リザードマン
休憩を終えて出立の準備をしていると、いきなりヴェア兄さんが身構え低く唸りだした。隊長さん達も散開して武器に手を当て身構える。
草藪を揺らしながら、ゆっくりと出て来たのは三体のリザードマンだった。顔の前に両腕を組んで掲げている。
『何だ……戦うつもりじゃないのか………』
ヴェア兄さんは緊張を解くと『あれはリザードマンの服従の姿勢だ』と教えてくれた。
『ウワッ~デッカイ、トカゲ〜』
『……てか、二足歩行のワニ?』
「……グホッ………ワニとは?」ヴェア兄さんは笑いを堪らえようとして、変な声が出た。
さすがに長老猫さんは表情にほとんど出ていないけど、ヒゲが震えている。
ヴェア兄さんの落ち着いた様子に雷電隊も少し緊張を緩めた。
三体のリザードマンは押し合いへし合いしながら、おずおずと古竜お爺ちゃんの前に近寄ると膝をつき組んだ両腕を頭の前に掲げたまま、頭を地につけんばかりに平伏した。
「御初に御目にかかります。本日は古竜様に御願いに参上いたしました……」
お爺ちゃんは、まるで聞こえていないのか興味がないのか一瞥すらしない。
『お爺ちゃん……聞く位はいいじゃない?』
お爺ちゃんは一つため息をつくとリザードマン達に目をやった。
「ど、どうか我らリザードマンを古竜様の末席に置いては頂けないでしょうか?」
『………鯉の滝のぼりだっけ? なんか急に思い出しちゃった………』シリウスが耳をピクつかせている。
『……ああ~滝を登りきったら龍になれるって話だよね? よくそんなの知ってたね……』リザードマンは竜に憧れているのかな?
『異世界には、そんな話があるのか?』
ヴェア兄さんは長老猫さんと私を隠すように体を伏せてくれている。
「もう、エルブ殿下の命令にはついていけません! どうか我らをドラゴンの末席に……御願いいたします!」
「あれっ? 待って………エルブさんの命令って?」
私の声に驚いて、リザードマン達が顔を上げた。それでも古竜お爺ちゃんから目は離さなかった。
「……王城の封鎖や魔法国への進軍に異世界召喚者の捕縛などです……そればかりか事もあろうに古竜様に敵対するなどと言い出し……かねてより信仰の対象でさえある古竜様に刃向かうなど恐れ多い事を……」
「エルブさん本人が言ったの?」
「いえ……侍従のフェリクスが殿下からの命令だと……」
リザードマン達は、ようやく気付いたのか私の方を振り返った。立ち上がっていてもヴェア兄さんの体から頭位しか見えないんだけどね。
どうやら古竜お爺ちゃんしか目に入っていなかったらしい。
「今……エルブさんとウェアウルフの姫のクラルスさんはフェリクスに拘束されています」
「……そんなバカな⁉ それでは我々はいったい、なんのために……あっ………」
それでも腑に落ちる事があったのか、リザードマン達は悔しそうに首を振って項垂れてしまった。
リザードマン達は何とか気持ちを立て直すと、私の方へ視線を向けた。
「……し、失礼ですが貴女様は?」
「捕縛命令の出ているという異世界召喚者じゃ」
長老猫さんが前に進み出ると、リザードマン達は身を寄せ合う。ケットシーに気付いていなかったらしい……余程、緊張していたのだろうか。
「捕まえてみます?」
リザードマン達は狼狽えて後退ると初めてニクスさんにも気がついた。さらに後退ると雷電隊の面々に気がつき、とうとう尻もちをついてしまった。
ニクスさんの懐からアピスちゃんが顔を覗かせると顔の鱗の色が濃くなり、さらに息を呑んでいる。さすがアピスちゃんの可愛さは種族を問わないようだ。
百聞は一見にしかず。エルブさんを解放すれば一気に解決しそうなんじゃない? 明日はお弁当を持って遊びに来るからね~
「それで理解できました……これ程、多くの種族が攻撃してくるのが」隊長さんが私の前にやって来た。
「洗脳とかでなくて良かったですね……エルブさんとクラルスさんを解放すれば、きっと話は通じますよ!」
「状況は分かった……古竜様も後から向かうゆえ、先に群れに戻り伝えてくれるか? 途中、他の種族にも伝えられるようなら頼みたいのじゃが」
長老猫さんがそう言うと「ウムっ」と古竜お爺ちゃんも言った事で、リザードマン達は安心して戻る事になった。お爺ちゃんは私にドヤ顔してみせる。
「……あれっ?」
古竜お爺ちゃんに深々とお辞儀して、直ぐに向かおうとするリザードマンの背中の突起部分に膜のような物が引っ掛っているので何気に取ってやる。
先程から背骨に沿ってはえている鱗が光りの加減で色んな色に見えて綺麗だったので、よけいに気になったのだ。
「やっ⁉ これはお恥ずかしい取り切れておりませなんだか……本来なら、まだ脱皮の時期ではないのですが心労からか早まりまして」
「リザードマンさんも脱皮するんですか? じゃあ今けっこう体力が落ちているのでは?」
「やっ、これはよく御存知で……さすが異世界召喚者様です!」
「リザードマンさんは普段は何を食べられるんですか?」
「やっ、我々はなんでも食べれますが……特に皆、甘い果実が好きですね」
見た目の印象と違って意外と草食なのね。
「良かったら、これどうぞ。歩きながらでも食べれると思います」
私はフルーツ盛り合わせのクレープを出して渡し、リザードマン達を見送った。ちなみに紙だとゴミになってしまうので、堅焼きワッフルをケース代わりにして中にクレープを差し込んだ物だ。
姿が見えなくなっても「やっ……なんと美味な!」
「この白いものが、たまらんの〜」
「この果実も初めて食べた〜」と聞こえてくる、気にいって良かった。
「……なんか、さっきの反応だと……お爺ちゃんの魔力とかオーラの強さで、私達には気付きにくいみたいですね?」
「そうですね……逆に、これだけ閉じておられても溢れておられます」
「じゃあ、お爺ちゃんにはひらけた場所で魔族を引き付けてもらえたら……こっそりエルブさんの元に行けますかね?」
「わしだけ留守番はイヤじゃ〜」
「……お爺ちゃん、終わったら飲み会だよ?」
「……ムッム〜酒か………なら早いこと終わらせようかの〜」
「それにドラゴンの相手は、お爺ちゃんじゃないと無理だよね~」
「……あと魔法で操られていたり嘘の命令で動いているだけみたいだし、出来るだけ命までは取らないでね。皆めちゃ強だから大丈夫でしょう?」
「「「「「了解致しました!」」」」」
「そうだよね~お隣さんだしね~」
「しかたないの〜こうなったら、さっさと終わらせて飲み会じゃからな〜」




