味の決めては…
ポンが目を覚まし食堂に入ると人が減り、いつもより静かだった。
やっぱり、オルデン王子とブルーノ君の出立には立ち会えなかった……まだ起きようと思って起きれるような状態ではない。
それを見越して寝落ちする前にキスルンルン飴とポシェットと甘味や食料を渡しておいたのだ。
エルフの魔道士達のおかげで、ポシェットと食料を入れる箱に時間経過を止める魔法をかけれるようになった……これで日持ちの心配が無くなり大量の食料を持たせられた。
荷馬車を何台も変性し、これなら村に戻っても当座はしのげるだろうと胸をなでおろす。
カウンターに向かうとポンは女将さんが作っておいてくれた、スープを一瞥した……
女将さんも戻るという事で、スープのレシピを聞いたのだが味の決め手は、オークの塩漬け干し肉だという。
拘束された時でさえも咄嗟に懐に忍ばせてきたのだそうだ……
そう聞いた瞬間、ポンは浮遊感と共に頭が真っ白になった……咄嗟に横でシリウスが二叉のシッポと腕で支えてくれた事にも直ぐには気付けなかった。
オーク…オークか……シリウスが狩ったオークだったんだ………でも美味しかった……
ポンは一つ、ため息をつくといつもどおり、スープをよそうと席に着いた。
隊長さんとニクスさんや他のエルフ達も直ぐにやって来た。
寂しいどころか……今日も賑やかだね………
「シリウス殿! 精神魔法で異世界の音楽を御見せになったそうですね」
食堂に居た全員がシリウスに注目すると、シリウスはエヘッと笑って見せた……
これは本猫が、やらかした自覚のある時に行なう回避行動の一種だ……可愛い顔に誤魔化されませんよ~
「あの場に居た魔道士は副総帥で特に反抗的な者だったのですが、人が変わったように従順になりまして……人生観が変わったとか…後シリウス殿の話しが……」
「……ただのライブ映像で⁉」シリウスの大声に隊長さんの言葉が、かき消されてしまい呆然としている。
「……何を見せたのかな? シリウス君」私がシリウスの肩に手を乗せると困った顔になる……やっぱり可愛いわ………
「…まだコントロールが上手くないんだよね……」そう言いながらも魔法を発動させると、食堂内の全ての人が見ているようで一曲が終わると全員から歓声が上がった。
私もシリウスも少しだけ魔法を使う方が、大きく使うより苦手なんだよね……
「……それにしても…記憶の再生なら、ぼやけたり飛んだりしそうなのに、きっちり鮮明に再生されてるよね?」
「……やっぱり? 僕も不思議なんだよね~」
「これなら映画とかもいけそうだよね~」私は冗談のつもりで言ったけど、シリウスは目を見開きシッポを逆立てる。
「……いけちゃうかも~」
音楽で人生観が変わるなら映画は、どうなるのだろう……
でも協力的になってくれたら助かるよね、今は猫の手も借りたい(すでに借りまくっているけど)位やる事が多いしね……問題はジャンルかな?
一国の王が長く国を離れているわけにもいかない……リトス姫が共に戻らない以上どれ程、名残惜しかろうと戻らねばならなかった。
フェデルタ王は何度も、リトス姫を抱きしめると顔を覗き込む「何もなくとも様子を知らせるのだぞ? よいな……」
その為だけではないが、念話の出来るケットシーのラークとデューに残ってもらう事にしたのだ。
「必ず毎日ラークに様子を知らせてもらいます……長老様も父上達の事を知らせてくださいましね? 落ち着きましたら必ず一度、戻りますゆえ」
長老猫の孫でもある、ラークは長老の側を離れるのを嫌がったが他に念話の出来るものが居ない以上は仕方のない事だった。
「お爺ちゃんの事、頼みますね?」ラークは心配そうに長老猫の身体にシッポを回すと何度も王に確認する。
「もちろんじゃ……リトスの事くれぐれも頼むぞ!」王も何度もラークに念を押す、どちらも離れがたい思いを直接、口に出来ぬゆえに繰り返しているのだ。
「……フェデルタ三世王様にとって偉大な王とは、どのような者でしょうか?」
ずっと皆の様子を見守って居たロブスト皇太子が不意に尋ねた……口元は微笑んだままだが、瞳には真剣な光が宿っていた。
フェデルタ王は暫し皇太子の目を見つめると、同じ真剣さで答えた。
「偉大か、そうでは無いかは民が決めるものだと思う」
王は破顔すると、いつもの様子に戻り「……後は後世の学者達だな……長老殿は、どう思う?」
話しを振られて長老猫も暫し考えると「……わしにとって偉大なものとは、この世界の全てじゃ……人もケットシーも微々たるものじゃが………だからこそ尊い……」
「さすが長老殿ですな~」
「……ありがとうございます」ロブスト皇太子は晴々とした表情で微笑んだ。
「……それでポンの事を思い出したが、食料保存箱に時間経過停止を付与出来るようになったそうじゃが……エルフの魔道士と少し話しただけで出来るようになったそうじゃがの〜」長老猫は感慨深けに言った。
「何と! それこそ偉業じゃの……だが、あれは威張らんのだ。初め、様付けで呼んだら身震いして嫌がってな絶対に返事をせん。わしも仕方なくポン殿と呼ばせてもらっているが……大変な御仁じゃよ」
「それを言ったら、わしなど絶対に呼びすてにしろと言って聞かなんだ……」
暫くは、ポンとシリウスの話しに笑いあい、王達は再会を約束して帰国の途に就いた。
その頃、元魔法国の食堂でポンとシリウスは、たて続けにくしゃみが出て何気に寒気まで感じていた。
状態異常耐性があるので風邪をひくはずもないのだが、おかしな事もあるものだと思いながらも食事しながらの会議に、すぐに忘れてしまった。
昨夜、ロブスト皇太子は『勇者様達のおかげで、オルデンが無事に救出された』事を父王に報告した時の事だった……
それまで誰が話し掛けても返事は疎か聞いているのかも、わからない状態だったのだが、やっと反応が返ってきたのだ。
「……私は偉大な王にならねばならぬ……そう思っていたのだが……………」
『偉大な王にならねばならぬ』それは父王が常に口にしていた言葉で、ロブスト皇太子は物心が付くと父王だけでなく大臣や諸侯、出会う大人の全てに「偉大な王とは?」と問うてきた。
しかし、その問いに誰も具体的に答えてくれた者が、当の王を含めて居なかったのだ。
今思えば、この事が初めて父王に対して疑問を持った、きっかけだったように思う。
それからは図書室で古今東西の本を読みあさり、他国からの施設団が訪れると同じ質問を投げかけるが、やはりはっきりとした答えは得られなかった。
ただ、フォートリュスから来た施設団の団長が「……私のような者には途方も無い事で、わかりませんが……しかし我が王なら『偉大な人は居ないが、偉大な生き方ならある』とでも答えるかもしれませんな……」この団長は自分の王を尊敬しているのだな、と思うと共にフェデルタ王に興味を持った。
それからはフェデルタ王を知る程に、自分もまた尊敬と畏敬の念を感じるようになり、いつか御会いしたいと思ってきたのだった。
「……私は、どこで間違えたのだろう……………」
独り言のようにつぶやいていた王がロブスト皇太子を見つめた……
「……国は、お前に任せる…私は疲れた」
「…はい……御心配なさらず、ゆっくり御休みください」皇太子はそっと部屋を後にした。




