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それぞれの戦い

 アピスは初めて見る粉雪が舞う光景に、われを忘れて見入っていた。


 小さな手の平をかざすと、雪がひと欠片フワリと乗った。


 普段出される、かき氷とも違う。瞬く間に溶けて消えてしまい、冷たさまではわからなかった。


 ずっと北の国の山には一年中、雪が積もっている場所があるとニクスから聞いた事を思い出した。いつか一緒に見に行こうと言っていたのだ。




 突然、頭を揺さぶられような強い衝撃と共にいきなり空中に投げ出されてしまい慌てて羽ばたいた。


 すぐには何がおこったのかさえ分からない。羽ばたきながら、ぐるりと辺りを見回した。


 そこは見たこともない暗く深い森の中で、側には誰一人として居なかった。霧がまとわりつくように立ち込めてくる。


「……ニクス? どこ?」


 辺りは虫の声ひとつ聞こえない……やけに自分の鼓動だけが大きく聞こえた。


「……ニクス………古竜様? ポンちゃん? シリウス?」


 ただ自分の声だけが聞こえた。何の気配さえも感じ取れないのは初めての事だった。


「ニクス? 居るんでしょう? やだ……やだ………どうしたら…………」


 アピスは手が震え……じきに全身が震え出した。知らぬ間に地面にうずくまっていた。


 しっかりしなきゃと思うのに、立っているのもままならないのだ。自分、一匹だけというのは産まれて初めて経験する事だった。




 ニクスを手助け出来るように、心配させないように強くなりたかった。


 同じように感じていたルーチェちゃんやカー君とは、これから起こるであろう戦闘を想定しての訓練もしてきた。


 それでも今まで、一匹だけになる事は想像すらしなかったのだ。


 ボー兄さんから聞いた数々の心得その一『いかなる時も、まず落ち着く事だよ。落ち着かない時? その時は深呼吸するんだ……』


 アピスは言われていたとおり何度も深呼吸した………ぼんやりしていた視界が少しハッキリして、早鐘のようだった鼓動の音も落ち着いてきた。


『もし…もし万が一だが……はぐれた時は、安全な限りその場を離れずに待っているんだよ? 必ず私が迎えに行くからね』以前に聞いた、ニクスの言葉が繰り返すように何度も頭の中に響く………


「……待っているから……待っているから…おとうたん………」








 コルスとラソンは転移魔法の発動前にむしの知らせか、咄嗟にボスコのベルトを掴んでいた。おかげで三人一緒に着地する事が出来た。


 障壁解除と共に何かしら仕掛けてくるだろう事は、想定済だった。転移魔法なら、まだ優しいとさえいえる。


 直ぐにボスコは状況を分析しだす……此処は拓けた草地で標的になりやすい。


 石舞台の方角ならば分かる。ボスコは、たぐいまれな方向感覚を持っていた。


「……障壁を消すと同時に飛ばすか………とにかく移動するぞ!」身を隠すため、直ぐに草藪を目指して走りだす。


「隊長達は大丈夫ですかね……」


「心配するな! この面子なら……俺達が一番、弱いだろうからな」ボスコはニヤリとした。


 そもそも隊長は魔道士になれる程の魔力の持ち主だった、あの若さで隊長になるのは伊達ではないのだ。ポン殿達に至っては心配する方が失礼に当たるだろう。


「……それもそうですね………んっ? 前方から何か来ます!」


 もう少しで草藪に入るというところで木立ちからオークが現れた。


 オークの群れは嫌な笑いを浮かべながら、ゆっくりと囲い込んできた。


 全部で四十匹近くは居る。手には、それぞれ巨大な棍棒が握られていた。








 ニクスは突如、空中に投げ出されたような感覚があり膝をつくと慌てて周りを見回した。先程まで肩に乗っていた、アピスが何処にも見当たらないのに血の気が引いていく。


 今まで一匹にした事など、ただの一度もない……どんなに過保護だと言われようと、甘やかしていると言われようと構わなかった。


 ポン殿達に出逢ってからは毎日がそれは賑やかで、大勢に囲まれて過ごしてきたのだ。


 特にケットシーのルーチェ殿とは気が合うのか、いつも二匹で笑い転げている。


 ミルト殿やボー殿とは保護者仲間として、お互いに理解しあえ助け合うようにもなった。それだけでも感謝しているのだ。


 大鴉のカー君とも毎日のように大空の散歩に出掛けている。


 ポン殿もシリウス殿も実の妹のように大切にしてくれている。


 古竜様まで可愛がってくれて、兵達にはファンクラブ(よく分からないが異世界では、そういうそうだ)までできて、それは毎日がやかましい位だったのだ。


 それが今、たった一匹でいるのを感じるのだ! どれ程に心細い思いをしている事か…………




 諸国漫遊の折に、ピクシードラゴンの卵を見つけた……少し離れた場所に母だろうドラゴンの亡骸があった事は、今だに伝えられていなかった。ただ『託されたのだ』と言ってある。


 産まれるまでの半月の間、ずっと側で見守ってきたのだ。その時の卵の殻は今も大切に保管している。


 アピス(蜂)と名付けてしまう程に小さなドラゴンだった。


 アピスも薄々、気付いていただろうが何も聞いて来なかった。


 何を食べるのか、どう育てるのか何一つ分からないまま、無我夢中でここまで育ててきたのだ。


 ようやく成体となり安堵したばかりだ……まさに目に入れても痛くないと思える、大切な娘だ。


 それが、よりにもよってはぐれてしまうとは……フェリクスめ〜許さん!


 ニクスは拳で地を叩くように身を起こすと、アピスの元へ駆け出して行った。生まれた時から既に、紐づけされている……気持ちを落ち着けさえすれば、迷うわけがない。









 古竜は心底うんざりしていた。


 心配なのもあるが、何よりポンと一緒ならば退屈する事も無い。あわよくばサキュバスとオーガのハーフだという、フェリクスを一口くらいは試せるかもしれん……そんな軽い気持ちでついて来たのだ。


 目の前には小型から大型まで、おおよそ魔族領内の全てのドラゴンが集まっているのではないか………まったく、いらん事をしよる。


 まだ端のほうに走って来ると隊列に並ぶ者までいるようだ………まさか全員参加するつもりか? 何とも面倒な………


 もしも嫌がらせのつもりで此処に飛ばしたのなら、よく分かっていると言える。


 もはや一口で済ませられるような事ではない………フェリクスめ〜どうしてくれようか……


 古竜は誰も聞いた事のない、そして誰が聞いても失神するだろう殺気に満ちた唸り声を低く低く轟かせた。








 隊長は、シリウス殿は障壁を容易く吹雪に変えたのか………としみじみ思った次の瞬間には、川辺に佇んでいた。


 どうやら自分一人きりのようだった。


 ゴツゴツとした幹と、あまり変わらない長さの太い根が何本も剥き出しになって縦横に這っている様は少し不思議だった……地中の根はどの位あるのだろうか、よく倒れないものだ。広げた枝からは蔦植物が無数に垂れ下がっている。




 早くポン殿達を探さねば、そう思うと共に駆け出したが、数歩も行かぬうちにハープの調べが聞こえて来た。


 どうやら川辺から聞こえるようで、剣に手をかけたまま近付いた。川面にまで霧が漂い、何やら甘ったるい香りが立ち込めている。


 ゆっくり川岸に近付くと、まるで待っていたかのように霧が瞬く間に晴れていく。川床には石や流木が散乱し木々から垂れ下がる蔦が、川面にまでかかり風に揺れている。


 目をすがめると川の中の巨岩に、美しい女性達が居るのに気付き立ち止まった。


 豊かな金髪をなびかせハープを演奏する者、波打つような栗色の髪を櫛削ながら歌いだす者、惜しげもなく豊満な肢体をくねらせ流し目を送ってくる………船乗りの間では伝説の存在セイレンーン達だった。


 初見は、いかにもな海のシチュエーションで見たかったと少し残念に思った……勝手なイメージだが川では、しっくり来ないのだ。間違いなくボスコあたりは、がっかりするだろう。


「………海に居られるものと思っておりました…」


「そうね……普段はそうよ。貴方にお逢いしたくて、はるばる来ましたの……」

身も心も蕩けそうな甘い声で、まるで耳元で囁かれているようだった。







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