将軍と皇太子
深夜の街道を直走る、旅人ならとうに宿で休んでいる頃だが、そのぶん人目を気にせず先を急げる。
アシエール国将軍オンラードは僅かな部下を伴って、アシエール国に向かっていた。
王の命令で戻るのではない、己の意志だ…………そのため人目を避けねばならなかった。
先王からの重臣であったが、事あるごとに王に苦言を呈したため僻地で閑職に追いやられていた。
今年で六七歳になる……本来ならとうに隠退していてもおかしくないのだが隠退したくとも出来ない国情だった。
二晩駆け通して、やっとアシエール国に到着し城下の門を潜り抜けるとマントのフードを深くかぶりロブスト皇太子の居城である離宮に向かった。
深夜とはいえ何度も通った道だが、これほど静まり返っていた事はない……まるで全てのものが固唾をのんで佇んでいるような張り詰めた空気だ。
オンラード将軍は無意識にマントの襟を引き上げていた。
皇太子の侍従はオンラード将軍の顔を見ると、すぐさま皇太子のもとへ案内していく。
部屋に通されると皇太子は深夜にも関わらず執務中だった……こころなしか顔色が悪い。
「オンラード将軍……疲れたであろう、まずは休まれよ」
ロブスト皇太子は来訪を予期していたのか、突然の帰参理由すら問わなかった。
「殿下、とても休む気にはなれませぬ……」
皇太子殿下は、そっと息を吐くと将軍に飲み物を勧め、自分にも注ぐと一口飲んで将軍の顔を見つめた。
もとより物心が付く前より見知った顔だ……いつの間にやら長年の風雨にさらされ日焼けした顔には深くシワが刻み込まれ、まるで枯木のようだが眼差しだけは燃えるようだった。
「……父王様が国境付近の村人達を魔法国に送っている事を聞かれたのですね?」
「殿下……」将軍は言いよどむと、いっきにカップを飲み干して息をついた。
「殿下、先に謝らなければなりませぬ……私には、どれ程に酷い願いかわかっております……わかっておりますればこそ、今日まで出来うる限り先延ばしにしてまいりました。殿下には一日でも長く今のままで居られますようにと、どれ程願ってまいりましたことか……どれ程の重荷を負わせる事になるかはわかっております! しかし………しかし、このままではもうアシエール国そのものが崩壊してしまいます……どうか私の願いをおききくださりませ……どうか御決断を!」
オンラード将軍は斬り込むような眼差しで皇太子殿下を見つめた。
ロブスト皇太子は立ち上がると窓辺に寄り、風にざわつく木立ちを見つめた……
オンラード将軍の言葉は、そのまま自分の思いでもあった。
どれほど考えても、行き着く先は一つだった……アシエール国の存亡の危機に改めて、自分がどれほどこの国を愛していたか気付かされる。
父王様の不安は理解は出来なくはない……人をエルフ族や獣人族、ケットシー達と比べてしまえば人の無力さばかりが目についてしまうだろう……だが、比べる事に何の意味があるのだろう?
比べた時点で人族を軽視しているのではないのか? あるがままの人の姿で良いのではないのか…………人の心まで弱くは無い。
ロブスト皇太子は振り向くと静かにオンラード将軍を見つめた。
「国を守るために……ついて来てくれるか?」そして人々の心を守るために……
オンラード将軍は深々と頭を下げた。
「何処までも、お供致します!」
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