシリウスを残して食堂に入って行った。




 それからも毎日、アラタはボー兄さんとヴェア兄さんと共に虫観察している。ボー兄さんの話しでは、アラタは観察力と集中力が有り良い研究者になりそうだとか。


 それぞれにしゃがみ込んでいる後ろ姿が、それは可愛い。なんで後ろ頭って、あんなに可愛いんだろう。仲良く並んで、ユラユラとシッポを揺らせている姿に通りすがりの者が微笑んでいる。


 私は虫は特に恐くはないけど、ことさら得意でもないので離れて見ているだけだ。時には他のケットシーやクーシー、アピスちゃんやカー君が混ざっている事もある。


 ボー先生の野外授業だ。


 アラタを探す時は、人工池や樹木や草花のある場所を見て廻ればたいてい見つかるのだ。






 私は今日の分の食事を変性し終えると皆と合流するため、人工池に向かった。


「お待たせ〜」


「今日のごはんは何?」


「今日は豆とキノコと魔牛の煮込みとね……」


 私がメニューの話をしながら歩いて行くと、しゃがんでいた皆が立ち上がって出迎えてくれた。




『ミギャッ(ウワァッ)』


 その時アラタが池を覗き込んでいた姿勢から立とうとしてバランスを崩し、頭から落ちかけたのを慌ててヴェア兄さんが服を咥えて止めてくれた。


「……えっ? 今の念話、アラタ?」


 アラタはボー兄さんにしがみつきながら私を振り返ったが、口が開いているが声は聞こえない。


『ミッ(ボク)』


「なんでケットシー語なの?」


 アラタは、ただ首を傾げるだけで何も話さない。


「おお…クーシー語は?」


 ヴェア兄さんが勢い込んで聞いている。


『ミュッ(ムリ)』


「クーシー語は苦手なの?」


 アラタはコクンッと頷くだけだ。


「人語やエルフ語は?」


『ミュッ(ムリ)』


「さっきから念話なのに口が動いているのはなんで?」


「……エッ? アラタは、ちゃんと声出してるよ?」


「念話じゃないのか〜私には聞き取れない周波数って事かな? 召喚者補正でも聞こえないのかな……」




 この後に皆で試したけど、声が聞こえるのはケットシーとクーシーとアピスちゃんと古竜お爺ちゃんだけだった。


 ダールさんやトニトルスさんでも聞こえないそうだ。魔族の不思議さだ。研究者達が、また盛り上がっていた。


 アラタの“声の無いニャーオ”は、もの凄く可愛いので私としては聞こえないのも、それはそれでいいかって思った。




 ルクスペイさんが切り開けた川は勢いよく川幅を広げ、水の噴き出す勢いに大きな湖と化した。


 湖はルクス湖、川はペイ川と呼ぶ事になった。もちろん、ルクスペイさんは猛反対したけどね。誰も他によい名前を思いつかなかったのだ。


「言っておくけど……明日は我が身だからな」


 ダールさんが渋い顔をしながら私とシリウスを見やった。


 魔族国で、ダールさんが寝ていると言われている山は、ダール山と呼ばれているそうだ。想像しただけでもその、いじりはなかなかキツイものがある。思いきり、やっちゃうと後々まで言われるのか〜気を付けようっと。




 湖の側にはダールさんの研究室だけでなく、幾つもの研究室が出来上がり薬草園も出来た。近くには魔族国、エルフの郷にフォートリュスに獣人国行きの転移陣も設置された。


 アラクネさんのいる森には入口に石碑を置いて、むやみに入らないようにと定められた。


 転移陣が出来た事で、リザードマン達は安心して帰って行った。ちょくちょく遊びには来るんだけどね。




 転移陣で送られて来る薬草園や荷物にまぎれて、小型の魔獣や魔昆虫もやって来た。


 緑が増えた事で地続きには中型の魔獣や野鳥等、沢山の生き物も来るようになった。


 魔族国の昆虫は大きくて、ソフトボールサイズのダンゴムシみたいなのもいれば、直径が五十センチはある蝶とかビックリする。日本にいた時は目の前を蝶が飛んでいても鱗粉は見えなかった。大きいからか羽が羽ばたく度に鱗粉が舞うのだが、それを研究者が集めていた。


 珍しいからって、カマキリに似た魔昆虫の産卵を見せられた時はさすがに泣きそうになったけど。




 一角ウサギや翼のあるネズミも見かけた。


 食堂のウッドデッキで誰かが落した野菜や食べ残しの味を覚えて、遊びに来るようになったらしい。戦いに投入された時の凶暴性は、興奮作用のある薬草で燻したためで我を忘れて攻撃するそうだ。


 そもそも生まれながらに四六時中凶暴な生き物等いないのだ。凶暴になる理由が必ずある。


 でも目を覚ました時にベッドで一緒に寝ていた時は、さすがに驚いたけどね(遠い目)……


「泊まっていく? って聞いたら、うんっていったんだよね」


 ボー兄さんは、なんでもなさそうに言ってた。一角ウサギでよかったって思えばいいのか、悩むところだ。いや穏やかだと、ただ角のあるウサギで可愛いんだけど初対面の印象がね。




 なかでも体長が三十センチもある蟻達は隊列を組み行動するため、魔族国では通称兵隊蟻と呼ばれているそうだ。


「あれは……陣形になっていませんか?」


 いつも忙しそうな隊長さんが通りがかりに足を止め、まじまじと眺めた。


 見るとV字に整列すると三匹ずつやぐらを組んで上から飛ぶと、そこから逆V字に整列するのを繰り返している。まるで訓練しているかのようだ。


 日毎に二段から三段、四段やぐらになりてっぺんにいる蟻は一回転して降りれるようになった。木の枝からも飛び降りる様子は、もはや兵隊蟻ではなくて組体操蟻いや、チア蟻とでも呼びたい熟練度だ。


 最初こそギョッとしていたが、毎日のように見ているうちに皆が慣れてしまった。




「ポンちゃん、なんか変わったスライムがいたんだけど……具合が悪いのかな? 誰も分からないらしいんだ」


 私が目を覚ますと既に一度出かけて戻って来たらしいボー兄さん達が声をかけてきた。起き上がって見てみると、アラタがドッチボール位の大きさの青いスライムを抱っこしている。


 私は目を擦ると、ベッドの上に乗せてもらった。シリウスもニューっと伸びをすると、顔を近付けて見つめた。


 何だか表面がボコボコしているような……スライムを沢山見たわけじゃないけど、もっとツルッとしてたと思う。


「ダールさんやエルフの研究者達も分からないって?」


「うん、あんまりスライムを研究しょうとしてなかったんだって……弱いからかな? どこにでもいるけど生態とか知らなかったみたい」


『ミミュッ(かわいいのにね)』


「アラタは気にいったんだね……御飯の後で皆と相談してみようか?」


 私達はスライムを床の上のクッションに置いて(そもそも上下さえ分からないんだけどね)食堂に向かった。




 いつものように食料の変性と食事を終えて一旦、部屋に戻ってスライムをダールさんの研究室に連れて行く事になった。研究者達が集まって、しっかり診てみる事にしたのだ。


 私がドアノブを捻った瞬間勢いよくドアが頭に当たり、何がなにやら分からないままに押し潰されそうになった。


 かろうじて見えたのは部屋から溢れ出て来るスライムの大群で、慌てて体を持ち上げようにも後から後から出て来る。いや、スライム同士がぶつかる度に増えてるよ⁉ 増殖? 増殖なの〜?


「……ウボッ………………ブボボッ……………」


 気がついたら宿舎のドアから飛び出して、外に大の字で倒れ込んでいた。私の周りでは、まだスライムが溢れ出ているがもう指一本、動かないし〜


 シリウスもボー兄さんもヴェア兄さんも、なんでかアラタもスライムの上をすべって来て私の前にスチャッと着地している。窒息こそないが圧死しそうだったのは私だけらしい。なんで?




 もしも召喚者の神様がいるなら、お願いします運動神経にも召喚者補正をください。身が保たないですよ?




 私達が寝起きしている建物は元は女子寮としていたけど、一人抜け二人抜けと別の建物に移り今では私達だけなのは幸いだった。


 皆、配属先の近くに空きが出たからって言っていたけどね。


 馬サイズの古竜にライオンみたいなクーシー、ダンスステップを踏んだり鼻唄を歌っているケットシー(おもにシリウス)がウロウロしてたら気が休まらないものね。でもこうなると、他に誰も居なくて良かったと思う。


「めっちゃおもしろかったね~」


 シリウスは満面の笑みで私を撫でだしたけど、ジト目でなんとか抗議する。まだ声も出ないからね!




「ウワァ〜」


「こいつは、すごいな……」


「……かっこいい……」


『ミ〜(スゴ)』




 私は仰向けのまま目を上げると、息を飲んだ。


 兵隊蟻達が次々にスライムに飛びかかると、何処かへ運び去って行く。どうやらスライム同士が接触しなければ増殖はしないようだ。


 隊長さん達も駆けつけてくれて、まずはスライム同士が接触しないように離していく。


 兵隊蟻達のフォーメーションは、この時のためだったのではと思う程に的確にスライムを捉えてくれるため程なくして落ち着いたのだった。どうやってスライムが増殖する事に気がついて、更には自治領に巣まで作れたのか……恐るべし魔獣………





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