和平協定締結の夜
「和平協定が結ばれたのか! これから忙しくなるぜ……こうしちゃ居られない! すぐ国に知らせねば…では、失礼します」商会のレノさんが慌てて部屋を飛び出して行った。
そのまま隊長さん達も一緒に食事していると、ココちゃんが息を飲んだ。
「えっ?……本当に⁉」ココちゃんが驚いて口に手をあてている。
「どうしたの? 悪い知らせでも?」
「アシエールの王子様とリトス姫が婚約したって!」
「……それは政略結婚って事なの?」
「ううん……二人共とっても、うれしそうだって!」
「兄上が⁉……リトス姫と?」
思わず皆、びっくりし過ぎて呆然となる。
「……驚いた………」
「……これが政治的な配慮だというなら、まだ分かりますが…」
「……エエッと…王子は初めて会った時から護ってくれてたんだって……ウワッ~すてきね~」ココちゃんが長老猫に聞いてくれて不安も吹き飛ぶ。
「……もしや兄上の一目惚ですか⁉」
「……まあ! 何てロマンチックなんでしょう!」
「フェデルタ王の様子は?」
「お爺ちゃんが言うには、王様の立場としては喜ばしい事だけど父親としては寂しそうだって」
「やっぱり、お父さんだ~そこは寂しいかもね」
「しかし、これで両国の関係は磐石になりますね!」
エルフ族の承認も得られた事で、両国より民兵は拐われていた村人達を送り届けてから、それぞれの郷に戻るように指示が出された。
残りの兵達は引き続き、魔法国の事後処理に当たるようにとの事だった。
軍の再編成が終わるまでは雷電隊も動けないそうで、私達も暫くは緑化で忙しいし、ちょうど良かったかも。
「オルデン王子も明日、国に向かうなら……今日は皆で歓送会ですね!」
食堂では全員が入れないので、目の前の広場にテーブルや椅子を置き宴の準備を始める。
残る者も帰る者も、フォートリュス軍もアシエール軍も村人も関係なくエルフもケットシーもドラゴンも皆、幸せそうに語り合い同じ食事を取る……私は満ち足りた気持ちになった。
「これから復興で忙しくなりますね?」ニクスさんがローストチキンの脚を頬張る。
今日は皆、出発の準備もあるのでお酒は出さずに食事だけだ。
「………オルデン王子は、これから何をしてみたいですか?」
何気にした質問にオルデン王子は固まってしまった………
「……今、初めて気がついたのですが……私は父王様を止める事ばかり考えていて………一度も自分の将来について考えた事がなかったようです………」
オルデン王子は呆然としている。
「………なら、ゆっくり考えたらいいんじゃないですかね?」
「……ゆっくり考えても良いのでしょうか?」
「…私が言うのもおこがましい事かもしれませんが……焦って決める必要は無いと思います」
「……そうですね、オルデン王子なら見つけられるでしょう」隊長さんが珍しく後押ししてくれる。
「参考になるか、わかりませんが……私の場合は諸国を歩いてみた事が良かったですね……視野が広がったというか…」ニクスさんも年長者らしくアドバイスしている。
オルデン王子は噛みしめるように、じっと考えこんでいたが「……諸国を…見てみたいです……」
「……アッ! でも、もう会えないとかいうのは無しですよ?」
「今すぐという事ではありません……兄上の手伝いもありますし、フェデルタ王にも御会いしたいですしね」
「……良かった~」
「……手始めに帰還する兵達と戻ってみます……私はアシエール国内もほとんど知らぬも同然なのです」
「国情が不安定な間は外遊も難しい事だったでしょうしね……」
「……でも考えたら、ここには携帯も郵便も無いし……どうやって居所を知ればいいんだろう? 怪我したり今回みたいに拐われても分からないよね……」
「……携帯? それはわかりませんが……心配されませんよう、もう無茶はいたしませから…御安心ください」
「心配だよ……無茶する年頃じゃない………」
「……ああ〜しかたないの〜!」私の横で聞いていた古竜お爺ちゃんが、シッポで脇腹の辺りをさす。
「一枚だけ鱗を取ってくれ…一枚だけじゃぞ…」
「……鱗?」お爺ちゃんは身構えていたが、抜く瞬間に呻いた。
「……ウウッ〜痛いの〜」
「わしの鱗を持っていれば、何処に居ても分かる……貸してやるだけじゃからな……」
「お爺ちゃん〜凄い! 良かった~これで安心して見送れますよ」私は鱗を入れる御護袋を出すと、オルデン王子の首にかけてやり服の中に収めてもらう。
「肌身離さず持っていてくださいね……」
「……本当に、ありがとうございます!」
「…お腹いっぱいになった事ですし……そろそろ、披露しましょうか?」ニクスさんが立ち上がると続いてメーアさんにシリウスにルーチェちゃんとミルト、レオンとアピスちゃんが立って広場の中央に向かう。
皆、何事かと食べる手をとめて見つめた……私は何も聞いてないんだけど……
徐ろにメーアさんが小さな竪琴を取り出し、ニクスさんが横笛を構え頷くとアピスちゃんが広場の中央で、身体にピタリと閉じていた翼をさっと開き両手を上げると、メーアさんとニクスさんが演奏を始めたのだ。
二人の奏でる音楽に合せてシリウス達が踊り出した……聴いた事があるような……サビの部分で、ようやく私がよく聴いていた曲なのに気がついた。
「…こ、この曲は……」聴く度に元気が出る、大好きな曲だ~
皆も最初こそ呆然としていたが、すぐに手拍子や脚でリズムを取り出す。
一曲が終わり中央でお辞儀をした途端「もう一回!」と口々に連呼して、アンコールが始まるや楽器を持っていた他のエルフ達も飛び入りで演奏に参加しだす。
さすが芸術に長けたエルフ族だ……一度、聞いただけで演奏に加われるんだ〜
それにつられるように何人も踊りにも加わりケットシー達のステップを真似し始める。
シリウスが私の手を引っ張っると、踊りに加わわる……皆とびっきりの笑顔で踊っている。
「いつの間に準備したの? ダンスのフォーメーション凄かった! 皆すっごく上手だったよ!」
「君が寝ている間に練習してたんだ~」
「うちのシリウスは最高だね!」私は思いっきりシリウスを抱きしめた。
レオンはようやく池らしくなってきた池の辺りで、ぼんやりと水面を見つめていた。
後ろから足音がして振り返ると、メーアだった。
「今日は大成功でしたわね……あんなに喜んでいただけるとは思いもしませんでした」
「……うん、そうだよね…」レオンの返事にメーアは小首を傾げる。
「……どうかされたのですか? 御一匹で……」
「…うん、カイルの邪魔しちゃ悪いかなと思って……」心なしか淋しそうにも、拗ねているようにも見える。
レオンは、こんなのは子供っぽい事だと頭では解っている、カイルの幸せを願っているのは確かなのに……でも心のどこかで説明出来ないモヤモヤがあって素直になれなくて何かと口実をつけては、カイルを避けていた。
「……こんなの…子供だって、わかってるんだけどさ……」レオンは無意識につぶやく。
「…わかります……」レオンは怒ったようにメーアを見上げた。
「適当に合わせなくても……僕は大丈夫だから………」
「適当じゃありませんよ? ほら……ニクスにはアピスちゃんが居ますでしょう? 私には、よく分かります…」
一人と一匹は見つめ合った……なんだか、レオンは喉につかえていたものが無くなったような気がした。
「……じゃあ僕が、一緒に居てあげようか?」レオンは自分の言葉に驚いた……なんで、そんなこと言っちゃったんだろう? 今まで、カイル以外と一緒に居ようなんて考えたことも無かったのに……
それを聞くとメーアは子供のような笑顔で膝をつくと、レオンの手を握りしめた。
「本当ですか? ずっと、ずっとですよ?」レオンはメーアの笑顔を見た途端、身体の内側が温かくなった気がした……うん、これは悪くない考えだ。
シリウス達が踊る曲を、お好きな曲で思い浮かべて頂けたら嬉しいです。




