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クリュパの姫

 ルクスペイさんの魔力圧にもめげず、ニクスさんが手合わせを頼みだした。


「どうか、お願いいたします……この様なおりでもないと二度と機会はないと思うのです」


 横から隊長さんも頭を下げている。


「まだまだ未熟者ではありますが、一生に一度あるかないかの事です。どうか一度でよいので、私もお願いいたします」


「そんな一度と言わなくても、私の方は何時でもかまいませんが……明日にでも手合わせ致しましょうか? 今日は魔族国に行くので手一杯ではないですか?」




 ルクスペイさんが食堂内を見回すと微笑んだ。今、食堂内は皆が一斉に喋っていて賑やかなんてものじゃなかった。


 余程、手合わせを頼むのに気を取られていたのだろうか? ニクスさんと隊長さんも食堂内を見回して苦笑するしかなかった。


「あっ……そのようですね……」


「これでは仕方ありませんね……明日こそはお願いいたします」




 相変わらず魔族国に行ってみたい者が多く、選考は熾烈な戦いだったのだ。


 今回は、ご挨拶を兼ねてとエルブさん達の無事な姿を見せるのが一つ。


 トニトルスさんが一旦戻る事で魔王の目覚めも知らせるため、という事で急ぎでの日帰りスケジュールだ。


 各専門家の代表とした為に、皆が師弟間で揉めていた。慌てなくても、これからも行きき出来るのにね。




 エルフの魔族研究者チームからはローザさんに決まった。最後は泣き落としてたけど、アウレアさんと一緒にウェアウルフ城に行くらしい。


 師匠のイーレさんが涙をこらえるように、しばらく上を向いて佇んていたのが気の毒だったけど既に大人数だからね。




 雷電隊は、そのまま留守番組と交代で研究者の護衛につく。


 ヴェア兄さんがアラタと残るというので、ネブラさんと一緒に留守番だ。

ノクスさんが残りのクーシー達を率いて行く事になった。


 長老猫さんはエルブさんと一緒に行くというので、ケットシーも誰が行くか揉めていた。




「皆、行きたいみたいだし……今日は私とシリウスは留守番しようか?」


「ええ〜そんなぁ……」


「じゃあ……シリウスだけ行ってくる? それでも良いよ?」


「………うう~ポンちゃんと一緒にいるし………」


「これから毎日、行けるんだから順番こね」


 私はシリウスの耳の下辺りを撫でた。譲り合い大事よ。






 そして早い方がよいと、クリュパの姫も帰す事になった。


 クリュパは“クリュに住むもの”という意味で、クリュの木に巣を作って群れで暮らしているそうだ。


 草や木の実に果物や花なんかも食べる。魔獣とはいえ臆病で住処の木から本来はあまり離れないのだが、先の戦いの時に住処の木を倒されてしまい移動中だったらしい。




「ポン殿、フィフィちゃんに合うポシェットをお願い出来ませんか?」


 私は直ぐに変性させたが、枝や草に引っ掛けないようにウエストポーチタイプにした。これだとふわふわな毛で見えにくいけど、しかたないかな。その分、中は広くしてある。


 ボスコさんが目を真っ赤にしながら急いで小さな紙の様な物を魔術で造り出すと手渡した。


「何かあったら、これを握り締めたら私に伝わるようになっている。何処に居ても必ず助けに行くからな。安心して戻っておくれ……」




『……きみの騎士になりたいそうだよ? 見たら恐そうだけど、優しいやつだ。安心してね』


 ボー兄さんが通訳すると首を傾げていた姫が、大きな瞳を更に大きくしてボスコさんを見つめた。


『………まあ! 私はてっきり肥えさせて食べるつもりなのだと思っておりました』


「ボー殿フィフィちゃんは何と言っているのですか?」


「………あ、ああ~最初は保護されたとは思わなかったそうだ」


 ボスコさんは一言一句を聞きたがるのだが、ボー兄さんナイスです! オブラートと書いて優しさと読むんですね。




 どうやらボスコさんは何とか水や食物を口にしてもらおうとしたが、どうやっても拒否されて途方に暮れていたらしい。


 みかねてボー兄さんが通訳する事で、やっと果物を食べてくれた時はボスコさんは半泣きで喜んでいた。


 ボスコさんが大きな体で少しでも威圧を与えないようにと四苦八苦している姿に、ケットシーとクーシー達が忍び笑いしていた。


 私にはクーシー達がアラタの様子を見てるのと大差ないんだけどね。微笑ましいかぎりだよ。




『……騎士となる事を認めましょう』


 そっと小さな手でボスコさんの指先に触れた。おお〜ETみたいだよ。


 ちなみに音声は“キュッ、キュ〜イ”と聞こえる。意思の疎通って難しいよね。


 それにしても魔獣の言葉まで分かるボー兄さんが凄い。さすが魔獣の大鴉のカー君を育てているだけの事はある。


 他に言葉が分かるのは私とシリウスとダールさん、後は長老猫さんとノクスさんとネブラさんだけだった。


 長老猫さんが皆に簡単に通訳すると思いの外、うけた。




『……ああ~人族あるあるだよね~』


 ミミねーさんのヒゲも長老猫さんのヒゲも震えている。どうやらケットシーやクーシーにとっても人族との意思の疎通は、お思いの外ズレてしまう事があるそうだ。


 目の前のボスコさんとフィフィちゃんは傍目には微笑ましいのだが、確実にズレてた。ボスコさんの愛が強い程ズレ幅が大きくて私の肩も揺れてしまう。


『………ぼ、僕……お腹痛くなりそう………』


 次の瞬間シリウスのヒゲがシュボッと前向きになったと思ったら爆笑していた。何がそんなにツボだったんだか……人には分からないニュアンスらしい。




 思わずつられて爆笑してしまうのは人だけじゃない、ケットシーもクーシーも同じだ。ただ人やエルフには伝わっていないのが救いだった。


 いや、ダールさんとトニトルスさんとエルブさんの肩が震えてたわ……


 ケットシーとクーシーの笑いは、まず先にヒゲが前にすぼまるのだ。そして笑い声というよりも鳴き声と吐息を合わせたような声なので、人もエルフも笑っているのに気付かないそうだ。


 今ケットシーとクーシーの大爆笑が聴こえているのは私とアピスちゃんと古竜おじいちゃんだけだ。後ダールさんもだね。


 私も口に手をあて視線を彷徨わせても、念話は聞こえてくる。どうしようもないんだけど、ああ~お腹痛い!




『長老猫様が人族をかまわれるのが分かった気がする……なかなか可愛いものだな』


 ノクスさんとヴェア兄さんも笑いながら頷き合っている。


『……いや〜あれが、この間話したギャップ萌っていうんだよ~』


 シリウスは、すっかり笑いのツボに入っている。いったい何を話題にしてるの?


 すました顔でアピスちゃんとルーチェちゃんが前脚の先をつけては、途端に笑い転げている。この娘達の場合、毎日笑い転げているので目立たないと思いたい。


 シリウスは側に居たノクスさんと手の先を合わせては、また爆笑している。


 しばらく食堂内は爆笑とごまかすためのケットシーの喉をゴロゴロといわす音とクーシーの荒い息遣いに溢れた。




 その後、自治領ではケットシーとクーシーの別れの挨拶として前脚を合わせるのが流行ったのだった。







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