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召喚者達

 目を覚ますと、いつもの自分達の部屋だった。


 この世界に来てから、初めて夢も見ず声も聞こえず穏やかにぐっすり眠れたかもしれない。


 私の腕の中にはシリウスが眠ったままだった。


 今日も一緒に居る事を誰にともなく感謝しつつ抱きしめてそっと撫でると、シリウスも目を覚まし抱きしめ返してくれる。

 寝ぼけたようにスンスンと匂いを嗅いでいたシリウスが、やおら起き上がると大きなあくびをした。



「……おはよう、ポンちゃん……僕……いつの間に寝ちゃったんだろう?」


「おはよう……シリウスが寝落ちしたのって初めてじゃない? じゃあ、誰が運んでくれたんだろう? 悪い事しちゃったね」


 ベッドの足元には古竜お爺ちゃんと共に置かれた揺りかごの中に、ちびフェリクスが寝ていた。穏やかな寝息が聞こえる。

 

お爺ちゃんが、まだ寝ているという事は昨夜は遅くまで酒盛りしていたのかも。

 

ルーチェちゃんとミルトは、もう起きて外に出たようだった。

 

揺りかごは木製なので、移動用にカゴタイプも出してそっとフェリクスを移動させる。まだ起きそうにない。


 お爺ちゃんが眠そうに目を覚ますと大あくびした。


「おはよう、お爺ちゃん。ご飯食べれそう?」


「……おはようさん………そうじゃな、軽くハンバーガーにしておくかの〜」






 皆で食堂に向かう。食堂前の広場はあらかた片付けられ、新たにテーブルと椅子が幾つも置かれ兵達や一般の人達で賑わい出している。


 食堂の中に入るとウッドデッキ側には昨夜と同じ面子が揃い出していた。どうやら私達が一番、寝坊していたようだ。ちびフェリクスをシリウスに預け、慌てて厨房班の手伝いに向かおうとして立ち止まる。


 昨日は気付かなかったが掲示板を掛けていた辺りの壁が無くなって、すっかり外が見えている。


 隊長さんが側に来ると、呆然としていた私の顔を覗き込んだ。


「……どうされました?」


「……あそこの壁……昨日も無かったですか?」


「昨日の戦いで壊されたのですが……瓦礫が有ったので気付かなかったのかもしれませんね……疲れておられましたし……」


 瓦礫にも気付かなかったとは……思っていた以上に気が抜けてたのかなぁ。




「ああ、おはよう! よく眠れたようだな……」


 魔王が気さくに声をかけてくれた。


「おはようございます! 何か寝過ごしたみたいで……」


 私が恥ずかしくて頬を掻くと、慌ててエルブさんが立ち上がった。何だか今にも泣き出しそうな顔をしている。


「ずっと良く眠れていなかったのでしょう? 此度の事、まことに申し訳ありませんでした……本当に御詫びのしようもありません!」




 隊長さんが私に座るように促すと、ローザさんとアウレアさんが次々に料理を運んで来てくれる。手伝いに行こうと思っていたのにゴメンね。


 やっぱりアウレアさんが成長していた。今では青年ともいえる見た目だ……月に関係なく変身出来た事がきっかけなのだろうか。




 私はエルブさんに向きなおり、目を見つめた。


「……あの…………召喚した事は、感謝しているんです!」


 これだけは、ちゃんと伝えておかなくては。エルブさんは思いもよらなかったのか目を見開いている。

「召喚してくれたから、シリウスは助かりました! 私の世界には魔力があまり無いみたいで、シリウスは魔力が足りなくて長くは保たなかったんです……だから、だから一緒に来られて良かったんです。毎日、元気な姿を見れるのはエルブさんのおかげなんです! だから感謝こそすれですね……」

 私は一気に話すと息をついた。



 エルブさんはじっと私の目を見つめていたが、フルフルと肩を震わせると頭を下げてきた。

「……ありがとうございます! それでも召喚される大変さを知っていたのに……行なってしまった事は、許される事ではありません……それにシリウス殿がいなければ、今頃どうなっていた事か! まことに申し訳ありませんでした」


「もう済んだ事ですし……皆、無事で良かったんですよ、って………あれっ?」


「……何で召喚される大変さを知っているんですか?」


「それは魔王様が異世界から召喚された勇者だからです! 子供の頃から、よく話を聞いていたので……」



「「「「「「はい?」」」」」」



 トニトルスさんと古竜お爺ちゃんとエルブさん以外の全員が驚いた。しばらくは頭が真っ白になって、話すどころじゃない。


 魔王はニヤリとしながらも、どこか皆の反応を楽しんでいるような様子だ……おもむろに目の前に置かれたホットドッグを一口頬ばった、が咀嚼しながら切れ長の目が見開かれていく。じっと残りのホットドッグを見ていたかと思うと口に入れた。たった二口で食べてしまったが、どうやら目をつぶって味わっているようだ。


「……オークだよな? これはハーブか? 赤いソースの酸味と甘さに、黄色のペーストの辛味が肉の旨味を引き立てている。そして、このパンだ! 柔らかいが存在感がある。なんとも肉とソースをまとめ上げているな。形も食べやすい。なんだこれは⁉」


「ホットドッグという異世界の食べ方だそうです」


 アウレアさんが小声で説明している。でも、こっちはホットドッグどころじゃない。


「……あっ、あの召喚者って…………えっ? 魔族の方じゃなかったんですか?」


「……これも………なんとも得も言われん良い香りだ……美味いな………トニ、これなら飲めると思うぞ」


 魔王は、コーヒーを飲むとゆっくりと息を吐き出した。


 トニトルスさんもコーヒーを飲むと「おや‼」と声を上げた。



「……俺が召喚されて……かれこれ八千年位だと思う………まあ色々あって、不本意だが今では魔王と呼ばれているな」


「……色々?」


「……俺の名前はダール。お前だけは魔王と呼ばないでくれ……まだ確かな事じゃないが、あんたと同じ所から来たと思うしな」


 シリウスに肩をつつかれて、やっと我に返る。



「………ちょっと待って…………月が一つか聞いたのは?」



「お前の前にも召喚されたのが二人居た……一人は俺と同じ所から来たが、馴染めなかったのか三百年程して火山の火口に身を投げたんだが。その時に大地が隆起して、今の獣人国の辺りが出来たんだ………二人目は故郷には月が二つあると言っていたが見た目も……少し何ていうか……魚か蛇のような鱗があったな……」


「……その人は?」


「そいつは獣人族の嫁をもらって幸せそうだったが……家族が賊に殺されて、自ら破裂してしまった……その時の爆発で魔国が滅んでしまったわけだ」


 まさか地殻変動まで⁉ 他の天体、いや別の宇宙からの召喚? それともパラレルワールド? 情報多すぎだから! うわっ~! えっ〜?


「……じゃあ、ま……ダールさんは八千年も生きてこられたんですか? 長生きだから魔王になったとか?」


 魔王、もといダールさんはプッと吹き出した。



「そもそも”ディアマントス”って国名を付けたのに誰一人そう呼ばず、魔族領としか言わないし。俺も魔王呼びのままだ! 何でだ?」


「……なんと申し上げたら………育てられた私でも、魔王様というのがしっくりくると申しますか……」


 ルクスペイさんが申し訳無さそうに、眉も肩も下げて言ったのに何故か皆が頷いている。


「クソッ!」ダールさんが舌打ちすると天を見上げている。


『……やっぱり日頃のおこないってやつ?』


 シリウスが念話して来た。よく声に出さなかった。エライ、空気よんだのね。


「……そこのケットシー、シリウスだったか? 後で話しをしような?」


 ゲッ! 念話も聞こえてた~シリウスと一緒に飛び上がりそうになった。



「…あの、ダールさんが嫌がる気持ちも分かります……私達の世界では元々は魔王というのは、悪の権現そのものだったみたいで……」


 ダールさんが「よく言ってくれた!」と大きく頷いている。皆は首を傾げたり考え込んでいる。


「もっとも私のいた時代では物語に出てくるのは悪の親玉だけでなく時にはダークヒーローだったり、最凶で最強な存在というか………アレッ……」


「………やっぱり魔王様ですよね!」皆がホッとした顔に戻っている。


 フォローしようとしたんだけどな、なんかやっぱり魔王でしっくりきちゃうんだけど。私じゃフェリクスも助けられなかったろうし、まして後ろで糸を引いてる者の存在なんてどうしようもなかったと思うしね。


 ダールさんは、がっくりと肩を落とすと、ため息を付いて気を取り直してコーヒーを一口飲んだ。



「……俺は元々が山の中で一人で暮らしていて里には年に数回しか降りなかった……家族や里の連中と仲が悪かったとかは無かったんだが、たぶん人と居るより動物と一緒に居る方が良かったんだな………こっちに来て割と直ぐにトニに会ったのと魔族や魔獣を放っておけなかったのと、で今に至るんだが……半分位は寝ているしな……」

 横でトニトルスさんとエルブさんが感慨深げに、しきりに頷いている。




 後でゆっくり聞いた感じだと、日本ではマタギとか森の守り人とか呼ばれている。

 一年の殆どを山の中で自給自足で暮らし、山の生態バランスを調整する役目というか仕事だったみたい。天候や薬草とかにも詳しくて、召喚当時は魔族にまとまりは無く無法地帯だったとか。

 まさに弱肉強食の地をまとめ上げ、まがりなりにも魔族領と言われるようにしたそうだ。元々の仕事が活きていたんだろう。結果、魔王と呼ばれるようになったが本人としては、その呼び名は嬉しくないらしい。

 ヨーロッパ、たぶん北欧の辺りの国の小さな村に住んでいたようだ。年に一度の秋の収穫祭の時に、たまたま訪れていた吟遊詩人の詩の中で東の果ての国というのを聞いた事があり妙に覚えていたとか。

 私が東の果ての国の出身だと知って嬉しそうだった。でも八千年前に、もう吟遊詩人とか居たんだろうか? もっと歴史の勉強をしておけば良かった。



「……召喚者は豊かさをもたらすと言われるが………幸いな事に、そこら辺もあって安易に召喚は行われてこなかったようだな……両刃の剣のようなものだしな」


「……じゃあ……本来は異世界召喚者は長生きってこと?」


 シリウスが身を乗り出して聞いてきた。人より遥かにケットシーは長生きだ。もしかして私の寿命を心配してたの?


「……たぶん、お前が元気なら大丈夫だろう……お前こそ行って帰って来たのだろう? 俺も初めて聞くがな……俺が思うに身体の寿命というより、心が大事なんじゃないか?」


「「心か〜………」」


 私とシリウスは一緒にため息をついた。途方もないわ。私を含めて四人……多いと思うのか少ないと思えばいいのか。


「……私より前に来た召喚者の人達は自分の意志で亡くなってしまったと………お爺ちゃんや長老猫さんも知ってたの? いつも一緒に居てくれたのは、もしかして私が可怪しくならないか心配だったから?」


 長老猫さんは一瞬きょとんとした顔をして、首を傾げた。


「……確かに言い伝えによって、魔国の滅び方は知っていたんじゃが………」いきなり長老猫さんが笑い出した。


「心配など、すっかり忘れておったわ………ポンに初めて会った時……いきなり土下座というのか? あの姿を見て、なんでか心配ないと思ったんじゃ……今は、もっと大丈夫だと思っている」


 此方には土下座は無いらしい。


「メシは美味いし……なにより、ポンといるとたいくつせんのがいいんじゃ!」


 古竜お爺ちゃんは軽くハンバーガーとか言っていたが、既にステーキを何枚も食べている。


「へぇ……ブローが、そんなに懐くのは珍しいな? 確かに飯が美味い! 俺も食べた事のない物ばかりだ」


 ダールさんはベリーのショートケーキを一口食べると、また目をつぶり味わっている。


「……あっという間に溶けてしまうようだ……甘味と酸味が……」


 ダールさんは食べるたびに食リポのようになっているし……修羅場に慣れているからか黙っていると眼光が鋭く、軍人かマフィアの様な近付いただけで斬られそうな感じなのだ。ところが御飯を食べている時は、目元がゆるんで何か可愛いのだ。



「……ポンちゃん……ヨガとか…瞑想とかやっとく?」


 シリウスが考え込みつつ、魚のフライを噛りながら聞いてきた。


「……常に平常心を保つために? ま、そのうち考えようか……」


「……やっぱりストレスを溜めないって事かなぁ?」


 ストレスか……確かに全ての不調の第一歩ではあるよね~でも此処に来てからは、かなりストレスを感じなくなったんだよ? 割とマイペースに過ごしていると思うし。シリウスに心配をかけないためにも、のんびり異世界生活といきますか。


「………日本に居た時は僕の心配ばかりして自分のことは二の次だったし。ここに来てからは、なれない世界に召喚者の事とかさ。無意識のうちに不安とか心配とかあったと思うんだ……でも、もう心配しないで我慢しなくてもいいんだよ!」

 シリウスは真っ直ぐに私の目を見つめてきた。



「……だからね、変に気を使ってご飯を出さなくてもいいと思うんだ! おはぎは出して苺大福は出さないとかさ〜ギョウザもラーメンもチゲ鍋も鰻重も食べてみたいわけで〜」


 感動して出かかっていた涙が、あっという間に引いていったわ! 結局、もっと色々と食べたかったのね……


 言わんとしている事は何となく分かる。気を使っているつもりでも異世界の事は、まだまだ知らない事だらけなのだ。やってみて、出してみて皆の反応を見てから決めればいいんだね。ありがたい事に此処で私が会った皆は懐が広い。お互いびっくりさせあいながら、これからもやっていけるだろう。

 何となく異世界での生活が、やっと始まるんだって気がするんだよね……うん、今は凄く楽しみでワクワクしている。









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