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遂に石舞台前に

 ゾンビの映像に、みな逃げ出したおかげで止める者も無い。木立を抜けると奥に二つの石舞台が見えてきた。既にニクスさんによって雷電隊の四人には増幅魔法がかけられている。






『そんなの聞いてないよ〜~~⁉』




 全ての念話が出来る者達の頭の中で、ポンの声が盛大に響き渡った。


 その大音量はケットシーの郷やエルフ国に居るクーシー達にも聞こえる程だったという。


 更に追い打ちをかけるように、状況確認する声が飛び交う。ケットシーとクーシーの郷は、暫し騒然となった。


 残念な事にケットシーやクーシーの近くに居た人やエルフには分からず、具合いでも悪くなったのかと心配をかけ誤解がとけるまで気を揉ませる事となった。


 モニターを見ていたケットシーとクーシーが落ち着きを取り戻すと、やっとの思いで状況を伝えた。だがポンの驚きの理由までは、説明出来なかったと後に聞く事になった。






『……ちょっ…………声が大き過ぎ〜!』


 シリウスが胸元の毛を掴んで肩で息をしている。


『………ウ、ウ〜、頭がキーンってなるだろうが‼』


 ヴェア兄さんはうずくまると何度も頭を前脚でこすっている。


 長老猫さんはガクッと両手足をつくと、しきりに頭を振っていた。


 せっかく出て来ていたアピスちゃんが空中で気絶しかけて落ちかけた所を、ニクスさんが慌ててキャッチすると再び懐に入れてしまった。


 シリウス達の様子に雷電隊とニクスさんが私を凝視している。


 私は顎が外れそうな位に開けていた口を閉じた。


『…………あっ……………なんか、本当、すみません…………あ、あまりにも驚いてしまって……』




 目の前には虚ろな目をした、ウェアウルフの大群や人族の魔導師達が立ち塞がっていた。救いは昼間で夜行性の魔族や魔獣はいない事だが、圧倒的な数の暴力だった。


 その中心にフェリクスが立っていたのだ。


 今まで洗脳や骸骨博士を召喚したり、エルブさんの命令と偽り魔族に襲わせたりとやりたい放題という印象だったが、その容姿については絶えず色が変わる髪と瞳の話だけだった。


 フェリクスは今まで見た誰とも違う、イヤ見た事も無いような美貌だったのだ。




 隊長さんもカナルさんも物凄い美形だが探せば居なくはないだろう。というか人の範疇だ。


 ニクスさんをはじめエルフさん達はどこか清涼で神秘的で気高さのある美しさだが、エルフのイメージどおりともいえる。


 フェリクスの美貌は、まるで貴腐ワインのように濃厚で甘やかで複雑だった。その甘い口当たりに飲み過ぎれば翌日には酷く後悔しそうな、危険な魅力とでもいうか(油断して貴腐ワインを飲み過ぎて二日酔いならぬ三日酔いした事がある)後悔先に立たずというか。


 すらりとしているがオーガの血故か背が高く、小顔をなみうつウェーブのかかった長めの髪がおおっている。濃い睫毛に縁取られた大きなアーモンド型の瞳の印象はやけに強烈だった。


 ただ、この相対したわずかな間にも瞳も髪も色変わりしていくのがなんとも落ち着かない。


 綺麗な顔からは以外な程に低いが、よく響く声が聞こえた……まるでオーボエかチェロのような、こちらの体の中にまで響くような良い声だった。




「……なんだ………アストラも来てたんだ。なら、もっと盛大に歓迎すれば良かったね?」


 笑顔が、まるで友達にでも話しかけているような気安さだった。


 背筋を伸ばした長老猫さんはフェリクスの軽口に何の反応も示さず、ただ静かに見つめ返している。


 それきり辺りは静寂につつまれ魔力の高まりに渦のように木の葉が不規則に流れ、なかなか下に落ちる事がない。


 ピンと張り詰めた空気の中、暫し無言でにらみ合う………ようやく、カサっと音を立てて木の葉が落ちた時だった。




「やれ!」


 フェリクスの一声に、ウェアウルフが一斉に襲いかかり魔導師達が魔法を飛ばして来た。


 下がろうにも、私達の後ろからは再びオークとオーガやゴブリンが棍棒を手に立ち塞がって来た。




 雷電隊とニクスさんが背中合わせに立つと、すかさず応戦しだした。


 長老猫さんは一息で樹上に上がると魔法で攻撃し、アラクネさんが蜘蛛の糸をウェアウルフの足元に飛ばしている。


 ヴェア兄さんは縦横無尽に走り回ってはウェアウルフを弾き飛ばしていく。


 あまりの数の差に、いよいよ私も参戦するしかないかと思ったのだが……


 何故か皆が楽しそうな顔で、戦う程に動きが早く鋭くなっていくように見えるんだけど……よく見れば隊長さん達は、足止めこそすれ殺してはいなかった。


 全員が思っていた以上に冷静なのにホッとする。




 どうやらフェリクス側のウェアウルフ達は洗脳されている分、微かに動きが鈍いようだった。


 戦いが進む程に、エルブさん達を閉じ込めた結界前は混乱していった。


 この期に乗じて成り上がろうと思う者。閉じ込められたエルブさんとクラルスさんの姿を目の当たりにして、自力で洗脳を解いたはいいが倒れる者。このままフェリクス側に付く者。こちら側に加勢する者が入り乱れている。


 しかし何故か私とシリウスはノーマークだった。




『……シリウス、この隙にエルブさん達の元に行こう!』


『……だね!』


 念のためアイテムボックスからお揃いのマントを出すと、ヴェア兄さんのような緑色に変えて羽織った。


 別に私とシリウスは透明になっている理由でもなんでもないのだが、止める者も無く戦いの間を縫うように石舞台へと駆けて行けた。


 最短コースというのと好奇心も相まって、途中フェリクスの後ろを通ったのだが、気にもかけられないのが逆に不思議な位だった。


 近くで見たら迫力の美貌に、モデルかアスリートのような背の高さに感動する。私は小柄な方だけど、フェリクスの胸元位しか身長が無い……もしや小さくて目に入ってないとか?


 あっ……そういえば長老猫さんが魔族や魔獣は殺気や恐怖心に敏感なのだと話していたっけ。ちびだからじゃないよね。たぶん。




『……ちょっと! ポンちゃん何してるの⁉』


『……いや〜こういうの気になってさ〜近くで見ても超美形なのに勿体ないっていうかさ〜』


 何故かフェリクスの身体中に糸屑がいっぱい付いていたので、通り過ぎる間に反射的に両手で絡げ取ったのだが言い訳がましくなってしまう。


 私とシリウスが通り過ぎた後フェリクスがつんのめるように、ゆっくりと倒れていった事には気付かなかった。




 皆が戦闘に集中しているからか、石舞台前には護衛する者さえもいなかった。


 私がエルブさんの前に行くと目が合った。どうやら意識はしっかりしているようで安心した。


 本来、吸血族は夜行性なのだがエルブさんは昼間でも変わらず動ける強い個体なのだと、長老猫さんに聞いていたとおりだった。私を見ると眼光が鋭くなる。


 シリウスがクラルスさんの前に行く。クラルスさんは捕まった時にかなり抵抗したのか怪我をしているようで、うずくまったまま肩で息をしている。




『一、二の三!』


 シリウスと目を合わせ、カウントすると同時に結界を解く。結界は幾万もの、どこか透明感のある蝶と金砂に変化すると一気に吹き込んで来た風に乗って舞い上がっていく。


 その瞬間、結界が破れた時に発動するようにしていたのか石舞台そのものが爆発した。


 私とシリウスには物理攻撃は効く。一気に吹き飛ばされてしまい、すかさずシリウスがシッポを私の足首に巻き付けてきたが一緒に飛ばされてしまった。


 視界の隅にエルブさんがクラルスさんに飛び付くように抱き上げると、そのまま草藪に飛び込み隠れたのにホッとする。






 隊長達はポンとシリウスを追いかけたくてもオークやオーガ、ゴブリン達の攻撃に身動きが取れなかった。


 古竜様がポンを追いかけるように飛び上がっていくのを横目に、さらに勢いよく剣を振るいながら魔法陣を組み上げていく。早くポン殿を追いかけねば!




『飛ばされた〜~⁉』


『ポンや~今いくでな~』




「古竜様が向かわれた!」


 すぐさま長老猫は隊長達に声をかけると、少し安心してエルブの元へと急いだ。




 古竜お爺ちゃんが弾丸のように飛んで来ると、すくい上げるようにキャッチしてくれた。


『お爺ちゃん! ありがとう〜』


『ロケット花火の気分〜』


 お爺ちゃんと一緒に石舞台の有った場所に戻ると、まだ戦いが続いていた。しかし、ウェアウルフ達は洗脳が解けたのか全員が呆然と坐り込んでいる。




 長老猫に伴われて出て来たエルブさんは、腕にしっかりとクラルスさんを抱いていた。


 エルブさんが全てはフェリクスの独断の命令だった事を伝え、戦いはようやく沈静化したのだった。




「………あれっ? フェリクスは⁉」


 その場にいる全員が辺りを見回した。


「魔導師達も居ない!」


「お爺ちゃん! ここから飛び立てる? 自治領が心配なの」


「まかしておけ、早う乗るがよい」


「私達も御一緒しても宜しいですか?」


 エルブさんがクラルスさんを抱いたまま前に進み出る。


「……そうですね、自治領にはアウレアさんも居ます。一緒に行きましょう」




 今は一刻も早く自治領に戻りたいため古竜お爺ちゃんの背中には私とシリウスに雷電隊とニクスさんとアピスちゃん、長老猫さんとヴェア兄さんにエルブさんとクラルスさんが乗った。


 駆け寄ろうとするリザードマンとアラクネさん達を残し、お爺ちゃんが飛び立つとグングンとスピードを上げていく。ごめんね! 必ず戻ってくるからね。


「「「「「古竜様〜~~」」」」」リザードマン達の声がいつまでも聞こえるようだった。






「あの……エルブさんは空腹は大丈夫ですか?」


「……かなり渇いてはいます………が、まだ大丈夫です………」


 エルブさんは眉間にシワを寄せると気不味そうにしている。


「良かったら……これ、どうぞ」


 事前に長老猫さんに確認していたのだが、吸血族は血に渇き過ぎると理性を失う事もあるらしい。


 そして異世界勇者の血は一滴でも超回復力があるそうだ。そのままというのも、どうかと思い水に入れた物を用意しておいたのだ。


 クラルスさんにも特大ローストビーフサンドを渡す。


 二人は躊躇する事もなく口にすると目を見開いた。


「……なんという……… 一瞬で回復いたしました!」


 クラルスさんも一口食べる度に、見る間に傷が消えていく。


「あ、あの………」


 エルブさんがますます、気不味そうに私の目を見つめてきたので微笑む。


「話しは後でゆっくりしましょう」


「…はい……」


 私達は自治領側に目をこらした。




 さすが古竜お爺ちゃんのスピードだ。私達が徒歩で魔族領内を進んだ時とは大違いで、あっという間に自治領が見えて来た。


 初めて、お爺ちゃんの背に乗せられ飛んだ時は、生きているのが不思議な位の衝撃だった。


 余りのスピードに、もう髪の毛どころか皮膚も何もかもが飛ばされて骨だけになっているんじゃないかとさえ思ったものだ。


 動こうにも風圧と恐怖に、しばらくは動く事もままならなかった。さすがにそれからは、お爺ちゃんが徐々にシールドを張っていってくれるようになった。今では慣れたのもあり、まるで自転車に乗っている位の感覚なのがありがたい。


 遠目にも既に戦いが起こっているのが分かる。


「戦局が落ち着くまではポン殿達は古竜様と共に待機していてください」


 私とシリウスが頷くと、エルブさんとクラルスさんと共に待機する。




 隊長さん達が次々にダイブしていく。既に全員ダイビングは慣れたものだった。


 残った私達は下を覗き込んだ。







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