本当は、ケットシーなんだ
私は、そっと片目を開けると、そこにはシリウスの顔があった…大好きな、ハシバミ色の瞳……
思わず抱きしめると、シリウスも抱きしめ返してくれる。
シリウスの顔にホッとして、全身から力が抜けていき声も出ない。
シリウスは怪我を確認するように身体に触れてきて顔を覗き込み、それから私の頬をペチペチと肉球で叩いてきた。
私は脱力したまま何も考えられない……
「心配したんだからね!」また、ため息をつくと今度は頬を叩いていた手の爪を出してきた。
「痛い!…シリウス〜」
シリウスはニヤリと笑って「声は出るみたいだね!……いつも持っている水、残ってる?」
シリウスは、答えを待たずに私の身体の向きを変えて勝手に鞄の中を探ると、ペットボトルを引っ張り出して蓋を開け、私の手に持たせようとした。
不思議なもので、それまで喉の乾きなんて気付いてなかったのにペットボトルを見た途端、喉の乾きに一気に飲もうとして、むせてしまう。
「慌てなくていいから…」
さっきから何か違和感があるんだけど……頭が回らない…
「ここに、ずっと居るのはまずいよ、少し行った先に川があるから、歩けそう?」シリウスは気づかわしげに何度も目を覗き込んでくる。
私はうなずくと震えが止まらない脚を、なんとか立たせる。
一歩、踏み出しただけで、よろけてしまうが、すかさずシリウスが腕を掴んで支えてくれる。
私は一度、目をギュッとつぶって開けるとシリウスを見つめた。
「さっきオークみたいなのが何頭も来て……それから…」
シリウスは、なだめるように私の腕を叩くとニヤリとした。
「あいつら、うるさいし臭いからね〜飛ばしたから安心してね。ゆっくりで良いから歩いてみて」
「飛ばした?どゆこと?」シリウスに腕を支えられながら、ノロノロと動き出す。
この時の私は産まれたての子牛か、なにかかって位に足がガクガクして一歩、歩くのにも時間がかかったけど、シリウスは辛抱強く私の背中に腕を添えて支えながら、ゆっくりと歩いてくれた。
…なんか後足だけで歩いてるよね……
フワフワして、地面に足がついてる気がしない。
それでも何とか川辺に着くと大きな岩に座らせてくれた。
「ここで、ちょっと待っててね、僕も子猫の時以来だから……少し見てくるね」
そう言うが早いか、ピョンピョン跳ねるように森の中ヘ入って行く。
シリウスが見えなくなると私は、また不安になりながら周りを見回した。
ふと、涼しい風が吹き甘い香りがする。
川辺には柳の木にも似た枝が幾重にも水面に垂れ、白い小さな花を風に揺らしている。
風に花弁が舞い上がって思わず、つめていた息を吐き出す。
と、そこへ上からゆっくりとシリウスが降りて来て、着地寸前で白とグレーの長い毛がウオータークラウンのように上に跳ねてから身体をおおった。
「…今……どこから?」シリウスはニヤリとすると、上目遣いで見つめてきた。
「あの木のテッペンからって言ったら?」爪を一本、出している…差した方を見ると凄く高い木があった。
「冗談だよね?」シリウスは真剣な表情で私の顔を覗き込んできた。
「…僕、本当はケットシーなんだ……」
「子猫の時に崖から落ちて、気がついたら異世界にいて君に助けられたんだよ」
シリウスは私の目を見つめると微笑んだ。
「もう二度と戻れないと思っていたんだけど…昨夜もの凄い胸騒ぎがして、居ても立っても居られなくて君を迎えに出たんだ。そうしたら車が突っ込んで来て二人共、吹き飛ばされて何でか、今度は僕の故郷に来ちゃったみたいなんだよね」
「ケットシー?……え?」私は何とか頭を働かせようと何度も瞬きをした。
「でも、ケットシーって妖精?……てか猫又みたいな?私、夢見てるのかな?…ハハッ」