トニトルスの思い
トニトルスの転移陣は、魔王城の大広間に直接つながれていた。
まだ緊張感の消えない魔王城では、皆が総出で襲撃の後片付けに追われていた。侍従や兵達は再び転移陣が浮かび上がり光りだすと、またも敵襲かと思い慌てて武器を手にした。
しかしトニトルスとエルブの姿に全員が安堵した。城内の者は身体を振らつかせつつも、一斉に走り寄って来た。中には感極まって、泣いている者までいる。
ウェアウルフ城からも様子を見に来ていたのだろう、クラルスとアウレアの姿に歓声があがった。
「魔王様が留守の間、よくぞ城を守ってくれましたね」
「宰相様⁉」
「魔王様は? 御一緒ではないのですか?」
「魔王様はエルブに代わり、新しい召喚者であるポン様とおられます……おそらく、この世界に馴染むまでは側に付いておられると思います」
魔族なら、魔王の情の深さはよく知っているだろう。ああ見えても強さだけはない。周りが思う以上に、魔族に慕われているのだ。
「……良い機会なので、城の者だけでなく皆に聞いておいて欲しいのですが………今、ポン様の元には魔王様と共にルクスペイ様も居られます」
魔王城の者からはどよめきが上がり、同行したエルフとクーシーは少々居心地の悪い思いをしつつも姿勢を正した。
エルブがいたたまれない様子で項垂れている。クラルスとアウレアも身の置きどころがなく、落ち着かなげだった。
しかし人族とケットシーと獣人には、皆が緊張しだした理由がよく分からないようだった。
その様子にトニトルスは頷いた。
人族達には思っていた以上に、ルクスペイと魔王の武勇伝は伝わっていなかったようだ。魔王城とエルフの一部にしか知らされていない事が、今となっては仇となったか………
今更、召喚術を行った事を責めても始まらない。ただ腹をくくるよりないのだ。
この際ルクスペイの力についても、少しでも理解しておいて貰わねばならない。これからの時代をどう切り抜けるかだ。
「………既にポン様と異世界帰りのシリウス殿が規格外なのは、おわかりですね? そして、ルクスペイ様の逸話は多少なりとも聞かれている事でしょう………」
トニトルスは雷電隊とケットシーに確認するように見回す。
「御二人が二倍……いや、何倍も居ると想像したら?」
雷電隊とケットシー達は無意識に身震いしていた。
実質、魔王が育ててきたルクスペイの力は召喚者に匹敵すると思われる。
今までは赤子の時から共に育ててきたのもあり、本人には同仕様も無い部分もあり甘くなりがちだった。
「……魔王様がルクスペイに釣りを教えると言い出して、気が付けば山のようなクラーケンを釣って来た事もありましたね……もしも、そこにポン様とシリウス殿が一緒に居たとしたら? それに古竜様です。魔王様に比べれば常識的ですが、やはり規格外ですしね……」
エルフとクーシー達は天を仰ぎ、魔王城の者達は我が身を抱きしめる者や片手で目を覆う者等……誰もが先程までとは違う緊張に、身を強張らせている。ケットシーだけは、次回は参加するのだと決意していたのは内緒だ。
「時期に、この大陸の全ての者が戦っている場合では無い事に気付くでしょう。かつて召喚者が同時に二人居た時でさえ、怒涛のようでした……それが四人分ともなれば………」
魔王も自分にとっても、先の二人の召喚者を喪った事は未だに尾を引いていた。此度こそは全力で護りぬきたいのだ。
ただでさえ成人とは思えぬ、幼気でおっとりとした娘なのだ。おまけに、いかにもケットシーらしい気ままさと異世界の知識と魔力に溢れたシリウス殿。今までになく、この二人を古竜様がたいそう気に入られている。
トニトルスは思い出すように目を瞑ると拳を握った。目を開けると、皆を見回した。
「皆これから先に向けて心構えと共に様々な事に対処していくためにも、色々な経験を積み重ねていきましょう。何より心を強く持ち、いち早く立ち直り行動出来るように種族の垣根を越えて手を取り合い、支えあっていくのが大切になると思います」
魔族国の薬草を楽しみにしていたエルフのベリタスと獣人商会長のレノは、思いもよらなかった話に驚いた。だが深く頷くと、それぞれにトニトルスの手を握り締めた。
「トニトルス殿の言うとおりだ! エルフ族は既に魔族とも友好関係にあるのだ、これからは隠す必要もない。共に支え合おう!」
「うちの王からも一任されている。全面的に協力いたします!」
「もちろんケットシーも賛成じゃ! シリウスとポン殿の事を頼みます」
トニトルスとベリタス更にレノの手の上に長老猫も前脚をかけると、クーシーのノクスも大きな前脚を乗せた。
「クーシーもだ!」
ここに種族を超えた友好関係、後に“共闘”とも称される歴史の幕開けとなった。
直ぐに各国にはケットシーとクーシーから念話で伝えられ、王達は安堵と共に新たな協力体制のための協議に入った。
魔王城の者達はアウレアとローザが一つづつ説明してくれる、見た事も無いポンからの料理に感激していた。
皆が和気あいあいと目的地別にチーム分けすると、案内役と共に元気に出発して行ったのだった。
ベリタスを代表にエルフと獣人商会の面々は、魔王の薬草園に向かった。
メーアが行くというので、さして薬草に興味があるわけではないがレオンもついて来た。ノクスもベリタスの護衛だと言っていた。
薬草園と言われていたが、実際は幾つもの畑が連なり第一から第五まである大きな物だった。特に魔王用の茶畑と甘味の取れる根菜畑は、魔王命令で転移が決まっている。
採取だけでなく幾つもの畑を転移してもらう事となり、一行は大喜びで魔王城に戻って行った。
ボスコはクリュパの姫を無事に送り届けた。だが、なかなか離れがたかった。こうなると見越して、斥候のエルと弓士のマルスが付いて来たのだ。
カイルとココとボーと大鴉のカー君も、クリュパの姫のためについて来た。皆が後ろ髪を引かれつつも、魔王城に引き返して行った。
雷電隊の剣士のマルシュと槍士のドムスに弓士のシエルとセリューは、ローザをはじめ魔族研究者のエルフ達とアウレアの護衛を兼ねてウェアウルフ城へと向かった。ウェアウルフ達はアウレアの無事な姿に、そのまま宴が始まってしまった。
エルブとクラルスは宰相トニトルスと侍従達と今後の事を話した後に、二人でゆっくりとウェアウルフ城に向かった。
話し合いの後、カナルと弓士のラクスは宰相の案内で魔王城を見て周った。
召喚魔法研究者のオルドとフォンス、セイドは魔王城の魔導師に案内されて研究室に向かった。
異変は、そんな久しぶりの穏やかなひとときに起こった。
堅牢なはずの城がかすかに揺れたように感じた。翼ある者達が一斉に空に飛び立ち、森がざわめいていく。
すぐさま皆が臨戦態勢に入った。
眼下に広がる川の流れは見る間に増していくようで、茫然としてしまう。
これだけの水量が直ぐ目の前の地下にあったとは。もし万が一にも大雨でもおこったら、自治領はどうなっていただろう。
「………さすが剣聖様です………」
隊長さん達は当然のように頷いている。
「これ程の力に御身体は何ともないのですか?」
「……どうも、自己再生能力があるらしいのだが……自分ではよく分からなくてな」
「じゃあ……怪我しても直ぐに治るとか?」
「切っても傷を認識する前に塞がるのだ………」
それは常に細胞が破壊と再生を行っているという事なのだろうか? エルフだから? それとも、ルクスペイさんだからなのかな?
「怪我しないなんて最高じゃないですか〜」
ルクスペイさんは、どこかホッとしたように微笑んだ。
『……魔王様………何かされましたか?』
唐突に入ってきた、トニトルスさんからの念話にダールさんを振り返る。
「……トニトルスさんに事前連絡は?」
私の小声の問いに、ダールさんは顔色を変えながら首を振っている。
『えっ……あ~………』
トニトルスさんからの念話は隊長さんとニクスさんには聞こえていないのだが、私達が緊張してダールさんを見つめているだけで全てを察したようだ。
『……ダール………』
声は怒っているわけでも、なじっているわけでもないのに体感温度が一気に下がった。魔族国は常夏の地なのに……なんだか雪が降りそうだと、思わず空を見上げた。
『すまん! トニトルス……』
『つい、うっかり連絡し忘れたんだ! ほら研究室には水場が要るだろ? ブローに頼んで掘ってもらったんだが思いの他デカくてな。それで、ルクスペイに一太刀してもらって川に繋げただけなんだ!』
ダールさんは早口で説明しているのだが、どんどん顔色が悪くなっていく。
古竜お爺ちゃんとダールさんとルクスペイさんが居たら何でも出来る〜、とか軽く思ったんだけど………
それよりも思い付いて試したら出来ちゃった、っていうのは私もシリウスも結構やらかしている。
まだ、この世界の事をよく知らないから、仕方ないと思われているんだろうけどね。それって、いつまで許されるのか? 何処までなら許されるのか。
既に隊長さんとニクスさんに説教されている所しか想像出来ないし。これ、つんだわ~
思わずシリウスを抱き寄せるが、腕に添えられた肉球が汗ばんでいた。
シリウスも首筋の毛を逆立てながら、ネブラさんやアピスちゃんの顔を交互に見つめている。
「……ポンちゃん………」
「シリウス〜」
私はどうにも寒気がしてきて、ただシリウスと抱き合っていた。
『いつも言ってますよね? 思い付きで直ぐに行動するなと! 何回言わせるんですか? ついうっかりで、地震や地盤沈下を起こされては困るんですよ!』
『すみません! トニおじさま……私が』
『ああ、ルクスペイは何も悪くありませんよ。悪いのは一言の連絡さえも、怠った魔王様だけですから!』
迂闊に口を挟むわけにもいかず、ただ見守る事しか出来ない。もはや自分が怒られている気さえしてきた。
『詳しい話は、また後で聞きますので!』
『……ああ、後でな』
ダールさんは片手で顔を拭うと、ため息をついた。
とりあえず自治領に戻ったら温かい物を。うん、ぜんざいでも出そうかなぁ。
私達を乗せた古竜お爺ちゃんは一路、自治領に向けて行きよりも更に早く戻ってくれた。
時々、身体の下から振動が伝わって来るんだけど、お爺ちゃん笑ってるんじゃないよね? お爺ちゃんを怒れる者なんていないけどね? 他人事じゃないんだよ?
食堂に戻ると兎にも角にも皆で、おやつタイムだ。
古竜お爺ちゃんのリクエストと共に、ぜんざいにはカボチャの白玉団子と栗の甘煮をトッピングして熱いほうじ茶を入れて一息入れた。
アラタは医務室で、まだ眠ったままだった。
ダールさんも、ホカホカのぜんざいが気に入ったみたい。箸休めに塩昆布と塩せんべいも添えた。
「……芯まで温まるな……」
「……ですね~」
まだ緊張感の消え無い魔王城では、皆が総出で襲撃の後片付けに追われていた。侍従や兵達は再び転移陣が浮かび上がり光りだすと、またも敵襲と思い慌てて武器を手にした。
しかしトニトルスとエルブの姿に全員が安堵した。城内の者は身体を振らつかせつつも、一斉に走り寄って来た。中には感極まって、泣いている者までいる。
ウェアウルフ城からも様子を見に来ていたのだろう、クラルスとアウレアの姿に歓声があがった。
「魔王様が留守の間、よくぞ城を守ってくれましたね」
「宰相様⁉」
「魔王様は? 御一緒ではないのですか?」
「魔王様はエルブに代わり、新しい召喚者であるポン様とおられます……おそらく、この世界に馴染むまでは側に付いておられると思います」
魔族なら、魔王の情の深さはよく知っているだろう。ああ見えても強さだけはない。周りが思う以上に、魔族に慕われているのだ。
「……良い機会なので、城の者だけでなく皆に聞いておいて欲しいのですが………今、ポン様の元には魔王様と共にルクスペイ様も居られます」
魔王城の者からはどよめきが上がり、同行したエルフとクーシーは少々居心地の悪い思いをしつつも姿勢を正した。
エルブがいたたまれない様子で項垂れている。クラルスとアウレアも身の置きどころがなく、落ち着かなげだった。
しかし人族とケットシーと獣人には、皆が緊張しだした理由がよく分からないようだった。
その様子にトニトルスは頷いた。
人族達には思っていた以上に、ルクスペイと魔王の武勇伝は伝わっていなかったようだ。魔王城とエルフの一部にしか知らされていない事が、今となっては仇となったか………
今更、召喚術を行った事を責めても始まらない。ただ腹をくくるよりないのだ。
この際ルクスペイの力についても、少しでも理解しておいて貰わねばならない。これからの時代をどう切り抜けるかだ。
「……既にポン様と異世界帰りのシリウス殿が規格外なのは、おわかりですね? そして、ルクスペイ様の逸話は多少なりとも聞かれている事でしょう………」
トニトルスは雷電隊とケットシーに確認するように見回す。
「御二人が二倍……いや、何倍も居ると想像したら?」
雷電隊とケットシー達は無意識に身震いしていた。
実質、魔王が育ててきたルクスペイの力は召喚者に匹敵すると思われる。
今までは赤子の時から共に育ててきたのもあり、本人には同仕様も無い部分もあり甘くなりがちだった。
「……魔王様がルクスペイに釣りを教えると言い出して、気が付けば山のようなクラーケンを釣って来た事もありましたね……もしも、そこにポン様とシリウス殿が一緒に居たとしたら? それに古竜様です。魔王様に比べれば常識的ですが、やはり規格外ですしね……」
エルフとクーシー達は天を仰ぎ、魔王城の者達は我が身を抱きしめる者や片手で目を覆う者等……誰もが先程までとは違う緊張に、身を強張らせている。ケットシーだけは、次回は参加するのだと決意していたのは内緒だ。
「時期に、この大陸の全ての者が戦っている場合では無い事に気付くでしょう。かつて召喚者が同時に二人居た時でさえ、怒涛のようでした……それが四人分ともなれば………」
魔王も自分にとっても、先の二人の召喚者を喪った事は未だに尾を引いていた。此度こそは全力で護りぬきたいのだ。
ただでさえ成人とは思えぬ、幼気でおっとりとした娘なのだ。おまけに、いかにもケットシーらしい気ままさと異世界の知識と魔力に溢れたシリウス殿。今までになく、この二人を古竜様がたいそう気に入られている。
トニトルスは思い出すように目を瞑ると拳を握った。目を開けると、皆を見回した。
「皆これから先に向けて心構えと共に様々な事に対処していくためにも、色々な経験を積み重ねていきましょう。何より心を強く持ち、いち早く立ち直り行動出来るように種族の垣根を越えて手を取り合い、支えあっていくのが大切になると思います」
魔族国の薬草を楽しみにしていたエルフのベリタスと獣人商会長のレノは、思いもよらなかった話に驚いた。だが深く頷くと、それぞれにトニトルスの手を握り締めた。
「トニトルス殿の言うとおりだ! エルフ族は既に魔族とも友好関係にあるのだ、これからは隠す必要もない。共に支え合おう!」
「うちの王からも一任されている。全面的に協力いたします!」
「もちろんケットシーも賛成じゃ! シリウスとポン殿の事を頼みます」
トニトルスとベリタス更にレノの手の上に長老猫も前脚をかけると、クーシーのノクスも大きな前脚を乗せた。
「クーシーもだ!」
ここに種族を超えた友好関係、後に“共闘”とも称される歴史の幕開けとなった。
直ぐに各国にはケットシーとクーシーから念話で伝えられ、王達は安堵と共に新たな協力体制のための協議に入った。
魔王城の者達はアウレアとローザが一つづつ説明してくれる、見た事も無いポンからの料理に感激していた。
皆が和気あいあいと目的地別にチーム分けすると、案内役と共に元気に出発して行ったのだった。
ベリタスを代表にエルフと獣人商会の面々は、魔王の薬草園に向かった。
メーアが行くというので、さして薬草に興味があるわけではないがレオンもついて来た。ノクスもベリタスの護衛だと言っていた。
薬草園と言われていたが、実際は幾つもの畑が連なり第一から第五まである大きな物だった。特に魔王用の茶畑と甘味の取れる根菜畑は、魔王命令で転移が決まっている。
採取だけでなく幾つもの畑を転移してもらう事となり、一行は大喜びで魔王城に戻って行った。
ボスコはクリュパの姫を無事に送り届けた。だが、なかなか離れがたかった。こうなると見越して、斥候のエルと弓士のマルスが付いて来たのだ。
カイルとココとボーと大鴉のカー君も、クリュパの姫のためについて来た。皆が後ろ髪を引かれつつも、魔王城に引き返して行った。
雷電隊の剣士のマルシュと槍士のドムスに弓士のシエルとセリューは、ローザをはじめ魔族研究者のエルフ達とアウレアの護衛を兼ねてウェアウルフ城へと向かった。ウェアウルフ達はアウレアの無事な姿に、そのまま宴が始まってしまった。
エルブとクラルスは宰相トニトルスと侍従達と今後の事を話した後に、二人でゆっくりとウェアウルフ城に向かった。
話し合いの後、カナルと弓士のラクスは宰相の案内で魔王城を見て周った。
召喚魔法研究者のオルドとフォンス、セイドは魔王城の魔導師に案内されて研究室に向かった。
異変は、そんな久しぶりの穏やかなひとときに起こった。
堅牢なはずの城がかすかに揺れたように感じた。翼ある者達が一斉に空に飛び立ち、森がざわめいていく。
すぐさま皆が臨戦態勢に入った。
眼下に広がる川の流れは見る間に増していくようで、茫然としてしまう。
これだけの水量が直ぐ目の前の地下にあったとは。もし万が一にも大雨でもおこったら、自治領はどうなっていただろう。
「………さすが剣聖様です………」
隊長さん達は当然のように頷いている。
「これ程の力に御身体は何ともないのですか?」
「……どうも、自己再生能力があるらしいのだが……自分ではよく分からなくてな」
「じゃあ……怪我しても直ぐに治るとか?」
「切っても傷を認識する前に塞がるのだ………」
それは常に細胞が破壊と再生を行っているという事なのだろうか? エルフだから? それとも、ルクスペイさんだからなのかな?
「怪我しないなんて最高じゃないですか〜」
ルクスペイさんは、どこかホッとしたように微笑んだ。
『……魔王様………何かされましたか?』
唐突に入ってきた、トニトルスさんからの念話にダールさんを振り返る。
「……トニトルスさんに事前連絡は?」
私の小声の問いに、ダールさんは顔色を変えながら首を振っている。
『えっ……あ~………』
トニトルスさんからの念話は隊長さんとニクスさんには聞こえていないのだが、私達が緊張してダールさんを見つめているだけで全てを察したようだ。
『……ダール………』
声は怒っているわけでも、なじっているわけでもないのに体感温度が一気に下がった。魔族国は常夏の地なのに……なんだか雪が降りそうだと、思わず空を見上げた。
『すまん! トニトルス……』
『つい、うっかり連絡し忘れたんだ! ほら研究室には水場が要るだろ? ブローに頼んで掘ってもらったんだが思いの他デカくてな。それで、ルクスペイに一太刀してもらって川に繋げただけなんだ!』
ダールさんは早口で説明しているのだが、どんどん顔色が悪くなっていく。
古竜お爺ちゃんとダールさんとルクスペイさんが居たら何でも出来る〜、とか軽く思ったんだけど………
それよりも思い付いて試したら出来ちゃった、っていうのは私もシリウスも結構やらかしている。
まだ、この世界の事をよく知らないから、仕方ないと思われているんだろうけどね。それって、いつまで許されるのか? 何処までなら許されるのか。
既に隊長さんとニクスさんに説教されている所しか想像出来ないし。これ、つんだわ~
思わずシリウスを抱き寄せるが、腕に添えられた肉球が汗ばんでいた。
シリウスも首筋の毛を逆立てながら、ネブラさんやアピスちゃんの顔を交互に見つめている。
「……ポンちゃん………」
「シリウス〜」
私はどうにも寒気がしてきて、ただシリウスと抱き合っていた。
『いつも言ってますよね? 思い付きで直ぐに行動するなと! 何回言わせるんですか? ついうっかりで、地震や地盤沈下を起こされては困るんですよ!』
『すみません! トニおじさま……私が』
『ああ、ルクスペイは何も悪くありませんよ。悪いのは一言の連絡さえも、怠った魔王様だけですから!』
迂闊に口を挟むわけにもいかず、ただ見守る事しか出来ない。もはや自分が怒られている気さえしてきた。
『詳しい話は、また後で聞きますので!』
『……ああ、後でな』
ダールさんは片手で顔を拭うと、ため息をついた。
とりあえず自治領に戻ったら温かい物を。うん、ぜんざいでも出そうかなぁ。
私達を乗せた古竜お爺ちゃんは一路、自治領に向けて行きよりも更に早く戻ってくれた。
時々、身体の下から振動が伝わって来るんだけど、お爺ちゃん笑ってるんじゃないよね? お爺ちゃんを怒れる者なんていないけどね、他人事じゃないんだよ?
食堂に戻ると兎にも角にも皆で、おやつタイムだ。
古竜お爺ちゃんのリクエストと共に、ぜんざいにはカボチャの白玉団子と栗の甘煮をトッピングして熱いほうじ茶を入れて一息入れた。
アラタは医務室で、まだ眠ったままだった。
ダールさんも、ホカホカのぜんざいが気に入ったみたい。箸休めに塩昆布と塩せんべいも添えた。
「……芯まで温まるな……」
「……ですね~」




