長老猫さんの昔語り
「…耳元で……誰ですかぁ………分かったって〜起きますよ……ハイ…ハイ………フゴッ⁉」
「……これ……何を寝ぼけとる?」
「えっ⁉ お爺ちゃん?」
古竜お爺ちゃんに思いきり揺り起こされ飛び起きた(状態異常耐性がなかったら危うく酔うところだったわ)なんか……いっぱい夢を見てた気がするんだけど………
私が目を覚ました時、シリウスもルーチェちゃんもミルトも珍しく、まだ眠っていた。シリウス達は、まだ眠そうに目をしょぼつかせながら、ゆっくりと起きだしてきた。
昨日は会議の後、食堂にウッドデッキとテラス席を増設して、後続の人員のために食事を変性させているうちに寝落ちしたので部屋に運んでくれたのだ。
シリウス達は治療を終えた長老猫を休憩室で出迎えた後も、久しぶりの再会に話しは弾み、色々と手伝っているうちに寝るのが遅くなってしまったらしい。
「……おはよう〜魔族の子の治療は終わって……それから………」シリウスは目を擦りながら話し出した。
「……長老猫さんは今は休憩室かな……容態は聞けた?」
「……たぶん、まだ休憩室だと思うんだけど……怪我だけじゃなくて魔力が無くなってたんだって……ファッ〜」シリウスは大欠伸をすると、また目を擦った。
「ゴメン……皆……寝たの遅かったのね………まだ疲れてる?」
「……ごはん食べたら大丈夫だよ~まずは休憩室に行こう……」皆、のびをしたり欠伸をしながら身繕いも簡単にすます。
休憩室に入ると長老猫さん達は身繕いしているところだった。ヴェア兄さん達は見廻りに出ているそうだ。
「おはようございます〜遅くまで大変だったみたいですね」
「「ポンちゃん! おはよう〜」」ラークとデューも元気そうで、久しぶりの再会に手を取り合って喜ぶ。
「もっと速く来たかったのじゃが…調整に時間を取られてしもうた……此度は色々とすまんかったの……」
「自治領ですか? 驚きましたよ~頭では理解しているんですが………気持ちは、まだ追いついてないです……でも大丈夫です……そのうちなれますよ」
「……そう言ってもらえると…ありがたいの」
現代の日本に暮らしていて自治領だの、国を任すのと言われても不安や恐怖を感じるどころでは無い。
正直ピンと来ないのだ…………途方も無さ過ぎる……なので今は企画リーダーにでもなったと思う事にしたのだ。そのうち何か手を考えようっと。
「到着早々、本当に大変でしたよね……お疲れでしょう? 何か食べたい物とか必要な物は有りますか?」
「充分に頂いたよ……いつも、ありがとう…色々すまんな………」
「……それで魔族さんの容態は?」長老猫さんに頭を下げられると居た堪れないないですよ。慌てて食事を出していく。
皆にキスルンルン飴とスフレチーズケーキとイチゴのムースを出し、後は海老フライと野菜をオーロラソースで巻いて表面を焼いたロールサンドと、ハンバーガーとポテトと唐揚げに小魚のフライを出した……自分にはラテもね。
「先程も覗いてきたが落着いている……今は目を覚ますのを待つしかないの……」
「障壁も見て来たんじゃが……話しには聞いた事があるが、わしも見るのは初めてじゃった……先に話しておいた方がよかろうな……食べながら聞いておくれ」既に食事を終えていた者も、また手を伸ばし皆、食べながら長老猫さんの顔を見る。
「………直接、話したい事があったとか?」
「うむっ……わしもこう見えて若い頃は結構やんちゃでの、腕試しに魔族領に行ったのじゃ……」
思わず、その場に居た全員が息をのんだ……今の長老猫さんからは想像も出来ない。
「そこで吸血鬼の王子、エルブに出会ったのじゃ……」
腕試しとは言っていたが、若い頃もいきなり喧嘩を売るような気性ではない。
ただ気ままに森の中を歩き回っては、そっと魔族を観察していたのだ……
わずか数日の間にゴブリンにラミア、オーガにリザードマンにホーンラビットにも会えた。話しに聞いていた以上に種族が多く、見飽きる事がなかった。
特に夜は月灯に輝くような美しい森だった。白い毛並みに月光が眩く煌めいている。
どんなに近くを通っても、誰一人として気づく事もなかった……郷一番の魔法の使い手と言われて久しい。
木の梢から眺めていても魔族は誰も気付かずに通り過ぎて行く……すっかり安心した時だった。
「……はじめまして…………君は…もしかしてケットシーかい?」
振り返ると青年が宙に浮かんでいた。ケットシーの郷にも負けない大きな木の上だというのに。
月光にプラチナブロンドが輝き、まるで後光のように顔をおおっている。
これ程に近寄られるまで気配に気づかないとは迂闊だった……
「……驚かせてしまったかな………僕はエルブ…」
「………僕はアストラって呼ばれてます…あの……」
「アストラか……君にピッタリの名前だね」
警戒心の欠片もない穏やかで柔らかい物言いに驚いた。先程まで見かけていた魔族達とは、まったく違うのだ……何より優しさと好奇心が合わさった瞳がキラキラしているのに驚いた。
逆立っていた背中の毛が、ゆっくりと元に戻っていく。
「せっかく会えたのだから、少し話しませんか?」エルブは徐ろに隣りに座ると微笑んだ。
「……貴方は他の魔族とは、ずいぶん違う気がするんだけど?」
「……そうなのかな? 自分ではよく分からないけど……確かに変わっているとは言われるね」
「でも君も変わっているよね? 今まで此処まで来たケットシーは居なかったと思う」
「僕は聞いた話しだけではなくて、自分の目で見てみたかったんだ………うん、たしかに僕も変わっているって言われる……」夜の静寂に笑い声が流れて行く。
「おかげで僕は初めてケットシーに会えたのだから感謝しなくちゃね……僕達、見た目だけじゃなくて性格も似たところが多そうだね」
「そんなに毛色、似てるかな? 君の目は紫だし……僕は普通のオッドアイだし……」
「月灯の下では似てるよ~少なくとも他の魔族達よりもね!」なんだか憎めない変な魔族だと思った。
「……エルブって初めて聞く名前だけど魔族では、よく有る名前なの?」
「ああ……フフッ魔族でも僕だけだね………魔王が付けてくれたのだけれど、やっぱり魔族でも珍しいみたい…稀に聞かれるよ」
「魔王が名付けたの? なんか凄いね~」
「何でも魔王の故郷の言葉らしいんだけどね……」
「……此処はどう? 気に入った?」
「うん! 特に夜は凄くキレイだよね~昼間とは別世界みたいで……」
「昼間は鬱蒼としているからね、霧もよく出るし………君の所は?」
「ケットシーの郷はねぇ…………」
それから何日も一緒に過ごし、たくさんの話しをした。エルブは魔族領の中を気軽に案内してくれるのだが、出会う魔族達は皆敬々しく頭を下げてくる。
「もしかして……本当は貴方が魔王なの?」
「僕? まさか違うよ………君を信用して話すけど……今、魔王は居ないんだよ」
「居ないって?」
「魔王は定期的に眠るんだよ、数十年から数百年ね……毎回、違うんだけどね」
「僕の父が宰相なんだけど、何故か毎回一緒に行ってしまうんだよ……おかげで二人の居ない間は僕が代わりをするしかなくてね」
「……それ、すっごく大変じゃない!」
「そうなんだよね……手伝ってくれる者達が居るし皆、魔王が恐いから無茶はしないでくれているけど……うん、やっぱり大変だよね……」エルブは本当には大変とは思えない位に明るく笑っていた。
「今度、起きてきたら怒った方がいいよ! 僕なら起こしに行っちゃうかも……」
「それが起こしても起きないし、中途半端な眠りだと機嫌が悪くなるとかで待たなくちゃ駄目らしいんだ」
「……もう、すっごく大変だね………同情しちゃうよ~」
「可哀想って思ってくれるなら、これからも会いに来て! 魔王が起きたら僕が会いに行くから」
「…あの時のエルブの笑顔が今だに忘れられん………」
「エルブは魔王や宰相の存在ゆえに自分に従ってくれていると言っていたが、魔族領で誰よりも強かったんじゃ……だが何より個性の強い魔族達も彼の、おおらかで芯の強い気性を慕っていての〜わしも、ずいぶん勉強になったものじゃ……」
「……それ以来なるたけ会いに行っていたのじゃが、わしが長老の任をまかされたり…アシエール国が戦を始めたりして行けなんだ………もう…ながいこと会えていない……」長老猫さんは寂しそうに、ため息を付いた。
「……最後にエルブに会った時、何か心配事が有るようじゃったが話してはくれなんだ……その頃には、わしも気軽に動ける立場ではなかったしの……」
「……どう考えても、エルブらしくない…………障壁はエルブではない」
長老猫さんの話をじっくり考える……………皆、押し黙ったままだった。
「……聞いた限りでは、私もエルブさんだとは思えないです………でも古竜お爺ちゃんが魔王は、まだ起きていないって……そうしたら今、魔族領を治めているのは誰なんでしょう?」
そこへ斥候のエルさんが駆け込んで来た。
「魔族が目を覚ましました!」




