かねてより出してみたかったんです
古竜お爺ちゃんは私達が到着するまで退屈しのぎに今日の、おやつの話を念話でしてくる。
『……今日は初めての物を出そうかと………気に入るといいんだけど〜』
異世界に来て村でも王都でも食事をしたのだが概ね、あっさりとした味付けだった。獣人国の醤油もクセのない、よくいえば使いやすい味で、控えめな使い方ばかりだった。
こうみえて、けっこう皆に出す料理には気を使ってきたのだ。
こちらの味付けの進化系というか、大きく違わないようなメニューを出してきた。徐々に慣れていってもらうために、例えば醤油なら照り焼きやステーキソースに、お米ならライスコロッケやプディング、サラダのトッピングにしたりだ。
自分の好きな料理を嫌わないで欲しいというか……要は様子見をしていたのだ。
でも先程の血臭が、まだ鼻に残っている気がする。この残留しているものを吹き飛ばす位という事で、もう出しちゃいます。私が今、食べたいというのもある。けど今ならどさくさに紛れていけるんじゃないかな~
お爺ちゃんは草原を抜けた岩場の陰に座っていた、ちょっとうとうとしてたみたい。
『お爺ちゃん! おまたせ~さっそく出しますね』
私の日曜日のブランチメニューの一つ、ナンにキーマカレーを塗りピザ用チーズをたっぷり乗せて焼いた物を出す。色とか分からないようにチーズ増しましですよ~
『……アッ⁉ ついに出したんだ〜前はよく食べてたものね……僕も食べるのは初めてだよ〜』シリウスは鼻をクンクンさせている。こっそり食べるには残り香がね~
『おお〜なんと豊かな香り!』
『……これは……スパイスですか? それも何種類も入っているような……』
『ウワッ! か、辛い! だが美味い!』
『不思議な味と香りなのに……あとを引く……』
『……これはクセになる!』
『………これ、いい!』
やったね! ありがとうございます〜思わずガッツポーズをしてしまう。
長老猫さんとシリウスの口の周りの白い毛が黄色く染まっているけど……うん、そのうち色は抜けるだろう。幸いヴェア兄さんは元々の色と、あまり変わらないので目立たない。
追加でヨーグルトシェイクも出し、目を覚ましたアピスちゃんのために苺のクレープも出す。お爺ちゃんには抹茶のアイスに小豆と栗の甘煮のクレープにする。
アピスちゃんはニクスさんの懐の中で、そのまま生クリームとバニラアイス入りの苺クレープを食べ出した。しばらくは離れられないかも……食べれただけで、よしとしよう。うん。
小ちゃい手で持つと普通サイズのクレープも大きく見えますよ、可愛いさに癒やされますねぇ。
その頃モニター前には張り付くようにして、ローザとアウレアとメモを持った料理人達が食い入るように見つめていた。
思いの外、時間がかかってしまった。エルブさんクラルスさん、もう少し待っていてね。
隊長はポンの元へと向かいながらも考え込んでいた。サキュバス対策をどうするか……苦手な物程、来そうだと思ったのだ。
彼にとって種族も個体の大きさも問題ではなかった。ひとえに性別のみが超えるに越えられないものだった。
女性は敬い、いたわり守る者と幼い頃より思ってきた。しかし任務によっては、そうした信条にも反する事も度々あったためか……まるで深淵を覗き込んでいるようで結局、苦手意識だけが強く根付いてしまった。
人族程に性別を気にする種族は少ない。
自分でも馴れなければと思っているし武人として、技をどれ程に磨こうとも一人前とはいえないと思っている。
己の目と耳を潰すか? いや……例え霊薬ですぐに治せるとはいえ多分、後で怒られそうな気がする。やはり、ここは無難にシールドにしておくか……この発想からして、既にずれていると言う事を知らなかった。
そんなこんなで気が散っていた為か、一瞬だがオーガの大群に気づくのが遅れた。
ぱっと見ただけでも百は下らない数に囲まれていた。
その瞬間、思わず満面の笑みがもれた……オーガならば楽勝だ! フェリクスも意外と甘いようだ。
リラックスし微笑をたたえたまま剣を一薙ぎした。軽い一太刀でさえ難なく二体の首が呆気なく飛んでいく……まるで雷を纏っているような眩い光芒の剣筋だけ見ても鬼神のようだが、笑顔なのがどうにも怖かった。
オーガの赤子程に小さい身体ながら何故か弱者とは到底、思えなかったのだ。オーガ達は我知らず後退ってしまった。本能的に底知れぬ恐ろしさを感じたのだ。
人族など赤子の手をひねるよりも簡単に倒せると聞いていたのに、話とあまりにも違い過ぎる……本来の命令は、このまま元魔法国に向かい亡ぼすはずだった。
だが、人族、恐い! 無理! 何で笑っているのか恐い!
圧倒的に数では勝っているはずのオーガ達だったが上空に魔法陣が現れると戦慄した。軽々と何体も斬り伏せていく間、いつの間に詠唱していたというのか………早々に心折れた。
その日オーガは懸命にも大半の者が逃げた。
少なくともオークよりは賢い判断だったと後に語り、オーガとオークの間に軋轢が生まれたとか。人族、最強伝説の始まりだった。
後は発動させるだけという所で一斉にオーガ達が逃げ出してしまい、一つため息を付くと解除する。
早くかたを付けたくて大きめに設定していたのが仇になったか? 起動よりも解除の方が手間がかかるように思うのだが………起動を停止させた状態で、どの位の間もつものだろうか?
目の前の草叢が音をたてて揺れ、地響きとともにとオーガ達が血相を変えて飛び出して来た。
しかし古竜お爺ちゃんの姿を見るや悲鳴を上げると、散り散りに逃げ惑っていく。何があったんだか?
さすがオーガだ赤鬼、青鬼に黄鬼と大きな身体に角もある、いかにも大きく強そうな見た目だが……悲鳴は意外とかわいい声だった。
何十頭もいる大きな群れだろうに怯え過ぎではないかと不思議に思ったが、あまりのパニックぶりにただ黙って見送るしかできない。
何だか気の毒で、とてもじゃないが追い打ちなどかけれない。
『なんか……余程、恐い思いをしたんですかね?』
『あんなに怯えたオーガを見るのは初めてじゃな〜』
『お化けでも出たのかな~?』
『………左の方に行った先の川に隊長が居るぞ……』
少し先行しながら走るヴェア兄さんが念話で知らせてくれたので、皆で川に向かって走って行く。
藪や木立ちを抜けると川に出た。隊長さんは片膝をついて顔を洗っているようだった。
「皆、無事なようですね」隊長さんは私達が近付くより先に立ち上がると軽く会釈してくれた。
「お怪我はありませんか?」血まみれの隊長さんに駆け寄る。
「……ありません………これは、その……」まだ身体にべっとりと血が見えた。
「オーガだよね~」シリウスがにこやかに頷くと、隊長さんがホッと息をついた。
「小腹がすいたんじゃないですか? 今おやつを出しますね」
『シリウス、洗うの手伝ってあげて?』
私がカレーナンやラテを出している間にボスコさん達にしたように、魔法で全身を洗って乾かしてもらう。
魔法を使うのは本来持っている魔力だけでなく、最後は気力と体力勝負なのだと聞いた。こまめに休憩を入れた方が回復も早い。
まさか先程のオーガ達が恐がっていたのは隊長さんかな? これは聞かない方がいい気がする……
モニター前の雷電隊の面々は誇らしげに胸を張っていたが、獣人とエルフ達は思わず固唾を飲んでいた……思っていたよりも人族は凶暴なのかもしれない。
元魔法国副総帥は呆然とモニターを凝視していた……この大陸で最も弱い人族だからこそキメラ研究が行われていたのだ。
だが目の前の光景に最弱などとは、とても言えない。あのオーガがあれ程に怯えるとは。
隊長は、ポンが何も言わず黙って食事を出してくれた事が有りがたかった。ボスコ達も全身、返り血にまみれていたが何も言われなかったらしい。
食事をしながら皆の状況報告を聞きながら、心が軽くなっていくのを感じた。
表情から思う事がない訳ではない……それでも何も言わないでくれた。
「……カレーナンというのは……美味しいですね……香りが鼻を突き抜けていって、なんだか頭がスッキリしたような気がします」
「カレーって身体にいいってテレビで言ってたしね~」
「良かった~見た目が大丈夫か心配だったんですよね」
私はカレーの好感触に内心バンザイした。これで、いつでもカレーが食べれますよ~
「……本当に異世界は豊かな所なのですね………」
「これからスパイスの採取だけでなく栽培や研究とか忙しくなりますよ! 明日は、お弁当を持って皆でスパイス採取におじゃまさせてもらいましょうよ!」
「……明日?」
「明日です!」
「いいね~お弁当楽しみだね~」
「……明日…………」
「明日か!」
モニターを前に皆が頷き、肩を叩き合い口々に「明日だ!」と気合を入れていた。




