規格外……
走りっこ大会にも使われた平地の周りには今では少し草なども茂りだしていた。やっと元魔導国が荒らしてしまった土地が癒えだしたのだろう。
思えば昨日だって目には入っていただろうに、意識は向いていなかったのかもしれない。ただ草が生えだしただけなのに、どこか新鮮に感じてしまう。
柔らかそうな雲が浮いている空は青々として穏やかに風が吹いていた。今日は遠出するにも気持ちが良いだろう。
平地には各専門家チームごとにまとまり、装備や忘れ物は無いかと慌ただしくチェックしている。
その間をトニトルスさんとエルブさんがスケジュールや注意点などの説明をしながら歩いている。
ダールさんは新しい術式や新素材の布などの作業を早く進めたいと、自治領に残る事になった。
もとより不在がちなダールさんが居なくても、魔族国は機能するように調えられているのだそうだ。
今回はトニトルスさんが色々とやる事が多いので転移魔法を使って行く事になった。
一気に魔王城まで送って、そこから各自で目的地に向かう。もちろん案内を着けてくれるそうだ。
実務を一手に担うトニトルスさんは傍目にも、本当に大変そうだった。
ローザさんをはじめアウレアさんとウェアウルフ城に行く者。魔王城に行く者。魔王の薬草園に行く者。クリュパの姫を送る者。
それぞれ別れて行動するらしいのだが、まるで修学旅行の班行動のように相談し合っているのが微笑ましい。皆の子供のようにはしゃいだり興奮している様子に、本当に平和ってかけがえがないと思う。
昨日の約束どうり、お弁当と手土産の用意をする。
どの位の人数が居るのか分からないので、切り分けられるタイプにしてみたんだけど大丈夫かなぁ。
鉄の様な金属の槍があったので、顔は猪に似た大きな牙が有り、身体は牛に似ているが味は子羊の様なクセの無い魔獣のボボの肉を刺してケバブ風に変性させてみた。
今さらというか、最近やっと魔獣の事とかも目に入る様になって来た。私の事は皆には落ち着きがあるとみられていたらしいけど、実際には結構張り詰めていたみたいで。急に毎日が色鮮やかに新鮮に感じているのだ。
心配や不安無く過ごせるだけで周りの景色さえ違って見えるんだと、改めて実感している。
後はバームクーヘンも。砂糖衣が、かかったやつ美味しいんだよね。何度かテレビで見た、切り出す前の大きな塊のままだ。皆に請われるままに、どちらも何本も出した。
両サイドを一人づつ担げば持てるだろうと思っていたら、アウレアさんが両手に何十キロもある肉の塊を軽々と持って行くのに呆気にとられた。男子三日会わずば刮目せよ、だね。すっかり逞しくなったのね。
はさんで食べれるようにピタパンと野菜も大きな袋に入れた物を護衛兵が担いでいるのを見たら、サンタクロースみたいで思わず笑いそうになった。
ボー兄さんは前から、カー君に一度里帰りをさせてやりたかったそうで行く事になった。
問答無用にカー君の同行が決まったのだが、肝心のカー君は転移陣での移動に腰が引けていた。
「カ〜カ~(ボクはとんでいくから……)」
『時間がかかるし……途中で何かあってもヤダし、一緒に行こう? ね?』
「カ、ヵヵヵ〜(いや、ボクほんと…とぶからさ……)」
『いやいや、何事も経験だよ?』
ボー兄さんは後ずさるカー君を抱き上げると転移陣の中に入ってしまった。カー君も嫌なら飛んで逃げればいいのに、律儀に側に居るあたりが良い子というか信頼関係なんだろうな。
ボスコさんはクリュパの姫を送り届けるために一緒に行くのだが、大切そうに懐に入れている。
ポシェットとは別に、木の実や果物を入れた袋も持っている。
姫からは「キ、キ……(このように運ばなくとも……)」と、ため息が聞こえてきた。
「では皆、忘れ物はないですね? 一、二、三! 行きます!」
トニトルスさんの掛け声と共に転移陣からは一瞬で皆の姿が消えた。
次の瞬間には長老猫さんの念話で『無事に到着した! それぞれに分かれて向かうとしよう』と聞こえてきた。
「ちょっ、もう着いたの? 一瞬じゃない……転移魔法って、何て便利なの⁉」
思わず興奮しながらシリウスの両手を握ってブンブン振ってしまう。
「シリウス! 絶対にマスターしよう! たとえ私にまったく適性がなかったとしても、シリウスなら出来るようになるよね? ね?」
「……えっ……ポンちゃん………目が怖いんだけど……」
「ドアを開けたらすぐ会社とか、ドアを開けたらすぐ家とかさ何度、想像したか分かんないよ? 雨の日や寝不足の日とか、どれだけ夢見た事か……あれが出来たらどんだけ楽になるか……どんだけ時間がかかっても絶対にマスターする!」
「そういえば、よくひとりごとで言ってたよね……どこでも行けるドアだっけ? 確かに便利だし……うん! ガンバルね~」
「……どんなに難しい魔法でも百年もしたら出来るようになるだろ……」
一緒に見送っていたダールさんはシリウスの肩に手を乗せると、くッくッと笑いがもれている。
いやいや! 百年なんてかけませんよ? 新たな目標に思わず力が入る。
「転移魔法の為にもルクスペイさんの為にも、先ずはダールさんの研究棟の用意をしちゃいましょう」
幸い土地も建物も余っているしね。
「ここら辺りは、以前は魔族国まで森や草原があったんだがな……」
ダールさんが皆が出立してガランとした平地を寂し気に見つめた。
やっと雑草が生える位に回復したところだ。元魔導国の人達が魔法や魔術具の研究で土地まで汚染させてしまったためだが、昔を知るダールさんには辛い景色なんだろうな。
まだまだ緑が広がっている様子は想像も出来ないし先は長そうだ。。
ダールさんは険しい表情で暫く辺りを見回していたが、私の横で寝そべっていた古竜お爺ちゃんに声をかけた。
「ブロー……確か昔、向こうの方に川が無かったか? まだ地底に残っていないか?」
「そうじゃったか? みてみるかの」
古竜お爺ちゃんが一歩二歩と進む度に元の大きさに戻っていきながら、地面の匂いを嗅いでいく。
マンションサイズの身体がマッチ箱位の大きさに見える所まで進むと、一気に地面を掘りだした。以前にもやったように水源を探し当てたのだろう。
「……相変わらず古竜様は凄いですね」
一緒に見送りに来ていた隊長さんとニクスさんも感嘆している。
「ブローは昔から得意なんだよ、必ず水場を見つけてくれるんだ……研究するにも水場の横がいいからな」
「イーレさん、しばらくアラタをお願い出来ますか? 水場が整い次第、研究棟を作っちゃいますね」
今、アラタはヴェア兄さんとテラスで留守番しているのだ。
一から建物を作るとなると時間がかかりそうだし、魔族研究者のイーレさんなら安心して預けられる。
「もちろんです。魔王様とルクスペイ様のためにも、よろしくお願いします」
「……私も何か御手伝い出来ればよいのですが」
気を使ってか少し離れて立っているルクスペイさんが、ため息をついた。そんな様子にも一日も早く何とかしてあげたいと思う。
「機材等は倉庫にいっぱい有りますので後程、御案内致します」
栄えていた頃は何万人も居たそうだが私達が来た時には千人にも満たない状態で、建物も機材も放置されていた。戦いの後に街中を見て回ったが、さながらゴーストタウンのようだった。
「建物は俺が作れる。二番目の転生者が建築が得意な奴でな、少しコツを教わったんだが……」
皆のんびりと喋りながら、お爺ちゃんが土を掘っていくのを見守る。お爺ちゃんは竜の中の竜とか竜の王などと言われているが、嫌な顔一つしないで助けてくれるのには本当に感謝だ。
『お爺ちゃん、ありがとうね。今日のおやつバームクーヘンの他に食べたい物ある?』
『おっ、よいのか? 何にしようかの〜』
お爺ちゃんは掘る手を休める事無く、幾つもリクエストしてくる。
『やっぱり、かき氷じゃろ……コーヒーゼリーにチョコレートババロアに…それから………おっ⁉』
『お爺ちゃん?』
その瞬間だ。ボゴッと聞いた事の無い音がした。
離れていても辺りに響き渡る大きな音がしたかと思ったら、遠目にも分かる程に上空にまで水柱が上がった。
皆で慌てて、お爺ちゃんの元へ駆けって行った。
側に近付くと、お爺ちゃんがびしょ濡れで水柱を見上げていた。
隊長さんが濡れないように隙かさず障壁を張ってくれる。
「お爺ちゃん大丈夫? 怪我しなかった?」
「……ポンや〜わしは濡れただけじゃが、どうするかの〜」
「………これは……堆積していた魔力が蓋の様になっていたのかもしれんな……ブローの魔力で崩れたのだろう」
「あのね、お爺ちゃん……手をこう引っ付けておいてね、僕がここに乗るでしょ? そしたらパッって開いてくれる?」
皆が困惑している中、何故かシリウスだけがウキウキしだした。家の子は何を言い出すんだ……
口をポカンッと開けて水柱を見上げていたシリウスだが、自分の前脚でやってみせるている。
それから古竜お爺ちゃんの巨大な前脚を水の吹き出している場所に乗せてもらうと、水が止まった。
その隙に両手の間に座り込むと『開いて!』と叫んだ。
お爺ちゃんが手を左右に開いた途端、シリウスを乗せたまま勢いよく水柱が上がった。
『ポンちゃん〜~! 凄くない? 見た? ねぇ、アニメみたい?』
『……うん、凄いよ……驚いた………うん、実際に見ると凄いわ………』
シリウスは上空高く吹き上げられながら、それは楽しそうだった。私はその分、ため息が出るんだけどね。よく思いついたよね……家の子は凄いよ、うん付いて行くの大変だし。
『ポンちゃんもおいでよ~』
『……や、私はダイジョブだから……うん』
『こら、シリウス! もう降りろ! この水の勢いだと、まずいぞ……ブローもう一度、手で塞いでくれ』
お爺ちゃんが手を戻した途端シリウスは落下して来たが、空中で体を三回転させると軽々と着地した。三回転しなくても降りれたよね? てか全く身体が濡れていないの何で? 本当に、やる事にそつがないんだから。
「ああ~面白かった〜」
「……や、色々と家の子がすみません」
頭を下げようとした私を遮ると、地面に手を付いて何やら確認していたダールさんが緊張した顔でルクスペイさんに向き直った。
「ルクスペイ、向こうの先の魔族国の所に川があったのを覚えているか? あそこまで斬撃を飛ばしてくれ。ここは元々が大きな川だったからな、かなりの水量が抑え込まれていたようだ。このままでは自治領が水没するかもしれん。道筋を作って、繋いでくれ」
「承知致しました!」
ルクスペイさんは、やれる事が出来て嬉しそうに一つ頷いた。
「やり過ぎるでないぞ」
ネブラさんがそう言うと尻尾でルクスペイさんを一打ちすると、脱兎のごとく自治領に向かって走って行く。変だな……普通は無理するなって言うとこだよね? 慌てて言い間違えた?
ダールさんにうながされるまま、私達もルクスペイさんの邪魔にならないように急いで自治領まで戻った。これだけ距離が離れていても影響はあるらしい。
隊長さん達が全員に、急いで建物の中に入り窓から離れているように指示を出していく。
食堂の中心ではヴェア兄さんとネブラさんとルーチェちゃんとミルトが、アラタと厨房班の面々とアピスちゃんを少しでも抱え込もうとするように取り囲んでいるのが見えた。
他のケットシーとクーシーは魔族国に遊びに行ってしまって不在なのだ。
古竜お爺ちゃんに避難が終わった事を念話で知らせると徐ろに手を離した途端、先程よりも強い勢いで水柱が高く上がった。勢いも水量も、どんどん増していく様子にさすがに危機感を感じた。
お爺ちゃんは猛スピードで戻って来ると、大きな身体のまま食堂を守るように陣取った。
自治領と魔族国を隔てる壁は元々の老朽化と共に、二度の襲撃によって壊れてしまっていた。
一度目は拐われたオルデン王子や村人達を救い出すために私達が壊し、二度目は魔族達の襲来によってすっかり瓦礫となり撤去したばかりだ。
戦の心配も無くなり、ゆっくり都市計画をたててから作りなおす予定だったのだ。
周りは緊張と共に慌ただしく準備していく中、私とシリウスだけが戸惑っていた。正直これ程、距離があるのに大袈裟過ぎるのではと思わなくもない。
食堂の空いた壁からは古竜お爺ちゃんのお腹越しに水柱が見えるだけでルクスペイさんの姿までは見えないのだが、いきなり空気が変わった。
まるで空気そのものが放電しているようで息苦しくなる。
チリチリと身体中が逆立っていくようだ。
隊長さんとニクスさん達が、お爺ちゃんの前方に向けて魔力障壁を張った。
「皆! 踏んばれ! 来るぞ!」
背を伸ばして何とか見ようとしていた私とシリウスの頭を押さえ込むと、ダールさんが覆いかぶさってきた。
ザシュッ‼ と音がしたかと思ったら、次の瞬間には地響きと共にガラガラと耳をつんざくような大音響がした。
しばらくは大地の揺れに身動きも取れず、土埃に何も見る事が出来なかった。
ようやく収まり身体の力を抜くと、そっと立ち上がって周りを見回した。既に水柱は見え無くなっていた。
間があいて、すみません。
しばらく不規則な投稿になります。




