走りっこ大会 前編
ケットシーにヴェア、エルフに獣人や兵達が続々と広場に集まって来る。
「参加希望者は、ここに名前を書いてください~」エルフ団長のベリタスさんと獣人商会のレノさんが司会進行役だ。
今日は、かねてより約束していた、走りっこ大会だ。
横から参加用紙を覗き込むと、斥候のエルさんとか脚に自信のある者ばかりだった。
よく見ると何とエルフのオルドさん、フォンスさんにセイドさんの名前まで有る……
どう見ても、インドア派の学者タイプにしか見えないんだけど、大丈夫かな?
既に魔法国に初めて来た時に上空からも見えていた、荒野のような場所に二百メートル程の線が引かれている。
先ず各々の種族別に競走して、その上位二名がくじ引きで二チームに分かれ四名で準決勝を行い各チームの上位二名、合計四名とシードのヴェアとで決勝を行うらしい。
シリウスは実行委員でルールなんかもベリタスさんとレノさんとで決めたそうで、今回は魔法無しの体力勝負だそうだ。
私もシリウスに協力して各種族の上位者達の為に、商品として食べたい物のリクエストを叶える約束をしている。
「お爺ちゃんは参加しないの?」
「わしは飛ぶ方が好きじゃでな〜」
「……何で俺が決勝だけなんだ?」
ヴェアは納得いかないらしいが、誰もが認める強者だからね~
「やっぱり、そこはリスペクトって事ですよ〜」
いよいよ各チームの競走が始まった。
二足歩行で一生懸命に走って行くケットシー達の可愛らしさと野性味まである姿に悶絶しているのは、私だけでは無かった……
何気にミミねーさんやルーチェちゃんへの横断幕まで掲げられている……しまった、私も作れば良かったかな……
ケットシーの一位は、ミルトで二位がレオンだった。
皆すばしっこいからレースとしても見応えがあった(可愛いだけじゃないのがまた……スー、ハー、深呼吸せねば!)序盤から大いに盛り上がる。
そして我らがシリウスは、なんと最下位だった……本猫は、まさかの最下位に茫然としている。
「お前が異世界に行っている間も俺達は森を走り回ってたんだぞ?負けるわけ無いだろう〜」
「舐めてもらっちゃ困るね」
「当然でしょう、甘いわ~」ルーチェちゃんにまでダメ出しされているし……
「……ウ、ウ〜そんな〜」シリウスは、がっくりと両手両脚を付いて呻いている。
まさか、グラマラスなミミねーさんに妹のルーチェちゃんにまで大きく引き離されて負けるとは思ってなかったんだろう。
「……家出するなら付き合うよ?」私はシリウスの横に、しゃがむと肩を撫でてやる……私としては走る姿を見るだけで超幸せなんだけど。
「……それ、キズに塩〜」
シリウスに思わず吹き出してしまう……いつも驚く事ばかりだけど、こんな言い回しも知っていたんだね。
「……何か食べる?」
「スイカのフラッペ食べたい……」
私はアイテムボックスから司会席の横に長テーブルを出すと、スイカ果汁たっぷりのかき氷にバニラアイスを乗せてシリウスに渡してやる。
最初は項垂れていたシリウスも一口食べるとニッコリ微笑んで元気を取り戻したようだった。
「ア~っシリウスだけずるい! 私は苺の〜」
「もちろん出しますよ~」
「俺は今日はメロンがいい〜」
「わしは、いつもので」お爺ちゃんは、まだ抹茶に飽きないのね~
あっと言う間に皆が集まって来る、来る、来る! 暑いものね~
「誰か〜手が空いてる方〜! 器とスプーン持って来てくださ〜い!」こりゃぁ最低でも一人一個は食べるよね……
「ここは気温高めで乾燥しているし氷室が欲しいとこですよね~」
「氷室があれば、いつでも食べれるのですか?」列に並んでいたオルドさん達が食い付いて来た……言ってみるものだね。
「はい、いつでも! アイスクリーム食べ放題ですよ〜」これで何とかしてくれるだろう(笑)
兵達の一位は、やっぱりエルさんで二位はカナルさんだった……
隊長さんはボーと一緒にゴール前で判定役なので不参加だそうだが雷電隊の面目躍如で満足そうだった。
獣人商会からは一位が狐の獣人のヴルペさん、二位がアライグマの獣人のロトルさんだ。
元々、同行人数が少ないのもあり『何で自分が?』って顔をしながら少し緊張しているようだった。
エルフの一位は、さすがのニクスさんだったが、二位が以外な事にオルドさんだったのだ……
エルフは今回来ているのが研究者タイプが多くてエントリーが少なめだったからかな?
おやつタイムが終わり、いよいよ準決勝が始まる。
準決勝、一組目はくじ引きにより雷電隊のエルさん、エルフのニクスさん、獣人のヴルペさん、ケットシーのミルトになり、それぞれがスタートラインに並ぶ。
メーアさんの魔法でラッパのような音が合図で一斉にスタートをきる。百メートル辺りまでは僅差だったのだが除々にヴルペさんが引き離されて行った。ゴール前にはエルさんとニクスさんが、ほぼ同時に着き頭一つ遅れてミルトが入った!
ゴールと共に歓声が上がる……なかなか見応えのあるレースとなった。
ミルトは頭一つの差に、物凄く悔しそうにしている。
「さすがミルト! 格好良かったよ~」ルーチェちゃんが嬉しそうに駆け寄るが本猫は納得いかないらしい。
「…あと、十メートルあれば抜けたのに……」
「体格差を考えたら凄いよ? さすがミルトだよね~」私とシリウスもミルトに駆け寄る。
「……本当に、さすが兄さんだよね~僕も頑張ろうっと!」
準決勝の二組目、雷電隊のカナルさん、エルフのオルドさん、ケットシーのレオンがスタートラインに並ぶ。
獣人のロトルさんがレノさんに呼ばれて少し遅れてスタートラインに着いたが、緊張からか引きつったような表情をしている。
レノさんを見ると、いつの間にやらエールを飲んでいる……いつの間に………
メーアさんはレオンに微笑み掛けると、スッと真顔に戻る……すっかり仲良しで最近はいつも一緒に居るんだよね。
再びメーアさんの合図でスタートをしたが五十メートルも行かないうちに、ロトルさんが転んでしまった!
それを避けたカナルさんが遅れてしまう……
余裕でレオンが一着だった。遅れて何と、オルドさんが二着に入るという番狂わせになってしまったのだ。
レノさんは、ロトルさんが転んだ瞬間、椅子から立ち上がると檄を飛ばしていたが、レオンがゴールした瞬間しゅんとして椅子に座りなおした。
メーアさんがレオンの元に駆けて行くと手を取ると、嬉しそうに一緒に戻って来た。
カイルとココちゃんも側に来て、レオンを褒めている。
「さすが俺の弟だよね~」
ちなみに、カイルはココちゃんが長老猫とラークに念話で実況中継しているので側に居るために不参加だった……皆、本当に仲良しで見ていて微笑ましい。
ふと、見るとロトルさんがレノさんに謝っていたが、レノさんも困ったように謝っている。
「……俺が余計な事を言っちまったから緊張しちまったんだろ? 俺の方が悪かったよ、脚は大丈夫か?」お酒が入ってヒートアップしたんですかね……
「ところで……優勝者には何でも一つ願いを叶えるというのはどうでしょうか?」
決勝前の休憩中にベリタスさんが徐ろに話しを振ってきた……なんか不安。
「……何でもと言われても…出来る範囲でならば……」
「もちろん! 出来る範囲で、ですとも!」そう言いながらも、オルドさんに頷いたのを見てしまった……怖い、マジですか。
私はヴェアの元に走って行った。
「ヴェア兄さん〜絶対、絶対に優勝してくださいね!」
こうして、ただの走りっこ大会が本気を孕んだレースへと転がっていったのだった!




