ルクスペイの重装鎧
「……魔王様と剣聖様は御知り合いだったのですね?」
隊長さんが緊張気味にダールさんに声を掛けた。立場上、状況や関係性を把握しておきたいのだろう。
「剣聖ルクスペイの事は私から話した方が、当時の事とかも分かりやすいでしょう……」
どこか遠い眼差しをして、ベリタスさんが一呼吸おくと話し始めた。
「当時、エルフ王と后は身籠った事をたいそう喜んでおりました。しかし喜びもつかの間、日毎に后の体調が悪くなりました。それでも医師達だけでなく郷全体で、御支えし何とか無事に出産することが出来ましたが……ルクスペイは産まれおちた時、すでに途方もない魔力を宿しておりました……」
「日毎に魔力が溢れだし、すっかり身体の弱られた后は一度も抱き上げるどころか近付く事もままならず、ましてや魔力の弱い者など言うに及ばず……あまりの魔力の強さに医師達も幼い身体が耐えられないだろうと……いっそひと思いに楽にしてやった方がいいと言う者も一人や二人ではありませんでしたな……エルフ魔法も魔力を吸う魔石も、魔力を食う魔獣も………焼石に水でしかありませんでした」
「しかしエルフ王も后も諦められなかった。既に御二人の王子がおりましたが、初めての姫だったのです……王は単身、魔王様に会いに行かれたのです。当時すでに薬師としても当代随一の腕と言われておられた魔王様に賭けてみたいと……」
ダールさんは食べる手をやすめて、やはり懐かしむような眼差しになった。
「あの日の事は忘れられない……ちょうどウェアウルフの城から戻って来た頃だった。影が斬り裂かれたかと思ったら、眩い光が溢れ出してな……光と共に王はいきなり目の前に現れると跪いて懇願された。娘を助ける手立てはないものかと。俺とトニは直ぐにエルフ国に向かった……産まれたばかりのルクスペイは、それは可愛くてな〜何とか魔力を抑える術式を刻めはしたが、大きな部屋を埋め尽くしていた。それでも何とか当座はしのいだんだ」
「……罠だとは御考えになられなかったのですか?」
ダールさんは考える様に目を細めた。
「罠だとは一切、思わなかった。豪胆で聡明だと名高いエルフ王なら、罠をはるにしても己の娘は使わんと思った……なにより后も王子達も皆、必死で助ける手立てを探して疲弊しきっていたしな……」
「召喚者補整とでもいうのか、何せ近付けるのが俺だけだったんだ。乳だけは后からもらって飲ませねばならず一年程はエルフの郷に隠れ住み、その後は魔族国に連れて戻り極秘に育てた。トニの一族が夜行性なのも助けになった。エルフの郷と行き来して情報交換してもらっていたんだ」
「大きな部屋が小さな部屋位になり、それから成長と共に動けるようにと甲冑の内側に術式を刻むように改良出来たのでエルフの郷に戻してやれた……当初はヘルム(ヘルメット型)で頭から顔まで覆っていてな、せめて顔だけでも見えるようにと更に術式を改良して髪に編み込むようにしたんだが……ルクスペイは魔力だけでなく腕力等の身体機能も強くてな……」
ふと、コンピューターが初めて出来た頃の話を思い出した。今でこそチップ一枚だが、当初コードだけでも九百キロ分もあったとか。携帯も鞄サイズだったって話だ。魔法も進歩と共に小型化していくのかな。
「おかげで合金技術等、様々な分野が発達しましたな……」
ベリタスさんと魔王とトニトルスさんが感慨深く頷きあっている。
「私も郷に有る文献は全て目を通したのですが、古来より魔力が足らなくて命に関わるという物ばかりで。多すぎる魔力の対処法など、どこにも見つからず……ずっと手探りの状況でしたな。よく無事に成長してくれたものです。今では当代随一の剣聖と呼ばれておりますが、こう見えて穏やかで優しい気立てなのです」
ベリタスさんがそっと目頭を拭った。
「魔王様以外に抱きしめてやるどころか、直接触れる事もままならず不憫でなりませなんだ……」
皆がどこか居心地が悪そうだとは思っていたんだけど。私も召喚者補整で分からなかったみたいで皆、ルクスペイさんからの魔力圧に息苦しさや目眩を感じていたらしい。皆も初めての事に戸惑っていたんだとか。
「叔父上……ネブラも居てくれましたし………たとえ触れあう事が出来なくとも、心は伝わっておりました。私は多くの者に愛されております」
ルクスペイさんは優しい瞳で微笑んだ。ネブラさんの過激なタックルも魔力圧の衝撃に体当たりして、文字どおり命懸けのスキンシップをしていたようだ。
「そのような状況だったとは……しかし魔王様と……それ程に交流があるのを今の今まで知らなかったとは。どちらかといえば疎遠な位の印象でしたが……」
ニクスさんが戸惑いながら聞いていると他のエルフ達も頷いている。
「私が内緒にしておきましょうと言ったのです……魔王がエルフと仲が良いのが表立っては、魔族達は納得しませんし示しがつかなくなります。私が言うのも何ですが、魔族達の関係性は複雑なのです……」
トニトルスさんが、ため息交じりに言った。
「まあ今だから言えるが、この千年の間に寝ていると思われてただろうが全てが寝てた理由じゃないんだ……術の改良にエルフの郷に行ったり、俺が不在だと思って油断して悪さする奴らを、トニがあぶり出したりとか色々と、な……」
「……うわぁ~隠密作戦!」
シリウスが目をキラキラさせて魔王を見つめている。うん、そういうの好きそうだよね。
「私も一度エルブの様子を見に行きましたが……なかなか初々しくて。クラルス姫が居れば安心だなと思っていたのです」
エルブさんが愕然とした顔をして、その後クラルスさんと一緒に顔を赤らめているのが微笑ましい。親にデートを見られるってね~
「では私達に話してはいけなかったのでは?」
「確かに俺が召喚者だと知られれば、これ幸いと魔族国ごと吹き飛ばそうと考える奴は一人や二人ではないからな……それはお前にも言える。幼い少女と猫一匹だと侮る奴らは後をたたんだろう。だが召喚者が三人居るとなれば滅多な事は出来んだろうからな」
まさか私とシリウスのために召喚者である事を公にしてくれたなんて……やだ! 何か泣きそう。印象が変わってく〜アッ………今、幼女って?
「ポンちゃんは、こう見えて二七歳なんだよ~」
シリウスがププッと吹き出すと、ダールさんとエルブさんがむせこんでしまった……お約束だな、これ。トニトルスさんの肩が揺れてるし。
「……あの、ダールさんを召喚した人は? 魔族の方なんですか?」
「……ゴホッ………俺が召喚された時か…………実はよく分からないんだが……気がついた時には、かろうじて三人と分かる召喚者がオークの群れに殺されてボロ布のように転がっていた。そのオークをトニが全員捕食していたんだ」
「うわっ……それ私の時より酷くないですか⁉」
「あの時はすっかり吸血本能で我を失っていたらしいが、俺にも襲いかかって来て……俺も召喚されたばかりで腹が減っていて気がたってたのもあって捕まえたんだが……」
「喧嘩したの?」シリウスは小首をかしげる。
「……いえ、一方的に怒られました……」
「お説教したの?」
「………いや……膝の上に乗せて尻を叩きまくった」
「あっ! それは言わない約束でしょう⁉ 私も若い頃は色々あったんですよ!」
うわぁ~上品なイケおじじゃなくて、元ヤンの吸血鬼と夜回り先生に見えてきたし~何か、いいかも〜
「私を叱った後でオークの顔をじっと見てたかと思ったら、いきなりさばいて焼いて食べだした時が一番驚きましたけどね……」
ああ~何か魔族達が、この二人を怖がるの分かる気がしてきたかも……
「いや……オークの顔を見てたら食える気がしてな。実際に美味かったしな……召喚された時、収穫祭の帰り道で冬の間の塩や麦を持っていたのが幸いだったよ。それに吟遊詩人が何でか俺を気に入ってくれて、胡椒の実を五粒くれてな。トニの知り合いが植物の栽培に詳しかったおかげで助かった。塩と胡椒があれば大抵の物は食えるからな」
「胡椒があるんですね! 凄い! 昔は金と同じ価値があったって聞いた事があります」
私だけでなく獣人のレノさんも思わず立ち上がっていた。
「さっき食べたカレーナンってやつも、いくつか似たスパイスが魔族国にもあるしな……って、どうした?」
「探してもらってたんですよ~あの、わけていただく事は出来ますか?」
「お、おう大丈夫だ……」
さすがのダールさんも引く程に私やレノさんだけでなく、厨房からも何人も飛び出して来て手を取り合って喜んだ。やっぱり今後の事を考えるとね。
「魔族国の最奥に魔王様だけが入れる薬草園を作られています。今度、御案内致しましょう」
トニトルスさんが皆の様子に肩を揺らしながら約束してくれたが、もしかして結構ゲラタイプかな?
「……おい! クリュパじゃないか⁉ 元いた場所に戻すように。そいつが居ないと子が産まれなくなるんだ」
唐突にダールさんが少し離れたテーブルに向かって声をかけた。
ボスコさんが小さく切った果物をハムスター型の魔獣に食べさせていたのだが、皆に一斉に注目されて目を白黒させている。
「クリュパというのは?」
「ネズミ型の魔獣なんだが、一匹だけ白い毛並みで姫とも女王とも呼ばれているんだが。不思議なのは他にも子を産むのに女王が居ないと一切、産まなくなるんだ。当然、次の女王も生まれないからその群れは滅んでしまう。だから可愛くても戻さないと駄目なんだよ」
「そんな! 俺のフィフィちゃんが………」
「フィフィちゃん? ボスコさん………」
「……あの、私が責任をもって元の場所に連れて行きます………」
気まずそうな顔をしてエルブさんが約束している。もしかしなくても、連れ帰った事があるんだね。
苦笑いしながらベリタスさんが話しを戻した。
「魔王様、術式はこれ以上の改良は難しいのでしょうか?」
「いや、今回は今の半分近くまで減らせたと思う」
「それって金属にしか刻めないものなんですか? 例えば布に織り込むとか……後は肌に直接、彫り込むとか……」
「肌ですか? それでは罪人のようです」
「私の所でも昔は罪人に彫っていた国もあったようですが勇者の証として彫る国もあって、今ではおしゃれの一環で彫っている人が多いんですよ……アッあと隠し彫りっていうのもありました! 光の加減で見えたり見えなかったりするらしいです」
「……布か………考えてもみなかったが……それ程に強い布などあるか?」
「ちょうど自治領に魔獣の毛と魔族国に生えている草を織って魔力耐性のある布を作っている職人さんが来てまして……先程アラクネさんから糸も分けてもらえたし、相談してみましょうか?」
「よくアラクネがくれたな? その職人を呼んでくれるか?」
誰かに呼びに行って貰おうと思ったら、戸口の所から職人のご夫婦がおずおずと前に出て来た。気になって見に来ていたのだろう。やっぱりアラクネの糸をリクエストしてましたね~
それからダールさんやエルフの研究者を交えて術式を織り込めるかの研究に入る事になった。いっそアラクネさんも来てもらっちゃう? ダールさん用の研究室も用意せねば。
魔族国に自生しているスパイスの生えている場所は、エルブさんやクラルスさんも分かるというのでこちらの採取班を編成してもらった。
当初は職人さん達も初めて相対する魔王や魔族に真っ青になり返答もしどろもどろだったが、エルブさんが意外とボケて宰相やクラルスさんがツッコミ入れるは、ダールさんもボケるはで気が付けばリラックスして話していた。さすが年の功というか良い方々なんだよね。もう私の中では御師匠様と呼ばせてもらってます!
ルクスペイさんが少し離れた所から深々と頭を下げていたのも印象的だった。感謝も謝罪も必要ないって言われたおしたんだろうな。
ここにはルクスペイさんを責める者も疎んじる者もいない。
ルクスペイさんを生かすと決めたエルフ王に対しても、きっとそうなのだろう。
ベリタスさんも合金技術が発展して良かったって言ってたしね。災い転じて福となす、だね。
私を召喚したのがエルブさんで本当に良かったと思った。




