それぞれの戦い 2
当初は魔族の王子からの急な命令に驚いた。今まで一度も呼ばれた事などなかったのだ。
しかし気乗りしない事とはいえ断わる理由にもいかないと、はるばる海から参じたかいはあった。
普段、相手にしている水夫達とは比べ物にならない美丈夫に、セイレンーン達のテンションは嫌でも上がってゆき得意満面で歌い続ける。
隊長は微動だにさえしなかった。
「……なんて良い男なの……」
「エルフにも引けをとらないわねぇ」
「本当に美味しそうよ~ああ、楽しみだわ~」
「………さっきから、ちっとも動かないわね?」
「……もしや目を開けたまま気絶しているのかも…うふふっ……」
「美しいけれど、ウブそうだものね~」セイレンーン達はクスクスと笑いながら歌いやめると、身を乗り出して隊長の顔を伺った。
「……御上手なのでしょうが………好みではありませんね」
セイレンーン達は固まった。
「私は金髪よりも黒髪が好きですね……」
セイレーンはポカンと口を開けたり、口の端を引くつかせたりしている。
「それにグラマー過ぎるのも好きではないですね」
一人が舌打ちする。
「背が高いのも好きではないです」
一人は首を傾げて睨みつけている。
「声も……」
「「「「「おい! 全否定か⁉」」」」」その瞬間、美しい顔が一変し、先の尖った牙が並ぶ鮫のような大口を開けると『シャッ〜‼』と威嚇の唸りをあげた。
隊長は片眉を上げると微笑んだ……セイレンーン達が一瞬、怒りを忘れる程の魅力的な微笑だった。
「おかげで、やりやすいです」そう言う間に空中に躍り出ると、最初の一太刀で三体の首をはねると同時に残りの者に電撃を食らわせていた。念のため、とどめを刺しておく。
今までの自分であれば、女性にとどめを刺す事など考えられなかった。しかしポン自治領の今後の事を考え、あえて剣を振るったのだ。
人族を舐められては、これからも増えていく領民が安心して暮らせないだろう……何よりも、ポン殿の負担を増やしたくなかった。
自分でも不思議な程に女性相手の任務が苦ではなくなったようだ。武人として一皮むけたのやもしれん。
「さて、ポン殿は………あちらの方角だな!」隊長は一人、納得すると迷わずポンの元に走って行った。
通常ならばオーク一体に対して兵が五人で当たる。
此方は三人、対してオークは四十匹……
「俺はカツが好きだ……」
「ああ~美味いよな。ベーコンとウィンナーとホットドッグも最高だし」
「エールとだと、今日も頑張ったな~って思うよな~」
「人員も増えたし、これだけ居たら暫くは足りるよな~」
「家への土産にもなるよな~」
「そいつは最高だ!」
ボスコもコルスもラソンも焦りや恐怖はなく、ただオークの群れが自治領への土産にしか見えなくなっていたのだ。今日も飯とエールが美味いだろう!
数でも体格からも、はるかに有利なはずのオーク達だったが何故か後退ってしまったのだった。
ニクスは己の感覚を信じ、ひたすら駆けて行く。木立ちを抜け藪を突っ切り、枝に打ち付けられようが石に躓きそうになろうが、ひたすらに駆けて行く。
走れば走る程アピスの声が聞こえるような気がした。その声に向けてひた走る。
大きな藪を抜けると、少し拓けた草地の上にアピスが目を見開いたまま地面の上に立っていた。
そのままの勢いでアピスの元に向かって行ったが、無意識のうちに少し手間で歩を緩めると跪いた。
アピスに手を差し出したが、ホッとした途端に手が震えそうになる。
「怪我は?」
震えながら、ただ首を横に振るばかりで身体を強張らせたアピスを急いで抱き上げてやる。
「もう大丈夫だ! よし、よし…………よく頑張ったな……」
アピスは震える小さな手でニクスにしがみついた。もう離されないようにとでもいうように爪まで出しているが、ニクスも更に強く抱き締めてやる。
「……こ、こわ、怖かったよ~んっんっんっ〜」
抱き上げられた途端に、せきを切ったように泣きじゃくりだした。アピスは嗚咽するとニクスの胸元に顔を埋めた。
余程、心細かったのだろう。ニクスは懐にアピスを入れると、上から何度も何度も撫でてやった……赤ん坊の頃はこうして移動していたのだ。
ふと気付くと目の前にはピクシードラゴンの群れが居た。アピスに気を取られている間に、どうやら囲まれてしまったようだ。
そういえば………卵のアピスを見つけたのは、この辺りだったか?
「フェリクスめ……余計な事を………」あいつは間違い無く嫌がらせの達人だ。
「……出るんじゃないよ」アピスを撫でながら、そっと囁やいた。
「えっ?」
アピスは思わずニクスの懐から顔を覗かせて、ニクスの顔を見上げた。その瞬間、殺気だっていたピクシードラゴンの群れが有ろうことか、互いに喧嘩を始めてしまったのだ。
もはや命令など関係ない…………この群れは全てが雄だった。
チラリと見えた横顔だけでも可愛らしいアピスに告るための戦いだ、絶対に負けられない。
ピクシードラゴンは一番に告る者が有利だと言われている。
そんな事がニクスに通用しない事は、まだ知らないのだ……ひたすら最後の一匹を目指して戦うのみだった。
ドラゴン達が飛んで行き、ようやく辺りに静けさが戻って来た。
シリウスは急いで身繕いをしている。強風で毛がボサボサになってしまったのだ。
『まだ、そこ跳ねてるよ』ポンのジト目に、シリウスは笑ってごまかす。
『なんか、いっぱいドラゴンが通って行ったよね〜』
『一斉にかかって来られたらひとたまりもなかったの……』
『……お爺ちゃん大丈夫ですかね………』
『……あれ………何だ?』
ヴェア兄さんがじっと見つめている草藪に目をやると、スケルトンが三体いた。
やはり風に煽られてバラバラになっていたのか、慌てて組み上がっていくと私達に向かって威嚇してきた。
「骨だ‼」
たちまちヴェア兄さんが飛び付くと足のすねを咥え、頭を振ってもぎ取ろうとする。せっかく念話で話していたのに唸っているし。
「ヴェア兄さん駄目ですよ! 離してあげてください……ほら、リクエストしていたミルク増し増しの骨型ガムですよ」ヴェア兄さんは名残惜しそうに牙を外すと、私が差し出したガムを咥えると身を伏せて噛り始めた。
スケルトン達は戦意を失い、震えながら三体が寄り添いあう。
「うちの兄さんが失礼しました。クーシーだけに骨に目がなくて……」
「もし良ければ、これどうぞ……カルシュウムがたっぷりです」ケットシー用の骨型ガムを渡してみる。
「先を急いでいるので失礼しますね~」
ヴェア兄さんも半分程食べて気が済んだのか、残りの骨型ガムをクーシー用のサイドバック(オートバイにつけるような)にしまってくれた。
骨型ガムを指先でつまみ持ち呆然と立ちすくんでいるスケルトンを残し、また私達は走り出した。
その頃、モニター前ではケットシーとクーシーが揃ってポシェットから骨型ガムを取り出すと噛り始めた。見たら食べたくなるのは人と同じだ………その姿を兵もエルフも獣人も微笑んで見ていた。




