隊長の憂鬱
「……此方に居られたのですね」
執務室に入って来たボスコは槍士で隊の中でも数少ない妻子持ち(三歳の娘と1歳の息子)だ。グランツ隊長、カナル副官に次いで実質三番目に位置する。
「なんだ…二人で飲んでたんですか?」見ればソファの前のロー·テーブルには隊長秘蔵の度数の高い酒とツマミが置かれている。
隊長も何気に魔族の事を気にして探らせていたし、ここらで一度ガ・ス・抜・き・をしておこうと思って飲み始めたのだろうが……
執務室は元は食堂と同じ日干しレンガ造りだったが、ココとカイルが同席する為にポンとメーアによって改装されていた。
アイボリーを基調にしながら壁の一面だけ濃い空色で、仮眠も取れそうな奥行きの有る大きなL字型の深い碧色のビロードのソファには、赤や緑色のクッションが幾つも置かれている。
この大きなソファに寛ぐココ殿とカイル殿を見ると、一幅の絵画のようだと思う辺り自分も、ずいぶんケットシー好きになったものだと思う。
以前、扉を開けると直ぐ目の前のソファで二匹で同じように仰向けで寝ていた。それだけでも可愛い姿だが何故か二匹共に座面から頭を落とした上に、両目を開けたまま寝ていたのだ。
一瞬息が止まりかけたが、そっと扉を閉めた……あの時は日頃の訓練の賜物だと思ったものだ。
後でシリウス殿に聞いたらケットシーあるあるだと言っていたがよく分からない。
目は開いているのに熟睡しているらしい……いや、熟睡しているからこそ目が開くのか?
いつも会議中は念話の為に同席するココ殿の後ろにカイル殿が控えているのだが、よく見るとお互いにシッポや手を絡めていたりするのが実に仲睦まじいのだ。
カイル殿の甲斐甲斐しい様子を見るにつけ、自分も帰ったら妻を労ってやらねばなどと思ってしまう。
この部屋にも水鉢や植物の鉢はもちろん噴水も置かれ、ココ殿とカイル殿には水晶を使ったような三角テントのベッドまで置かれいる。
よくは分からないが……確かポン殿はクリスタルビーズ製だと言っていたか……
「モダニズムでまとめてみました!」何故か胸を張って言っていたが、大抵ポン殿は、よく分からない事を言うので流したが居心地が良いのは確かだった。
「ピザは、もういいんですか?」
「…隊長が飲むのに付き合わされた……」カナルがため息を付いているって事は、愚痴に付き合わされてるという事だ。タイミングを間違えたかな………
「…私でよいのか?……さっぱり分からんのに……………どうしたものか……」
隊長が弱気な物言いをするのは珍しい事だった……理由は分かっているのだが。
大方の予想通り、雷電隊がポン殿付きとなった為だ。
自分を含め、下の兵士達は寧ろ喜んでいる。
まず、あの面子では任務の失敗は有り得ぬ。おまけに露天風呂に毎食、異世界のそれも温かい食事が労せずして食べれる。
その上、何と言っても甘味だ! 今までは女子供の食べる物と思っていたが、あれ無しで生きていくなど最早、考えられぬ。
抜本的にポン殿に対して、隊長に苦手意識が有るのは婦女子に免疫が無いからだった。
男兄弟ばかりで女性は母君とメイドだけだそうだ。家では身の回りの世話は母君と年長のメイド頭だけで、そもそも若い女性との接点がまったく無い。
その上に初見で少年と見誤った負い目が今だに尾を引いている……武人としては最強だが男としては言い方は悪いが、けっこうなヘタとも言える。
今までも任務で女性と接触しなければならない時はカナルか俺に振ってきたし、飲み屋や宿でも必要最低限しか関わらない始末だった。
ポン殿は一見、儚げな少女のように見えて実はしっかりしている。
「普段スカートは履かれないのですか?」と訊ねた事がある。
「…スカートも履きますよ~でも今は、こういう時なので落ち着いたら……いっぱいオシャレします」我々、男所帯に気を使っておられたのだろう。
休みの日に家に帰省した時には三歳の娘が、自分の居ない間に祖父母に買ってもらったという、ドレスを何着も着て見せてくれるのだ。
やはりオシャレをしたくない女性は居ないだろうと納得したし、早く好きな服が着れるようにしてやりたいとも思った。
隊長が苦手意識を持ち続けるのも困るが、ポン殿の気立に惹かれても困る……そもそも異世界勇者とは生きていく時間の長さが違い過ぎる。
ここは年長者である俺が、お節介を焼くしかないだろうなと思っている……
「……ボスコ、後は任せた!」そう言うとカナルが、そそくさと部屋を出て行った。先程から時間を気にしているのには気が付いていた。
ボスコは、ため息を付くと手酌で酒を注ぎ一口すすった……なかなかに美味い、度数が高い分ゆっくり飲みたい酒だ。
「カナルの奴もなぁ……」おおかたアピス殿の夜の散歩帰りを見に行くのだろうが………
確かにアピス殿もケットシー達も、それは可愛いと俺でも思う。しかし、カナルは何かズレているのだ……
フォートリュスでバーベキューコンロの御披露目会の時に、思いっ切って長老猫様に相談しておいて良かった。
「…隊長もカナルも自力で嫁を見つけるのは無理だと思います……出来ましたら王様に良い縁組を見つけて頂けましたらと、御伝え願えませんか? 最近は、まことに心配になってまいりまして……」
長老猫様は暫し二人を見つめていたが一つ頷くと、二つ返事で了承してくれた……やはり何か感じられたのだろう。
先だって御会いした時には、皇后様まで張り切って探してくれていると仰っておられたのが有難い。
隊長が寝るまで付き合うか……ボスコは隊長を見やると深々と腰掛け、盃を手にした。
やはりクーシーもケットシー達も落ち着かないようだし、明日から気持ちを新たに、また頑張らねばな……
翌朝、グランツ隊長は目を覚ますと執務室のソファで寝ていた……身体には誰がかけてくれたのか毛布がかかっていた。
久々に深酒したようだ……珍しく頭痛がする。
「……『コーヒー飲まないと無理』だな……」隊長は人知れず微笑むと徐ろに起き上がると食堂に向かった。
食堂では既にポンが食事の用意を終え、しきりにケットシーやクーシー達と話し込んでいるようだった。
エルフ族と獣人族のリーダー達も席に着き始めており、直ぐに定例会議が始まった。
ポンが頷くと、ミミねーさんから報告を始めた。
「魔族の障壁が気になってね……捕虜の魔道士に聞いてみたんだよ。そしたら…元副総帥だっけ? 子供の頃に一度だけ見た事があったそうなんだよ……それで調べてくれたんだよね?」
「…此処では歴代の総帥達が日誌をしたため保管して来たようで、お陰で直ぐに見つかりました……」ベリタスさんが色褪せた日誌の束を開く。
「この時は青い障壁だったそうで……これは中から出られないようにする物ですが半日程で消えたと有ります……この総帥は『もしや魔族の内乱か?』と走り書きしていますね……」
「……障壁って色で違うんですか?」
「そうです……青は中から出られず、赤は中に入れず、紫は中にも外にも出れなくなります……」
「…じゃあ、お爺ちゃん対策なら赤だけでもいいんじゃ?」
「……そう…なりますか、ね……安心するには早計でした……申し訳ない」ベリタスさんが眉間に皺を寄せて目礼すると皆も一斉に頭を下げていた。
「頭を上げてください! ……仕方ない時も有りますよ……」
「…うちで魔族の研究をしている者には、見たいだろうと直ぐに知らせてはいましたので……直に到着するかと思います……日誌の方も遡って調べています」
「魔族領以外に住んでいる魔族の方とか居ないんですか?」
「それが滅多に居ないんだ……今、皆に探してもらっているけど………あまり期待出来ないと思う」ボー兄さんが困ったように小首を傾げていた。
「これだけの規模の障壁を張り続けられるって……魔族の方々は、そんなに強いんですか?」
「…いくら魔族が強いと言っても、数日で消えるものと思っていたんですが……」
「……実は私も気になって、探らせてはいたのですが……今は綻びが出来るのを待つしかありませんね……さらに巡回を強化します」隊長さんがカナルさんに頷くと直ぐにカナルさんが食堂を出て行った。
「……フェデルタ王が軍の増援をしてくれるそうです」ココちゃんの念話を受け、隊長さんが伝えてくれた。
「……お爺ちゃんが準備が整ったので此方に来るって……なんか魔族の事で直接、話したい事もあるんだって」
「長老猫さんに気を付けて来てねって伝えてね」長く生きて来た長老猫なら色々と知っていそうだし直接、話したい事というのも気になった。




