閑話 ごまめ(田作り)
いつものように目覚めると食堂で食事を終えると、なんとはなしにシリウスと散歩に出た。
いつもなら他のケットシーやクーシー達もついて来るのに、今日はシリウスだけだった。
人口池の周りには同じ水系の川の近くの森から移植した木や草花があり、池の真ん中辺りに岩場を作って湧き水を誘導して小さな滝のようになっている。
池の近くには幾つかベンチも置かれ休憩場所の一つになっている。
いつもなら、そこかしこに座っているのだが誰も居なかった。
「ねぇ………僕はケットシーだよね?」
ベンチに座った途端にシリウスがとんでもない事を聞いてくる。
「……どうしたの? 私が寝ている間に何かあった?」
「……猫じゃなくて、ケットシーだよね?」
シリウスは座ると、やけに真剣に聞いている。私は思わず、ドキドキして(気がするだけだけど)片手でシリウスを撫でながら、もう片方の手で肩を抱いた。
「シリウスは立派なケットシーだよ! 誰が何と言おうと、どこをとってもケットシー以外の何者でもないよ!」
その瞬間シリウスは満面の笑みで頷いた。
「じゃあ、好きなだけ“ごまめ”食べていいよね?」
私は思わず目を瞬いた……お正月のお節料理の田作り、うちではごまめと言っていた………
母は、お節料理は家族の好きな物だけ作る人だった。縁起物でも、あまり食べないのは店で買う。
好きな物……例えば栗きんとんやお煮しめ、ごまめなんかは作っていた。
独り暮らしになっても、お正月には御雑煮とごまめだけは作っていた。
そしてシリウスは、そのごまめが異常な程に好きだった。
我が家のごまめは洋風だ。昔、料理雑誌で変わりお節料理の特集で載っていたレシピで、それまで特に好きだったわけではなかったのが一気に好きになった。
例えるならキャラメル味。毎年、作る度にナッツとバター増し増しになっていく。
作り方は簡単だ。
ごまめは一度フライパンで乾煎りして振るっておく。こうすると魚の臭みが無くなるそうだ。
普段から菓子作りが趣味なので常備している生クルミやアーモンドスライスを低温でローストしておく。
フライパンに砂糖に少し水をかけて火にかけて飴状にしたところへ、ごまめとナッツを入れ手早く飴を絡めたら最後にバターと少しだけ醤油を入れて混ぜる。醤油はあんこに塩を入れて味を締めるのと同じ感覚で少しだけだ。
油を塗ったホイルに広げて冷ます。冷めたら軽くほぐしておく。
毎年作るのだが、白砂糖で作ればしっかり飴状になってコーティングされて見た目も綺麗なのだが難点は歯に付きやすいのだ。私はキビ砂糖が好きで、これで作ると結晶化しやすく歯ざわりがジャリジャリするけど食べやすい。
どんなに美味しくても年に一回しか作らない。毎年、出たとこ勝負というか一定していないのが難点なのだが……お正月の間はずっと出しっぱなしで食べ続けてしまうのだ。
シリウスは普段から聞き分けもよく、たとえテーブルに魚を置いて席を外しても取ったりしない良い子だった。そもそも食い意地がはっていなくて困っていたくらいだ。
でも、このごまめだけは馬乗りになってでも食べたがり半ば強奪していくのだ。
元旦、一年に一度だけ………そしてシリウスと出逢った日でもある。猫に砂糖は駄目だろうと思いながらも毎年、作っていた……強奪するように食べられるとお正月だな〜と思う、思い出の一品だ。
そんなに好きならと猫用煮干しを買ったのだが、ほとんど食べてくれなかった。刺身も好きじゃなかったし、そもそも好き嫌いだらけで食べるのも下手で食べ疲れしてしまうのか、食が細くいつまでも痩せたままだった。
おもえばキャットフードも、キスルンルン以外はいまいち食いつきが悪かった。
だから余計に強奪してでも食べたがる、食べてくれる事が嬉しかったのだ。
シリウスのご飯で悩むようになってからだ、焼き加減や蒸し具合いに切り方とか考えるようになっていったのは。
ごまめ以外では、かぼちゃの煮付にスイカも好きだったが何より驚いたのは甘酒の豆乳割りを飲むのだ。
二十代後半を過ぎたあたりから寝ても疲れが取れない時が増えてきて、そんな時に同僚が勧めてくれたのだ。
この甘酒はアルコール臭も独特の風味もあまりなくて、甘酒が苦手な私でも飲めるタイプだった。
けど驚いたことに私が飲んでいるとよこせといっては、はね飛ばしてびしょびしょにしながら飲んでいた。
猫にしては実に変わっていると思っていたのだが、ケットシーなら変じゃなかったのか?
あまりにも食が細った時は何なら食べてくれるのかと私の食事までも、かたっぱしから差し出したりもした……あの時は我ながらかなりパニックしていたと思うが。
本当に毎日どれほど頭を悩ませたことか。ケットシーならば……
やっと言いたい事が分かった。ケットシーならなんでも食べられる。
「……たしかに食べられるよね………」
「ほんとだね? 絶対だよ? 皆〜出してくれるって〜!」
そうシリウスが声をかけると、何処に隠れていたのかケットシーやクーシー達がワラワラと飛び出して来た。知らない間に話が大きくなってない?
そのまま食堂に引き返すと、いそいそとシリウスが皿を幾つも出していく………そんなにたくさん出せと?
しかたないなと皿に山盛りに出すと食事を終えた者もかまわず、食堂に居た全員がつまみ出した。
「聞いていた以上に美味しい〜!」
「これなら毎日でも食べたいのわかる~」
「樹の実の蜜掛けなら、うちの方にもありますが……小魚は初めてです!」
「甘いのと少ししょっぱいのがまた……」
「サクサクで甘くて美味いですよ~もう手がとまりません!」
皆の勢いに引きつつも、気にいってもらえて良かった。
「普通にリクエストすれば良かったのに……」
「……あれっ? なんでだろ?」シリウスも自分の事ながら首をかしげている。
「……砂糖は駄目って言われてたし……ダメなんだって、ずっと思いこんでた………ウ〜ンッ……なんかね~僕はケットシーの郷生まれだけど、日本育ちだからさ〜時々わからなくなっちゃうんだよね~」
考えたらシリウスがケットシーの郷で暮らしたのは、転移の前後合わせてもトータルで二年程で、日本には七年以上一緒に生活していたのだ。
なんでも食べられると知ったのも此処に来てからなわけで、七年は駄目と言われていた事ですっかり刷り込まれていたのだろうか。わからなくもないなぁ。
「……ちなみにだけど……ごまめ程キャットフードは食べなかったよね?」
「だって、僕はケットシーだよ〜」
「……だよね」そういうものなのか? 何か釈然としないんだけど……
シリウスは、ごまめを食べながら満足そうにシッポを揺らしていたがピタリと動きを止めた。
「……これからは毎日、食べれるよね~?」
「毎日だと、ありがたみが無くなるよ?」
シリウスは目を瞬くと、シッポを垂らした。
「……御祝い事がある時に出そうよ? たしか五穀豊穣を願うって意味もあったし……どんなに美味しくても毎日だと飽きちゃうし……ねっ?」
「エエ〜〜じゃあさ、一週間は食べていい?」
「う〜ん、二日」
「五日!」
「三日! お正月だって三が日だし」
「……ポンちゃんのいけず〜」
そう言うわりには顔が笑っている………想定の範囲内だった? もしかして肉球の上で転がされている?
シリウスの気持ちは分かるのだが、どうしても特別な一品のままにしておきたかったのだ。
それからは、ごまめは自治領で祝い事の席には必ず出されるようになったのだった。
今年最後の更新になります。
読んでいただき、ありがとうございます。どうか来年もシリウス達にお付き合い頂けたら幸いです。
皆様、良いお年を。




