表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さとり  作者: 紫木さくま
2/18

第三校舎談

相談者・金子真里

第三校舎談




第三校舎があるでしょ。そうそう、あの使われていないオンボロ校舎。すごく不気味だし、雰囲気あるよね。噂と言えば、第三校舎にまつわるものも多いのかな。ほとんど幽霊の話だし、内容もありきたりだからネタ切れって感じだけど。


私は第三校舎にまつわる話にあんまり興味ないんだけど、私の友達にひとりに、そういうオカルト話が好きな子がいるんだよね。


その日、私はそのオカルト好きな子を含めた友達三人とだべっていたんだけど、その子が私たちにとある話をしてきたんだ。ありきたりな噂話しね。


その子が聞いた噂は、第三校舎で、夜な夜な女と男の幽霊の声が聞こえてくるっていうものだった。ずいぶん陳腐な話だと思うでしょ。夜な夜な男女の声が聞こえるって、小学生だってこんな話は作れるんじゃない。


でも、私の友達は、どこかから聞きつけたそんな噂を信じているみたいだった。天然っていうか、ちょっと抜けた子なんだよね。冗談とかもすぐ信じちゃうタイプでさ。噂をはやし立てるような子ではないんだけど、噂に翻弄されちゃうようなタイプなんだよ。


まぁ、どんなに馬鹿らしく思える話でも、それを信じるかどうかは人それぞれだよね。その子は楽しそうにしているし、それはそれでいいと思う。噂なんて、話のネタになれば十分だから。


いつもなら、その子の話を聞いて、ヤバいねーって感じで終わるんだけど、そのときは珍しくその子が噂を突き止めようって言いだしたんだ。普段は、そんな大胆なことをしようとするような子じゃないんだけど、高二になって、気持ちも大きくなっていたのかもね。


もちろん、他の友達はその話に乗らなかったよ。だって、第三校舎って立ち入り禁止だし。そもそも、その子が本気でそんなことを言ってるって思わなかったから。


でも、その子はマジで第三校舎に行くつもりでいるっぽいのよ。それで、いつもなら軽く話を流しただろうなって私も、その子の案に乗ったの。


いいかもねって私が言ったら、その子はもうノリノリでさ。トントン拍子に計画は進んでいった。


なんで私がその子の話に乗ったか気になる? そうだよね。幽霊探索に行こうなんて思っても、実行に移そうと踏みきる人は少ないだろうしね。


実はわたし、第三校舎にはもともと興味があったんだ。幽霊とかはどうでもよかったんだけど、第三校舎にはもう一つ、有名な話しがあるの。


これも噂なんだけど、好きな人に宛てた手紙を第三校舎の下駄箱に入れると、想いが届いて恋が叶うっていうジンクスがあるんだ。


相手の名前を必ずフルネームで書かなければいけないとか、手紙の文字は消せないようペンで書いた方がいいとか、いろいろ細かいルールがあるんだけど、こういう無駄に凝った設定もそれっぽいんだよね。


これなら簡単だし、私も試してみようと思ったんだ。私にだって好きな人ぐらいいるからさ。同じ部活の先輩なんだけど……あれ、この話しあんまり興味ない? 顔見ればわかるよ。まぁ、他人の恋愛事情なんてどうでもいいよね。


そんなこんなで、噂は噂でもジンクスは信じていたんだ。男子はあんまりピンとこないかもね。ふふ、女の子はこういう話を嘘でも信じるものなんだよ。


おまじないみたいで、なんかわくわくしない? 本当に両想いになれるのかなぁって、どきどきしている時間が楽かったりするものなんだよ。


告白はさすがに難易度高いでしょ。だから、こういうジンクスを試して、どうしよーとか言って友達と盛り上がるの。第三校舎の下駄箱に手紙を入れるぐらいなら私にもできるからさ。


ちょっとイケないことをしてまで恋愛の成就をお願いするって、なんだか本当に願いが叶う気がしない? 消しゴムに名前を書くとか、誰にでもできちゃうじゃん。人気の男子だったら、いったい何人の女子を好きにならないといけないんだよって話しでしょ。


第三校舎にわざわざ手紙を入れに行くなんて、皆がやろうとするものじゃないから、それだけ信憑性みたいなものを感じちゃうわけ。


まぁ、そういうわけで、手紙を入れるついでに校舎探検に付き合ってもいいかなって、友達の誘いを受けることにしたんだ。


その日は、放課後おそくまで残って、空が薄暗くなるまで待った。友達が、雰囲気があった方がいいって言うから仕方なくね。


人がほとんどいなくなってから、予定通り私たちは第三校舎に忍び込んだ。その時は、私もなんやかんやで楽しんでいたかな。手紙を下駄箱に入れて目的を果たした私は、友達と一緒に肝試し感覚で第三校舎を回った。噂の男女の声は聞こえなかったけど、雰囲は十分だったよ。


第三校舎の古い感じも、薄気味悪い雰囲気も、友達と一緒に騒ぐにはちょうどよかった。怖いなんて言いつつ、ちょっとは何か起こればいいな、なんて期待感が友達にも私にもあったと思う。


あの感じって何なんだろうね。実際に幽霊なんて出て来られたら、死ぬほど怖いんだろうなってわかるんだけど、何か特別なことが起こるんじゃないかって期待感はぬぐい切れないよね。


だからさ、心霊系ユーチューバーなんかは、心霊スポットとかに行くんじゃないの。ユーチューバーの人も、そのユーチューブを見ている人だって、何か起こることを期待している。人って不思議だよね。絶対の安全を保証されていたいけど、非日常的な刺激は欲しがるんだから。


お化け屋敷も、きっとそういう人の心理に適っているんだよね。わざわざ怖い思いをするためのアトラクションなんて、言葉だけ聞くと、誰がそんな所に行くんだろうって思うけど、多くの人がお化け屋敷に行く。そこに入る人は、そういう刺激を求めているものだよ。


第三校舎はまさに、ちょっとした非日常を演出してくれる場所としては最適だった。お化け屋敷みたいにね。第三校舎にお化けが出るなんて思っていなかったから楽しめたし、隣に友達がいたから盛り上がれた。


そうしてしばらく楽しんでから、頃合いを見計らって、私は友達を引き止めた。


「ねぇ、そろそろ帰る?」


もういい時間だったし、私が言い出さなくても、友達が帰ろうって言っていたと思う。


第三校舎って、外観も古いけど、校舎の中はもっとヤバくてさ。今にも下が抜けそうなわけ。足場が崩れたらヤダねとか、冗談いって笑っていたけど、暗くなってホントに足を踏み外したら危ないでしょ。


「そうだね……って、ヤバッ」


友達がスマホを見て、うわぁってため息を吐いた。どうしたのって聞いたら、その子の親が心配して連絡してきていたみたい。不在着信が何件もあって、これはもう怒られコース確定ってかんじだった。


「ちょっとー、親に言っておかなかったの?」


「だって、うちの家そういうの緩いからさ。言わなくてもいいかなって」


「もう。電話しとく?」


「うーん、そうしとく」


第三校舎の中だったけど、言い訳は早い方がいいでしょ。外に出るより先に友達は家に電話した。そうしたら、その子のお母さんがもうカンカンでさ。電話越しの声に、鬼みたいな顔がイメージできたよ。友達が怒られているのを聞くのもなんだが気まずくて、私は少し離れた所に移動した。


友達が顔の前で手を合わせて、申し訳なさそうに頭を下げてきたから、私も大丈夫だよーってジェスチャーで伝えて、電話が終わるのを待った。


どれぐらい待っていたかな。体感では三分ぐらいだったと思う。ヒマだからスマホを見て、時間をつぶしてた。でもさ、ツイッターでも動画でもいいんだけど、なんとなく気分が乗らないのよ。スマホの画面奥の出来事が、第三校舎の雰囲気に合わないんだよね。だから、途中からはただぼーっとしてた。


遠くで親に謝る友達の声を聞きながら、なんとなく第三校舎内を見まわした。


ふと、私は二階に繋がる階段を見た。なんとなく、そっちが明るく感じたから、友達が話しこんでいるうちに移動しちゃったのかと思ったんだよね。


校舎探索をしているとき、階段はけっこうボロボロだったから、二階には上がらなかったんだ。だから、友達が転んだら危ないと思って、止めに行こうとしたの。


でもね、実際に階段を見てみると、そこには誰もいないんだよ。いや、いなかったって言うのも違うか。誰かは立っていたよ。友達ではない誰かはね。


つまりは、そういうことね。私、見ちゃったの。生気なく立っている、私と同い年ぐらいの女の霊を。


それが友達じゃないっていうのはすぐわかった。だって、その女が、生きていないって確信できたから。


闇の中で、女だけが背景に白く浮いて見えたんだ。暗くて校舎内の輪郭はぼんやりしているのに、その女は、まるで発光しているみたいにクッキリしていた。


女は友達の少し後ろにいたんだけど、友達じゃなくて、もっと遠くにいる私の方を見ているようだった。


「ひっ……!」


もう、心臓がいっきに冷えたよ。生きた心地がしないって言葉がぴったりだった。女のじめっとしたまなざしが、長髪で隠れた顔の奥から、私を射止めているみたいだった。


女の霊と、お互いに認識しあったっていう感覚があった。意思疎通とはまた違うけど、鬼ごっこで逃げているときに、「ああ、私狙われたな」ってわかる瞬間って言ったらわかるかな。あの時みたいな、凍るような緊迫感が背筋にはしった。


……黒田くんたちは、女の霊って聞いて、どんな姿を思い浮かべた? 貞子みたいなやつ? それとも、アニメで見るようなかわいらしい幽霊?


きっと、女の霊って聞くと、白いワンピースに、長くて黒い髪の女をイメージする人が多いんじゃないかな。目は血走っていて、歯が黒い、映画とかでよく見るような幽霊。


私も、幽霊っていったら、まず貞子みたいなのを思い浮かべるかな。それで、その幽霊が何かをつぶやきながら追ってくるの。


そんなイメージを持っていたから、第三校舎でその女の霊を見た時は、気味が悪かったけど、驚きの方が先に来たかもしれない。


私さっき、私と同じぐらいの女の霊って言ったでしょ? 貞子なら、もう少し大人の、成人しているイメージがあると思う。だけど、私はその女の霊は女子高校生ぐらいだって思った。顔は髪で隠れていて見えないのに、どうしてそう思ったと思う? 


……正直、これはあんまり言いにくいんだけど。その女の幽霊ね……何も服を着てなかったんだよ。


そう、つまり、裸だったの。体が若いとか、女子高生でもあんまり言いたくないことだけど。体つきからして、なんとなく若いんだなってわかったんだよね。いや、本当になんとなくそう思っただけで、変な意味はないよ。もしかしたら、三十路のおばさんだったかもしれないしね。


まぁ、そんなこんなで。幽霊が見えて怖いとか以前に、もう全部はっきり見えちゃってるわけ。しかもね、女の幽霊の体が、雨に打たれたみたいに濡れているの。暗い中でも、その生々しさがありありと見えた。女の幽霊の体から水滴が滴り落ちると、そんなささやかな音さえ聞こえてくるほどね。もうわたし、気持ち悪くなっちゃってさ。


人の死体なんて見たことがないけど、本当にリアルな死体を見ている気分だった。体の所々が茹で上がった蛙みたいにぶよぶよしていて、強く握ったらそこから皮膚が破れて、ドロっと崩れてしまいそうなんだよ。触ってもいないのに、そんな想像の中の感触まで具体的に頭に思い浮かんだ。


「あれ、真里だいじょうぶ?」


気づくと、電話を終えた友達が隣に立ってた。ぜんぜん大丈夫じゃないし、逃げなきゃって思った私は、友達の腕を引いて第三校舎を急いで出た。


後ろなんて振り返れないよ。だって、あの女の幽が、まだ私のことを見ていたらどうする? もし、その女の幽が「私たち」を見ているなら、私は安心できたのかもね。


でも、もし私一人だけを女の霊が見ているのなら、私はきっと逃げきれない。だから、その日あったことはせめて、なかったことにしたかった。


なんとなく察していると思うけど、こんな相談をしている時点で、私はあの日のことをなかったことにできなかった。私の直感通り、私は逃げきれなかったってことだと思う。


あれから、鮮明な悪夢みたいに、その女の霊が頭から離れないんだ。ふとした瞬間に、あの不気味な姿が頭に彷彿としてくる。まるで、古いムービーを直接脳に流しているみたいにね。そのつど、女の幽の気配を近くに感じるの。


それだけじゃない。毎晩、女の霊の夢を見るようになったんだ。場面はいろいろで、第三校舎だけじゃないんだけど、私の身の回りの景色に溶け込むようにしてあの女の霊がたたずんでいる。


……ねぇ、なんだか、すごく嫌な感じがする。まるで、何かを暗示するみたいに、女の霊の影がどんどん濃くなっていく。友達はこんなことないんだよ。私だけが変なの。私だけ。


昨日ね、いつものように女の霊の夢を見たの。それで夢から覚めると、枕元が不自然に濡れていたんだ。わかるでしょ? あの女の霊が、私のすぐそこまで来ていたんだよ。


私は、最近になって流行りだした噂を思い出した。そう、最初に言った、「西鶴では、毎年、必ず生徒がひとり死ぬ」ってやつ。


これは私の考えなんだけど、もしかして、死んだ生徒はあの女に会ったんじゃないかな。あの女の霊は死神みたいなもので、女の霊が狙った相手が毎年死ぬ。


馬鹿馬鹿しいって思う? 私は思うよ。

どんな馬鹿らしいって思う話しでも、それを信じるかどうかは人の自由。だけど、信じないほうが幸せなことってあるでしょ。こんなの、話のネタにもならないんだから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ