母の思い
オルデン王子や村人達が連れ去られた時は殆ど食事は疎か水すら満足に飲めなかった事を思うと、村への帰還の道程はポンの持たせてくれた食料も有り、思いのほか快適な旅だった。
既に同じ苦難を乗り越えて来た連帯感もあり村に着き、いざ別れとなると皆一様に名残惜しく再会を約束して次の村へと向かう。
しかしオルデン王子は村人達の全てを送り届け、やっと王城近くになってもまだ家族に会って何をどう話せば良いのか分からなかった。
アシエール国に無事に戻ったオルデン王子は、戸惑いながらも兄のロブスト皇太子のもとを訪れた。
居室には皇后様とケットシーのラークとデューも控えていた。
「……元気な顔を見れて、やっと安心したよ!」
一年ぶりに会ったロブスト皇太子は記憶よりも更に背が高くがっしりとしていたが、その瞳は変わらず優しいままでオルデン王子の肩を、そっと抱いてくれた。
ロブスト皇太子はずっと気が気でなく早く会いたいとあれ程願っていたのに、いざこうして顔を合せると何から話せばいいのか言葉に詰まってしまった。
「……此度は御婚約おめでとうございます」
オルデン王子は少し、はにかむと微笑んだ。
「ありがとう……私は幸せ者だよ」
しかし皇后は、そんな二人には構わずいきなりオルデン王子を強く抱き締めると人目も憚らずに泣きながら顔を覗き込んできた。
「……怪我も無く、よく無事に戻られました」オルデン王子は内心、戸惑った……今まで、それ程交流があった訳では無いのだ。
「…ああ……セレッサの瞳です……」オルデン王子は皇后から母の名前が出た事に驚いた。
「…私と、貴方の母上であるセレッサは幼なじみで親友でした…………御存じないのも無理はありません、私達の関係を政治的に利用されないように誰にも秘密にしておりました……きっと周りの者達は顔見知り程度で仲は良くないと思っていたでしょう………」
「……私は今際の際のセレッサに、貴方を託されました……でも…御護りしきれず申し訳無くて……」皇后は泣き崩れると言葉を続けられず、ロブスト皇太子が後を引き継ぐように話し出した。
「母上が王に娶された当時、セレッサ様との家と対立が起こっていたそうだ………その頃から御二人は自分達の友情を守って来られた…それは、セレッサ様が第三妃になられた後も変わる事は無かったそうだ……」
母上とセレッサ様が、自分とリトス姫と同じように人知れず庭園で会ったり本の貸し借りをしていたと知った時は驚きと共に、親子なのだなと妙に納得したりもした。
母上の心痛は如何ほどだった事か……望まぬ相手との結婚、政治的謀略の中でどれ程の苦労を重ねて来た事か。
改めて自分は幸せ者なのだと思う……本来、王族の結婚は政治でしか無い。それが心から愛する人と結婚出来るのだ!
皇后は少し落ち着くとオルデン王子の手を握りしめた。
「どうして……あれ程の無茶をされたのですか⁉ セレッサに申し開きが出来ますか? 貴方はどれだけの人々に心配をかけたか分かっていますか?」皇后の目から涙が止まる事は無く、それでも瞳を覗き込んできた……まるで実の母のように深い思いがオルデン王子の心の奥深くに沁み入って来るようだった。
「……申し訳ありません…私は……」何も言い訳が出来なかった。
「カイル兄さんが気が付いて一緒に行ったから良かったけど……」ラークとデューはため息を付いた。
オルデン王子がスカイダイビングを始めた時からカイルが付き添ってきたからこそ王子の危うさを無意識のうちにも感じていたし、魔法国で見つけてからは目を離さなかったのだ。
そういう意味ではオルデン王子が囮として捕まったと聞いた時にもポンもケットシー達も以外だとは思わなかった……無茶をするのは時間の問題だったのかもしれないとさえ思っていたのだ。
「…本当は勇者様ももっと叱るつもりだったそうですが……私に任せて頂いたのです………私はセレッサと共に貴方の母親です! 二度と…二度と此の様な事は許しません、よいですね!」
「それに……ブルーノが魔力に覚醒したからこそ無事でしたが、たった一人で勇者様の元に歩いて行ったのですよ?」
まさか皇后がブルーノの名前まで知っているとは思いも依らず、ただ項垂れるばかりだった……
「貴方に何かあればブルーノは一人きりになってしまうのですよ?」
オルデン王子は目を見開くと皇后の瞳を見つめた。
「此度の事は……しっかり考えなくてはなりませんよ」
「…はい……母上………」皇后の目からは更に涙がとめどなく溢れ、またオルデン王子をきつく抱き締めた。
オルデン王子は改めて、自分は何も分かっていなかったのだと思った……
「…オルデンにはセレッサ様の分も自由に、幸せになってもらいたいのだ……決してお前は一人では無いのだよ」
ロブスト皇太子も目を真っ赤にしながら皇后共々、強く抱き締めた。
「……兄上…ありがとうございます……」オルデン王子は俯いたまま何度も頷くので精一杯だった……ただ実の母のように皇后を抱き締め返しながら…………
父王にも目通りした。
「…オルデンです……只今、戻りました……」
「……背が伸びたな…元気で何よりだ……」
それきり二人共、何も言えなかった……何を今更、話せば良いのか……
「……オルデンも長旅で疲れておりますし……今日はこの辺で失礼致します。父王様も御身体を御休めください」気まずそうな空気にロブスト皇太子は一つ咳払いすると、オルデン王子を伴って部屋を後にした。
オルデン王子はブルーノを伴い翌々日にはフォートリュス国に向けて出発して行った。
フェデルタ王への報告と言っていたが、最早アシエール国では気が落ち着かないのかもしれないとロブスト皇太子は思った。
皇后は引き止めていたが、諦めると涙を堪えて二人の身の回りの品を自ら揃えてやった。
「時間が解決してくれるのではないでしょうか?」オルデン王子を見送りながらリトス姫はロブスト皇太子を見つめると微笑んだ。
「…そうですね……気長に待ちます」余りにも多くの事が起ったのだ……幾ら聡明だとはいえ、まだ十三歳だ。ロブスト皇太子は弟が不憫でならなかった。
「……ラーク殿、オルデンが向かったと御知らせ頂けますか?」
「あんまり心配しないで……王や長老に任せよう? そのうち、ポンちゃん達も戻って来るだろうしさ……」
ラークとデューは嬉しそうに何度もポシェットを触っている。
「……さて、異世界の郵便の話しも聞けた事ですし勇者様からの甘味で御茶にしながら、もう少し相談しましょうか?」
「はい!」
「「やった~!」」ロブスト皇太子とリトス姫が手を繋いで歩き出すと、ラークとデューも跳ねるように付いて行った。




