フォートリュスに戻ったオルデン
フォートリュス国に戻ったオルデン王子は、直ぐさまフェデルタ王に謁見した。
オルデン王子の報告を聞き、幾つか確認やら補足説明をしてもらい、一段落するとフェデルタ王は漸く気遣うように顔を見つめた。
「…まったく無茶をするにも程があるぞ、無事だったから良かったが……報告を受けた時には寿命が縮む思いだったぞ!」
「…同じ事をポン殿にも言われました……」
「そうだろうとも! サンセールなど泣き出しておったわ」
横で聞いていたサンセール皇太子は顔を真っ赤にして父親であるフェデルタ王に顔をしかめて見せた。
「父上!………それは言わないでって、お願い致しましたのに……」
「…御心配を御掛けしました」
オルデン王子は苦笑しつつも、ホッとして肩から力が抜けていく自分を改めて感じていた。
「…ポン殿に、『これから何をしたいですか?』と聞かれたのです……」
「何て答えたの?」すかさずサンセール皇太子が顔を覗き込んでくる。
「私は今まで一度も将来の事を考えた事が無かったのに気が付きました……何より、そういう自分自身に驚きました」オルデン王子は、ため息を付いた。
「これからは嫌という程、考え、経験すれば良い……今この瞬間と近い将来と遠い将来と…己自身の人生をな……」フェデルタ王はオルデン王子の肩を優しく撫でた。
「……近いと言えば、リトスが戻らないと言うので皇后が会いに行く準備を始めての……その時は付いて行ってやってくれぬか?」
「もちろんです! 此度は、まことに驚きましたが……御二人共、幸せそうで羨ましくなりました」
「姉上のおかげで本当の兄弟になれますね!」サンセール皇太子の言葉にオルデン王子もフェデルタ王も破顔した。
「まったくだ! 良い息子達が増えて、わしこそ幸せ者じゃな」
「いいえ、私こそ一番の幸せ者です!」
「父上もオルデン兄様も……僕が一番幸せですよ!」いつまでも三人の笑い声が絶える事は無かった。
傍らに控えていた長老猫やケットシー達も微笑んだ。
ロブスト皇太子だけでなく、ポンやカイル達も心配していると聞いていたが、フェデルタ王に会って少しは落ち着いたようだ……まだまだ幼いと言える王子が、大変な思いをしただろう事はケットシー達ですら理解できる。癒えるには時間が必要だろう。
そこへ侍従に案内されてブルーノがやって来た。
「…お、御呼びですか……」ブルーノは今だにフェデルタ王に会うと緊張してしまうのだ………怖いというより、畏敬の念で震えそうになる。
「ポン殿からの連絡で一度みてやって欲しいと言われての……それで呼んだのだ」
「勇者様が⁉」自分のような者の事も忘れず気にかけてくださるとは……ブルーノは思わず胸が熱くなった。
「どれ…みてみようかの……」長老猫がブルーノに近付くと動きを止めた。
「…おや?……」
ブルーノは身を縮めると息を止めて長老猫の顔を見つめた。
「…ぬしには…獣人の血が入っているの?」
「…は、はい……父が虎の獣人のハーフだったそうです……僕が産まれる前に亡くなったので、会った事は無いですが…」
「…何とも……面白い!」
「長老様が面白いなどと、滅多に言わないぞ!」他のケットシー達が目をキラキラさせてブルーノに近寄って来るとブルーノは、赤くなったり青くなったりしている。
「…それで納得じゃ……ぬしは、わしが教えるぞ」
「…えっ?……あの…どういう事です?」ブルーノは震えながらも長老猫の顔や他のケットシー達の顔を代るがわる見つめる。
「長老猫直々とは、珍しいの?」フェデルタ王も驚きに目を瞠っている。
「…で、でも魔道士に聞いたら僕は育ち過ぎて遅すぎると……」
「確かに人族なら歩き出す頃から始める…だが獣人族は違う上に、ぬしはクォーターじゃ遅過ぎる事は無いぞ」
「じゃあ……じゃあ…僕は魔道士になれるのですか?……ゆ、夢じゃない?」
ブルーノなりに魔道士達に聞いていたのだが、諦めるしかないのだと思っていたのだ。
「成れるどころか…ゆくゆくは最強の魔道士も夢ではないの……頑張れるか?」
「…それは…まことですか⁉」オルデン王子も振らつくブルーノの肩を支えてやりながら、縋るように長老猫の顔を見つめた。
「もちろんじゃ! 付いて来るのだぞ」
「…は、はい……はい! ありがとうございます!………ぼ、僕は……」
それきりブルーノは泣き出して何も言えなくなってしまい、オルデン王子が背中を擦ってやっている。
ブルーノはオルデン王子を護って行くにはどうすれば良いかと、密かに悩んでいたのだ……やっと護る術が出来る。
「良かった…良かったね! ブルーノ」オルデン王子も涙ぐんでいる。
「それ程の逸材なのか⁉」フェデルタ王も長老猫を凝視する。
長老猫は力強く王に頷いてみせた。
まったく勇者殿は毎回、嬉しい驚きをもたらしてくれるものだ……オルデン王子と共に人となりは知っていたが魔力は、さして無かったのだ。ポンとシリウスに出合った事で覚醒したのだろう。
獣人族には滅多に魔道士が出ないが一度、覚醒すると優れた魔道士になる。
歴史に名の残る魔道士には獣人族の血を引く者が多く、理由は分からないが特に純粋な獣人よりもハーフやクォーターの方が、より強い魔力を発揮するようだった。
また楽しみが増えたようじゃな……長老猫は微笑みながら、オルデン王子やケットシー達に囲まれて泣きじゃくるブルーノを見つめた。
なんと言ってもケットシーは仔が好きだ。育てるのも好きだし、教えるのも大好きだ。
自分の仔とか別の種族とかは気にしない。当猫には大抵、自覚が無いがお節介な程ひたすら可愛いがるのだ。
特に長老猫は興味を持つと手をかさずには居られないところがあって、ボーなどは最も影響を受けた一匹とも言えるだろう。
今のフェデルタ王の人格形成にも多大な影響を与えていた。何せ産まれた時から見守られて来たし、それはサンセール皇太子も同じ事だった。
「魔法こそ習わなんだが、わしも長老猫の弟子とも言える身じゃ……これからも頼むぞ!」
ブルーノはフェデルタ王の言葉に驚いて涙も止まり目を見開くと、ただ頷くばかりだった。




