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異世界召喚

 ウェアウルフは元来、賑やかな種族だ。城の内も外も四六時中、活気に満ち溢れている。


 月のある夜は殊更に喧しい位で、城の分厚い岩壁でさえ遮れない程だった。


 その賑やかなはずの城への道程は虫の声一つ聞こえないようだった……ただ自分の息遣いだけが聞こえてくるばかりだ。これ程の静寂を経験したのは初めてかもしれない。


 城の前に警護のウェアウルフが何人も倒れていた。駆け寄り脈をみる………生きている。どうやら怪我をして気を失っているようだ。


 エルブは城内に駆け込んで行ったが、何処もかしこも怪我をした兵や侍従達が倒れている。緊張と不安に心臓は早鐘のように脈打ち、耳鳴りまでしてくるようだった。


 何が起こったのかも分からず、やみくもに走り回ったあげく足を滑らし躓くと、もはや動く事が出来なかった。頭も身体も自分の物でないように言う事をきかない。どれだけ時間が過ぎたのかも分からなかった。


 その時、目前のクラルスの執務机の下辺りから微かに衣擦れの音がした。反射的に顔を上げると身構えた。


 机の下から伺うようにそっと顔を出したのは、クラルスの弟のアウレアだった。


 エルブは詰めていた息を吐き出すと、やっと耳鳴りがおさまりだした……アウレアの顔を見て、ようやく少し気持ちが落ち着く。




「…ア……アウレア? 無事だったんだね!」


「兄様⁉ 姉上は無事ですか?」


 アウレアはエルブの元へ這って行くと震える手を伸ばした。


「……何が起こった?」


「ゴブリンとラミアとリザードマンの大群が押し寄せて来て………あっと言う間に皆が倒されていって……侍従が咄嗟に僕を机の隠し扉の中に入れてくれたんです……」


「……戦っている音が止んだ後も…怖くて動けなくて……姉上は?」


「……フェリクスを見たかい?」


 アウレアはハッとすると頷いた。


「……遠目にしか見えなかったのですが……僕には………率いているように見えました…」


「……やはり…か……」


「……姉上はどちらに? 無事なのですよね?」


「………クラルスは………………捕まり、結界内に閉じ込められた………」


「……どうして、こんな事に…………」アウレアが泣きじゃくりだしたが慰めるゆとりなど、もはや無かった。


「………魔王城に行こう! 助けが必要だ」


 そう言うが早いか小脇にアウレアを抱えるとウェアウルフの城を飛び出した。アウレアの方向音痴ぶりでは、どれだけかけても辿り着けないだろう。


 今は急いで助けを求めねばならず、アウレアも黙って抱えられている。


 道すがら起こった事をアウレアに話しながら、エルブも頭と気持ちの整理をする。




 魔王城に着くと臣下達を急ぎ呼び、ウェアウルフの城とクラルスの状況を説明する。フェリクスが首謀者だと話すと、その場が静まり返った。


「……よもや、フェリクスが企んでいたなどとは……」


「ずっと一緒に御育ちになったのに! それでは余りに酷い………」


「……魔王様を起こさねば⁉」


「起こしに行くにも三日はかかる……直ぐに御起きになればよいが……」


「それでは手遅れになるやも!」


「……エルブ様…かねてより話していた事ですが……異世界から新たに勇者様を召喚されては?」


 魔王と宰相がこれ程に起きて来ないのは初めての事だった……臣下の中には、『もう戻られないのでは』と言い出す者が後を絶たなかった。


 この広く複雑な領地を治めるためにも、召喚術を行おうという一派が出て来た。その時は聞き流していたのだが、俄かに現実味が出て来た。


「……術は………出来るか?」


「はい! 勝手な事をと御叱りになられると思いながらも、万に一つの事態もあるのではと予てより少しづつ準備しておりました……まことに申し訳ありません」魔道士達は揃って頭を下げている。


「……その事は今は不問にします………では、念のため魔王様を呼びに行かせ………後の者で取り急ぎ召喚術の準備を!」




 魔王と宰相を起こす役目に移動の速い者達を出すと、召喚術の準備に入った。アウレアは呆然と、エルブの傍らに立っているのでやっとだった。


 準備は瞬く間に整えられ、大広間の中央に魔法陣が描かれていく。


 召喚術には通常ならば魔族の魔道士が三名も居れば行えるのだが、安全で確実に召喚するために六名で行う事にした。


 準備が整うやいなや術に入る。


 戦闘力にたけたウェアウルフが制圧されたとあって皆、口にこそ出さないが恐ろしくてならなかった。ウェアウルフの次は自分達なのだという確信のような思いが恐怖となり、嫌でも後押しして嘆くゆとりさえなかったのだ。打てる手は多い程よい。




 順調に召喚術が進み、魔法陣の中に召喚者が見えはじめたかと思った瞬間、どこからともなく魔法が放たれかき消されてしまった。


 入口からフェリクスが満面の笑みで入って来る………脇には人族の魔道士達が虚ろな眼差しで術をかけていた。召喚術を行っていた魔族の魔道士達は、術を邪魔された反動で気絶していた。規定の三人で行っていれば確実に息絶えていただろう。緊急の術でもあり安全策をとっていたのが幸いした。


 そして、あろう事か魔王の兵も侍従達も、驚愕に見開かれていた目が虚ろに変わると、一斉にエルブを捕えてしまったのだ。


 エルブは捕らわれる瞬間、辛うじて魔法でアウレアを窓から投げ飛ばした。


 アウレアは魔王様を起こさねばと、走り出した。幼いとはいえ彼も王子だ……瞬時に気持ちを切り替え動く事が出来た。


 どうやらフェリクスはアウレアなど眼中になかったのか、はたまたエルブを捕らえた事で気が済んだのか、直ぐには追ってらしい者もなかった。しかし魔族領を出る所でアラクネに遭遇してしまったのだ。


 怪我をおいながらも走り続けた………まさかアシエール国側に向かっているとも気が付かずに。






 皆、アウレアの話しに黙り込んだ。


「……じゃあ……障壁を張ったのはフェリクスなの?」


「辛うじて障壁が張られる前に領地を出れたので……たぶん、そうかと………僕…足だけは早いんです」


「……捕まらなくて本当に良かったです」あっ? でも俊足で迷子になるのはやばいかも………魔族も個性は、それぞれなんだね。


「長老猫さんは……クラルスさんと会った事は?」


「……んっ? ああ、よく知っておる……直ぐにエルブに紹介されての………実は、双方から『友人から恋人になるにはどうすれば』と相談されて、取りもったんじゃ」


 まさかの恋のキューピッドとは、長老猫さんは思っていた以上に深い関わりだったのね……


「……魔王城に人族の魔道士が居たんですよね?」


「それが本当なら………もしや魔法国から逃げたと思われていた者達でしょうか?」


「それは充分あり得るかもしれん……」


「今の話だと……自分の意思でフェリクスに加担したのではなくて、何等かの方法で操られていると思っていいのかと……逆に難しい状況ですね」


「敵対してるなら武力行使も辞さないが操られているとなると、どうしたものか……」


「フェリクスは何のために、こんな事したんですかね?」


 長老猫さんは、ため息をつくと首をひねった。


「あれは……わしの目から見ても、実に掴み所のない者での……エルブの心配事はフェリクスだったのかもしれんな………こうして聞く限り、今更じゃが以外な事とは思えんかった……」長老猫さんは遠い目をして、ため息をついた。


「知っている者だけに残念じゃ……」




「……となると奪還作戦をどうするかですね…」


 その時、黙って項垂れていたアウレアのお腹が盛大に鳴りだした……順調に回復しているようで安心する。


「そう言えば沢山、食事を出したんですが……アウレアさんは動けそうですか? 食堂の方が広いので……」


 もう身体はほとんど回復しているというので(さすが魔族の回復力)皆で料理を持って食堂に移動する事にした。緊急の作戦会議に残りの者も集める。





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