いざ、魔族領へ
当初、ほぼ全員が魔族領に奪還に行くと言ってきかず揉めに揉めたのだ。
「なんだったら私とシリウスだけでも大丈夫じゃないですか?」
そう言った途端に隊長さんと長老猫さんに怒られた。
驚いたのは普段は口数も少なく、ニコニコしながら私の側に居てくれている古竜お爺ちゃんが猛反対した事だ。
「ポンだけで行ってはならん!」
「えっ? 何で私は駄目なんです?」
「い、いや……ダメというのではなくて…………そうじゃ、まだ早いという事じゃ!」
「何が早いんですか?」まさかの子供扱い?
「いや、だから……召喚されて日も浅いという事じゃ〜」
「……たしかに土地勘もないじゃろう……率先して助けに行くと言ってくれるだけでも、ありがたいの〜」長老猫さんはそう言うと、お爺ちゃんの方をチラリと見る……なんか歯切れが悪いような。
「それより小腹がすいたで……この間の…みたらし団子だったか、また食べたいの〜作戦は隊長に任せておけばよかろう?」
「じゃあ……お茶にしましょうか」腑に落ちなかったけれど、おやつに集まって来るケットシーとクーシーに混じって、ローザさんとアウレアさんが居るのに気を取られて忘れてしまったのだ。
この二人は、もしかすると異次元に胃袋があるタイプかもしれない……いつ見ても食べてのだ。
最終的に作戦総指揮の隊長さんが、出来るだけ隠密行動が良いというのでメンバーは厳選された……皆、実にやる気満々だった。
突入班は隊長さんの指揮の下、剣士のコルスさんとラソンさんに槍士のボスコさん。ニクスさんとアピスちゃんに、ヴェアと古竜お爺ちゃん………そして、長老猫さんだ。
なんと長老猫さんは一緒に行くために、次の長老にボーを指名したのだ。
「……わしが直接、動くのは長老としては間違っておるだろう………しかし友を助けられなくてケットシーと言えるか? どうか、わしのわがままを許しておくれ」長老猫さんは皆に深々と頭を下げた。こうなっては誰も止められなかった。皆、慌てて長老猫さんに寄り添った。
「……どうか頭を上げてください! ケットシーとしては間違っていないですよ!」
「長老様らしい……グスンッ………」
「無事に戻られたら代替わりなんて必要ないですよ! 僕には、まだ無理です……お帰りを待っていますから……」ボー兄さんは呆然としながらも長老猫さんの手を取った。
ルーチェちゃんもシリウスと一緒に行くと言ってごねた。
「離れないって約束したじゃない……」あっと言う間に大きな瞳がウルウルしてくる。ウワッ~どうしよう……ミルトは目を見開いたまま固唾をのんでいる。
「今回は人数が少ない方がいいから、ね? 此処で皆を守ってほしいんだ……」
「サクッと行って戻って来るので……此処を、お願いします」
「もう! ちょっとコンビニまで行って来る、みたいな言い方〜」シリウスにシッポで叩かれた。
「だって絶対、最後は此処に来ると思うんだよね~なるたけ早く戻って来たいじゃない」
「まあ、そうなんだけどね~僕達が戻るまで此処を頼むよ、ね? ね?」
シリウスが小首を傾げ何度も何度も顔を覗き込むと、ようやく小さく頷いてくれた。
ルーチェちゃんのためにも、エルブさんとクラルスさんのためにも最速で終わらせたい。
「十中八九、我々がエルブ殿とクラルス殿を奪還すれば此処を襲ってくるでしょう……此方の指揮はカナルが取ります」やっぱり隊長さんも、そう思うよね?
珍しくカナルさんが緊張した顔をして、一歩前へ出ると一礼した。
元魔法国の者達が魔族領で使役されているようだと聞き、魔道士達も自治領の守備につく事になった。皆、複雑な表情をしていたが元副総帥の方がまとめてくれているそうだ。
既に魔族領を一望できるように物見台も造られ、二十四時間体制で監視している。
今からでは一般の人々の避難も間に合わないため、厳戒態勢をしいたのだ。
私の寝落ちの間に作戦は立てられ準備が整うと、私の目覚める頃に合わせ障壁前に到着していた。
既に全員が食事を済ませているというので、私は玉子サンドとラテを急いで取った。
皆さすがに緊張からか落ち着きがなく、武者震いしている者も居る。
でも私は寝ている間もエルブさんとクラルスさんの姿や声が夢と重なり、目が覚めても頭がぼんやりしている。いつもなら二杯目のコーヒーを飲む頃にはしゃっきりしているのに、今日は無理だった。
目覚めた後もエルブさん達の姿が実際の景色と重なっている時が多くなっている。
気持ちの良い青空が広がり雲がゆっくりと流れていく。
本来なら行楽日和と言えるのにね……玉子サンドだけでは物足りなくて、ツイストドーナツも出して皆に勧める。受け取ったのはシリウスとヴェア兄さんと古竜お爺ちゃんだけだったけど。
障壁の魔術は何重にもかけられていた。それはもう何人も、そして色々な種族がかけたのだろう……いっそ一人がかけていた方が良かったのでは? と思わずにはいられない。
壊れかけの障壁はからみにからんで、どこから解そうかと考え込んでしまう……
「なんか、やたら大きな地下鉄の路線図のようにも見えるんだけど……」
「……ん〜僕は、からまった毛糸〜」
「ああ~それだね〜」
「面倒そうだよね~」シリウスは障壁を見ながら首を左右に傾けてストレッチする。
「シュッ!」「シュッ!」と口で言いながら両腕を突き出しステップを踏んで、シャドウボクシングをはじめた。
いつの間にボクシングを見たのか……どうやら留守番中はけっこうテレビを見ていたらしく、思いもよらない事を知っているのだ。どうりで一人暮らしにしては電気代が多めだったわけだ。
「じゃ〜片付けちゃうね~」
シリウスはボクシングステップのまま障壁に近付くと大きく飛び跳ねた。着地する足元には氷の段が次々に出来あがっていく……さしずめ氷の階段のようだった。足取りはいつの間にやらボクシングからダンスステップに変わっていたけど。
隊長さんやニクスさんには、どう見えているのかは分からないが黙って見上げている。
シリウスが、からまった毛糸を解すように右に左にと走って行く。時々、足元がおろそかになり踏み外しそうになるので、こっそり氷の段を広げたり増やしておく。
『あと、その右側のを緩めたらいけそうだよ?』最近、習得した念話で声をかける。
『了解〜』
シリウスはゆっくり両腕を上げると、一つ柏手を打つように肉球を合わせる。そこからはダンスステップのような足取りで柏手を打ちつつ回転し、軽やかに左右に飛び跳ねては肉球を合わせる。
最後にひときわ響く音で肉球を合わせると回転しながら、ゆっくりと着地した。
シリウスだけに任せたのは、それだけの力があるのはもちろん……多分、私は目立たない方が良いだろうとシリウスと相談していたのだ。最近では私達、息を吸うように魔法が使えるものね。
『なんか凄かった! 障壁を破るのは大技なんだね?』
『カッコ良かった? フフッ〜視聴者のためだよ~なにか呪文っぽいのも言った方が良かったかな~?』
私は飲んでいた三杯目のカプチーノを吹き出しかけた……演出か〜シリウスってば……あれっ?
『……シリウス………視聴者って? ウワッ!』
障壁はシリウスの最後の柏手と共に粉雪に変わると一気に風に飛ばされ行く。
『ポンちゃんの桜吹雪をまねてみました~』雪で視界が遮られ、シリウスの念話だけが聞こえてくる。一時的な吹雪とはいえ、おかげで話どころではない。
魔族領から強く吹き付ける風に、じきに吹雪がおさまった。
陽の光りが届かない程に目の前にひらいた魔族領は、暗く鬱蒼としたジャングルのような森が続いていた。見えなくとも様々な気配に満ちていて、強い視線を感じる。
「あれッ?」
「おっ?」
「んっ?」
「えっ?」
ふと見ると雷電隊の四人とニクスさんにアピスちゃん、古竜お爺ちゃんの姿がなかったのだ。
「……もしや………転移魔法か?」
「……えっ? 何でニクスさん達だけ?」
「……まさか………人とエルフと竜しか想定していなかったのか⁉」
途端にヴェアが唸り声を上げる。「クーシーとケットシーをあなどるとは……思い知らせてやる!」
たしかに、長老猫さんとは面識もあるのに迂闊ですよ。フェリクスは何を考えているんでしょうねぇ。
「……皆…何処に飛ばされたんでしょう?」
「………それ程、離れてはおらんようじゃが……」
『お爺ちゃん〜聞こえる?』
『……んっ? ポンか? わしを飛ばすとは怖いもの知らずだの〜』
『大丈夫そうですね? もしも合流出来なかった時は石舞台で会いましょう』
『了解じゃ〜先に行って、わしが片付けておくわい‼』
「あらっ? ………ちょっと怒ってた……」
「お爺ちゃんが先についたら……暴れるかもしれません! 急ぎましょう」
「「「それは……非常に、まずい! 急ごう」」」
フェリクスのいらん事しいが〜お爺ちゃんもヴェアも私の護衛で来ただけで、他意はなかったのだ。今ではどちらも怒っているし、命の保証はできないよ? とにかく先に着かなきゃね。
長老猫さんの案内で、獣道のように細かったり急に拓けた場所に出たりと起伏にとんだ地を走って行く。私達は全速で森の中を進んで行った。
森の住人からは以外な程ちょっかいを掛けられる事もなかった……ヴェア兄さんのオーラが怒りで燃え上がっているからか、それとも無駄な戦いは避けたいのかな?
今ひとつヴェア兄さんの怒りポイントは分からないんだけど……とりあえず黙っておくか。
木立ちを抜け、また少し拓けた場所に出る……そのまま走り抜けようとすると突然、身体の脇に何かが投げつけられた。
私達をかすめるように飛んで来たのは、まるで魚捕りの網のような糸の束だった。




