アラクネでも……
糸が当った衝撃で上の枝が折れて落下して来たが、粘性の糸に絡め取られしまう。
『ウワッ……あんな太い枝がくっついたままですよ⁉』
『あれは……アラクネの糸じゃ! 気をつけよ!』私達は念話で会私しながら辺りをうかがった。
何度も飛んで来る糸をかわしながらも、ヴェア兄さんが藪に踏み込むと悲鳴が聞こえた。
「イヤ〜! 助けて〜! 食べないで〜!」
藪から飛び出して来たのは脚から脚までが二メートルはある、大きな蜘蛛アラクネだった。
「他のは逃げた!」ヴェア兄さんが唸りながら追い立てている。
「落着いてください! 私達は、あなたに危害は加えませんよ?」
『はい〜⁉』シリウスの驚いたような声が念話で頭に響いてくる。
アラクネは長い脚と脚を、もみ手するようにこすっている。
「どうか見逃してください! 私は、ただ織っていただけなんです〜」
そう言われて辺りを見回すと、いたる所に巣がかけられていた……でも、これは。
「……なんて綺麗なんだろう……もはや芸術ですよ!」
「たしかに……獲物を捕るだけなら、これ程のものは必要ないじゃろうな……」
長老猫さんが、ため息をついている。さすが長老猫さん! やっぱり分かりますよね~
「長老様〜だめですよ、甘やかしたら……」
どういう意味かな? シリウス君……私はシリウスに顔をしかめてみせる。
「えっ? そんな事……初めて言われました……さっきも他のアラクネ達に『無駄に時間かけてるだけだ』ってバカにされてたのに……」
「本当に? 見る目のない……」どうやら攻撃してきたのは、バカにしていたアラクネの方かもしれない。
一つ一つが精緻な模様をえがいているにも関わらず、同じ柄が二つとしてないのだ……なんという想像力か。
「……これは………もしかして月灯を表現してます? アッ……こっちは夜明けがテーマですか?」
アラクネは二本の脚を器用に顔に当てて震え出した。
「そうです! そうです〜わかります? ああ、なんという感動……」
私は吸い寄せられるように、アラクネに近付いた。
実家には別名、軍曹と呼ばれる大蜘蛛のアシダカグモが居た。父に害虫を食べてくれる、良い蜘蛛なのだと聞いていた。
何故か時々、姿を見せるのだが母が怖がるので『私以外の前には出ないでね』と心の中で話しかけたものだ。
私は蜘蛛が嫌いじゃなかった、少なくとも黒いGより余程いいと思っていたのだ。
アラクネは赤葡萄のようなぷっくりとした綺麗なボディに、お尻側に草色の星が一つ有り、黒くて長い脚が可愛いい。
「貴女は、ずいぶん美人さんですね……貴女の作品と共に素敵です〜」
そこで、シリウスが咳払いすると私とアラクネの間に割って入って来た。何気にシッポで叩かれる、何でさ〜可愛いじゃない!
「あの〜何日か前にウェアウルフの子供と会いませんでした?」
アラクネは一瞬、なんの事か分からないようだった。
「……ああ、そういえば捕獲命令が出てましたね……私は、あれを仕上げるのに忙しくて……それに、どうしても狩りよりも作る方に意識がいってしまうんです……こんなの変ですよね?」
『捕獲命令?』
『さしずめバラバラにしたら捕まえやすいとでも思ったんだろうが……』
『うちの面子なら、あまり心配ない気がするよね~』
だよね~やっぱりアウレアを襲った蜘蛛ではないらしい。一目で気に入ってしまっていたので嬉しくなる。
「ちっとも変じゃないですよ! 凄く素敵だと思います」
「ああ~これって夢じゃない? 夢なら覚めないで〜」アラクネは脚をよじらせながらも一歩、私に近付くと頭を右に左にと動かして八つ全ての目で見ようとしてくる。
「……あの、お肉とか、食べれます? 良かったら、どうぞ」私は木の皿に唐揚げを幾つか出すと近くの枝に乗せた。
「ちょうど空腹だったんです、助かります……あら! すっごく美味しです〜ウソ〜ンッこんなの初めて〜」
「ゆっくり出来たら良かったんですが今、私達は道を急いでいまして……今度あらためて作品を見に来てもいいですか?」
「また来てくださるの? 嬉しい〜待ってます〜あの………差し出がましいとは思いますが、気をつけて行ってくださいね〜」
『シリウス〜! アラクネの糸を少し分けてもらえないかって〜』
その時ボー兄さんの念話が聞こえてきたのに驚き、周りを見回した。
『ど、どゆこと?』思わず念話なのに噛んでしまった。
『あれっ? 言ってなかったっけ? 広場と食堂にモニターを設置しておいたんだよね~その方が、ただ待っているよりいいと思ってさ〜』
ギャラリーが居るのか……糸をリクエストしてきたのは、衣料関係者か魔族研究者あたりか?
『はじめてだし、今回は僕の視点だけなんだけどね〜』
ああ~何故、一カメみたいに言っているのか………
『別にモニターはいいよ? ただ先に言っておいて欲しかったなぁ。報告、連絡、相談は大事だからね』
『ん~? ゴメン~気をつけるね~』
糸のお土産も貰い、アラクネに見送られながら私達は先を急いだ。
『本当にびっくりしたよ~』シリウスが他の魔族に気付かれないように念話で話しだす。
『綺麗な蜘蛛さんでしたものね~芸術家なうえに気立ても良さそうで』
『蜘蛛もだけど……ポンちゃんだよ!』
『私?』
『食べられちゃうとか襲われるとか、考えないんだもん!』
『……まったく、何でこうなるのか……俺達の気配に他のは逃げたとはいえ……』
『ポン殿らしいと言ったら、らしいのだが……』
『あれっ?』私の対応がおかしかったの? 寝食を忘れてクモの巣を作っているような蜘蛛なのに?
アラクネと別れ暫く走り続けると、微かに地響きがしてきた。私達は立ち止まり辺りを伺った。
『何でしょう……この振動?』
『地震?』
『……いや⁉ ドラゴンの臭いだ! 気をつけろ!』ヴェアの唸り声が上がった。
次の瞬間いきなり強風に身体が吹き飛ばされ、慌てて木の天辺の枝にしがみついた。シリウスはかろうじて私の足首に二本のシッポを巻き付ける。
『長老猫さんとヴェアは無事ですか?』
『大丈夫じゃ! 咄嗟にヴェアがわしを抱え込んで伏せてくれた……ポンとシリウスは?』
『大丈夫です〜』
上空を何頭ものドラゴンが飛んで行く。どうやら着陸体制に入ったようで、風圧で飛ばされてしまったらしい。こんなに存在しているんだ……
「「「「「……王の御帰還だ………」」」」」
「「「「「………いま参ります~」」」」」
「「「「「……わが王よ~」」」」」」
ドラゴン達は口々に唱うように唸りながら行く。
『……王って? まさか……』
『……魔王ではなく………おそらく古竜様の事じゃろう』
まさかの、お爺ちゃん⁉
私とシリウスはドラゴン達に、ひたすら煽られている……魔法は効かないけど物理的な力は影響するんだぁ、なるほどね〜って言っている場合ではない。
私とシリウスは、まるで風にたなびく旗か鯉のぼりのように弄ばれている。
『……シリウス頑張って私の身体に移動出来る? このままじゃ、シッポが抜けちゃうよ〜』
『……シリウス? シリウスってば、聞こえてる?』
足の方に目をこらすとシリウスは強風に煽られ、錐揉み状態だった。まさか気絶してるの?
『ヒャッホ〜イ‼』
『えっ?』
『んっ?』
『……まさか………』
『これ! 超〜楽し〜回転しながら飛ぶの、いい!』
『シッポが千切れても知らないよ⁉ 頼むから今はこっちに来て、私の手が保たないから〜筋力は人並みだから……ねぇ! 聞いてる〜?』
シリウスは渋々、私の身体をつたって幹に掴まってくれた。長老猫さんが魔法で下ろしてくれたけど、よく考えたら自分でも出来ただろう……パニックしていたのね。
フェリクスめ〜本当に、いらん事しおって〜私はシリウスが新たな遊びに目覚めた事に、ため息をついた。
もちろんモニタリングしているケットシーとクーシーからも、ため息が聞こえてきた。私達の集中力をそらさないために念話は極力、控えてくれていたのにだ。
元旦から呆然とする事ばかりで……
少しでもホッとできる時間になれましたら嬉しいです。




