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魔王とフェリクス

 長年、風雨に曝されてきたみたいな乾いたような肌に、色褪せた白に近いクセのあるブロンドの髪に覆われた瞳が鋭く辺りを伺う。


 長身に皮っぽいロングコートで中は麻のラフなシャツに黒いズボンだ。年を取っているようにも若いようにも見える。


 見た目は人にしか見えない。でも、どこかクーシーのノクスさんや長老猫さんを彷彿させるというか……


 そう知性と野生と品格がないまぜになったような、どこか獣を思わせるようなしなやかな動きだった。手には無造作にフェリクスを掴んだまま歩いて来る。




 エルブさんが走り寄って来ると、魔王がニヤリと笑った。




「待たせたな、エルブ」




「……魔王様………父上も……本当に、どんなに待っていた事か…………」


 エルブさんは晴れやかに微笑むと、少しはにかんで目元を拭った。


 エルブさんの言葉で初めて、魔王の後ろに男性が立って居るのに気付いた。


 驚いた……近付くまで、まったく気配を感じられなかったのだ。




 少しエルブさんを渋くしたような大人で洗練された雰囲気なのだが、何故か鞄でも持つように小脇に微動だにしない女性を抱えている。よく見ると何かで拘束されているようだった。


「ブロー! 黙っていてくれて、ありがとうな」


 魔王は古竜お爺ちゃんに軽く頷くと、お爺ちゃんから霧笛のような笑い声が聞こえた。


「ブロー? 黙っていたって?」


 私は隣に居た、お爺ちゃんにそっと聞いた。


「やっと来たか……あやつは、わしをブローと呼ぶんじゃ……意味は青だそうでな。あいつの国の言葉らしい」お爺ちゃんは私にコツンッと頭をつけてきた。


「あいつが、起きた事はナイショにしてほしいと言ったんじゃ……ああいう時はきいておいた方がいいんじゃ」




「……あっ………じゃあ、ブローお爺ちゃんだね」


 そういえば前に長い付き合いだって言っていたね。念話し合うのも当然だし、それだけ信頼関係もあるんだろう。


「……ブローを、お爺ちゃん呼びか………ふーん、あんたがエルブに呼ばれて来た召喚者か……」


 そう言う間もジロジロと私を見ながら近付いて来る。




「………あんたの居た所は、月は一つ? それとも二つか?」


「……えっ? あの、一つです……」


 凄く変な質問来た~


「………そこは一緒か………」




「ルクスペイも、久しいな! よくエルフ王が許してくれたな……」


「御久しぶりです、魔王様も御元気そうでなによりです!」


 顔見知りだった事に皆が驚いている。しかし剣聖が恭しく頭を下げた事で、隊長さんやニクスさんも少し肩の力を抜いたようだった。


 ベリタスさんだけが事情を知っていたのか、一人だけ表情が変わらなかった。






「……父上……そちらは、サキュバスの長ですか?」


「ああ。追跡するのに手間取ってしまった………こいつが今回の元兇だよ……」


 魔王はオークやオーガ達に目をやると、クイッと片眉を上げた。ただ、それだけだった。


 ただの一瞥なのに意識のある魔族達は、我先にと走って逃げ出した。そこまで恐い人には見えないんだけど?




 魔王が片手を振ると、広場に転がっていたベンチが飛んで来てフワリと目の前に設置された。


 魔王はベンチにフェリクスを横たえると、片手をフェリクスの額に当てた。


「こいつはサキュバスの長に、ずっと操られていたんだんだよ………たぶん本来の自分を持てないままにな………」


 時期に魔王の舌打ちが聞こえた。


「………駄目だな……かなり幼い時からのようだ……既に心が崩壊を起こしかけている……」


 フェリクスは気を失ったままに、ますます色変わりが速くなり身体が痙攣しているように震えている。


「……トニ」


 トニと呼ばれたエルブさんのお父さんが、抱えていたサキュバスをエルブさんに預けると、静かにフェリクスの手足に両手を乗せた。


 魔王はフェリクスの額と胸に手を当て目を閉じると、小さな声で詠唱を始めた。


 三人の上には魔法陣が幾つも浮かび上がっていく。一つ消えては、また次の魔法陣が浮かび上がる度にフェリクスの身体が跳ね上がる。


 最初に糸屑が消えて、次に黒い靄のような物が消えて……数え切れない程の魔法陣が浮かんでは消えていく。どの位の時間が過ぎたのかも分からなくなった頃。


 一際、大きな魔法陣がフェリクスのお腹の辺りに吸い込まれるようにして消えると、フェリクスの身体から光が迸り次の瞬間、幼い子供が横たわっていた。




 フェリクスの着ていた服に包まる様にして肌も髪も白く、見た感じは一、二歳位の子供が静かに寝息をたてていた。もう色が変わる事はなかった。


「………操られる前まで戻すしかなかったが………酷いな」


「……こんな幼い頃から………」


「こいつ、頼むわ……」


 魔王は私を振り返ると頭でフェリクスを指した。




 私はアイテムボックスから布を出すとTシャツとズボンに変性させると、ちびフェリクスに着せたがまるで起きる気配もない。今まで着ていた物は、すぐに燃やしてもらう。


 たぶんフェリクスは、産まれ変わったんだと思う。だから今まで身に付けていた物は全て無くした方がよい気がしたのだ。どうしても燃やしておかずにはいられなかった。




 魔王はエルブさんからサキュバスを受け取ると、また小さな声で呪文を唱える。サキュバスが身動いだ。


「何か言っておく事はあるか?」




「………何百年も起きて来ないから……てっきり死んだか、弱っているんだとばかり思ったのに。とんだ間違いだったよ……それでも、あの子はいい働きをしたよね? だろ?」


「何で、フェリクスの心や頭に入ったんだ?」




「……あの子は産まれながらのチャーム使いだよ! 誰だって魅了するんだ……人族の魔導師なんて、ホイホイ着いてきた……もちろん、あんたの宰相の息子もさ〜あの子なら国の一つや二つ簡単に乗っ取れると思ったのにね……後、もう少しだったのに………」


「……エルブは魅了されてフェリクスと一緒に居た理由じゃないぞ? 気が付いてなかったのか……」


 サキュバスは少し考え込んでいたが、頭を振った。


「魅了されてもいないのに……そんな理由あるもんか! 誰が縁もゆかりも無い者を拾うのさ?」


「お前には分からないだろうが……エルブなら喜んで保護するだろうな」


「………ハッ! あんたや宰相に似て、とんだ間抜けだね………」


「……まったく………相変わらず話が通じないな………」


 魔王は嫌そうに顔をしかめている。今までも色々あったのだろうか。




「……聞いておきたい事はあるか?」


 魔王が誰にとも無く聞いてきたが、皆ただ首を振るばかりだった。何か関わるのも躊躇ってしまうというか……ぜったい私の手には負えそうにない気がする。


 魔王は皆の様子に肩をすくめただけだった。何か淡々としていて、サキュバスが早口にまくし立てて煽ろうとしても動じる気配さえない。






 魔王がサキュバスの長を鳥籠のような物に入れると、空中に浮き上がらせる。すぐに上下左右に魔法陣が展開されると、見る間にサキュバスごと鳥籠が小さくなっていく。


 ポケットから魔石を取り出すと、手のひらサイズの籠が吸い込まれていった。


 皆がホッとすると共に、唐突に魔王のお腹がグーッと鳴った。




「……悪い………何か食べる物はあるか?」


 無意識のうちに息をつめていたのか、皆が一斉にため息をついたのに笑いが出そうになる。私だけじゃなく皆も相当に緊張していたのだろう。


「……もちろんです!」


 あれだけの魔法を使ったのだ、私ならとうに寝落ちしているところだ。


「ポン様! 食堂は死守しました!」


 ローザさんが胸を張って一歩、前に出て来た。そういえばベリタスさん達も食堂から出て来ていたし。うん、確かに食堂は大切だよね。


「では、すぐそこなので」






 私はフェリクスを抱き上げると魔王御一行を食堂に案内して行った。


 既に魔族達は撤収して一人も居ない。気絶していた魔族達はトニさんが魔法陣を出して一気に転移させてしまった。皆はとりあえず広場の片付けを始めている。


 そのままウッドデッキ側のテーブルに案内する。ノクスさんがクーシー用のマットを咥えて寄越し、ヴェア兄さんが毛布を咥えて差し出して来たのに微笑む。


「ありがとう! でも、どうせ必要だから……この子用を出しておくね」


 私はアイテムボックスから木片と布を出すと揺りかごと布団や毛布に変えて、フェリクスを寝かせ毛布をかけてやる。何も言わなくても、揺りかごを軽く揺すりだしてくれた。さすがヴェア兄さん達は優しいな~




「ポン様あの、カレーナンというのは?」


 ローザさんが私の横でソワソワしている。そんなに気になってたのか。


 とりあえず厨房班の本日のスープ、オークのウインナー入りゴロゴロ野菜スープとパンの盛り合わせを出して来てもらう。


 見本用にカレーナンとキーマカレーにタンドリーチキンを出してと。


 それから桶いっぱいにカレー粉を出しておく。昔カレー用のスパイスセットを作った事があって良かった。


 とりあえず、これがあれば私が寝落ちしても大丈夫だろう。


 厨房班に野菜を荒みじん切りにしてもらい、オークのミンチと順に炒めてもらう。そこにカレー粉を入れ香りが立つまで炒めてもらう。更にオークの肉と野菜で取った出汁を少し入れて濃度を調整してと。なんちゃってキーマカレーだね。




 厨房班には野菜を大きくしてスープと煮込んだ後にカレーを入れてスープ仕立てにしたり、魚やウインナーでも美味しいからと言っておく。彼等は何と言っても料理のプロなので一度、味見と実演して見せると直ぐに此方の食材で応用して作ってくれるのだ。


 魔王の前のテーブルにはカレーナンを始め、所狭しと次々に料理が運ばれていく。




 魔王を挟んでトニさん事トニトルスさんとエルブさんが座り、その横にクラルスさんとアウレアさんが座る。アウレアさんの横にはローザさんが座っている、何気にローザさんって大物だよね。


 なんだかアウレアさんが大人っぽくなっているような……


 剣聖ルクスペイさんとベリタスさんと長老猫さんが魔王の向かい側に腰を下ろした。更に隊長さんとニクスさんとカナル副隊長さんが、緊張した表情で座り、隣のテーブルに獣人商会のレノさんが静かに座った。さすがに魔王を前にかなり緊張しているようで、やたら水を飲んでいる。


 それから目の前に出された料理が片っ端から食べられていくのに微笑んでしまう。


 トニトルスさんとエルブさんはエールを飲んでいる。そっか、お酒なら飲めるんだ……後で赤ワインも出しておこうかな。何か吸血鬼って赤ワインのイメージなんだよね。


 魔王とルクスペイさんも料理が気に入ってくれたようで、喋る暇もないように食べ続けていた。




 私がフェリクスの様子を見に行くと、シリウスやボー兄さんだけでなく他のケットシーとクーシーまで横に座り込んでいた。


「どうしたの? 皆、集まって……」


「……こんな小さい時から洗脳されてたなんてね………」


「うん………悲しくなるよね……」


「……僕………この子の面倒みたい……ダメかなぁ? ………」


 ボー兄さんが言うのは分かるのだが、まさかケットシーとクーシー全員が言い出すとは思わなかった。




「うん……そうか……そうしよう……後で皆から許可を貰おうか………」


 皆が真剣な表情で頷いたのに微笑んで頷く。魔族も人族も直ぐには、フェリクスを許す気にはなれないかもしれない。いざとなったらケットシーの郷で育てても良いかなぁ……




 フェリクスが穏やかに寝息をたてているのを見ているうちに、私とシリウスも寝落ちしていた。そんなに召喚した人とか色々、気にしているつもりはなかったんだけど……やっぱり、何かホッとしたんだよね。





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