魔族の障壁
青空に白い雲が浮かび微風が吹いている。
朝焼けや夕焼けの空とも違う……薄紫色をした大きカーテンのよう、というのが第一印象だった。
実際にオーロラを見た事は無いけど、まるでテレビや写真の映像を加工したような作り物感がある。
魔族領の山並みが所々に、ほんのりのと透けて見える。幻想的な光景とも言えるけど、どこか不安にさせるものがあった。
今までで一番、ここは本当に異世界なんだなと実感した。思えば遠くへ来たものだ……
私は我に返ると、慌てて古竜お爺ちゃんの背に乗せてもらい近くまで飛んでもらった。
よく見ると所々、赤や青い所もあり斑になっている。
至近距離から見ると、まるでゼリーのような質感なのが更に異質だ………
近付こうとしても一定の距離を保っているようで、もちろん触れる事も出来ない。
たしかオーロラは、太陽と地球の磁場の相互作用で起こるんだったか………これは、オーロラとは似て非なるものなのかも………
「……初めて見たんだけど……魔族領では、よく有る現象なの?」
「……こんなの見た事も聞いた事もないよ?」ボー兄さんは目を、まんまるくしている。
「…さすがに驚いたな………」ヴェア兄さんもミルト達も初めてらしい……
下を見ると遠くより、隊長さん達が見廻りから戻って来るのが見えた。先に食堂に引き返して食事の用意をしておく事にした。
「……お疲れ様です…」私は隊長さん達が食堂に入って来ると急いで駆け寄った。
「驚きました……あれは、どういったものなんでしょう?」
「…あれは………魔族の障壁ですね…」隊長さんは心なしか青ざめていた。
「……障壁?」
「魔族領に、入る事も出る事も出来ないようにする結界の一種です……」
とりあえず食事を取りながらの会議になった。
「…あれ程の規模の障壁となると……たとえ魔族でも、かなりの人数が必要なはずですが……」ベリタスさんが眉間に皺を寄せて、ため息をついた。
「今頃? って感じもしますよね……私達が来てから、けっこう日がたっているのに…」
私の横で頷いていたシリウスが、思わず二度見してきた「……ポンちゃん……それ…」
私は手元を見ると目の前のテーブルに葡萄のゼリーに、イチゴとブルーベリー入りのゼリーなど幾つも出していた。
「…ウワッ……無意識のうちに出してたわ……」
「確かに似てるけどね~」シリウスがチベタン砂狐のような顔をしている。
「……デリカシーが…ね……」シリウスがフーッとため息を付くと、目配せしてきた。
皆が引きつったような顔をしている………もしかして、私以上にピリピリしてた?
「……えっ? なんか障壁と似ているような……」皆のギョッとした表情に唇がひくつく……
「……ゴメン…でも、食べたら美味しいんですよ〜」
私が先にゼリーを食べて見せると、皆も恐る恐る口に入れる……途端にパァッと笑顔になっていく。出すの初めてだったかな?
夏になると、よくフルーツゼリーを作っていたんだよね~板ゼラチンは粉ゼラチンより手間がかかるけど、手間をかけただけの美味しさで私は好きだった。コーヒーゼリーも出しておこうっと。
「………そういえば昨日、お爺ちゃんが獲物を追い掛けて魔族領に入ったと言ってたけど……特に何もなかったって言ってましたが……」
私は二個目のゼリーを手元に引き寄せた。
「えっ?」
「古竜様が?」
「では古竜様対策で張ったと?」
「……今までお爺ちゃんの存在に気がついて無かったとは思えないんですが……何故、今なんだろう……」
「いやいや、まさか領内にまで入られるとは思っていなかったのでしょう」レノさん達が見る間にホッとした顔になっていく。
「領空侵犯くらいで、これ程の規模を展開するものですか?」
「それは、やはり伝説の古竜様ですからね~」ベリタスさんや他のエルフ達も納得したように頷いている。
「…余程、古竜様が恐ろしかったという事でしょうか……」隊長さん達も一瞬だがホッとした顔をしていた。
何か釈然としない私を残し皆、食事を終えるとそれぞれの仕事に戻って行った。
「……皆は、どう思う?」
「僕も何で今なのかなって、ずっと考えてたんだけどね……魔族領に行った事が無いけど何か引っかるって言うのは分かる……」
「それは僕もなんだ……何かモヤモヤする………魔族らしくないっていうか…」
ボー兄さんも、シッポをゆらゆらと振りながら首を傾げている。
「……思わず障壁を張る位、お爺ちゃんの事が怖かったんだと仮定して……私だったらお爺ちゃんの存在に気がついた時点で先に挨拶に行きますね、それこそ菓子折りを持って敵意が無いって分かってもらいますよ」
「……でも、今まで接触して来なかったのは昨日、初めて存在に気がついたからという可能性はどのくらいなんでしょう?」
「恐怖からっていうのがね……この大陸で最も魔力の強い魔王が行うとは考えにくいんだよね…」
「……えっ⁉ 魔王ですか?」いるんだ、魔王様………
「もともと魔族はいろんな種族がバラバラで争いあっていたのを、魔王がまとめているという話しなんだよ」
「あの障壁を展開するだけの力が有るなら………少なくとも古竜様と交渉なり出来たのではないかと……」
「…恐怖からというより、そもそもいきなり障壁って喧嘩を売っているとも受け取られかねないっていうか……ある意味、無防備っていうか…」
ノクスさんがシッポで長椅子の縁を叩いた。
「……エルフ族も人族も獣人族も、長引く戦で疲れきっていましたからね……もしかすると平和な時間を手離したくないあまり、無意識で流そうとしているのかもしれません……俺も何がとは言えませんが、考えれば考えるほど可怪しい気がしますね……」
「やっぱり? なんとなくそうかなって気はしてたんだけど…皆、本当に疲れきってたんだね……でも必ず、また向き合える時は来るはずですよ……」
やっと戦が終結して皆リラックスして幸せそうだったのに……もう一度、集中するというのは限界まで緊張し続けるよりも、エネルギーが必要な事なのかもしれない。
皆が気持ちを立て直すまで、私達が支えよう……皆が居てくれないと私もシリウスも色々やらかしますからね……
シリウスは生粋のケットシーだけど、一歳に成るかならないか位で人間界に転移してしまった。言ってしまえば、まだまだケットシーの事も世の中の事も知らなかったのだ。
私程では無くても、やらかしているのだ。皆のサポートのおかげで今がある。
「…とにかく我々だけでも警戒するに越した事は無いですね……見廻りの強化と長老猫さんや獣人国のケルピーやセイレーン達にも知らせておきましょう」
ココちゃんが頷くと、すぐに長老猫とアシエール国に居るラークとデューに報告を入れてくれた。
「……お爺ちゃんも魔族らしくない対処の仕方だって……出来るだけ早く此方に向かうようにするって……」ココちゃんが心配そうに長老猫さんの言葉を伝えてくれた。
「あたしは捕虜達に、それとなく探りを入れてみるよ……なんてったってお隣さんだったわけだしね」ミミねーさんが私の手に肉球を置くと力強く頷いてくれる。
「…メーアは、どう感じてるかなぁ……後で話してみるよ」レオンが心配そうに小首を傾げていた。
ケットシー語やクーシー語が分かる兵達は以外に少ない。普段ケットシーもクーシーも人やエルフの言語に合せて話しているのだ。今はいたずらに不安を与えない為に、それぞれの言葉を使って話している。
私は言語補正が有るし、傍目にはニャ~、ミャァ〜、ワンワン、ウウッ〜と鳴いてるようにしか見えないだろう。
厨房や食事中の者達が微笑ましく見ているようだったが、私達は尚も声を潜めて相談を続けたのだった……
障壁を張られた当初は皆、緊張していたのだが……逆に障壁がある間は魔族がいきなりやって来る事もないだろうと、安心したようにも見えた……
私の中で違和感が消える事はなかったのだけれど……今はそれ以上の事も言えなかった。
フォートリュスから軍の再編成の発表があった。
雷電隊は自治領担当と共に私とシリウスの警護も兼任という事で、私としては一先ず安心した。
既に気心も知れているしね……戦の危機が無くなり、今の懸念は魔族領と私達なのだろうなと察しましたよ。
それでも、やりたい事はやりますけどね~
チーズがたくさん送られてきているので、パン用の窯を使ったピザパーティで雷電隊の激励会にしようっと。
ソースは定番のトマトソースにホワイトソース、マヨネーズで今回はバジルソースはトッピングとして出しておく。
送られて来た食材や此処で採取されたハーブに、変性させた食材も合せて数十種類のトッピングを用意した。
初めてのピザはオーソドックスにマルゲリータから焼き始めた。
エールとの相性は鉄板だしね……肉組の為にフライドチキンにフライドポテトとオニオンフライも添えてみる。
照り焼き味にシーフードマヨ、癖の強いチーズには生地にチーズだけ乗せて焼いて蜂蜜をかけたのも大好評だった。
炊事班や獣人商会の方々も、すぐにピザ作りに慣れて次々に焼いていく。
「チーズとトマトソース最高!」
「こんな内陸でシーフードって、考えたら贅沢ですよね~」
「チーズ好きなら数種類のチーズを乗せても美味しいですよ?」
「このサラミや照り焼きも絶品ですね!」
「いつも思いますが…異世界料理は野菜が美味いですよ……調理の仕方でこんなにも変わるんですね」
「俺も野菜を美味いと思う日が来るとは思わなかったよ!」
「ソースとトッピングで味や食感も変わるし、自分の至高のピザを目指してくださいね~」各自、好きな物を乗せて焼いてもらう事にした。
ケットシーもクーシーも、フーフーしながらも何枚もピザをたいらげているのが可愛いんですよ~
私が寝落ちした後も窯はフル稼働だったそうで、翌日には窯を増やしていましたよ。




