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骸骨博士

 骸骨博士と言われるだけあって、辛うじて薄紙のような皮膚が張り付き長い白髪には所々に汚れが目立つ。しかし落ちくぼんだ眼窩からは何故か知性を感じた。


 かつては深紅だったのだろうか………くすんだ赤いマントの胸元を、大きな緑色の宝石で閉じている。ほつれの目立つマントから覗く枯木のような手には、乳白色のいびつな石を嵌め込んだ杖が握られていた。




『骸骨博士って?』


『……今の国々が出来るより以前、魔国と呼ばれ栄えていた国があったのじゃが……一晩で消えてしまったそうじゃ。その古の失われた魔法を探し集め、研究して今の魔法の基礎を築いたのが骸骨博士じゃ。魔法を使えぬ者ですら、この異名は聞いた事があるじゃろう伝説の魔導師様じゃよ……』


『て、事は……めちゃ強?』


『隠れられて数百年……我らがどれ程、先に進めたか………』


 魔法を多少なりとも勉強した者にとって骸骨博士は偉大な教師であり尊敬する先駆者であり、時に苦労したり悩んだ課題を思い起こさせる存在でもあったとか。




「……不本意じゃったが参った…………」


 まるで空気を振動させているような低く掠れたような声が聞こえた。


「……ホォゥホゥ、召喚術は今も使われておるようじゃな………」


 見るともなく私とシリウスに向けて、窪んで瞳は見えないのだが何故か眼光が刺さるように感じた。誰も声一つ出さない。




「………では………手始めに」


 杖の先の石が光るや、無数のファイヤーボールが飛んで来た。


 しかし、ことごとく隊長さんが雷魔法で粉砕してしまう。


「……なかなかじゃな………では、これは」


 再び石が光り轟と共に大波が押し寄せて来たが、いつの間にか樹上より降りて来ていた長老猫さんが炎によって蒸発させてしまった。


 骸骨博士は続けざまに、ファイヤーアローに竜巻、雷を出してくるが全て、隊長さんや長老猫さん、ニクスさんが相殺してしまう。


 さらに私が見た事のない魔法が幾つも無詠唱で繰り出されるが、やはり相殺されてしまい気不味い空気が流れていく。


 一見こちらのほうがことごとく術を破っていくので、有利に見えるが精神的には疲弊していた。


 例えるなら、歴史上の偉大な賢人にあって、今では教科書に乗っている技の数々を、編み出した本人が披露してくれている。さらに術で破っていくのだが、どこか試験のようにも答え合わせのようにも見える……悲しいような寂しいような、それとも喜ぶべきなのか……




「……さすが骸骨博士です………教科書通りの完璧な術です…………………」


「まことに申し上げにくいのですが……既に対抗魔術が確立されております……」


「……ああ、なんと、なんと…………………………………」


 実に気不味そうに皆が皆、視線を外し何度も口を開きかけては閉じている。


 今、使われている魔法の礎を作られた偉大な祖であり伝説の魔導師。だからこそ数百年もの間に研究されてきたのだ。され尽くしたと言ってもよいだろう。




 骨に薄膜が張っただけのような骸骨博士の顔は、どこか楽しそうだった。


「……では………シリウスよ、我が命令に従え」


 乳白色の石が燦然と輝く。幾つもの魔法陣が浮かび上がった。しかし、シリウスはピクリとも動かない。


「シリウスよ! 我が命令に従うのじゃ!」




「……エッと〜服従魔法の対抗策もあって〜」


 シリウスはヒゲを震わせた。これ程に気不味そうな姿は見た事がない。


「今では、術にかからぬように大抵の者が隠し名を持っておりますのじゃ……」長老猫さんが後を続けてくれた。


「……………………………」


 何と言えば良いのか、何を言えば良いのか痛いような静寂だった。皆、心と頭の中は目まぐるしく動いているというのに。


 それにしても流れるような無駄のない動きに、詠唱すらなく術を組み上げていく様は美しいとさえいえた。




 唐突に鈴を転がすような笑いが骸骨博士から聞こえてきて、皆が一斉に見つめた。


「……よい、よい………これだけでも無理やり目覚めさせられたかいがあったと言うものじゃ………全ては始まりであり終わりであり、即ち進化なのじゃ………」


「……目覚めさせられたのも、この時の為だったやもな………受け取ってくれぬか……」


 骸骨博士が杖を振ると、隊長さんとニクスさんに魔力が飛んでくると胸元に吸い込まれていった。何だか二人の魔力が上がったようだった。


「わしの杖の石と胸元の石を同時に割ってはくれぬか? さすれば次の旅に出られるじゃろうて……………」




「「……御逢い出来た事、感謝いたします!」」


 隊長さんとニクスさんが一礼する。


 二人は目配せすると同時に雷魔法を骸骨博士の杖と胸元の石に撃ち込んだ。


 まるで骸骨博士の人となりかのように、石は静かに砕けて霧散していった。後に控えていたスケルトン達を残し、火花が消えるように静かに闇に溶けていくと消えてしまった。


 隊長さんがさらに風魔法を興すと、全ての痕跡を吹き飛ばしていってしまう。再び木立の上からは、光りが差し込み始め青空が覗いた。


「せめて灰だけでも!」ボスコさんが手を伸ばす。


「いや……灰すら利用出来ないように………何より自由に旅立って頂きたい……」


 皆それまで息を詰めていたのか、ため息をつくと一礼した。




「……まさか偉大な魔導師の眠りを妨げるとは………許せんな!」


「不本意だって言ってましたものね……」


「……術の一つ一つが美しかった……」


「……なんか………かっこいい…………」






 モニター前では多少なりとも魔法を使える者は皆一様に固唾を呑んでいた。元魔法国副総帥は自分でもよく分からない涙が、ただとめどもなく溢れてしかたなかった。






 皆、毒気が抜けたように呆けていたが、そんな感慨などオークやオーガは気にもかけずに再び突進して来る。


 隊長さんが一つため息を付くと、すぐさま魔法陣を出し雷魔法を落とした。


 シリウスが珍しく少し怒ったような表情だった。




「偉大な先達へのリスペクトを込めて〜! 骸骨からの〜」


 そう言うや地面や木立から無数のゾンビが浮き上がって来た。と言っても、ただの映像なんだけどね。


 しかし初めて見たのだろうか? オークもオーガもゴブリンも全ての敵が悲鳴を上げると逃げ出してしまった。


 スケルトン達ですら蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、何体かは髑髏を落として行ってしまった。


「……エッ? 頭が無くても走れるの?」


「おお〜い! 忘れものだよ~!」


 シリウスが大声で呼びかけたが戻って来そうにない。


「……さすがに素手で触るのはね……」


 私は近くにあった小枝を取ると茂みに落ちた髑髏の眼孔に枝を突き入れて持ち上げようかと思ったけど、痛そうかと思いなおした。もう一本小枝を拾うと、二本の枝でバランスを取りなががら転がしていく事にした。


「「「ひっ!」」」


 ボスコさん達の声に振り返ると、ただ首を降っている。気にしない事にして、分かり易いひらけた所に運んで置いた。


 シリウスも小枝で幾つも転がして来て隣に置いている。スケルトンって、うっかりさんが多いのかな?




「それにしても、ゾンビか〜」


 映画で見たであろうシーンを思い出してシリウスとハイタッチていた位だったのに、皆の青ざめた様子に驚いた。


 雷電隊とニクスさんは真っ青になりながらも、何とか踏みとどまっているようだ。


 アラクネさんは木の後で震えていた。そんなに怖かったの? 見慣れてるかと思っていたのに。


 長老猫さんとヴェア兄さんは怖がってはいないが、首を傾げている。


「あれっ………やり過ぎちゃった?」




「……エッ? 踊らないの?」


 アピスちゃんは怖がるどころか、いそいそとニクスさんの懐から出て来ると消えていくゾンビの姿を追いかけようとした。


 おっ、アピスちゃん復活〜てか懐に入れたまま戦闘してたのも凄いな。


「……踊る方だと、なごんじゃうかと思ってさ〜後で、また見せるからね?」


「私も見たかったし」


「次にやるダンスの候補なんだよね~」


「あの曲なら群舞はスケルトンさんに参加して欲しいよね~」


「……そっか〜うん! 後で交渉してみようっと」


 私は妙に静かな隊長さん達の顔をうかがった……脱線しやすくて、なんかすみません。


 何故かヴェア兄さんと長老猫さんは憮然とした表情をしている。




「……あの、ただの映像というか幻影なので大丈夫ですよ?」


「……そうだとは思いましたが………」


「……い、異世界には、あんなに恐ろしい物がいるのですか?」


「いないです! 想像の産物で……本当にいたら嫌だなっていうか……」なんか気不味い。


「あの……怖い思いとかもエネルギーを消耗するので、甘い物や温かい物を飲んでください」


 私は皆にトリュフミルクチョコレートを渡していった。






 モニター前では、見ていた者はシリウスの出した映像だと分かった後も、ゾンビの姿に震えあがり後々まで夢に見る程だったという。


 厨房班と医療班が手分けして皆に飴やチョコレートを配って行ったおかげで、その場は何とか平静を取り戻したのだった。









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