走りっこ大会 後編
決勝のスタートラインにエルさん、ニクスさん、レオンにオルドさんが着き、悠々とヴェア兄さんが並んだ。
オルドさんが私に向けて拳を上げた………大きな目が爛々と光っている。
私は思わず息を飲んだ。とりあえず、見なかった事にしてヴェア兄さんに声援を送ることにする。
エルさん、ニクスさんは足首を回しつつ、ゴールを見つめ集中している。
レオンは心配そうに話しかけるメーアさんに『大丈夫だよ~』って笑って頷いている。
ヴェア兄さんは、あくびをしている………待ち時間が長過ぎたよね。
僅か二百メートルの距離に全員が固唾をのむ。
メーアさんの合図を走者も観客も緊張しながら待つ……合図の音と共に一斉にスタートをきると全員が歓声を上げ応援する。
私は喉が枯れそうなほど叫んでいた「ヴェア兄さん! ヴェア兄さん〜!」
ヴェア兄さんの走りは圧巻だった!
牛サイズの大きな身体のうえに横幅もある巨体が、弾丸のように走って行く……
ヴェア兄さんにとっては二百メートルなど走ったうちにも入らないというのに、ぶっちぎりで一着だった!
そして大きく遅れること、オルドさんが執念の二着だった……何故?
僅差で三着にレオンとエルさんが、頭半分の差でニクスさんが五着となった。
私とシリウスはヴェア兄さんの元に走って行くと、ボー兄さんがゴールでヴェアを褒めちぎっていた。
「さすが、うちのヴェアだ〜!」
「お前んちじゃないだろ………これじゃあ走った気がしないぞ! 走りっこじゃないのか?」
ヴェア兄さんは一瞬、照れたようだったが直ぐに釈然としない顔になる。
「ヴェア兄さん、おめでとう! そして、ありがとう!」信じてましたよ~
「さすがヴェアだ! エルフの郷の護りてなだけはある!」ベリタスさんは、ちゃっかりヴェア兄さんを褒め称えている。それから、横で大の字で倒れてるオルドさんの肩を労うように擦っている。
オルドさんはゼー、ゼーと荒い呼吸の合間に「…御髪を……御髪を……」と繰り返しているのが聞こえてきた……
「……走り足りないなら散歩でもする?」ボー兄さんが珍しく呆れたように目を細めると、オルドさんの手を踏んづけて先に歩き出す。
ヴェア兄さんも、オルドさんの頭をシッポで叩きながら歩い行く……オルドさんは踏まれ叩かれる度に『グエッ!』と呻いている。
「…へんたいだ………」シリウスはシッポの毛を逆立てながら万が一の時のために、たとえ数メートルでも吹き飛ばす魔法を練習しておこうと密かに心に誓った……怪我をさせないとなると以外と加減が難しいのだ。
「絶対に無理です!」私はきっぱり断ると、シリウスの手を握るとそそくさと側を離れた。
メーアさんはレオンに駆け寄ると、そのまま抱きついた。
「凄いです! 本当にレオンは素晴らしいです!」と今にも泣き出しそうだ……レオンは嬉しそうに胸を張っている。
隊長さんはエルさんの肩を叩くと満足げに頷いていた。
「エル殿の父親は鹿の獣人だそうだね! 良くやったぞ!」
レノさんがエルさんを労っているが、次はメンバーを揃えると洩らしていた……
膝に手を付いて息を整えいるニクスさんに、アピスちゃんが羽を羽ばたかせて扇いでやっている。
「……ハーッ………私は長距離の方が向いてますね……」
「確かに……私の世界でも走るだけでも短距離、中距離、長距離にわかれて競走しますからね」
「……なんですと⁉」私の発言にベリタスさんとレノさんが食い付いた。
「これは次回への課題ですな! 競技について詳しく伺わねば」
「………今日だけじゃないんですか?」
「とんでもない! 第二回もやりますよ~」
「次は俺も参加する〜!」さすがにカイルも見ているだけなのは辛かったらしい。
皆の勢いに怖気づく私を後目に何故か既に全員が、やる気になっている。
きっとシリウスから詳しく聞いて種目を増やすんだろうね……私はそっと、ため息をついた。
寝ている間に色々と決まっているのには、もう慣れましたよ……
「リクエストの料理は今でも、後で決めても良いですよ…………とりあえず広場に戻って飲み会にしますか?」
もちろん全員賛成で広場に向かって移動を始めたが、オルドさんは自力では動けずフォンスさんとセイドさんに両脇から抱えられて戻って行った。
オルドさんはエルフの回復薬を使用しても三日間も寝込んだ……因果応報ですね。
いや〜諸々あったけど無事に終わったね~
ココちゃんの実況中継に、長老猫やケットシー達だけでなくフォートリュスのフェデルタ王も、アシエールのロブスト皇太子達も盛り上がっていたそうだ。
そして、後に陸上競技大会が開催されることとなった。




