クーシーのヴェア
エルフ国である、ラヴィスタウで国境の警護に当たるのはクーシー達の役目だ。
全身、深緑色などと云われているが戦闘態勢の時だけで、個々は様々な色や柄がある。
性格も様々で言い伝え程エルフに従順という訳でもなく一応、統率はとれているという位のものだった。
中でも、ヴェアというクーシーは頑固で気儘、なにより食いしん坊として知られていた。
砂色に白のまだら模様で牛程の大きさに、グルグルとぐろを巻いたシッポが特徴で、たえず腹を空かせていて気が短い……
その日も、どうでもよい事で腹をたて、エルフの国を飛び出して行った。
その時は二度と帰るものかと思って、ひたすら駆けて行ったのだ……いつしかエルフの国を抜け隣国のフォートリュス国に入っていたが気は治まらないままだった。
ひたすら走って行くと前方から、いきなり樹の実が飛んで来た。
ヴェアは驚いて立ち止まると辺りを窺った……
「…こんな所にクーシーなんて珍しい……エルフからの知らせ?」
「……だ、誰だ?」ヴェアは喘ぎながも警戒心に背中の毛を逆立てると前方を睨みつけた。
「……そういう訳でもなさそうだね……」木立ちの間から黒白のケットシーが出て来ると、じっとヴェアを見つめると背を向けて歩き出した。
「……ついておいで………喉が渇いたでしょう?」
いつもなら見知らぬケットシーなどについて行く事などあり得ない……しかし、このケットシーには有無を言わさないものがあった。
ヴェアがついて行くと、じきに川辺りに着き思わずヴェアはガブガブと水を飲み込む……それでもケットシーの様子は窺っていた。
「君、魚は食べられる?」のんびりとヴェアを見ながらケットシーが聞いてきた……ヴェアが頷くと、徐ろに魚が何匹もヴェアの前に飛び出して来る。
ヴェアは黙ったまま食べ続け、ケットシーも何も言わずに魔法で魚を捕り続ける。
それがクーシーのヴェアとケットシーのボーとの出会いだった。
腹が落着いてヴェアはケットシーを、よく見る余裕ができ胸元に抱えている鷹の雛に気付いた。
「喰うには小さいが、それも寄こせ」途端に脚元に氷柱が突き刺さった……爪の先ギリギリだ、こいつと本気でやり合ったら勝てないかもしれない……
「いきなり何をする⁉」
「この仔は僕が保護して育てているんだよ! 君が何を食べようと自由だけどね、僕の近くに居る仔達に手を出したら、僕も黙っていないよ」
「……なんで育てている? 大きくなってから喰うのか?」ヴェアには、さっぱり分らなかった。
「こんなに、可愛いのに食べないよ」
「……かわいい? それが?」羽毛も生え揃ってもいない雛が? ヴェアは、ますます分らなかった。
普段のヴェアなら、そのまま別れただろうが、このケットシーに興味を持ってしまった………俺よりいかれた奴だ。
それからは、エルフの国を抜け出してはボーに会いに行った。
ボーは鷹の雛だけでなく森に住む全ての生き物に目を配っているようだった。
特に嵐の後などは大忙しで、親を失ったり迷子の仔を見つけては育てて巣立たせている。
「なんで、わざわざ面倒事を背負い込むんだよ?」ヴェアが何度聞いても答えは同じ。
「……可愛いからだよ」聞かれる度にボーは当たり前の事をと流してしまう。
ヴェアは、エルフの国に居るよりもボーと過ごす時間が長くなっていった………ボーといると腹が立つ事が無いのだ。
エルフや他のクーシーは、しょっちゅう抜け出すヴェアに何も言わなかった。
皆、ボーと交流するようになってヴェアが穏やかになった事を喜んでいたのだ。
ボーはケットシーの仔猫達の魔法教師でもあった。
「今年は特に、やんちゃな仔がいてね~特殊個体で目が離せないんだよね……妹の方は聞き分けがいいんだけど、お兄ちゃんの方は大変でさ~」
どうやら産まれて直ぐに二つ同時に魔法が使える上に好奇心と行動力が強く親達だけでは手が足らず手伝っているらしかった。
その、やんちゃな男の仔が居なくなってしまったのだ。
ボーや両親はもちろん郷中のケットシーが探した……ボーは自分が育てたもの達にも頼んで探してもらったが、何の手掛かりも無かった。
エルフの国にもフォートリュスの国にも何の手掛かりも無く……ボーが危険を承知でアシエール国に行くと言い出した時、ヴェアと大喧嘩になった。
「もう居なくなって六年だぞ! いい加減、諦めろ」
「……毛の一本……爪の一欠片も無いなんて可怪しいんだよ! あの仔は拐われたのかもしれない……確認さえ出来たら、その時は諦めるから…」
そう言って止めるのも聞かずアシエール国に行ったきり、ボーの消息も途絶えてしまったのだ。
ヴェアは探したくてもアシエール国に近づく事すら出来ず、この一年余りはケットシーの郷に行ってはボーから連絡は無いか尋ねるのが精一杯だった。
それが、よりにもよってずっとアシエール国でフォートリュスの姫の警護を秘密裏に行っていたというのだ!
何故、知らせてくれなかったのか………どれ程に心配したかしれないのに。
ケットシーの長も知っていて黙っていたのだ………知れば直ぐさまアシエール国に突入し警護を邪魔すると思ったのだろう。
頭では分かっていても腹が立って仕方がなかった。
おまけに行方知れずの仔猫は異世界に転移していたらしい……どこを探しても居ない訳だ、それが異世界勇者と再び戻って来たという。
ヴェアはケットシーの郷で事の顛末を聞くと、その脚でアシエール国に向かった。




