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新しい鎧

 魔力障壁と古竜お爺ちゃんのおかげで、食堂内に被害が出なかったのは有り難かった。


 ラソンさんとコルスさんや他の隊からも、次々に「怪我人無し」「被害無し」との報告が入ってきた。



『アッ⁉』


『……んっ、どうした? ルクスペイ』


『…鎧が……』


『……さもありなん。怪我は無いか? すぐ行くから、待ってなさい』


『怪我は無いのですが……ウウッ…………申し訳ありません……あと着替えを全部、部屋に置いてきてしまいました………』


『俺が頼んだのだから、な? ちょうど試作品も持って来ていたのだ、構わん……着替えはネブラに取ってきてもらうから』



 昨夜アイテムボックスの整理をしていて、戻していなかったらしい。私は最近アイテムボックスの整理をしてなかったのを思い出した。戻ったらやろう。


「ポンも一緒に来てくれ!」


 ネブラさんが急いで着替えを持って来ると、私とシリウスと共にダールさんの後に付いて行った。



 身体強化で走り出ると、辺りの景色は一変していた。


 水の吹き出していた部分が大きく陥没して中心から水が沸き立つように貯まりながら、真っ直ぐに深く穿たれた溝を流れ込んでいく。空は粉塵で黄土色がかっていた。


 あっという間に湖と川のような様相になっていた。ただ溝の縁が、やけに不自然なまでに真っ直ぐなのが恐い。


「……エルフ族って、こんなに強かったんですね………」


「いや、ルクスペイ程の者はおらん。魔力だけなら俺より強いだろうな……間違いなく、この大陸で随一だ」



 走って行くと、見えだしたルクスペイさんは膝を抱え込んで座っていた。


 まだ辺りにはもうもうと粉塵が舞っているのだが、気にした様子も無くどこか項垂れたように湖と化した地を見つめていた。


 遠目にも鎧が壊れて外れただけでなく、服まで破れていそうだった。



 唐突にネブラさんが立ち止まった。見ると全身の毛が逆立っていた。


「……わしは…ここまでじゃ………後は頼む……」


 ルクスペイさんの姿は、まだ遠く小さい。改めて鎧がどれだけの魔力を遮っていたのかと驚かされた。


 私には魔力そのものがさっぱり分からないのだが、魔力の圧により息をするのも辛そうだった。横に居るシリウスも驚いた顔をしている。


「ネブラさん、任せてください! もう少し楽な所に居てくださいね」


 ルクスペイさんの着替えを受け取るとネブラさんが百メートル程、後ずさって行く。かなり無理をしていたのかもしれない。



 近付く程に空気中の粉塵がルクスペイさんを中心に幾つも渦を巻いている。見れば足元の土埃や小石は、不規則に飛び跳ねているようだった。


 ルクスペイさんを被うように、空気が陽炎のように揺らめいている。どうやら可視化出来る程の魔力の流れという事なのだろうか……



 ルクスペイさんは汗一つ無く高揚感も無く、それどころかこれ程の力を出したばかりの者とは思えない位しょんぼりと座り込んでいた。


 砂埃にまみれた姿は何故か哀愁感さえ漂っているようだった。


「……ルクスペイさん、どこか痛い所でも?」


「……いえ………大丈夫です……」



 ダールさんは今やボロボロの姿のルクスペイさんを見ないように気を使いつつ、収納魔法から次々と何やら取り出し始めた。


「すぐ鎧の準備をするからな」


「怪我もないなら……待っている間に、お風呂に入っちゃいます? シリウスお願いね」


「あっ自分で出せますので……」


「……今、動いても大丈夫です?」


「……お願いします……」


 シリウスがぽぽぽーんと柏手を打つ間に、大地からコの字型に壁がせり出しくる。既に何度も作っていて手馴れたものだ。


 ルクスペイさんは小さく、ため息をついている。



 あっという間に出来上がった風呂を見ると、ルクスペイさんは一つ頭を下げると入って行った。


「……遠慮なく入らせて頂く」


 風呂からは気持ちが良くて出た、ため息というよりも落ち込んだ時のようなため息が聞こえてきた。


「ルクスペイさん、大丈夫ですか? 疲れたでしょう?」


「……疲れたわけでは無く………もう少し御役にたてれたのではと……不甲斐ないです……」


 初対面は、どこか中性的で凛としたカッコイイ騎士様って印象だった。でも今のルクスペイさんは、こう言っては失礼かもしれないけど少女のような可愛らしさがあった。



 私は聞かなかった事にして、収納ボックスの中をあさって使えそうな物を探した。もう少し中身を充実させねば。


 椅子とか持ってくればよかったな、後悔あとを絶たずだね。とりあえず常備している爪とぎ用の丸太を出した。


 浴槽の手前に丸太を変性させた机を置くと、バスタオルと着替えを置いて出てきた。



 ルクスペイさんは、さしてゆっくりもせずに髪から滴を垂らしたまま出て来た。


「御手数をお掛けしました」


 シリウスが直ぐに浴槽を消してくれたので、ルクスペイさんの腕を持って壁の内側に戻ると麦茶を渡した。


「無理しないでくれ! 離れていても大事ない」


「えっ……無理?……ああ~私も召喚者補正で、ぜんぜん平気ですよ」


 ルクスペイさんは仰け反るように離れようとしたのだが、何とか思い留まったようだ。


「……ほ、本当に平気なのか?」



 グラスに炭酸の入った飲み物を注ぐと水分が爆ぜるように見えるのだが、至近距離だとルクスペイさんの肌の上にも同じように魔力が爆ぜて見えた。


 他の人達では見た事もない。これが魔力なのかな? 


 こうして視覚化して認識出来るのも召喚者ならではなのだろう。



「ちょっと失礼しますね?」


 私は一声かけると、ルクスペイさんの腕に触れた。やっぱり平気だよね。


 髪がまだ濡れていたので、かがんでもらってタオルで包んで握るように水を吸い取った。この髪型ってメンテナンスが大変そうだよね。


 言われるがままのルクスペイさんは目を見開いたまま、何気に口元が震えている。


「アッ……僕も平気だ〜!」


 シリウスはルクスペイさんの足に触れると顔を見上げた。やっぱりシリウスは召喚者と同じみたいだ。


 ルクスペイさんは震える手で、そっとシリウスに触れた。


「……ああ………温かいな………それに柔らかい……」


「……シリウスは痩せているから、もう少し肉付きよいと良かったんですが……」



 触り心地という点では、ダントツにミミねーさんだ。まだ全てのケットシーとクーシーを撫でさせてもらったわけではないが、フワモチッとしていて最高なのだ。


 おまけに良い匂いがする。


 花畑か森にでも居るような草や花の香りがして、いながらにして森林浴ができるような気がする。


 側に居る間は、ついつい無意識の間にも撫でてしまう。それは、それはも〜魔性の触り心地と香りなのだ。



 ところが、シリウスは何を思ったかルクスペイさんの膝に乗ってしまった。


 シリウスは今では私の肩辺りまで身長が有り、なかなか私では抱っこをするのも大変だったのだが。


「……あの、良かったら抱っこしてやってください」


 ルクスペイさんは嬉しそうに微笑むと、恐る恐るシリウスを抱き上げると立ち上がった。その様子は子供が初めてテディベアの縫いぐるみを抱いたようにも見えた。


 もしかしたら、シリウスは軽い冗談のつもりで膝に乗っただけだったのかもしれない。抱き上げられた途端に、驚きに目を見開いたまま固まった。


 微動だにせず、ただ目だけが左右に泳いでいる。ルクスペイさんの感動のあまり頬を紅潮させている姿とは対照的に、どうやら自分でやっておきながら戸惑っているらしい。



 “もう一匹立ちしたケットシーだとか、男子の矜持だとか考えてないよね? 大きな身体に抱っこされるなんて、なかなか経験出来る事じゃないんだよ? いつもの様に楽しんじゃいなよ〜”


 念話は筒抜けになってしまうので思い切り目で語って、そっと親指を上げて見せた。



 シリウスは一瞬ヒゲを震わせると、照れくさそうに微笑んだ。やっぱり嬉しかったんじゃない。


 何だか私まで目がウルッとしてしまった。良いよね童心に帰るのって。


 後でルクスペイさんの部屋に抱き枕を置いておこう。ミミねーさんの抱き心地に出来るだけ近付けた仕様を目指してみよう。何気に私も欲しいしね。



 一緒に衝立代わりの壁から出ると、シリウスを抱っこしたままのルクスペイさんを見てダールさんが一瞬固まった。が、直ぐに肩が揺れだした。


「……よ、鎧をつけるから、な……」


 ルクスペイさんがシリウスを優しく下ろしてやると、ダールさんに言われるままに鎧を身に付けていく。


 その間にシリウスは壁を地面に戻し、私が出しておいたキスルンルン飴を食べだした。




「……鎧は着ていく順番も関係あるんですか?」


「そうだ、順番によって魔法陣が起動するようになっているんだ」




 以前の鎧は白真珠のような色合いと光沢だったのだが、今回の鎧の地色はホワイトゴールドとでもいうか。


 見る角度によって七色にも見える……貝殻の内側のような、オーロラカラーとでも呼べる輝きだった。


 裏側にはびっしりと線が刻まれていた。これが魔法陣なのかな。


 デザインも以前のは頭以外、全身を被っていたが今回は肩から脚の付け根までの胴とニーハイブーツに甲胄籠手(ガントレット)だ。


 そもそも身体を守る為の鎧ではないのだ。鎧が占める割合が、かなり軽減されていた。



 鎧のパーツを一つ身に着ける度にルクスペイさんの身体からの輝きが増し、鎧の輝きと合わさると更に光が増す。


 これで本当に魔力を圧えておけるのかと不安になりかけたが最後の装備を着けると、今まで眩しい程だった輝きがシュッと身体の中に吸い込まれたようだった。


 先程までルクスペイさんを被っていた粉塵や周りで爆ぜていた小石が、一瞬で地面に落ちた。後には白く柔らかそうな肌のルクスペイさんが静かに立っていた。




 瞬く間にネブラさんが走り寄って来た。よほど心配していたのだろう、ずいぶんほっとした顔をしていた。

どうやら前の鎧よりも一段と魔力の遮蔽力が上がったようで、側に居るのが楽になっているらしい。


 ここまでの、ダールさんの努力が本当に凄い。



 このまま一緒に古竜お爺ちゃんに乗せてもらって、川の流れ具合を確認しに行く事にした。


『ブロー、川の確認をしたい、乗せてくれるか?』


 ダールさんが念話を送ると、あっという間に、お爺ちゃんと共に隊長さんとニクスさんとアピスちゃんも飛んで来た。




「……相変わらず魔王様の前だと、借りてきたケットシーのように大人しくなるの〜」


 お爺ちゃんの横で、ダールさんの姿が見えなくなった途端にネブラさんの声が聞こえてきた。


「……嫌われたくない………」


「まったくもう……」


 唯一スキンシップが出来る人であり、育ての父であり母であり兄でもあり先生でもあるだろうダールさんだ。気持ちは分かる気がする。




 古竜お爺ちゃんに乗せてもらって上空に上がると、湖から真っ直ぐに伸びる川に改めて驚かされる。

何処までも続いていて、此処からでは果てが見えなかった。そして、やたら真っ直ぐで鋭角なのだ。


 皆にとっては既にお馴染みの事なのか、誰も驚いていなかった。逆に驚いていない皆に、私の方が驚いた。


 私とシリウスにとっては未知の大いなる力というか、畏敬さえ感じてしまったのにね……




 驚く事にやたら鋭角な川は、しっかり魔族国の川にまで到達していた。







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