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ちびフェリクスと糸屑

 シリウスが言いたい事を言って気がすんだのか、一つため息をつく。それから気を取り直して、しみじみとした様子で、ちびフェリクスを見つめているのにハッとする。いかんいかん! また脱線しそうになる。


 シリウスは頭の切り替えが早いし回転も早い。前はおおらかな性格と思っていたのだが、こちらに来てからは肝がすわっているんだと改めて思った。

 私がおたおたしているから、自ずとしっかりせねばと思っているのかも。本当に頼りになる相棒だ、なにより見てるだけで癒されるし和む。


「……あの………フェリクスの事ですが………」




 ダールさんは、アウレアさんが渡したプリンを食べる手を止めるとニヤリとした。


「何とも甘い香りが鼻を突き抜けてゆく……うむっ微かな苦味も美味いものだな!」


「……エルブ達が捕まっていた場所で、フェリクスにかけられた術を取ってくれただろう? あれでサキュバスの長が慌てて出て来たおかげで追跡出来たんだ。それまでは魔導師達の夢から夢に隠れて捕まえられなかった」


「……術? やっぱり、あの糸屑ですか?」


「……お前には糸屑に見えたのか………俺もよくは分からないんだが、召喚者には術のような本来は目に見えないものを自分の理解し易いものに置き換える事で視認しているようだな」


「ダールさんには何に見えるんですか?」


「俺か? ……茨や枯れ枝に見えるな……」


 脳内変換する事で本来は、目に見えないものを把握しているって事かな?




「……その能力って異世界経験者だからかな?」


 シリウスが二本のシッポをユラユラと振りながら首を傾げた。


 ダールさんも首を傾げたので「僕は毛糸に見えるよ~」とシリウスが言った途端、エルフの研究者達が小声で話し込みだした。


「魔法陣としてなら認識出来ますが……障壁前ではシリウス殿が踊っているうちに、消えてしまった様に見えました……」


 隊長さんも顎に手を当てると考え込んでいる。


「確かに………魔法陣に気付かなかった時は、どうしても発動してからの対処になりますよね」


 ニクスさんも頷いている。


「……もしかして対抗魔術を使えるのは魔法陣を認識した瞬間だけですか?」


「そうです。だからこそ魔法陣の型を覚え込み、更に直ぐに対抗魔術を放てる様に身体に覚え込ませるのです」


 ほとんど脊髄反射で動いていたの? じゃあ、走りっこ大会でオルドさんが好成績だったのも、まぐれや根性とかではなくて本人の体力だったのか~


 私とシリウスは顔を見合わせた。シリウスはケットシーだけど召喚者よりなのかも……




「……俺が知っているのは召喚者だけだったが……シリウスもなら異世界での生活のせいか? まぁ、そういう考える事はエルフに任せた」


 ダールさんは早々に考えるのを放棄すると、アウレアさんが勧めたチョコレートクレープを受け取ると一口食べて、またニンマリしている。


「この苦味と香りがまた、何とも……コホンッ俺とトニは起こされた後フェリクスから辿っていってサキュバスの長に行き当たったんだが、とにかく捕まえられなくてな……奴はエルブ達を捕まえていた岩を壊すように命令を出すと、またフェリクスを操りなおして此処に攻め込んだんだが……ブローが居てくれて良かったよ。おかげで俺達は長を捕まえる事に専念出来た」




 あの時の爆発か〜


「……じゃあ………元々魔導師達を洗脳していたのはフェリクスじゃなくて、サキュバスの長だったんですか?」




「ああ。フェリクスを見ていて思ったんだが……あの髪や目の色が度々変わっていくのは、フェリクスの心の抵抗のようなものだったんじゃないか?」


「………そうかもしれません………僕は……ずっと一緒に居たのに何も分かってなかった……」


 エルブさんが項垂れると、クラルスさんが優しく背中をさすっている。


 私は今では、すっかり白いままの髪のフェリクスを見やった。きっと洗脳されたからといって自我が無くなる理由じゃないんだ。感情をコントロールされて行動も決められたままというのは、どれ程に苦しい事だったか。




「……フェリクスのお世話をさせて貰えないでしょうか?」


 私は思わず言葉に出していた。




「……そんな! これ以上、御迷惑はお掛け出来ません! フェリクスは僕が……」


 ダールさんがエルブさんの肩に手を当てると優しい目で見つめた。


「お前はフェリクスに近すぎる………こいつは産まれ変わったみたいなものだ。それに、お前にはクラルスとの新しい生活も始まるしな……」




 ダールさんは私とシリウスに頷いた。


「こいつを頼めるか? 俺もトニもブローもいるからな」


「ヤッタ〜!」


 シリウスが踊り出さん勢いで飛び跳ね出したのに皆が微笑む。


「産まれ変わったついでに、名前を付けてやれ」


 ダールさんがサンドイッチをつまみつつ、またもやアウレアさんに勧められてアップルパイを手に取っている。これは甘い、しょっぱいの無限ループだね。




「名前か……確かに………ウ~ン、どうしよう……」


「ポン殿の国の言葉で付けられては?」


 トニトルスさんの提案だ。”エルブ(川)“はダールさんの国の言葉だと言ってたしね。


「ポンちゃん、日本語で考えて!」


「……うん、新しく産まれ変わったって事で、新た……アラタって、どう?」


 シリウスと共にケットシーとクーシー達が小声でアラタ、アラタと呼ぶと嬉しそうに頷いた。


「アラタ! いいね~」


 そのままフェリクス改め、アラタの側に行くとかわるがわる優しく頭を撫でだした。


「君は今からアラタだよ! これから、よろしくね~」


 ぐっすり眠っているアラタが微かに微笑んだ気がした。




 話しが一段落したのを待っていたかのように、厨房から味見をしてほしいとスープカレーが渡された。


「……凄く美味しいですよ!」


 どれどれとシリウスも横からスプーンですくって口に運ぶ。


「あっ……何か、無性にカレーうどん食べたい………」


「ちょっとだけ失礼しますね」


 私は厨房に走って行くと、うどんのこね方を早口に説明した。




 此方に来た当初、パンが全て全粒粉だったのはスープと一緒に食べれば美味しかったので良かった。でも焼き菓子も全粒粉だけで固くポソポソしていて口の中の水分を根こそぎもっていかれた。


 それは王城で使われている小麦粉も一般で使われている物より良い品質とはいえ、やはり製粉は粗かったのだ。戦争終結と共にフォートリュスもアシエール国も農耕に力を注いでいる。


 数年のうちには一般市場に出すためにも、製粉の研究依頼をだした。もちろんサンプルとして私が元々、使っていた小麦粉を変性させて渡してだ。


 こちらでの技術やシステムは全てが魔道具だそうで、結果的に丸投げするしかなかった。ここ自治領でも魔道具技師や魔導師達に研究を続けてもらっている。


 料理研究家も厨房班も毎日のように研究の進捗を確認している。白パンもフワフワなスポンジも口溶けの軽い焼き菓子も、全ては小麦粉の製粉具合いにかかっている。もちろん喉越しの良いうどんもだ。


 今は、まだ私が自治領内で使う分の小麦粉の変性をしているのだ。厨房班は製粉具合いだけでも、料理の幅が広がったと驚かれた。強力粉、中力粉、薄力粉等は麦の種類の違いだし、それぞれのブレンドによっても食感の違いが出る。何処にでもあるシンプルな食材だが奥は深いのだ。


 私はスキップしそうになりながら大鍋にカレーうどんを変性させると小鉢に盛り付けてはカウンターに置いていく。アウレアさんとローザさんがすかさずテーブルに運んでくれる。残りは厨房班が代わってくれたので席に戻る。


「あらためて、いただきま〜す!」


 隠し味に獣人国の醤油入れたのが良い仕事してくれてますよ~暫し皆、無言でカレーうどんを食べている。


「……何か身体がポカポカしてきました」


「優しい味というか、パスタとはまた違った味わいがありますね」


 またもやシリウスをはじめ口の周りが黄色く染まったのは仕方ないよね。今日も厨房班の皆ありがとうね~身体も心も暖まりました。

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