避けられない出会いって……
「この先の平原を越えると石舞台のある森に入るのじゃが……」
長老猫さんが立ち止まると草藪から前方を見つめた。
「……では古竜様には、ここでドラゴン達を引き付けて頂いて何かあった時は宜しくお願い致します」
「状況は念話で伝えるから待っていてね」
つまらなそうにため息をついているお爺ちゃんの為に、キスルンルン飴を多めに補充しておいた。
平原と森の際に古竜お爺ちゃんを残し、そのまま森の中に踏み込んだ。
『ポンは前々から伝えてあるように決して戦闘には加わるでないぞ?』
『はい! 大丈夫です……そもそも格闘ゲームさえやった事ないし、私には無理だと思います』
『大丈夫! 僕達がついてるんだからね~』
『巻き込まれない事だけ注意してろ』
シリウスも長老猫さんもヴェア兄さんも、私が食事や生活必需品以外にも魔法が使える事は隠せるだけ隠しておいた方がよいと考えていたのだ。
過ぎたもの理解出来ないものへの恐怖は時に、神のように崇められるか悪魔のように排除しようとするか……私が望む、のんびり異世界生活のための配慮だった。
先頭をヴェア兄さんが足音をたてずに進んで行く。
長老猫さんが頭上の木から木へと軽々と飛びながら移動して行くのを、シリウスが目をキラキラさせながら何度も見ている。私も音を立てないようについて行く。
雷電隊とニクスさんが左右に注意しながら……しんがりは隊長さんだ。
静寂はあっという間に乱され幾つもの足音と共に右側の草叢からゴブリンの一団が突進して来て、避けようとしたが岩に阻まれてしまった。
「その岩はゴーレムじゃ!」
長老猫さんが樹上から大声を張り上げてくれたおかげで、何とか避けることが出来た。
ゴーレムは土を巻き上げながら、ゆっくりと立ち上がってくる。体のあちこちに苔が見える人型をした灰色の大岩のような姿だった。
立ち上がると五メートル程の高さがあるかもしれない。太い腕を上げると打ち据えてきた。風圧だけで身体が飛ばされてしまいそうになったが、ヴェア兄さんが支えてくれた。
二撃目が来ると身構えた瞬間、ゴーレムの上に魔法陣が浮かぶや雷が炸裂すると砕け散ってしまう。
隊長さんの魔法だった。
バラバラと上から降ってくる砕けた岩を避けると、拳大の赤い宝石の付いた岩が横をかすめ落ちて来た。
「おっ! うまい具合いに魔石が落ちてきたぞ。しまっておけ」
ヴェア兄さんがシッポで岩をはたき落としていきながら、後ろ脚で赤い石を私の方に押しやった。
「魔石?」
私は言われるままに拾うと、アイテムボックスにしまった。
ゴーレムの残骸を避けながらゴブリンが突っ込んで来たが、コルスさんとラソンさんがすかさず斬りかかる。
しかしオークの二の舞いにはならなかった。斬撃こそピカピカとスパークしているようで、電気を纏っているが刀背打ちなのかゴブリン達が気を失って倒れていく。
言わなくても無益な殺生を避けてくれたようだ。
ボスコさんも電気をおびた槍の棒部分で何体も一度に昏倒させてしまう。さすが三人だけでオークを倒すだけの事はある。
前方があくと走り進んで行く。進む程にゴーレムが現れるが隊長さんとニクスさんが魔法で砕いてしまい、走るスピードは緩む事がない。
砕かれたゴーレムの岩の間からホーンラビットとスライムが飛んで来た。
ホーンラビットは真っ白な毛がフワフワで黄色い角が可愛いのだが、赤い目で睨みつけて角で一突きにしようと突進して来る。当たったら足に穴が空きそうだ。
ボスコさんが槍の中心を持ち両腕で回転させる、さながら車輪のようでホーンラビットは弾かれては倒れていく。
しかしスライムは引っ付くと潰れて、まとわりつくため武器に当たらないように避けるしかないらしい。
「アラクネが何体も来る!」
樹上から魔法でスライムを弾いていた長老猫さんが叫んだ。
見た目はどちらも可愛いのだが小さく雷電隊は戦いにくそうだったのに、更に木の間から蜘蛛の糸が弾丸のように飛んで来くるのだ。
すかさずヴェア兄さんが迎え撃つため木立に入って行ったが、糸は反対側からも飛んで来ては行くてを阻むように木に命中していく。
「微力ながらお手伝いに参りました~」
聞き覚えのある声がした。あの、お尻に星の柄の有るアラクネさんがワサワサと走って来ると、今にも私目掛けて飛んで来る糸を自分の糸で弾き飛ばしてくれた。
「アラクネさん! ありがとう〜」
アラクネさんがスライムが飛んで来る方の木立に巣を網のようにかけてくれた。図案など気にせず作るぶんにはアラクネの中でも一二を争う早さだそうだ。
何とかフェリクス側のアラクネの糸を避けながら先に進むが、オークとオーガまでがやって来たのだ。
ボスコさん達が倒した部族とは別だったのか、多勢に無勢とばかりこちらを簡単に倒せると思っているようだった。
もうフェリクスは総当たり攻撃のつもりなのだろうか?
瞬く間に隊長さんが上空に魔法陣を浮かび上がらせるとオーガの上に雷を幾筋も落とす。
ニクスさんがファイヤーボールをオークに浴びせていく。
コルスさんとラソンさんも阿吽の呼吸で縦横無尽に剣を閃かせる。
ヴェア兄さんはすっかり全身を緑にした武装色で片っ端から噛み付いている。
長老猫さんは樹上から、シリウスも雷魔法を飛ばしている。
ボスコさんは槍を突き、跳ね上げ、回転させたりと一本の棒が、まるで生き物のようにうねって見えた………しかし唐突に動かなくなった。
視線の先には戦いに巻き込まれたのか、木を背にして数匹のネズミの魔獣が居るのに気がついた。
どうやら一匹を中心に守っているようだったが、魔術の煽りを食らって吹き飛ばされて、あっという間に中心に居た一匹だけになってしまった。
その一匹もすぐに倒れてしまった。
ボスコさんはおもむろにシールドをはると側に駆け寄り、手を差し出した。
「お手にどうぞ姫!」
ボスコはルーチェもアピスも可愛いとは思っていたが、ファンクラブの連中の騒ぎ方は理解出来なかった。しかし今、初めて理解した。
掌に収まる程の真っ白い体に黒い大きな瞳、フサフサした長いシッポ。
恐る恐る掌に乗ってくれた。なんという愛らしさか……
私はボスコさんが心配になり何とか側に行くと掌の中を覗き込んだ。
「ああ……フワフワで可愛いですね~ネズミの魔獣ですか? なんだかモルモットサイズのハムスターみたいですね~」
やはりポン殿の言う事はよく分からない。ボスコに分かるのは、この世には避けられない出会いがあるのだという事だけだった。
オークにオーガ、ゴブリンにゴーレムが暴れまわり魔法が炸裂して稲光と共に落雷に似た音が響き渡っていた。
私をかばうように立ちながらシリウスが魔法を操っていたが突如、一瞬にして辺りが静寂に包まれると思わず敵も味方も、じっと耳をすませた。
それまで樹上には、かろうじて青空が覗いていたが黒い雲が渦巻き昼なのか夜なのかも、分からない程に辺りは暗くなった。
隊長さんが魔法で光を打ち上げてくれて、ようやく辺りが見えるようになった。
後ろに何体ものスケルトンを従え、真っ黒い木立から地面を擦るほど長いマントを羽織った骸骨と見誤りそうな者が、ゆっくりと出て来た。
「……ま、まさか骸骨博士⁉」
『数百年は噂を聞かなんだ……既になき者と思っていたのじゃが……』念話からも長老猫さんの声が震えているのが分かった。
「……終わった………」
誰ともなくつぶやく声が聞こえた。




