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アラタの目覚め

 多分アラタは半月位、目を覚まさなかったんじゃないかな。


 何故、多分なのか。


 エルブさん奪還作戦が終わった後、実は私は二日間起きれなかった。転移して以来、寝落ちして起きる度に時間感覚が少しずつズレていく。


 転移してから毎回魔力切れで寝落ちするのだが、七時間位で起きる事もあれば何日も起きない事もある。おまけに自治領になってからは皆が二十四時間体制(便宜上、私が言っているだけなのだが)で動いている。


 いつ目を覚ましても誰かしらが働いていた。そのため共通のお知らせや連絡事項は食堂に貼り出し、一日に一度は全員必ず行く事になっている。


 しかし食堂に入る度に研究者達が、貫徹したとか二徹目だとか楽しそうに話している。のびのび研究ライフで良いんだけど、私の時間感覚を戻す助けにはならないのだ。


 ケットシーとクーシーや獣人商会もマイペースだしね。


 唯一、人族の兵士達が一日四交代制で動いてくれているのが拠り所だ。彼らが居てくれて本当に良かった。


 頼みのシリウスは恐ろしい程の感で私の起床に合わせられるし、昼夜などさして気にしていない。


 おかげで私の中の体内時計など、とうに狂ってしまった。ダールさんも転移してから八千年と言っていたが、マルコ・ポーロ先生が生きていたのは確か八百年位前だったと思う。


 ダールさん自身も半分は寝ていたという事は、やっぱり時間感覚が可怪しくなっていても不思議ではないのだ。もしくは、この世界の時間軸自体がズレているか。でも確認のしようがない。


 更には種族の寿命の違いと広い大陸で、各国の季節や風土の違いによって時間感覚そのものが違う。種族間の交流もまちまち。


 その中で共通の時間を定めるなど考えられて来なかったのだ。また魔法の便利さ故か、天文学はほとんど行われていなかったらしい。


 この世界には、共通の時間が無いともいえる。時計らしい時計を見た事もなかった。


 これからは標準時間を決めた方が良いんじゃないかと、定例会議で提案だけはしておいた。これから各種族が交流していくなら必要な事だと思うんだけど。




 アラタは当初は一日か二日で起きるだろうと考えられていたのだが、私が転移後は三日間起きなかった話になり、皆が慌てた。

 何といっても幼児まで身体を戻したのだから、馴染むにも時間がかかるだろうと思い至ったわけだ。


 私がずっと連れて移動していたのも一旦、医務室での経過観察となった。


 今は魔族の襲来以来、念のため医務室も二十四時間体制となっているのでアラタ用のベットを設置した。


 それが漸く目覚めたというので、医務室前には皆が駆けつけた。




 病室に入ると戸口からでも、閉じた瞼がしきりに動き睫毛が揺れているのが見えた。私が更に近付こうとするとシリウスが足にシッポを巻き付けて留め、ヴェア兄さんが服を引っ張って少し横に移動させられた。


 シリウスとヴェア兄さんは何より私の安全を第一に考えていてくれているのが分かったので、素直に従った。



 アラタがゆっくりと目を見開くと、何度も瞬始める。


 その瞬間、シリウス、ボー兄さんにヴェア兄さんとネブラさんがフレーメン反応した。口を半開きにして、まるで”くっさ~“って言っているみたいな、あの独特の表情だ。


 いつの間にやら、古竜お爺ちゃんとルーチェちゃんとミルトも側に来ていて、アラタをじっと伺いだした。お爺ちゃんの縮小魔術は更に進化して、馬サイズから今ではネブラさんと同じ大きさだ。


 他のケットシーやクーシーが居なくて良かったような残念なような……たった六匹でも、その存在感は大きく強い。更にVIPルームのような広さの病室が一気にモフモフ率が上がったし。


 私もダールさんもアラタに近付くよりも先に、シリウス達の様子に固まってしまった。隊長さんやニクスさんも一瞬で動きを止めると固唾をのんだ。



 緊張しながら見守っていると、唐突にシリウス達が口を閉じるとリラックスしたのだ。それを見て、私もそっと息を吐き出した。


 記憶の有無までは分からないが、少なくとも害意は無いとケットシーとクーシーが判断したという事だ。


 これ以上に信頼出来る事は無いだろう。ヴェア兄さんもシリウスも先程までの緊張感などなかっかのように、アラタの元へ向かった。


 ただ、お爺ちゃんだけは少し残念そうだった。


 ここは一つ、まだ出した事のない肉料理かそれとも……Tボーンステーキか角煮かサムギョプサルか、すき焼きかな? これなら、こちらの食材でもいけるだろう。生姜焼きは生姜の代わりが見つからないんだよね。今度ダールさんに聞いてみようっと。




 イーレさんもホッとしたように微笑むと、アラタの瞳孔や脈とか色々とチェックしていく。


「気分はどうだい? 痛いところはないかな?」


 アラタはイーレさんを見るともなく目を向け、ゆっくりと周りにも目を向けていく。


 真っ白い睫毛に縁取られた大きな瞳は、藍色の瞳孔を微かに青みががった白色が取り巻いている。とても綺麗な瞳だが、感情の欠片も感じられ無い硝子珠の様だった。


「少し起き上がってごらん。食べれたら消化の良い物から始めてみようか」


 イーレさんの言葉には何の反応もなかったが、看護師さんがスープを持って来てくれた。スープには焼いたパンとチーズが入っている。


 アラタはかすかに鼻を動かしているようだが、受け取ろうとはしなかった。身体が小さくなって一人では食べられないかと思い、すくって差し出したが動かなかった。



 ダールさんに抱っこされていたボー兄さんが「美味しいよ~あ~ん」と言いながら身を乗り出してきた。


 何気にボー兄さんを見た、私とシリウスは「ブフッ!」と咽たような変な声が出てしまった。


 ダールさんに縦抱きにされ一生懸命アラタに話しかけているのだが、まだよく身体が動かずにカクカクしている。どこからどう見ても腹話術の人形のようだった。


 シリウスは私の後ろにしがみつくようにして笑いを堪えている。テレビだけでなく、ノートパソコンの操作を覚えて留守中に見ていたらしいけど守備範囲が分からない。何で知っているの? と、思う事ばかりだ。


 挙動不審な私とシリウスを見る、ルーチェちゃんとミルトの視線が痛い。


 私は一つ咳払いして怪訝そうな皆の顔を無視して、安心させようと先ず私が一口食べてアラタの顔色を伺う。が、やはり無反応だった。


 次にシリウスに「はい、あ~ん」と差し出して食べてもらい「美味しいね~」と相槌をうってもらい、ヴェア兄さんにも同じようにする。

 もう一度アラタに一匙、差し出してみる。


 アラタは私の手の動きをジッと目で追いつつも、相変わらず無表情だったが漸く口を開けてくれた。


 一口食べると、直ぐにまた口をパカッと開いた。無表情だが食欲はあるようだ。


 しかし、そこからは口を開けるスピードがどんどん早くなっていく。今のアラタに合う消化の良い料理の追加に、イーレさんと看護師さんが走って行く。他の料理が来るまで、このスープを変性させて保たすしかないかな。


 この日、アラタは大人の二人前位を軽く食べた。表情もリアクションもないけど、まるで鳥の雛のように口を開けては食べているのが可愛いかった。



 表情や仕草からでは記憶があるのかもうかがい知れず、術をかけたダールさんにも予想はつかない事らしかった。


 ボー兄さんはアラタの横に降ろしてもらうと、布団に潜り込んでしまった。さすがのアラタも凝視している。


「……も…ムリ………お、やすみ……」


 視線が刺さりまくっているはずなのに、あっという間にスヤスヤ寝息をたて始めた兄さんが強い。


 転移で、かなり疲れていただろうに無理してでもアラタの様子を見たかったのかな。


 急に大勢が来て一旦隠れていたのだろう、リスのリっちゃんがベッドの上に駆け上がって来るとボー兄さんの脇に潜り込んだ。ボー兄さんは無意識だろうが、優しく抱きかかえてやっていた。


 その姿にカー君が大きく、ため息をついた。


「……カ〜(あっちにねかして)」本当はケットシー休憩室に戻るつもりだったが、ちょっと無防備なボー兄さんとリっちゃんの護衛をするために残るそうだ。


 隊長さんに伝えると、我に返ったように足側の布団の上にそっと寝かせてくれた。



 アラタは横で眠るボー兄さんをずっと見つめていたが、やっぱり感情はうかがい知れなかった。


 気丈に振る舞っているけど、まだまだカー君も動きがぎこちないんだよね。


 私はアラタの目をのぞき込んだ。


「目が覚めていきなり知らない場所に居て驚いたと思うけど、安心していいからね……今日から君の事はアラタって呼ぶね? ボー兄さんとカー君が居るし何かあったら看護師さんも居るからね」


 アラタは、ただ黙って私の目を見返しているが、何となく話は聞いていると感じた。


「私とダールさんは席を外しても大丈夫かな? アラクネさん達も心配なんだよね……」


「ここは私とネブラがついていよう」

 ルクスペイさんが居れば安心だし、顔を見ると何か出来る事が嬉しくて仕方ないようだった。ここは一旦、任せて私達はアラクネさんの元に戻る事にした。


 これから転移陣で魔族国の研究者達も来るし、ダールさんの薬草園も幾つも移動させるしで常駐施設を増やしておきたい。


 ネブラさんとミルトが各国に医薬日に備品や研究者の増員要請も出してくれた。元々、自治領への希望者が多くて選抜が大変だったらしいので直ぐにやって来るだろう。



「俺が”二番目“に教わった建築のコツなんだが、既にある物からイメージを膨らませて考えるそうなんだ」


 私達はアラクネさん達が目醒るのを待つ間に、研究室を造る事にしたのだ。


 ダールさんの抽象的な説明ではピンとこなかったのだが、湖の辺りに三塔の建物が立ち上がって漸く理解出来た気がした。


 先ず設計図を描くとアイテムボックスから色々と取り出し始めた。普通のウエストポーチに見えたが、やっぱり無制限なのか大きな岩や大木が出て来る。


 ダールさんの造形は魔法陣で作るのだが材料が樹木だけでなく、骨に貝殻に石や岩に皮革に金属に貴石やガラスと私が思いもよらない物まで使われていた。それらの素材が魔法陣に吸い上げられるように空中に浮き上がると、瞬く間に組み上がっていくのだ。大きな建物が思いもよらないスピードで出来上がっていく様に茫然としてしまう。


 こんな魔法の使い方もあるのかと感動した。私も是非コツを学びたい。


 出来上がった建物は奇妙なようでいて自然をも感じさせる温かな雰囲気の造りで、ガウディ先生をも彷彿とさせるものだった。


 ダールさんは豪快なようで繊細さもある、凄い芸術家なのでは? 凄い人が先輩として居てくれているのが本当に有り難かった。


「ダールさん……本当に美しくて感動しました!」


「……いや、俺なんてたいした事無いぞ……落ち着いたら是非エルフの郷の”二番目“の作った建物を見に行くと良い。あれは絶対に見ないとな」


「そんなに凄いんですか? ウワァ〜今から楽しみです」


「確かに、あの方の建築は唯一無二のものですからね」


 ニクスさんもどこか得意気で、なおさら見たくなった。




「………や、ここは?」


「ウ、ウ〜あれ……ポン様?」


 ダールさんの建築を見ている間に、やっとアラクネさん達が目覚めたようだ。


「トニトルス宰相さんが転移陣で送ってくれたのですが…覚えていますか?」


「……そういえば……ああ、思い出しました」


「宰相様には初めて御会いしたのですが、大変御優しい方で……」


「初めて? では、魔王様に会ったことは?」


 ダールさんの顔を見ると何だか、ニヤニヤしている。


「や、一度だけ遠く御姿を拝見いたしましたが……」


「じゃあ、良かったね~側で見れてさ〜」


 シリウスはダールさんの腕をテシテシと叩くと満面の笑みだ。しかしリザードマン達はシリウスから恐るおそる横のダールさんを見ると、ハッとしたかと思ったら地響きを立てて横倒しに気絶してしまった。


「何で〜」


 私はただオロオロするばかりで、ダールさんも困ったような顔をしている。


 アラクネさんは驚いて、やたら手脚をカサカサと震わせていた。



 イーレさんが直ぐに体調を診てくれた。


「……おそらく、驚き過ぎて気絶したのでしょう……」


「転移で気絶したばかりなのに……後遺症の心配はないですか?」


「怪我の方は時期に治るでしょうし、記憶も話しているうちにしっかりしてくるとは思います」


「どうして一緒に居たんですか?」


 唯一、意識のあるアラクネさんに聞くよりないね。


「……私またポン様に会いたくて……そうしたら、彼らも会いたいって〜」


 そういえば自治領に戻る時にアラクネさん達、一緒に居たね……


「頂いたクレープや、からあげの話にも盛り上がりまして……ちょくちょく会いに来てくれまして〜どうしたら御会いできるかと相談していたんです〜私が襲われた時にも駆けつけてくれたんです〜ほんとうに皆さんにご迷惑をおかけしました……でも、またこうしてお会いできて良かったです〜」


「とにかく皆さん無事で良かったです。ゆっくり休んでくださいね」


 たいした事なくて一安心だよ。



 大型テントの中に、オルドさんに習った小型の氷室(とはいえ日本の大型冷蔵庫サイズ)を造った。此処は気温が高めなので作業中に、お弁当や飲み物を入れておけるだろう。


『ポンや〜今日のおやつはどうするんじゃ〜?』


『お爺ちゃん? よかったらこっちで一緒に食べましょう』


 私はアラクネさんがもう一度食べたいというので、フルーツクレープと唐揚げを出した。


 リザードマン達は時期に目を覚ましたが、目の前の古竜お爺ちゃんの姿を見るとまたも気絶してしまった。


「……何で、また倒れるの? リザードマンの生態?」


「いや……俺も聞いた事はないぞ?」


『私も初耳ですよ……しばらくは、そっとしておいた方がよいかもしれませんね』


 え〜トニトルスさんでも知らないの? 一日のうちに三回って……リザードマン繊細過ぎだよ。


「びっくりすると気絶しちゃうヤギさんみたいだよね~」


 ああ、気絶ヤギか〜って、だから何で知っているのかなぁ。







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